第29話 ルビアの抱く気持ち

 とおくん達が出て行ってから一時間以上経ったころ。

 私ルビア・シフ・ミズガルズは服屋の店主さんとお話をしていた。


 会話の内容はとりとめもないことで、この国に来たのは観光目的かい? とか、お嬢ちゃんくらいの娘さんはオシャレが楽しくなってくる年頃だねぇ、とか。

 店主さんとの会話は特別面白いってわけじゃないけど、毎日緊張感に包まれたお城の中で生活する私にとっては、それは心地よくて。


 でも、少し寂しい。


 せっかく二人っきりだったのに、知らない女の人について行くなんて……。

 そりゃ、あの女の人の様子を見たら何かあるんだろうなって思うけど。


 私、楽しみにしてたんだけどなぁ…………。

 近衛兵の人たちがいない、護衛なしの旅。

 同年代の男の子といっしょに遊んで回る。

 とってもワクワクしてたのに……。


 ……っていけないいけない。男の子って言ったらとおくんが嫌な顔するんだ。

 私よりも年上だからって、とおくんだって十分子供だと思うんだけど。だって、顔もまだ子供っぽいし。

 喋り方だって大人っぽくないし。


 ……ときどき、真面目な話し方をするときは、ちょっとはカッコいいけどさ。


 でもでも、それでもやっぱり私だけ子供扱いされるのはなんか嫌なの。もやもや〜〜って、心に雲が出来てるみたい。

 これってなんでだろう。


「おやおや、浮かない顔をしてどうしたんだい? せっかくのお人形さんみたいに可愛い顔が、台無しだよ。なにか悩みでもあるのかい?」


 わぁ、店主さん鋭い。

 私がとおくんのことを考えていたから、それを感じ取ったのかなぁ。


 よし、せっかくだから、この人に話してみよう。

 あっ、もちろん素性は隠すよ。バレたら大変だもん。


 私は店主さんに、とおくんが女の人について行って私をほったらかしにしたこと。

 去り際に私を子供扱いしたこと。

 そして、そんな扱いを受けてなんだか不思議な気持ち……とおくんが嫌いなわけじゃないのに、ちょっと嫌な気持ちになることを話した。


 私の話を聞いた店主さんは、心から楽しそうに笑いを浮かべた。


 なにがおかしいんだろう。

 とおくんがヘンテコだから面白いのかな。うん、きっとそうだ。


「お嬢ちゃん、あんたの気持ちはそりゃ……いや、外野がやいやい言うもんじゃないね。ま、いずれ気付くさね。その気持ちがなんなのかって。今はまだ、感情が芽生え始めた、いわば羽化の時期さ。その気持ちがどんどん大きくなっていけば、おのずとわかるよ」


 う〜〜ん。

 店主さんの言ってることは、わかんないよ。


 この気持ちって結局なんなの? このもやもやが大きくなったら、とおくんを嫌いになっちゃうの?

 悪い気持ちなのかな。これって。


 じゃあ、私は悪い子なのかな。


「その気持ちは女の子なら誰しもが抱く感情だよ。いいも悪いもない。いや、その気持ちを持たずして乙女にあらず! だから、今はただ思うようにしなさい。その気持ちとは、ゆっくり向かい合ってあげなさい」


 よくわかんないけど、わかった気がする。


 この気持ちは悪いものじゃなくて、いつか正体が分かるんだって。


 じゃあ、待ってる。


 これからもとおくんと一緒にいれば、この気持ちがなんなのか分かると思うから。

 きっと、とおくんと出会わなかったらこんな気持ちにはならなかったんだろうなぁ。もやもやってするから、嫌だけどね。


 あーあ。とおくん、早く帰ってこないかなぁ。

 いっしょに行きたいところ、いっぱいあるんだから。


 あ……今、ちょっと胸のあたりがキュウ……ってなった。

 あったかい、でもツンとした気持ち。ソワソワって感じがする。


 この気持ちも、きっととおくんと出会わなかったら味わうことは無かったのかな。

 えへへ。なんか楽しい。


 もうちょっとだけ、待ってやりますか。

 人助けで忙しいでたらめナイト様を。

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