第28話 加速する世界

【雷神】を発動するように意識をする。

 即座にスキルが発動したという感覚を覚える。

 稲妻のオーラが体を纏う。


 ロキとの戦い以来で初めて使う【雷神】。

 それは、どこか以前までとは違った。

 こんな稲妻のオーラは以前あったっけか。少なくとも俺は覚えがない。どこぞの超サ○ヤ人二じゃないんだから。

 まぁ、細かいことを気にする暇はない。今は一刻も早くフレイの元へ向かうんだ。


 腰を落とす。足を大きく踏み出す。地面を足の裏で掴み、力を溜める。そして、全力で地面を蹴って跳ぶ。

 一足で闘技場の中央にあるフィールドまで駆け抜ける。

 体に流れる魔力はほとばしり、流れる時間が遅く感じた。スローモーションの世界に入り込んだような感覚。この感覚が、以前よりも鋭くなっている気がする。


 一秒経過。

 観客達の頭上を通過する。

 遅い。まだフィールドまで遠い。


 二秒経過。

 フィールドを囲む壁まで到達した。

 まだ遅い。フレイまであと数十メートルはある。

 魔物は既に走り出し、フレイの目の前まで来ている。


 三秒経過。

 もう少し、あと少しだ。あとコンマ数秒、瞼を閉じて開ける間には到達するはずだ。

 魔物の口が開く。間に合うか。魔法を使用しても、果たして発動から撃破するのが間に合うのか?

 それに、いきなり魔物を倒して登場し、その後奴隷を攫っていくなど悪目立ちするにもほどがある。

 逃げることまで考えたら、あまり能力を見せつけたくない。俺の噂がいくらか流れてるってルビィも言ってたしな。


 あれこれ考えているうちに、フィールドのど真ん中に到着した。

 俺が立つのは魔物とフレイの間。両者は二メートルも離れておらず、魔物が体を伸ばせばフレイはパックンチョって距離だ。


 俺の登場により、会場の空気が一変した。

 先程までの狂っていると言っていいまでの歓声は、困惑という感情のどよめきに変わった。


「な、なんだあの男は?」


「いいところで割り込んで来て何のつもりだテメー!」


「いや待って。ひょっとしたら係の人じゃないのかしら。きっとそうよ、なにか趣向を凝らしたことをしてくれるのよ」


 勝手なことを言うな。

 誰が好き好んで、お前たちのような人間が好むことをするもんか。死んでも嫌だね、そんなこと。


 魔物たちは今まさに獲物にありつける、と言ったタイミングで邪魔者が出現したことでイラついている。いや、俺に魔物の感情なんてわからないけど、ピリピリとした圧を感じるので間違いないだろう。

 後ろにいるフレイも同様だ。

 突然現れた俺に対して、警戒の目を向けている。そりゃそうだ。なんせ、今の俺の格好はローブで身を隠し、仮面をつけている。こっちの世界の常識で言っても、変質者そのものだ。


