第93話 腹に入れば同じこと

「そんな、そんなはずは……」


「どうだ、少しは効いたか?」


 自らの最大技を打ち破られ、同様の色を示すブリュンヒルト。

 その瞳には先ほどまでとは違い、余裕はない。


 優勢だ。


 この状況、俺が雷神モードで放てる最大奥義【雷神戦槌トールハンマー】を使って、奴を追い詰めることが出来た。


 ダメージも与えている。


 奴が無限に回復すると分かっている以上、その回復が追いつかない程に負傷させる必要があった。

 だからこそ、必殺の一撃を放った。


 現に奴の肉体は傷だらけ。

 回復が追いつかずに、膝をついている。


 間違いなく、優勢のはずだ。


 なのに、なぜこうも嫌な予感がする。


 なぜ、俺は勝負を焦っている?


「まさか、ここまでとは……流石は雷神様、その強大なお力、感服いたしますわぁ……」


「なら素直に降参したらどうだ。こっちは元々争う気は無かったんだ。お前らが仕掛けてきたから仕方なく刃を交えただけで、争うことはこちらの本意じゃない」


「ええ、ええ。そうでしょうとも。私があなたに敵わないのも、あなたがそうやって余裕ある態度でいられるのも、当然のこと。ですが……」


 ゴゴゴゴ……と地鳴りがする。


「な、なんだこの揺れは!? 地震? それとも、別の……?」


「あらあら、どうやらあなたのお仲間の元へ向かわせた至神乙女達は負けてしまったようですわね。残念です、これでは私自ら巫女を迎えに向かわなければなりませんわ」


「部下が負けたっていうのに、随分と余裕だな。いくらこの結界が頑丈だからって、それで俺たちの有利が傾くとでも思ったか? お前は一人、こっちは俺とビュウがいる。その気になればお前を拘束することだって出来るんだぜ。そうなりゃ、再生する体も意味を成さんだろう」


「神に縛られるといつのも乙なもの。ですが私、宗教柄罰を与えてもらう神は我らが主神のみと決めていますの。残念ですが他を渡ってください」


「残念だな、あんたみたいな美人を縛る機会なんてそうそう無いんだが。まあ、別に俺も緊縛フェチでも無いしそういうプレイをする相手は決めているんでな。大人しく引き下がる気が無いなら、ここで決めさせてもらうぜ!」


 再び雷魔法を発動し、連続でブリュンヒルトに浴びせていく。


 それぞれのダメージは小さいが、雷神戦槌のダメージが残っている今のブリュンヒルトには効果ありだ。

 ブリュンヒルトは槍で魔法を防御するが、しかし手数の差から全てを防ぎ切ることは出来なかった。


「はぁ……はぁ……」


「終わりだ。出来ればこれで気絶してくれよ。俺は殴るのは趣味じゃねえんだ」


「はぁ……ふふ」


 微笑。


 それは一体どのような感情から漏れ出したものか。


「ふふふふ、ふふ」


 今までの余裕のある、どこか上品さを感じさせる笑い声から一変。


 本当に、ただ面白いから笑っている。


 それはどこか相手を下に見るような感情を匂わせる。


 嘲笑。


 この期に及んで、ブリュンヒルトは俺のことを下に見ていた。

 自分を追い詰めた相手だというのに、格下だと認識しているのだ。

 それはいい。俺は別に相手より強いことを誇示してドヤ顔をしたいわけじゃない。マウント取りは元の世界のSNSだけで十分だ。


 そうではなく


 ブリュンヒルトは、プライドの高さから俺を強敵と認めないとか、そんなことではなく。


 単純に、俺のことを自分より弱いと思っているのだ。


 俺が追い詰め、追い込んだこの状況で、だ。


「これは私の体にも負担がかかるから使いたく無かったのですが……」


「やろう、何を企んでやがる! 【ライトニング・バ――」


「主よ、我らをお納めください」


 ブリュンヒルトが掌を合わせ、祈るようなポーズを取った瞬間。


 結界の中から数十の光の柱が立ち、その光がブリュンヒルトへと注がれた。



 ◆


 時はほんの少し遡る。


 至神乙女たちに囲まれたビュウだったが、その猛攻を切り抜けて敵の集団を切り裂いていた。


 後ろにいるルビアとウルズは敵の死体を見て気分を息を飲む。


 殺し合いはこの世界では特別な事ではない。

 争いがあれば命の奪い合いが起こる。そんなことは当然だ。

 だから、敵の集団が死ぬこと自体は仕方がないことだと受け入れている。


 しかし、目の前の少年がこの状況を作り出したとなれば別。


 二人はビュウの鬼神の如き強さを目の当たりにして、ただただ息を飲むことしか出来なかった。


「ふぅ……風糸結界以外の魔法を使わせられるとは思わなかったなぁ。一対一ならともかく、多数相手だとそれも言ってられないか」


 ビュウにとって風糸結界と剣術以外の魔法は不要。単純に使ってて面白いものではないため、自分の戦闘スタイルからは除外していた。


 しかし、敵の数が数なだけにその縛りを解禁した。


 結界、数十もの至神乙女たちを僅か数分で倒してしまった。


「ビュ、ビュウくんすごいね……。こんなに強かったんだ……」


「こんな小さい子が四魔将の一人とか嘘もいい加減にしろって思ったのですが、信じる他ないようなのです……」


「僕の頑張りを見てもうちょっと言うことあるんじゃないかなーお姉さんたち?」


「あ、ありがとうね、ビュウくん! おかげで助かったよ」


「やり方は恐ろしいですが、その強さは素晴らしいのです。ですが、いくら敵だからってやり過ぎなのではないですか? 仮にも我が国の兵士なのですから、手加減しろとは言わないですがもうちょっと……」


