第97話 世界の真実
「ふ、ふふ……ふははははは!!!! 所詮神の力の一端しか扱えぬ人間風情では、この俺に傷一つ付けることすら叶わんとは! やはり人間は脆弱だ、なぜ俺は今までこの力を押さえ込み、人の振りなどしていたのだ? 我がことながら不思議で仕方が無い」
目の前の雷を操る青年はブリュンヒルトを跡形もなく消し去る……いや、吸収した?
ともかく、皆があれほど苦戦したあの戦乙女をあっけなく倒してしまった。
しかし、様子がおかしい。一度戦乙女に敗れてから、戦場に戻ってくるまでの間に何があったのだろう。
私には理解し得ないことが起きたのだろうか。
それとも、あれがとおくんの本性……いや、そんなはずはない! とおくんはいつだっておっちょこちょいだけど、優しくて、強くて、仲間のことを大事に思ってる人だ。
それに、こんな風に敵を倒す人間じゃない。決して、こんなことはしない。
じゃあ、目の前にいるこの人は誰?
とおくんと同じ外見をした、この雷の化身はいったい、何者なのだろう。
胸の中に不安が渦巻く。それを取り除きたくて、彼に問いかける。
「とおくん、なの? それとも……あなたは、誰?」
「これは異な事を問う。地上に降りし神の雷、それを操る雷神こそこの俺トールではないか。雷は俺の憤怒を形取ったものであり、俺もまた雷の化身である。そこに疑問を持つなど、お前の目は節穴かルビア・ミズガルズ」
違う。
はっきりと分かる。この人は、目の前にいるこの人物は確かにとおくんだ。確かに、とおくんの肉体を持つ、とおくんの口から言葉を発する人物だ。
でも、彼じゃない。この人は私の知るとおくんじゃない。確信にも似た直感がそう告げる。
「あなたはとおくんじゃない。私の知る、あの人とは違う人みたい」
「そうかもしれんな。いや、事実そうなのだろう。今までの俺は仮初めの姿に過ぎん。雷神という力を持つ俺は、しかしてその肉体は凡庸な人間そのものだったからな」
「極神は……神の領域に踏み入った人であろう。ならば、いくら強かろうとその肉体が人のものであるのは当然」
シグルズさんが傷を押さえながら息苦しそうに言う。シグルズさんの言うとおり、私の知る極神はあくまで凄い強い人間という認識だ。
ブリュンヒルトの言う神とは違う、比喩としての神だ。そう聞かされている。
「お前達は知らぬだろうからな。極神とは、真なる神に至るための準備段階に過ぎぬ。人の身から神へと昇華するための、謂わばサナギとでも言おうか。もっとも、長きにわたる輪廻の中でそれを知る者もいなくなったようだが……」
「神に昇華……? 輪廻……?」
彼が何を言っているのか、話を直に聞いているのに私には全く分からない。
分かるのは、彼が人から伝説に詠われる本当の意味の神に近づいているということ。
それはつまり、とおくんの人間性が奪われたということ? 神に近づいたせいで今までの性格が……いや、人格が消えた?
まさか、と思う。
だって、ついさっきまでとおくんはあの体で、あの声で普通に喋っていたのだ。
それなのに、スキルのレベルが上がっただけで人格が消えてしまうようなことが起こり得るのだろうか。
でも、目の前にいるのはとても先程までのとおくんとは同一人物とは思えなくて。仮に性格が変わったとしても、あまりに違いすぎる。人格の連続性が全く見受けられない。
「あなたは、とおくんとは別人なの?」
「とおくんというのが先程までの俺、人間性を捨てる前の人格を差すのならばそうだな。神の力を振るうのに、人としての自我など不要だ。切り捨てるべき余分、俺に言わせてしまえば心の贅肉よ」
「そん、な……」
信じられなかった。信じたくなかった。彼の言葉が、嘘偽りだと心から願うほどに。
誰かに殺されたのではなく、何かで死んでしまったのでもなく。ただ、強くなっただけで、とおくんという人格がこの世から消えてしまったなんて。
私の最愛の、青年が。
◆
「どういうことだ……俺に何をしたッッ!」
夢の中か、それともまた別の場所か。いつぞやの白い世界に俺はいた。
目の前には隻眼の老人。以前この老人は自分の名をガグンラーズと名乗っていたが、恐らく偽名だろう。
俺は老人に怒りをぶつけていた。理由はもちろん、現実世界の俺に起きている異変だ。
「俺の体を乗っ取ったあいつは何だ! 雷神の力を十全に使ってるってことはなんか知らねーけど、神様とか関係してるんだろ!」
「それで、なぜ私に食いかかるのだ。お前の異変と私に何の関係があるというのか」
