第26話 フレイヤとの出会い
金髪碧眼の少女フレイヤ。
エターナル・ユグドラシルのプレイヤーにとって、その名前は強烈に記憶に残っている。
彼女は一章途中からパーティに加入し、以後連れ回せるNPCである。ゲームは、街で暴漢に襲われていた彼女を主人公が助けることでイベントが発生し、いくつかのミッションをクリア後主人公に恩義を感じて旅のお供に、という形で仲間になる。
フレイヤは奴隷であるが、元々は裕福な家庭で育った気品ある女性だ。
なぜ彼女が奴隷という身分になっているのかというと、ヴァナハイム共和国の首都に住む大商人ダティ・ワムに貶められたからだという。残念ながら、ゲーム内ではこれ以上の詳しい経緯は語られていない。
可愛そうな境遇の少女を仲間にし、一緒に旅をしていく内に仲が深まる、
こういうシチュエーションが好きな男は結構多いんじゃなかろうか。
かく言う俺も幸薄少女を守ってあげる男主人公、という構図は嫌いじゃない。
ヒーロー物のお約束でもあるしね。
男はいつだって、女の子を守ってあげたいのだ。ああ、もちろんからかい上手な女の子に男の子がしてやられるみたいな物も好きだよ。
って、俺の趣味はいいとして。
フレイヤを語る上で外せないことと言えば彼女の能力であろう。
彼女は【セイズ・ガルドル】という常時発動型のユニークスキルを有しており、その効果は魔法のMP消費を四〇%カット、詠唱時間の短縮―――というかほぼ無い。入力と同時に魔法名を唱えて発動って感じ。普通だと数秒は硬直時間があるのだが、これは優秀だ―――、魔法威力五〇%アップ、MP最大値アップ、魔法攻撃に対する防御力アップといった具合でまさしく魔法のスペシャリストである。
で、そんな優秀なフレイヤであるが、実はパーティの採用率はあまり高くはない。
その理由は、まずHPが極端に低いというのが一点。
彼女のHPはパーティに加入した時点で主人公の六割しかなく、貧弱の一言に尽きる。序盤故高性能な防具もなく、運が悪ければ三回敵の攻撃を受けるだけで戦闘不能になる。
終盤のボス戦だと、フレイヤが魔法で攻撃→ボスの攻撃で戦闘不能→パーティのメイン火力なので彼女を蘇生させる→ボスの攻撃で他のキャラが戦闘不能→立て直すためにフレイヤがそのキャラを蘇生→ボスがフレイヤを(ry と、ジリ貧で負けること必至である。
ただ、彼女は詠唱時間が無いというのもあってザコ戦なら開幕魔法ぶっぱで使いみち自体はある。しかし、いくら魔法に関するボーナスが優秀で、ザコ戦だと結構使えるとは言っても環境が悪かった。
一章も二章もボスが全体攻撃持ちなのだ。必殺技で、というわけではなく通常攻撃が全体攻撃。そんなボス相手に低HPのフレイヤが活躍できるわけもなく。
次に、プレイヤー同士でパーティを組むほうが強いというのが一点。
エタドラではストーリー中でも、ストーリーと関係ないクエストのどちらでもプレイヤー間でパーティを組める。フレンド登録した者同士や、その場で出会ったプレイヤー同士とかね。
ある程度好きなスキルを取得出来て、成長すればユニークスキルもゲットできるプレイヤーの方がNPCよりもパーティ組む方がパーティのバランスもよくなって強いし。
フレイヤの特色である魔法に関するボーナスだって、複数のスキルを所持すれば似たようなこと出来るしね。【魔法】や【高速詠唱】、【魔法耐性】とかのスキルを高ランクまで育てる必要あるけど。
とまぁ、長々とフレイヤの性能面に関するネガキャンじみたことを言ってきたが、彼女を採用しない一番の原因は他にある。
ぶっちゃけ、
かわいく、
ない。
全く、
かわいく、
ない。
前も言ったが、エタドラの女性キャラはごつい。顔が厳つい。彫りが深い。
鼻は太いし、目は濁ってるし、おまけに唇分厚いし。
こんな容姿でヒロイン感漂わせても、正直あまり嬉しくありません。というのが、大多数の男性プレイヤーの答えだ。
俺? 俺はほら、普段からよく遊ぶフレンドとパーティ組みたかったから。別にフレイヤの顔がどーのこーの言われようと、興味はなかった。
それに、世界観を堪能するためにはNPCと一緒に行動するのも悪くなかったしな。ただ、やっぱりフレンドの方が戦闘で息は合うし、戦闘の指針立てやすかったからなぁ……。
以上が、俺がエタドラでのフレイヤに抱く感想である。
そんな彼女が、現実(?)の世界では、金髪碧眼の美少女として俺の前に現れた。
その姿はさながら、ゲームのヒロインのようで……
◆
「き、きみがフレイヤ? ……本当に?」
「ええ、そうですが……。あの、どこかでお会いしたことがありますか? すみません、だとしたら私……覚えてなくて」
「いやいや、会ったことはないよ。……一応」
「一応…………?」
「コホン、会ったこと無いよ。俺の勘違いみたいだ、気にしないでくれ」
俺の態度に金髪碧眼の少女フレイヤは首をかしげる。当然だ、初めて会った男が挙動不審な態度を取って自分を見ているのだから。
フレイヤは納得がいかなそうな顔をしながらも、俺に走るのを再開するよう促す。強い娘だ。俺なんて彼女の名前を聞いただけで足を止めてしまったというのに。
フレイヤ。
まさかここで彼女と再開することになるとは。いや、エタドラと似た状況でこの世界でも彼女と出会ったのは逆に運命なのかも知れない。
では、エタドラと同じような出会い方をした以上彼女の境遇もエタドラと同じなのではないか。
