第91話 至神乙女……とは
トール達がアスガードの神都から逃亡している頃合い。
ミズガルズ王国の中心にそびえ立つミズガルズ城で、ある会話が行われていた。
「お兄様、あの噂は本当なのでしょうか。アスガード国がミズガルズ王国に対して、国際的な交流を断ち切るという話……」
「分からない……が、聞くところによると現在ミズガルズからアスガードへの出入国が制限されているらしい。通ることが出来るのは冒険者や極一部の承認だけ。それも、ミズガルズ出身の者は除いてだ」
「そんなの、完全にミズガルズと縁を切ると言っているようなものではないですか」
少女の声が部屋に響く。
少女はハッとした表情をすると、すぐに落ち着きを取り戻す。
少女の名はフレイヤ・ユングヴィ。
豊穣神の名を冠する極神の一人だ。
会話相手の男はフレイ・ユングヴィ。
フレイヤの兄であり、妹と同じく豊穣神のスキルを持つ極神だ。
二人はルビアがアスガードに向かったのを見送り、無事帰ってくるまで城でノンビリと待っているはずだった。しかし、この日不振な噂を耳にして兄妹で話し合いをしていた。
「ルビアさんが旅立ってから一週間以上が経ちます。昨日か、今朝にはアスガードに到着していると思いますが……」
「予定だと至神乙女のリーダー、ブリュンヒルトと会っているはずだ。……いささかタイミングがよすぎるな」
「お兄様もそう思いますか? この件はいくらなんでも唐突すぎます。アスガードは今までそんなそぶり見せたことなかったのに。それに、ルビアさんが神都に着いたのを見計らったようなタイミングで……」
友人であり、守るべき主であるルビアの身を案じるフレイヤ。
彼女にとって同年代の友人が危険な目に遭うのは、非常に心苦しいことだ。
ルビアはフレイヤと特別に親しい仲だ。そんなルビアがきな臭い出来事に巻き込まれている可能性を感じて、不安が募る。
「フレイヤ、安心しろ。向こうにはトールがいる。あいつはアホだが、ルビアさんのことに関しては誰よりも実直だ。あいつがいればお姫様に危険は及ばないだろう」
「そう、ですね。トールさんはルビアさんのことだとうるさいですから。きっと、今回もルビアさんを守ってくれますよね」
不安を口にするのは不吉だから、希望を口にする。
大丈夫、彼ならきっと。
だが、フレイヤは不安だった。
アスガードは平和な国だ。そんな国が、ミズガルズにこんな事をする理由が分からない。
もしかすると、自分が考えているよりも重大な出来事かもしれない。
(私が行けば力になれるのですが……)
豊穣神の力を持つ自分ならば、友の窮地に駆けつけて救い出すことが出来る。
だが、それは出来ない。
現在アスガードへの入国が制限されている。
下手に介入して国際問題になるれば最悪だ。
せっかく帝国からの侵略を防ぐことが出来たのに、今他の国と争いになればミズガルズ王国に抗う力は無い。
先の戦争での犠牲が多すぎる。
だから、トールに任せるほか選択肢がなかった。
(せめて転移の魔法が使えれば……いや、転移石も制限されている可能性がありますね。ルビアさん……事件に巻き込まれてないといいのですが)
「アスガードの
不意にフレイが至神乙女の名を口にする。
「至神乙女はどういった組織かは知っているか」
「詳しいことは……。アスガードの軍としての役割を持つ組織としか」
フレイヤは至神乙女について詳しくは知らない。
知っているのは女戦士によって構成される戦士達ということ。
そのトップのブリュンヒルトが実質的なアスガードの支配者であるということ。
だが、兄フレイの口ぶりからそれだけではないことが伺える。
「アスガードの宗教はとある神を信奉する、大昔から存在する宗教だ。中でも至神乙女のブリュンヒルトは熱心な信者だという」
「それが、どうかしたんですか?」
「ブリュンヒルトは自らの信じる神への思いが強く、強すぎた……らしい」
「はぁ……」
いわゆる狂信者、とでも言うのだろうか。
神を信じるあまり、その行動全てが神のためだと言って問題行動を起こすような。
ブリュンヒルト……国のトップが狂信者、なんとも恐ろしい話だ。
だが、それがなんというのだろう、とフレイヤは首をかしげる。
「至神乙女はその名の通り神に至ることを目的とした乙女達だ。だが、それは俺たち極神みたいに自らを神の領域へ至らせるといったことじゃないらしい」
「なんだか詳しいですねお兄様」
「アスガードについて調べたのさ。ルビアさんが外交する際に役に立てばと思ってな」
なるほど、兄のやりそうなことだと納得するフレイヤ。
しかし、話の内容が見えてこない。
神に至るのが目的なのに、自らを高めようとしない? 一体どういうことだろうか。
「ではどうやって神の領域に至ろうというのですか?」
「強い信仰心は、自らを犠牲に全てを捧げようとする。ブリュンヒルトも自らを神に捧げて、その身を神の一部にしようとしている」
「……?」
「簡単に言うと、自分自身を捧げ物にして取り込まれようとしてるんだよ」
「それも調べて分かったことですか? そんなことまで分かるのですか?」
「
「…………」
その新聞は地元の人間にも売れてないだろうな、と思うフレイヤだった。
「とにかく、やつらは神に至る……神の血肉になろうとしてる狂信者だってこと。そんな奴らのところにルビアさんは向かったんだよ」
「……大丈夫でしょうか」
「信じるしかないだろ、トールを」
「でも……」
不安だ。
フレイヤは別に、トールの強さを信じていないわけではない。
だが、相手がそんな狂信者だと分かれば果たしてどうなるのか。
そんな不安を振り払うかのように、フレイは明るい声を上げる。
「心配するな、ちゃんともしものことを考えて策を打ってある! おい、入ってきてくれ」
ガチャリと扉が開く。
中に入ってきた人物は、意外な人物だった。
「あ、あなたは……」
「彼なら出入国の制限を受けずにアスガードへ向かうことが出来る。それに強さも折り紙付きだ。もしもの時のために、彼をルビアさん達の元へと向かわせる」
「あなたが、協力してくれるんですか?」
フレイヤは
彼は答える。
「了承した。必ずや貴殿らの力になろう」
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