「しらばっくれんじゃねーぞ、爺さん。あんたが何者か未だにつかめずにいるけど、ボスキャラを倒す度にまるでセーブポイントのようにあんたが現れる。あんたはきっと、この世界で重要な役割を持った人物なんだ。だから俺が異世界人だって知ってるし、この世界でこれから何が起きるのか把握してるんだろ」
「ふっ、間抜けもここまで来れば流石に感づくか」
吐き捨てるように、爺さんは言った。
「確かに、お前の思うとおり私がお前の肉体を乗っ取った。正確にはお前の肉体に別人格を植え付けたのだ」
「ふざけんじゃねえぞ、俺の体は満員なんだよ。とっとと出て行け」
「これも全ては世界のためだ。お前という人格では雷神の力を十全に扱うことは出来ん。ならば力を振るうにふさわしい人格を準備するのが適切というものではないかね」
人の体を好き勝手にしておいて、よくもこうヌケヌケと言えたものだ。おそらくこいつは人じゃない。俺と同じ極神か、あるいはもっと上位の存在かも知れない。
何度か顔を合わせている内に、この爺さんの魔力、あるいは存在感とでも言おうか。そういうのを肌に受けている内に、人とは違う存在だと気付く。
だからだろうか、おおよそ人とは違う価値観でものを言うのは。
「お前をこの世界に喚び、雷神の力を与え、意中の娘を救う手立てを講じてやったのだ。肉体を差し出すくらいの礼は安いものだと思うが」
「馬鹿言うんじゃねぇ! 確かにこの世界に来たおかげでルビィを助けることが出来たけどな、俺は俺なりにやれることをやったんだ。その結果ルビィを助けたんであって、断じてあんたの力でルビィが助かったんじゃねぇ!」
「お前の努力も多少は運命を動かす動力にはなっただろうな。だが、そんなもの大局においては何の役にも立たぬ路上の石ころに過ぎんよ」
「何が言いたい。毎度毎度勿体ぶった言い方してねえで、たまにはストレートに言いやがれ。くどいんだよクサレ爺ぃが」
汚い言葉がどんどん出てくるが、俺からしたら詳細をぼかして情報を小出しにしてくるくせに、終わった後に自分のおかげとか抜かす爺さんのほうがよっぽど汚いからセーフだ。
そもそも、呼びつけておいて詳細を話さないとかこいつ何がしたいのかさっぱり分からない。
「そうだな。そろそろ頃合いだ。お前が雷神の力をここまで高めてくれたおかげで、無事十章のボスも倒すことが出来た。残る脅威は半数……いや、今の力ならより少ない障害が残るのみ。故に、お前には教えよう。なぜ私がお前をこの世界に喚んだのかを。この世界の、お前の知らぬ物語の行く末を」
◆
「お前たちに神たる俺から教えてやろう。この世界はどうしようもなく救われないのだと。それ故に俺がいて、それでも輪廻を止めることが叶うかは見当も付かんがな」
「この世界の……?」
「お前達は不思議に思ったことはないか? 伝説、おとぎ話として何度も何度も神の存在が明かされているのに、その実それぞれの神の名前さえ記録には残っていないことを」
「…………」
確かに、と思ってしまった。とおくんの体を借りる何者かの言うとおり、伝説に詠われる神々、戦を終わらせた極神は数多くいるけれど。どういった神なのか、なんと喚ばれていたのかは誰も知らない。
ただ単に、あまりにも昔の出来事のため記録から欠落したのかもと思っていたけれど。違うのかも知れない、目の前の人物の様子を見ているとそう思う。
「この国もそうだ。信じる神を大いなる神だとか主なる神とあがめ奉っても、その名前を誰も知りはしない。なぜか?」
雷神の青年は両手を大きく広げて、演説するように声を大にして答える。
「それは、この世界には神は未だおらず。しかしてこれから出現するからに過ぎない」
「どういう、ことだ」
「簡単だ。世界は幾度も終末を向かえ、そして再誕しているのだ。終わりと始まりを何度も繰り返している。我々はそれを輪廻と呼ぶ」
「あなたは、何を言っているのです」
ウルちゃんも思わず声を出してしまった。仕方の無いことだ。だって、私も同じだから。
全く理解が追いつかない。これが事実か、彼の虚偽の言葉なのかも判断が付かない。
「率直に言おう。あと二年もしないうちにこの世界は滅ぶ。人も、魔族も、魔物も、草木も何もかも。滅んで、そして最初からやり直すのだ。我らが父たる主神――オーディンの意のままに」
◆
「そういう風に、この世界はなっているのだよ透」
隻眼の翁。かつてはガグンラーズと名乗った男は、全ての生命の父たる神は、あの戦乙女が主神と崇めていた神々の王――オーディンは冷たくそう言った。
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