第30話 悪く言わないで

「ルビィ、無事か!」


「とおくん! こっちは大丈夫、とおくんは?」


 俺たちは闘技場から抜け出したあと、ルビィがいる服屋まで戻ってきた。

 ルビィに変わった様子は見られず、無事なようだ。よかった……。


「ルビィ、なるべく顔を隠してここを出るぞ。人に見られないようにして、宿に向かおう。彼らを連れてな」


「どうもルビィさん。トールさんには大変お世話になって、本当に申し訳ありません。迷惑かとは思いますが、どうか私たち兄妹も同行させてはいただけないでしょうか?」


「え!? えっと、もちろんだ……大丈夫っ……でしゅ!」


 ルビィ、噛み嚙みじゃないか。そんなに初対面の人が苦手か。

 戸惑うルビィと、その様子を見て首をかしげるフレイヤの間に、金色の髪が割り込む。フレイヤの兄、フレイだ。


「初めましてお嬢さん。夕焼けのような美しい髪、幼さはあるが綺麗な容姿、今はまだ子供ですがいずれ絶世の美女となる方であるレディのようだ」


 は?

 何言ってんだ、こいつ。


「え……えっと……?」


「これは失礼しました、名乗るのが遅れてしまった。私はフレイ、ここにいるフレイヤの兄で、そこの男に無情にもここに連れてこられた者です。ですがそれも悪くはない、いやよかった! 貴方という、将来が楽しみな少女に出会うことが出来たのだから!」


 う……うわぁ……。

 フレイって、こんなやつだったんだ。


 淑女であるフレイヤの兄だから、てっきりジェントルマンな性格だと思ってたのに。

 思いっきり女たらしじゃないか。

 つーか、ルビィを口説くとかこいつロリコンかよ。怖っ。


「お兄様、まずはトールさんにお礼を言うのが先ですよね……?」


「う……だ、だが妹よ。俺は別に助けて欲しいなど言った覚えはないぞ! あれくらいで俺が死ぬわけがないだろう。その証拠にほら、拘束が解けた今ではこんなに元気だ!」


「その拘束が解けたのも、お兄様の怪我が治ったのも、トールさんのおかげですよね……?」


「う……。しかし、俺はこいつのせいで麻痺して倒れたんだ! 俺はまだこいつを信用していないからな!」


「お兄様……?」


 フレイは妹に凄まれて、苦い顔をした。

 その後、歯を噛み締めて嫌々ながら俺に礼を言った。めっちゃ嫌そうに、露骨なまでに。喧嘩売ってんのかな、ここまで嫌そうな態度を表に出すのは。


 っていうか、フレイヤって怖いよな。

 さっき怒られた時もそうだけど、美人が笑いながら怒ると無敵に見える。勝てる気がしない、まったく。

 逆らったら女性全員から敵視されて、さらには男たちにも晒し者にされる気さえする。


 フレイが怒られているのを見ると、なんかごめんなさいって俺まで謝りたくなる。

 目がこわくて顔を見ることができない。いや、代わりに胸を見てるとか、そんなことはしてないよマジで。


「先程は助けてくれやがって、どうもありがとな。妹が勝手に頼んだこととはいえ、礼を言う」


「気にしないでくれ。あの場の雰囲気が大っ嫌いだったから、派手にぶっ壊したいって気持ちもあったしな。兄妹そろって無事でよかったよ」


「礼を言ったけど、あのビリビリについてはまだ許してないからな! あれかなり辛かったぞ、一体なんの魔法を使ってたんだ! 助けてくれた件の借りは、これでチャラだからな!」


「す……すまなかったな……ははは」


 うん。【雷神】の副次効果であるビリビリのオーラで、フレイを麻痺させちゃったのは俺だけ。

 俺が悪いのは認めよう。エタドラだと麻痺って“すばやさ”半減、三〇%の確率で行動失敗っていう厄介なものだし。それを現実に置き換えたら、フレイのあんな状態になったってことで。

 恨まれるのもしゃーなしだよな。ごめんなさい。

 ただ、思った以上に女癖が悪そうだ。

 ここはうちのお姫様に唾つけられないように、しっかり牽制しておかないと。


「フレイ、お前にしたことは本当に悪かったと思ってる。でもな、出会っていきなりうちの連れを口説いてくれちゃって何してんだ。お前はあれか、女がいないと飢えちゃう人種ですか?」


「当たり前だろう! 女性とは、俺の喜びそのもの! いや、すべての男は女を愛するために生まれてきたものだ! そんな当たり前のことを聞いてどうする、さてはお前、愛する女性がいないのか? 悲しい奴め」


「あん? んだと? 言ってくれるじゃないか、俺にだってな……好きな女の1人や2人……あれ?」


 ええと、俺に好きな人っていたでしょうか。


 小学校の頃、バレンタインデーにチョコをくれた絵夏さんは後で女子間で罰ゲームがはやってて、それで俺にチョコを渡したって聞いて怖くてそれ以降話しかけていないし。

 中学校の頃、清楚な見た目と真面目な性格でちょっといいなって思ったクラス委員長の高山さんは、社会人二人と付き合ってて学校問題になったツワモノだったし。あれ以来見た目で人を判断しないように気をつけようと思った。

 高校の頃は……女子と話したっけ。

 そして現在……というか、数ヶ月前までの日本での生活では……聞かないでくれ。


 思い返すと、俺に好きな女の子というのはいないんじゃないか?

