第94話 主神の力、その片鱗
莫大な魔力の奔流。
圧倒的なまでの光の圧に、俺は怖気付いていた。
決して怖いわけじゃない。断じて怯えたわけでもない。
しかし、ブリュンヒルトから感じられる力は今までとはまるで違う何かを感じさせる。
その力はまるで、俺のよく知る――
「我ら至神乙女は信奉する主への貢物。その身を捧げることで主たる我らが神の肉体の一部と見做すのです。即ち――我々は主の血肉であり、主の一部とも置き換えられます」
「言葉遊びだな……。あんたの言ってることが本当なら、まるでその神様の力を行使出来るようじゃないか」
俺の言葉を聞きブリュンヒルトは薄く笑い――
「ええ、ええ……ですから、
当然のように交代した。その身は主の一部であるが故、振るえる力もまた主の力の一部であると。
だが、そうすると当然疑問も湧いてくる。
「おいおい、神様の力を借りてあの程度だったってーの? それは少しショボすぎやしないか。俺が極神だからっていうのもあるんだろうが、神の力をほんの一部借りた程度じゃあ大したことないんだな」
「そうですわね、反論の余地もございません。ですが、あなたは少々勘違いをされているようですので訂正させて頂きますわ」
「訂正だと?」
俺の言葉に間違いがあったと、この戦乙女は言っている。
何を訂正しようというのか。自らの信じる主神の力がショボいってことにイラッと来たのか?
負けたのは神のせいじゃなく、自分の実力だとか。まあそれならそれで潔いか。
「私が借り受けていた主の力はほんの〇.〇一パーセントです。何せ主の力を一介の人間が扱うのですから、その程度が限界です。他の至神乙女達も同様、借りた力は些細な程なのです」
「…………」
俺は〇.〇一パーセントなんて数値に安堵はしない。
確かにパーセンテージだけ見ると大したことないように思える。一万分の一なんて、消費税よりももっと低い。
だが、これで油断する奴ははっきり言って馬鹿だ。
考えても見て欲しい。ブリュンヒルト達至神乙女が信奉する主神とやらは、この世界の神々の頂点に立つというではないか。
この魔法とかスキルが蔓延るファンタジー世界の頂点に立つ神。
きっと俺では想像もつかないとてつもない力を持っているに違いない。
そんな神の力を〇.〇一パーセントも借りられるのだ。弱いわけがない。
分かりやすく日本円で例えよう。
俺の全財産の〇.〇一パーセント――つまり一万分の一が仮に二、三十円だとしよう。これだと確かにショボく思える。
しかし億万長者の資産の一万分の一だとどうだろう。途端に桁がいくつも変わってくるはずだ。
こんな風に、大元の力が莫大であればあるほど〇.〇一パーセントという数値も大きくなってくる。
きっと、想像以上に主神の力の恩恵は大きいはずだ。
実際、俺も雷神モードでなければ神罰術式とやらで命を失っていたことだろう。
「だが、勝てないほどじゃない……」
そう、勝てないわけじゃない。むしろ押している。
なのに、先ほどの光の柱が天に登り、ブリュンヒルトに降り注がれた途端に……。
勝機が失せたのだ。
「あらあら、どうしました? 先ほどの勝ち誇った顔をもう一度お見せになってくださいまし?」
「何をした……あの光は何だ! あれは一体どんな効果があるんだ! エタドラでも、こんなの見たこと……」
「説明しましたわ」
「っ!!」
ゾクリ、と。背筋が凍りつくのを感じた。それは殺意ではなく、ただの生物としての反射だ。
ブリュンヒルトは別に殺意を放ってはいない。俺が、俺の本能がブリュンヒルトという存在に対して危険信号を鳴らしている。
体が鳴らす警告音に理性が気付き自覚するほどに、目の前の女からは圧倒的なまでの力を感じる。
「まあ雷神様には散々楽しませて頂きましたし、分かりやすく説明しましょう。我ら至神乙女は供物、主の腹の中に収められる貢物。ならば当然、腹の中に入った至神乙女は一つとなりましょうとも。ですから――」
「腹に入れば同じってか? そりゃ不味いもん食わされるときの言葉だぞ……。クソ、それでリーダーのお前が仲間が受けるはずの力を横取り出来るってわけか」
「横取りとは人聞きの悪い。代表して力を借りているだけです」
「同じだダホめ。つまり今のお前は数十人分が受けていた主神の力を全て吸収したんだな……!」
〇.〇一パーセントを数十倍したところで、〇.三から〇.四パーセント程度だろう。