いや、エタドラはチンピラに絡まれてたところを助けて知り合ったから、こっちの世界と差異はあるんだけども。
とにかく、俺の知識が役に立つのか試してみよう。
「なぁ。もし違ってたら謝るけど、一つ聞いていいか。君の主人ってダティ・ワムだったりしない?」
「っ……!」
俺の言葉に、彼女は体を震わせることで返事をした、
どうやら正解のようだ。やはり彼女はエタドラと同様にヴァナハイム共和国の首都に住む大商人ダティ・ワムに買われているらしい。
「すまない。あまり聞かれたくないことだったか。ただ、君のような若くて美人な奴隷なら真っ先にダティ・ワムのようなやつが買うんじゃないかと思って。どうやら合っていたみたいだ」
「あ……あなたはあの人の……知り合いですか……?」
怯えた目。
青ざめた顔。
震える唇。
俺のことを敵……いや、もっとおぞましいものではないかと警戒している。
この一瞬の様変わりは普通の少女が持つものではない。
彼女が普段から、ダティ・ワムにどのような仕打ちを受けているのかが伺える。
俺がエタドラの知識をひけらかしたせいで、彼女に余計な恐怖心を与えてしまった。
そうか、仮にこの世界で起きることをある程度把握していたとしても、その知識を持つ人間が俺のようなアホだとこんなことになるのか。女の子一人を怯えさせただけ、無意味じゃないかこんなの。
ダメだ、もっと慎重に、言葉を選ばないと。
「いや違うよ。この街をぶらぶらと歩いていたら、偶然彼の話を聞いたんだ。なんでも、この街を影で牛耳ろうとしている鼻持ちならない商人がいるって。それで要注意人物として彼の名前を覚えておいたんだよ」
「そうなんですか……よかった」
「だから安心していい。少なくとも、俺は君の味方だ」
緊張が解け、彼女の方から重しが無くなったかのように、力が抜ける。
フレイヤを騙すようなことを言って悪いが、許して欲しい。
だが嘘ではないんだ。君をエタドラで助けた時に、街でダティ・ワムの悪い噂を聞いたのは本当だし、その時ストーリーに関わりそうなやつだなって注意していたのも本当だ。
だが、ここまでゲームと同じだというのに違う点が一つ。
さっきからそこが気になってしょうがない。
「なぁ、さっき言ってた君の兄さんだけどなんて名前なんだ……?」
そう、フレイヤというキャラクターは知っている。
エタドラのヒロインの一人とも言える貴重なNPCの女キャラクターだ。
だが、彼女に兄などいただろうか。少なくとも俺の記憶にはない。ゲームでダティ・ワムから自由の身になったのはフレイヤ一人だし。
ひょっとして、ルビィと同じ存在なのだろうか。
いや、そう断言するのはまだ早い。
大体、ルビィがゲームに存在しなかったのにこの世界にいるとか言い出したらこの街の人たちほとんどそうだし。
ルビィが特異なのはゲーム中には一切登場しないのに、バグだかなんか知らないがあの部屋でしか見られない没データがあったからで。ゲーム中に本当に影も形もないフレイヤの兄とは事情が違うというか。
俺の質問に対し、フレイヤは即座に答えてくれた。
「お兄様の名前ですか。そういえば言ってませんでしたね。お兄様の名前はフレイ。フレイと言います」
「フレイ……」
聞いたことない名前だった。
だが、どこか親しみやすい、いい名前だと思う。
それにしても、フレイか。
兄妹で似た名前になっているんだな。フレイとフレイヤ。ちょっとややこしくないか?
だって日本で言ったらジャイアンとジャイ子みたいな感じだろ? 違う? 違うか。そもそも日本というか、創作の話じゃないか。例え話下手か、俺は。
「そのフレイは何がどう大変なんだ? 助けようにも、俺はどうすればいい」
「実は、お兄様はダティ・ワムから私を守るためにダティ・ワムの部下を数人倒してしまって。それで、見せしめに闘技場に出場させられたんです」
「闘技場……だが話を聞く限り、フレイは部下数人を倒したんだろ? 弱くはない、いやむしろ強いんじゃないか?」
「はい、お兄様はつよいです。おそらく、街の冒険者なんかよりも。ただ、これは罰なんです。お兄様は反撃出来ず、一方的に攻撃を受けることだけしか許されていません」
「どうして、戦えばいいじゃないか」
「それは……」
フレイヤは唇を噛みしめる。
悔しそうに。
自分を責めるように、深く、唇を噛む。
そうか。
フレイは、彼女を守るために。
「抵抗すれば、妹の命はない……って言われたのか」
「はい……。私はこれを止めるために、隙をついて逃げ出してきたのです。試合開始まであと一時間……急がないとお兄様が……!」
「そういうことならかっ飛ばすぞ!」
両足に力を入れて跳躍する。
数メートル跳び、建物の屋根の上に着地する。
屋根の上を走っていけば直線ばっかりだし、近道になる。大幅にショートカットできるはずだ。
それに闘技場の場所は覚えている。確か、この街の北側……。
「トールさん、違います! 闘技場は街の東側です!」
「えっ!? ああ、もちろん分かってるよ! 大丈夫大丈夫!」
……道を間違えたようだ。
そうだった。彼女の言う通り、闘技場は街の東側だ。
なぜ俺は北側だと思いこんでいたのだろう。
そういえば、北側には何があっただろうか。
たしか…………カジノ。
おお、心も体もカジノを求めているのか、俺は。
それに気付いた時、少しだけ体の芯からゾッとする寒気を感じた。
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