 我ながら悲しい青春だな、おい。


 そんな悲しい俺は残念ながらフレイに言い返すことができず、口ごもる。


「その顔だと図星のようだな。トールと言ったか、お前のような灰色の青春を送ってきたやつに俺の人生哲学をとやかく言われる筋合いはない!」


「ぐ……!」


「そもそもお前はルビィちゃんの何なんだ。保護者というには幼いが、兄妹か? いや、それにしては似ていない。髪色が違うし、顔の造りも天と地だ。彼女が精巧に作られた人形ならば、お前は畑で取ってきたヌビス芋だ」


 ヌビス芋……この世界でいう、ジャガイモのような芋である。つまり、デコボコ。


 いやいや、俺は別にブサイクじゃないよ?

 知り合いに中の上、物好きな人にとっては上の下な顔って評価もらったことあるのよ?

 ただ印象に残らないしょうゆ顔らしいけど。

 って、自分の容姿をどーのこーのじゃなく。

 いくらなんでも芋って酷くないか!?


「だれが芋だ、おい。そんなこと言うなら、お前の顔もデコボコのクレーターだらけにしてやってもいいぜ。月面着陸してやるからよ」


「まぁまぁ、トールさん落ち着いて! お兄様は男性全員の顔が芋にしか認識できない病気なんです!」


「兄を病気扱いとはひどいじゃないかフレイヤ。それに、俺にとっては男などどれも同じだ。俺か、それ以外かでしかない。どいつもこいつも、俺に比べれば大したことない」


 たしかに、自信満々に言うだけあってフレイの容姿はかなり優れている。

 アイドルだとかハリウッドの俳優レベルではない、素の世界じゃ見たこともないほどのイケメンだ。

 この世界、俺の出会う人たちは顔面偏差値がやたら高い人ばかりだが、その中でも一つ抜けている。


 悔しいが何も言えない。


「お前もそうだ、トール。フレイヤに頼まれたからといって、余計なことをしてくれたな。どうせフレイヤにいいところを見せようと思ったんだろう。気持ち悪いから、もう俺たちに関わろうとするなよ!」


「とおくんの悪口を言わないでっ!」


「「!?」」


 フレイの罵倒を割って入る、突然の叫び。

 それは今まで会話に入って来ず、後ろにいたルビィから発せられた声だった。


 ルビィは震える腕を、もう片方の腕で押さえながら喋る。


「たしかにとおくんは、抜けてるところがあるし……フレイさんに比べたらカッコよくないかもしれない……。それでも、それでもとおくんは一生懸命に頑張る、かっこいい戦士なの! 何も知らないのに、勝手なこと言わないで!」


「…………」


 沈黙。

 フレイも先程の罵声が嘘のように、黙ってしまう。

 彼はルビィを真っ直ぐに見据える。そして、交互に俺の顔を見る。何かを確認するように、じっくりと。


 フレイヤは驚きの表情を浮かべている。それもそうだ、彼女はルビィと出会ってからおずおずと怯える姿しか見ていないのだから。

 それが、こんなにも力強く自分の兄に反論しているのを見たら、驚くのも当然だ。


 ルビィは震えている。

 知らない男性に反論したのだ。普段の彼女の振る舞いを見れば、それがどれほど勇気のいる行動かわかるだろう。

 それでも、フレイに見据えられても、ルビィは顔を逸らさない。口をキュッと結び、顔を強張らせながらも、強く佇む。


 俺は、どうすればいいのか。

 ルビィが勇気を出して俺を庇ってくれた、ならば俺はその気持ちを汲まなきゃいけない。


 だから。


「ルビィの言う通り、俺はお前よりカッコ悪いかもな。でも、俺は戦士だ。絶対に譲れない想いがある、戦士だ。お前と同じようにな」


「……どうやら、そのようだ。助けてもらった身でありながら悪かった、言いすぎた。謝罪する。彼女に免じて君という男を認めよう。俺はフレイ、よろしく」


「ああ……!」


 俺とフレイはグッと手を握る。

 これでゴタゴタは終わり。無かったことにする。


「それで、これからどうする」


「俺たちがとってる宿がある。そこで一旦身を隠そう」


「分かった、宿が集まってる地区までの近道は知っている。追っ手が来る前に急ごう。付いて来い」


「りょーかい!」


 俺たち四人は、服屋を後にしてフレイを先頭に走り出す。

 目的の宿屋まで近道で三〇分ほど。人目につかないように移動を開始する。

 フレイはフレイヤを、俺はルビィを抱えて走る。これならおそらく予定の時間よりも早く着く。


 フレイの後をついて行きながら、背中に抱えるルビィに話しかける。


「ルビィ……ありがとな。こんな俺を庇ってくれて。正直、すっごく嬉しかったよ」


「ううん、本当のこと言っただけだもん、お礼を言われるほどじゃないよ。それにね、とおくんが悪く言われると、私のことみたいに辛くなったの。胸が、ギュってなるの」


「そっか……。じゃあ、悪口なんて言われないような完璧な男にならなきゃな。今度の式典で、ルビィの騎士になることだし!」


「うん! 頑張ろうね、とおくん!」

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