「巫女のお姉さんは甘いね。身内だから処罰を甘くしろって? それじゃダメだよ。今回の一件はこの国の派閥争いによって引き起こされたようなもんだし、そのせいで他国にまで影響が出てる。戦乙女のお姉さんが元凶だとしても、その組織に所属するこの人たちも同罪だ。事を起こした以上、死ぬ覚悟くらい持ってもらってなきゃ困るよ」


「ビュウくんが言うと説得力あるね……」


「まあ、僕も牢屋で情報を吐かされた後は処刑が妥当かなって思ってたからね。まあ? 今の王国は猫の手も借りたい様だから、僕程の人材を殺すようなマネしないみたいだけど」


 ビュウの言う通り、王国は帝国との戦争の爪痕が深く、人材難に陥っていた。


 活躍していたティウや豊穣神の二人、また五隊長が健在なため問題が表面化していないが、裏方の騎士や魔術師達の犠牲は大きかった。


 冒険者ランクで表すとシルバークラス相当の騎士や魔術師達が数千規模で死んでいる。


 帝国との戦争では犠牲者の数は驚くほど少ないと記録されているが、それでもやはり死人は出ている。


 しかも、あの帝国との戦争ということで腕利きの戦士達が前線に多く出陣していた。

 そのため、有能な人材を多く失ったのだ。


「確かにビュウくんの言う通り今王国の戦力はかなり落ちてるよ。もう一度他国に迫られれば間違いなく負けちゃうと思う。でも、だからこそそうならないためにも、こうやって他の国と話し合いをしようとしてるのに……!」


「ルビア……」


「……巫女のお姉さんを守りきれば、その話し合いの場を設けてくれるんじゃない? ね、お姉さん」


「そうなのです! ルビア、私が神都に戻った時はお飾りではなく、正しくこの国の代表としてあなた達ミズガルズ王国との会談の場を設けてみせるのです!」


「ありがとう、ビュウくん……ウルちゃん」


 ルビアは差し出されたウルズの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


「……さて、そろそろ行こっか。こうしている間にも雷神のお兄さんがやられちゃってるかもだし」


「と、とおくんは簡単にやられるほど弱くないもん!」


「そもそもあっちはトール一人に任せて大丈夫なのですか? 彼が真に雷神であるならば、ブリュンヒルト相手でも勝ち目はあると思いますが……」


「ん〜〜大丈夫じゃないかな。お兄さんは僕より弱いけど、僕がロキに勝てるかといったら微妙だしね。特に戦乙女のお姉さんは僕の攻撃じゃ致命傷になりにくいみたいだし、お兄さんみたいに派手な技ばっかりの方が却って相性いいかも」


 適当な調子で返事をするビュウ。


 もっとも、ビュウ本人は言葉とは裏腹にロキにもブリュンヒルトにも遅れを取るつもりは無いのだが。


「そうだよね、とおくんだもん。絶対負けないよ!」


 ルビア達がトールの元へ向かおうと走り出した時、その光は現れた。


 ドウッ!! と激しく光る柱が地面からいくつも生えてきたのだ。


「な、何っ!? 誰かからの攻撃?」


「いえ……これは攻撃というよりは……」


「……この光の柱、至神乙女のお姉さんたちの死体から出ているね」


「えっ?」


 ビュウの言葉を聞いて理解が追いつかないルビアとウルズ。


「ほら、あそこの中腹のあたりからも柱が出てる。あの辺りで二人、至神乙女のお姉さんを倒したでしょ? 目の前の死体からも光の柱が出てるし、間違いないよ」


「ですが、これほどの魔力がなぜ死体から発生してるのですか? あまりに不自然なのです!」


「待って……光の柱が……一箇所に集まっていく……!」


「あの方向って、とおくんがいる場所だよ!? ビュウくん、ひょっとして今の光ってとおくんに向けられた攻撃なんじゃ!?」


 焦るルビアと、困惑の表情を浮かべるビュウ。


 今の光は、一体何だったのか。


 ルビアの言うように攻撃魔法ならば問題ない。確かに魔力の総量は果てしなかったが、それでトールが死ぬとは考えられない。

 何かしらの防御手段で致命傷は避けることだろう。


 しかし、もし攻撃魔法では無かったとしたら……。


「嫌な予感がする……」


「私もなのです。なんだか、無性に震えが止まらないのですよ……!」


「とおくんが心配だよ! 早く向かおうっ!」


 ビュウたちは大急ぎで光の集まった場所へ向かった。

 そこから感じる嫌な気配、感じたこともない異質な魔力に嫌な予感を募らせながら。


 その場にいる三人は口にこそしなかったが、全員が同じことを思っていた。


 この異質な魔力はまるで、極神のようだと。


 それがトールからではなく、もう一つ新たに出現したことに、危機感を抱いていた。

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