だが、先ほども言ったように大元の力が大きければ大きいほどその恩恵はより効果的になる。
界王拳、という技を知っているだろうか。
国民的漫画ドラゴ〇ボールの主人公が使用する、戦闘力を瞬間的に増加させる技なのだが、この技は界王拳〇倍! という掛け声により、自身の戦闘力を〇倍にパワーアップさせることが出来る強力な技だ。
自身の戦闘力を数倍にするのだから、倍率を上げることで更なるパワーアップが可能だ。
そして、自身の基礎能力を上げれば上げるほど、界王拳によるパワーアップは恩恵が大きくなる。
今のブリュンヒルトを見て、その界王拳のことを思い出した。
「主神のパワーが凄い分、僅かな倍率の伸びでも多大なパワーアップになるってか。チート能力もいい加減にしやがれ……!」
ところで、界王拳は基本的に『界王拳〇倍』を使うと戦闘力が〇倍になる効果で広く知られている。
だが、作中では『界王拳〇倍』という宣言なしに『界王拳』とだけ宣言する場合がある。
その場合、倍率っていくつなんだろうな。
ネットでは二倍じゃね? と言われているが、『界王拳二倍』は同じ場面で使われているんだよな。
だからただの『界王拳』は一.五倍くらいじゃないかと俺は考えている。
まあ、作者はそんなとこまで考えていないよと言われればそれまでなんだが。
設定好きの俺からすれば、作者が考えていなくても作品の統合性を合わせるための設定の深読みは楽しみの一つなのだ。
「なんて、冗談を考えているってことは俺もまだ余裕があるな……」
「覚悟は、よろしいでしょうか」
「……ちっ」
ブリュンヒルトは槍を構える。その構えは大聖堂の時と同じ、投擲による一撃だろう。
しかし、あの時と違ってブリュンヒルトの持つ槍から途方も無い魔力が感じられる。
あの一撃を受ける訳にはいかない。
「【ライトニング】! 【ボルテッカー】! 【ブリッツ】! 【ブリクスト】!」
魔法の連打を浴びせて、少しでもブリュンヒルトの足止めになるようにしなければならない。
もしあの槍を放たれれば、とんでもないことになるはずだ。
「ふふふ……」
しかし、ブリュンヒルトは止まらない。
溢れ出る魔力は暴風のように荒れ狂い、周囲の木々は揺れ、折れる。
もはや槍から放出される魔力なのか、それともパワーアップしたブリュンヒルト自身の魔力なのか、その境界さえも分からない。
体から漏れ出す魔力は余波に過ぎない。
機械が排熱して内部の温度を保つように、あくまでも余剰な魔力を放出しているだけだ。
いわば、無駄な魔力なはずなのに。
それなのに、ブリュンヒルトと槍から放たれる魔力量は俺の魔力総量を遥かに凌駕する程ではないか。
ゲームでは俺の魔力は668。レベルの割に突き抜けて多いわけではない。
この世界のステータスでも俺の魔力はB。以前見せてもらったティウの魔力はBだから、この世界でもそこそこ高いと思う。
だが、奴の……パワーアップしたブリュンヒルトの魔力は、推測だがAはある。さらに槍の持つ魔力も加わるため、その魔力はA+はあるだろう。
先程までのブリュンヒルトの魔力は多くてもC。それが一気に二段階も上昇したとなれば、当然魔力以外のステータスも……。
「ええい……! 【
「【ニア・ヴァルハラ】」
ブリュンヒルトが槍を投げたと認識した時には、既に体を槍が貫いていた。
尋常ならざる膂力で放たれた槍は俺の腹を貫通してもなお勢いを止めず、数百メートル後ろまで吹き飛ばされた。
意識はそこで途絶え、暗闇の世界へと落ちていく。
「あ、ああ……」
◆
白い世界で、隻眼の老人が佇んでいた。
老人は何もない空虚な世界で、その片目を使い何かを眺めていた。
何も見えていないはずなのに、老人は熱心に何かを観察している。白い、何もない景色の先に、別のものを見ているようだ。
そして、老人は片目で捉えた景色を見て、満足気な表情で……嗤う。
「ふふ……いいぞ……。順調に進行している……」
その老人の眼に映るのは、白い世界にはいないはずの人間……いや、極神だ。槍で貫かれた、一人の青年の姿がその眼には映っていた。
◆
「何だ、今の衝撃は!?」
ビュウ達はトールの元へと駆けつけている途中、莫大な魔力の出現を感知して、その後森を突き抜ける衝撃を確認した。
大きな音が鳴り、近くに来ていたビュウ達の元まで衝撃が伝わってきた。ビュウの後ろにいたルビアは嫌な胸騒ぎを感じていた。
(今の衝撃……もしかして……もしかして、とおくん……!)
