4章 死の女神

第98話 4章プロローグ お前は誰だ

「この世界は輪廻してる……か。にわかには信じられないな。つっても、ゲームと似た世界に転移してきたのに今更か」


 俺がブリュンヒルトを倒してから十日が過ぎた。俺は一人、自室に佇んでいた。

 色々な情報が頭の中に入り込んで、一人にならないと処理しきれなかった。


 俺が倒した、というと些か語弊があるようだが、あれは俺の肉体と俺に宿るスキルがもたらした出来事であり、やはり俺がやったことというのが正しいように思う。

 例えそれが、植え付けられた偽の人格が行ったことだろうとも。


 頭に流れてくるのは自分でない自分の記憶――


 ◆


『貴様ら全員何を呆けている。俺の言うことがそんなに信じられぬか? まあ自分が何度も死んでいると知ったら多少は驚くか』


『嘘だ。貴公の言うことは信じがたい眉唾だ。我々に嘘を言っている』


『哀れだな竜殺しの英雄。人を逸脱しうる可能性を秘めているのに、心は未だただの人か。所詮、常識から外れた天の理を人という矮小な生物は理解を拒んでしまう。何とも悲しいことだ。俺はただ、真実を告げているだけなのに』


『かえ、して』


『ん? 何か言ったか、ルビア・ミズガルズ』


『返してよ! とおくんを、私の大事なあの人を返して! あなたは違う! あなたは彼じゃない!』


 ルビィの声が荒れ果てた山の麓に響き渡る。

 神とか、輪廻とか。そんな世界の法則なんてどうでもよくて、ただ一人の彼に会いたいと。


『くだらん。そんなことをわざわざ……ぐっ』


 その声は、しっかりと俺に届いていたよ。だからこうして体の主導権を取り戻して、元の人格に戻ることが出来たんだ。

 ありがとう、ルビィ。君がいるから、俺はこの世界で変わらずにいられる。


『ぐ、うううぉぉぉ……! ふ、ふふ。まあいいだろう、今回はここで内に還るとしよう。だが、次に俺が表に出てきたら注意しろよ、。俺が表に出ると言うこと、それはすなわち――』


 ◆


「世界が終焉に近づいている証拠。もう一人の俺はそう言ってたな。あと、あの爺さんも」


 オーディンと名乗る爺さんは白い世界から消える直前に、こう言っていた。


『気をつけろ透。お前だけじゃない』


 意味深に、いつものように重要なことを言わないいつものスタイル。それでどう気をつければいいというのか。バッターに「あのピッチャー三振狙ってるから打て」って指示だしてるようなもんだ。具体的な対策とか、そういうことを言わずしてアドバイスにならないのだ。

 あの爺さん、もはやわざとやってる気さえしてくる。


「オーディン、この世界の主神……。つまり、極神を超えた、本物の神の中でも頂点の存在なんだよなあの爺さん。でも、そのオーディンがわざわざ異世界から俺を呼んで、世界を救えって言うほどの事態が起きてる……のか?」


 エタドラじゃあ描かれなかった世界の真実。いや、エタドラでは元々帝国を倒してハッピーエンドのはずだから、この世界の歴史がゲームと違うのだ。

 世界が何度も輪廻している。つまり、世界の滅亡と再誕。ゲームのストーリーと大筋は同じ歴史を辿っているこの世界で、ゲームの全十四章とは異なる終わり方を迎えているのか?


「ゲームじゃあラスボスの皇帝を倒してさあハッピーエンドだめでたしめでたし、って感じだったはずだ。そう、主人公である輝きの戦士たちが……」


 ゲームのプレイヤーである輝きの戦士たち――たちって複数形なのは元がMMOだからだ。メタな理由だけど、友達と一緒に世界を救うと考えたら、この呼称も中々没入感を高めるスパイスとなる。

 主人公はアスガードに住む若者で、故郷の村で平穏に暮らす毎日に満足できず冒険の旅に出る。

 そして冒険の中で仲間を見つけ、いつしか帝国の野望に深く関わっていく――はずだ。


 だが、どうだろう。


 この世界に。


 主人公は、いるのか?


「いない……」


 そう、この世界には帝国を止めるための主人公がいないのだ。

 それ故の輪廻。それ故のバッドエンド。帝国の野望を打ち砕く希望の光が、この世界には未だ灯らず。


「で、でもだからこそ俺を呼んで、ゲームと同じように帝国の野望を止めるんだ! そうだよなっ!?」


 だが、そこで一つ不安がよぎる。

 ゲームの主人公のスキルに【勇者】や【大栄優】【賢者】などのスキルはあったが、神と名の付くスキルが一つでもあっただろうか……?

 主人公が覚えることの出来るスキルに、人間を超越した存在を感じさせるものがあったと言えるだろうか?

 もちろん、ゲームとこの世界は細かいところに差異がある。今回もそれだろう、とは言える。

 だが、どうしようもなく、頭の中に渦巻く嫌な予感。


 それは、どうすることも出来なくて。俺は、ずっと部屋で考え込んでしまう。


「俺は……」


【雷神】というスキルを持つ、この俺は……。

 神の力を振るわんとする、この俺は……。


「俺は……誰なんだ……?」


 疑問

 疑念

 疑惑


 自分自身に向けられる疑いの目。一番知っている存在が、実は謎に包まれていたという嫌悪感。

 食用と思って食べたキノコが、よくよく調べれば毒キノコであったかのような背筋を走る悪寒。


「俺は……主人公の立場なのか……? そうじゃないなら、俺はなんなんだ……?」


 自分自身の存在を揺るがしかねない大きな不安に、世界ごとひっくり返されそうになる。


 俺は、誰だ。

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