 PTAへの連絡待ったなしである。

 保護者の皆さん、安心してください。なんて、言っても絶対危ない人扱いだろう。

 正体がバレないように変装して、それが不審がられるのはちょっとバカらしい気もするな。でも王国関係者ってバレるのが、何よりもマズイしね、しょうがないね。


 だが、こちらの事情など知りようがない。

 だからなるべく温和な態度で、精一杯怪しくないように話しかける。いつも言っているが、こちらの誠意を伝えるように努めるのが大事だ。


「おい、あんた一体……」


「君の妹から助けるよう言われた。詳しい話は後だ、跳ぶぞ。舌を噛むなよ!」


「妹ってフレイが? どういうこと―――うおっ」


 拘束されてろくに動けないフレイを抱えて、フィールドから離脱する。

 俺が跳躍すると同時、魔物は直前まで俺がいた空間に牙を立てていた。間一髪、というやつだ。

 もっとも、あんな魔物など敵じゃない。自慢するわけじゃないが、スキルを使わずに素手で倒せる……と思う。

 だが、目立つのは極力避ける必要がある。

 こんなことをしている時点でなにを言ってるんだ、というのもあるが、変装を解いた後に俺へと繋がる手掛かりを極力無くすためにも、戦闘は避けたいんだ。


 中央のフィールドから一気に跳躍し、外縁の壁に足を掛け、そこからもう一度加速する。

 やはり行きに比べると、フレイを抱えている分遅くなっている。

 俺一人で飛ぶと三秒弱のはずが四秒になっているという僅かな差ではあるが、少なくとも加速している俺の感覚ではかなり遅く感じた。


 加速したまま階段へと続く通路へと跳び、そのまま階段を降りようとしたその時。


「追えーーーー! あの盗っ人を捕らえろ! 奴をここへ連れて来て、魔物の餌にしてしまえええええ!!」


「おー怖。俺なんか食べたら、ステータスの高さから魔物の方が栄養過多で死んじまうぜ。食生活は偏ったものばっかり食べちゃダメってねぇ」


 ダティ・ワムの脳にこびりつくような怒声が、拡声器により会場中に響き渡る。

 だが遅い、既に俺は通路を渡りきり、出口に続く階段まで来ている。

 後は階段を降りて、出口まで走るだけ。


 の、はずだが。


「ちっ! 流石に警備がしっかりしてんな! あの声かけで、もう出口に警備兵がいやがる」


 階段を降りた先の、巨大な像が立つ出入り口。

 そこには既に三人の警備兵が槍を持って俺たちを捕らえようとしていた。

 闘技場の中ではなく、予めこの辺りで警備をしていたんだろうけど、それでも対応が早い。この対応力は見習いたいね。


「あんたらに恨みはないから、こんくらいにしといてやるよ!」


「な、なんだ!? うおぉぉ!」


「ふふふ、名付けて神速膝カックン。カウンター斬りで相手の死角に回り込むのを応用した、非殺傷の技だ! ちなみに今思いついた」


 出口を通り、闘技場から通りに出る。

 すると、五〇メートル先にフレイヤが待機していた。特に警備兵に捕まっているわけでもなく、安心した。

 フレイヤもこっちに気付き、建物の影へと移動し、誘導してくれた。

 予め人目につかない場所を探してくれていたのか、出来る娘だ。


「お兄様、トールさん! こちらです!」


「おまたせフレイヤ。約束通り、君の兄さんはここに。ほら、フレイ。君を助けるように言ってくれた妹だ。ちゃんと立って」


「お兄様、お怪我はありませんか? まぁ、顔に傷が! すぐに治療いたします…………お兄様?」


 返事をしない兄の姿に、フレイヤが怪訝な顔をする。

 てっきり兄妹の安否を確認でき、抱擁を交わす物かと思っていたのだが、予想と違う状況に俺も首を傾げてしまう。


「どうしたフレイ。周りに誰もいない、安心していいよ。もう喋っても大丈夫だぞ……っておい、どうした急に倒れて!」


「お兄様!? お兄様ァァ!!!?」


 抱えていたフレイを下ろし、彼が地面に足を下ろしたその時、その体はふらふらと不安定に揺れそのまま倒れてしまった。

 身体の自由が効いていないようだった。


 まさか、魔物の攻撃が当たっていたのか?

 それとも、警備兵が毒矢でも撃ってそれが命中していたのか。

 はたまた、あの闘技場にいた時から既に体力は限界に来ていたとでもいうのだろうか。

 なにが起きたのかわからず、俺とフレイヤは倒れたフレイの顔に、自分たちの顔を近づけて声をかける。


「大丈夫かフレイ、おい、もしもし!?」


「お兄様、返事をしてください! いや、いやああぁぁぁ!!」


 緊張感と絶望感に包まれる。

 せっかく助けたのに、救えなかったのか。

 いや、違う。この結果を見ろ。

 これだと助けていないのと同じじゃないか。

 なんだよ、俺が不甲斐ないから、兄妹を助けることが出来なかったんじゃないか。


「クソっ! 俺がもっと早く助けていれば……!」


「トールさんのせいではありません……元はと言えば、私のせいです。私のせいで、お兄様は……」


「…………びれ……る……」


「今、フレイから声が……」


「ほ、本当ですか? お兄様、聞こえますか? しっかりしてください、お兄様!」


「し……び…………る」


 フレイの口から、ゆっくりと、言葉が発せられる。

 呂律は回っておらず、喋るのがやっとの様子。


「しび……なんて言ってるんだ?」


「お兄様、焦らずに、ゆっくりと喋ってください。私たちはちゃんと待ちますから」


「そこ……の、おと……こ……に、かかえ……られ……て、からだ……が、しび……れ……て、る」


 そこのおとこにかかえられてからだがしびれてる。


 そこの男に抱えられて、体が痺れてる。

 フレイはそう呟いた。

 ここにいる男は俺とフレイ、この二人である。

 つまり、フレイの言う『そこの男』とは、フレイが変な一人称を使って自分のことを『ソコノオトコー』とか言わない限り俺のことを指している。

 また、先程まで俺がフレイを抱えていたこととも一致し、俺のことを言っていることへの裏付けとなる。


 よって、

 そこの男=俺と証明できる。

 ええと、つまり?


「トールさん……もしかして、その、体から出ているバチバチがお兄様を痺れさせた、と言っているのでは……?」


「……………あーーーーー!!!!」


 俺は自分の体を眺める。

 身体中を流れる魔力と、稲妻のオーラが発生している。

 忘れていた、【雷神】を発動しっぱなしだったんだ。

 要するに、フレイはこの稲妻のオーラに触れて、感電状態みたいになっていたと。


 ほぉ、以前は無かったこの稲妻のオーラ、どうやら攻撃判定があるらしい。とは言っても、人が痺れる程度だからそんなに殺傷力はなさそうだ。

 魔法と同じで、俺の意思と消費魔力なんかで変わりそうではあるけどね。

 って、呑気に考察してる場合じゃなく。


「トールさん…………?」


「ご、ごめんフレイ! それにフレイヤも! まさかこのバチバチにそんな効果があるなんて分からなかったんだ!」


「トールさん、言い訳はそれで終わりですか? ではちょっとこちらに来てください」


「え、フレイヤ、ちょっと待って? なにする気なの? ちょ、ちょ、怖い、やめて! その手に光る魔法なんなの!?」


「うふふ、大したことないですよぉ。ちょっと反省してもらうだけです。お兄様を助けていただいたことは感謝しますけど、それとこれは話が別です……」


「や、ちょ、いやーーーーー!!」


 その後、なんとか許してもらった俺は、即刻フレイに【マヒール】を使用して回復させました。

 もう二度と、事故であろうと、フレイヤの前で兄に危害を加えないと誓いました。


 あと、これ以降しばらくの間、俺はフレイヤの目をまっすぐ見れなくなったが些細なことだ。

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