ルビアの嫌な予感は的中した。
トールと別れた場所までやってきたビュウとルビア、そしてウルズは倒れた木々と、抉れた地面、槍を持ち悠然と佇むブリュンヒルトを見て全てを察する。
トールは、彼らの仲間の雷神はブリュンヒルトの一撃に敗れたのだと。
「うそ……いや、嫌ァ……」
「雷神のお兄さんなら負けはしないと思ってたけど、まさかこんな一方的な……」
「あらあら、遅い到着ですねぇ。もう少し早く着けば、雷神様が我が主神の槍に貫かれる瞬間を見ることが出来たのに」
「やられたのですか……雷神であるトールが……」
トールがやられたことを受け入れることが出来ない一同だが、敵はそんなことを待ってくれない。
一歩ずつ、一歩ずつ近づいてくる。
「私の目的は雷神様だけなのですが、神を名乗る不届きものを擁するミズガルズの関係者にも消えていただきましょうか」
「僕、帝国の人間なんだけど」
「私はこの国の人間なのですけど!?」
「関係ありません。雷神様と行動を共にした時点で最早我が国の人間ではありません。その愚かなる行いを、我らが主に代わり私が罰して差し上げますわ」
槍を構え、投擲の構えを取る。
(まずいな……)
ビュウは考える。この状況で生き残るにはどうすればいいか、最善策を模索する。
しかし、どれだけ考えようと出てくる答えは後ろの二人を見捨てることだった。
(お姉さん達を見捨てれば僕一人なら生き残れそうなんだけどねえ。生き残ったところで結界の外には出られないし、そもそも見捨てたとバレれば首輪が作動して死んじゃうし、イケてないよね)
ビュウ一人がこの場を生き延びても、その後には必ず死が待っている。ならば、ここでの最善策とは自身が生き延びることではなく、皆で生き延びることだ。
(それに、僕ってば結構お姉さん達と一緒にいるの気に入ったんだよね……だから今更見捨てろって言ったって、ハイそうですかとはならないんだよっ!)
ビュウは剣を取り、ブリュンヒルトの攻撃に備える。
「ビュウ君!」
「お姉さん達は下がっててね。近くにいると綺麗な肌に傷がつくよ。ほら、女の人って怪我したらオヨメニイケナイって言うんでしょ?」
「冗談を言ってる場合じゃないのです! 彼女の魔力は感じられたはずです。あんなのに一人で立ち向かうなんて無茶なのです!」
「僕もさ、騎士団長のお兄さんに負けてから色々思うところがあってさ。雷神のお兄さんと一緒に行動してて、僕より弱いのに何で自分より格上に勝てるんだろうって疑問に思っててね。その秘密が最近わかってきたんだよね」
剣を鞘に収めて抜刀の構えを取る。
狙うは完全なるカウンター。ビュウの誇る圧倒的な速度を全て敵の攻撃を退ける反撃の一撃に乗せる。
風糸結界を解除――前方方向に限定展開
「さあ、行きますわよ!!」
ブリュンヒルトが槍を投げ、荒れ狂う暴風の如き一撃がビュウに向かい飛んでくる。
それを見るよりも早く、ビュウの風糸結界は槍の一撃を感知した。
そして、ビュウの抜刀術が槍の迎撃に向かい――
「守りたいものがある人は、きっと強くなれるんだってさあーー!!」
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