第96話 雷神の力、その片鱗

「とおくん……なの?」


 ルビィが不思議そうに俺を見る。まるで初めて会った人間を見るような顔だ。


「どうしたルビィ、俺が別人にでも見えるというか」


「……とおくん?」


 やはりおかしい。ルビィの反応が普通では無い。

 しかし、そんなことはどうでもいい。些末事だ。今はルビィよりも優先すべきことがある。


 神の力をほんの僅か行使するだけのことで大きな顔をする目の前の女に、真なる神の力を見せつけねばならぬ


 俺の姿を見て、ブリュンヒルトは意外といった顔をする。


「驚きました。まさかニア・ヴァルハラをまともに受けて無傷とは……。仮にも神の力を持つ者といったところでしょうか。ますます憎たらしくてたまりませんわ」


「たわけが。貴様こそ、その程度の光を振りまく程度で神の代行者を気取るなど、不敬にもほどがある。万死に値するぞ小娘」


「……我が主の威光を侮辱するおつもりですか?」


 信ずる神の力を馬鹿にされたと思ったのか、ブリュンヒルトの表情が僅かに険しくなる。

 馬鹿めが、あの程度の技で自慢げになるとはな。


「なに、蝋燭の灯りではしゃぐ子供を見てつい可笑しくなっただけだ」


「……なんですって」


「貴様の自慢する技など、児戯に等しいと言っているのだ。後学のために貴様に見せてやろう。これが神の操る光だ」


 俺は右手を振り下ろす。それだけで、何も無かった空は一瞬にして雷雲が発生する。

 太陽の光は雲に隠れ、辺り一面は徐々に暗くなっていく。


 そして、ブリュンヒルトに向かって激しい稲妻が降りそそぐ。


「ぐうううううううぅぅぅぅ!!??」


「ふははははは!! どうだ、眩しかろう? これが本当の裁きの光だ。貴様が先程まで操っていた技とは雲泥の差よ」


 ブリュンヒルトは槍を上にかざし、光の防護壁を展開する。

 聖なる光による防御か、くだらん。


「脇ががら空きだ」


「ぐはっ!」


 ブリュンヒルトの周囲に雷の矢を発生させて彼女に放った。

 矢は十数本全て、ブリュンヒルトの体を貫通した。


「はははは、言い声で鳴くではないか! ようやく貴様にも可愛らしい表情が表れたな」


「ば、馬鹿な……貴方の魔法にこれほどの威力はないはず……。現に何度も直撃を受けたけど、私には効かなかった……」


「間抜けか貴様は。さきほど貴様に使ったのは魔力の消費を抑えるために生み出したオリジナルの魔法よ。せいぜい中級から上級魔法程度の威力の魔法だ」


「で、では……この魔法は……?」


「全て極大魔法に決まっておろう」


「なっ……」


 ブリュンヒルトは言葉を失う。信じられない、とでも言いたげだな。

 まったく、何を驚いているのだ。


「きょ、極大魔法まで扱えるとは驚きですね……しかし、いや……。極大魔法はその絶大な力に伴って、大きなリスクがあるはず……」


「く……くくく、ふははははははは!!!! くははははははは!!!!」


 思わず笑いが漏れてしまった。抱腹絶倒だ。腹を抱えて笑う、というのは今の俺の姿を言うのだろう。

 ブリュンヒルトの言うことが、あまりにも可笑しかった。


「貴様は俺を笑い殺すつもりか? ならば狙いは的確だぞ。貴様程度では俺を殺すとなればその様な奇策でも練らねば到底不可能だろうからな。だかしかし、この期に及んでまさかそんな常識に囚われた発言をするとは、貴様本当に神を信じているのか?」


「極大魔法にはリスクが伴う。魔道を極めんとする者にとっては常識のはずですわ……」


「それは人間の中での常識だ。に人の尺度でものを語るな」


「……貴方が神を語るなど、許されません!」


 ブリュンヒルトが槍を片手に駆ける。


 ふむ、大したものだ。あれだけ極大魔法による雷の矢を全身に浴びておきながら、まだこれだけ動けるとはな。あの矢は【ギリエス・ミニアドム】という。相手の罪を穿つ魔法で、人間相手には絶大なる効果を発揮する。

 あらゆる生物の中でも人間は業が深い。人間であると言うだけで罪が発生するからな。


 しかしその矢を十数本受けても息が上がる程度で済むとは、よほど頑丈なのか。

 それとも、彼女の借り受ける主神の力によるものか。


 どちらでもいい。どうせ俺には勝てぬのだから。


「やああああ!」


 ブリュンヒルトの槍が俺の体を突き刺す。急所をしっかりと狙い、心臓を一突きだ。


 それを見てルビィが叫ぶ。


「と、とおくん!」


 ウルズやビュウ、シグルズも声こそ出してないが目を見開いている。

 どうしたというのだ、一体。たかが心臓を貫かれたぐらいで。


「ふ、ふふ。私たちに逆らったからこうなったのですよ。貴方が神の名を驕るからです。神は我らの主だけでいい。貴方のような偽の神などいりはしない」


 槍を持つ手の力が強くなる。念入りに、ぐいぐいと槍を押す。

 そんなに俺を殺したいか。そこまで熱心に心臓を潰されては死んであげたくなってしまうではないか。


「まぁ……無駄なのだがな」


「何っ!? 体が、消えて? まさか幻覚ですか、それとも空間移動? どちらにしても完全に心臓は潰しました。その状態ではこれ以上魔力を練ることは叶いません。おとなしく散ってくださいまし」


「まだ分からぬか」


 ズシュ、と肉を裂く音がした。


 音の発生源はブリュンヒルトの胸元。彼女の心臓を貫いたことで発生した音だ。


「か……は……げふっ……なぜ、どうして……」


「神が胸を貫かれた程度で死ぬと思うか?」


「そんな、傷一つないなんて……一体……どうやって……」


「冥土の土産に教えてやろう。神とは、概念そのものなのだ。俺は雷神、この体はもはや雷という概念と化している。そんなものに槍を突き立てたところで、貫けるものなどあるはずがないだろう?」


「ありえない……ぜったい……」


 まだ言うか。仕方がない。言っても聞かないのであれば、体に教えてやるしかない。

 ブリュンヒルトの心臓を掴み、極大魔法を発動した。


「お前に神を教えてやる。【ジゴ・グナーデラディーレン】」


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」


「喜ぶがいい。この魔法は我が概念、我が起源である雷を相手の魂に刻みつけ、存在そのものを消す魔法だ。やがて魂はすり切れ、雷という概念に上書きされる。そして貴様は晴れて神の一部となるのだ。よかったではないか、お望み通り神の一部となれるのだぞ」


「いや、いや……っ!! こんな、こんな終わりなど……っ! ああ……ぁぁぁぁ……痛い痛いいたいいたい苦しい、やめて、ゆるしてっ……あああああ! ぇぁぁぁぁ……もう、もうやめて……消して……ころしてころしてころしてころして……っ」


「ほほぉ……最後の最後に俺好みの言葉を残すとは、初見よりも好印象だぞ小娘。だが貴様にももう飽きた。消え失せろ」


 心臓を握りつぶすと同時、ブリュンヒルトの体は雷となり、俺の体に吸収される。


 こうして至神乙女を率いるブリュンヒルトは死んだ。

 俺という神に楯突いた報いを受けたのだ。

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