第24話 新たな舞台、新たな出会い
「はぁ~~~……。なんだかなぁ、なんだかだ……」
「ほら、ぐだってないでちゃんとしなよとおくん。これから共和国の代表に会いに行くんだから、シャキッとしないと」
「ルビィ……俺は今回の旅はな。ティウに話を聞いた時、正直楽しみにしてたんだよ。でもな、一緒にいるのがルビィだとな。必然的に俺が保護者になるわけで。となると、呑気にギャンブ……こほんこほん、遊びに行けないんだなぁ。だからね、ヴァナハイムに行くっていうのに、楽しみを取り上げられた気分ですよ」
「遊びに行く時間はあると思うよ。ヴァナハイム共和国といえば、大きなマーケットや美術館が有名だよね。一緒に見に行こうよ!」
「は、はは…………。遊びって言葉に対するイメージが違いすぎて、自分が汚い大人になったって痛感するよ……」
「?」
現在、俺とルビィは2人で馬車の中にいる。俺がこの世界に来て最初の頃、ルビィと出会った際に彼女が乗っていた馬車だ。
あの時と同様に、馬車の周りには近衛兵がいる……というわけではなく、行者を除けば正真正銘俺達二人きりだ。
なんでも、俺が一緒にいるなら護衛なんていらないだろうとのことだ。一国のお姫様に対して雑すぎるよな。少しは警戒しろっての。
「乗る時に確認したけど、馬車の見た目が前見た時と違うな。どこかは分からんけど、なんか印象が違う」
「ああ、それはたぶん偽装してるからだよ。以前ヴァナハイム王国に行った時も、この馬車がミズガルズ王国のものだって分からないようにしてたの。とおくんが見たのは、帰路の途中で偽装する必要がなかったからね」
「ほお、そーゆーことか。そういえばルビィ、変装してたもんな。今日も同じ格好してるけど、よく似合ってるじゃないか」
ルビィの外見は最初に会った時と同じ、帽子を目深に被り、服も体のラインを隠す中性的な格好だ。髪の毛を完全に隠しているから、初めて見たときは男と思ったんだよな。
今は女の子だってわかってるから普通に女に見えるけど。
でも、普段はふわふわした美少女なのに、ちょっと変装しただけで少年に見えるってのは面白いな。
よっぽど顔が整ってる証拠だ。俺と違ってな。自虐じゃなく、マジで顔の作りが違うんだもの。
あと、ルビィが十三歳ってことを考慮しても極端に胸が小さいのも少年に見えた理由の一つだろうな。
「ねぇ……とおくん……。今、変なこと考えなかった……?」
「何言ってんだよ。まるで普段はまともなこと考えてるみたいなこと言うじゃないか。このトール様に限ってそれはない。脳みそのキャパシティは有限なんだ。なら、楽しいことだけを考えてないとな」
「とおくんが何言ってるのか分からないよ……」
「奇遇だな。俺も今自分が何を言ってたのか分からない。うん、考えなしに喋ったら自分も周りも混乱するね」
「なんか無理やり話をごちゃごちゃにして、煙に巻かれた気がする……」
ルビィは目を細めて、俺の方をじっと見つめる。
恥ずかしがらずに人の顔を見つめられるようになって、成長したなルビィ。俺も鼻が高いよ。
カジノに行けないのは残念だけど、たまには健全に行くのも良いかもな。
ルビィと二人きりだし、お姫様なら有名な観光所は知ってるだろう。そっちを楽しみにしときますか。
そして、お子様のルビィが寝たら俺は一人で遊びに行こう。
元手がないだろって? 大丈夫、その気になれば所持品を売れば良いんだからな。装備品は剣以外もレアなものが揃っているし、売れば多少の資金は得られる。
それにしても、ステータスや装備品はゲームのまま反映されてるのに、所持金だけゼロっていうのもケチくさいよな。どこのどいつか知らないが、俺をこの世界に呼んだやつに文句を言ってやりたい。
◆
「なぁ、何で俺達はマーケットにいるんだ? アホみたいに人が多いな、ここ」
昼過ぎ、俺とルビィはヴァナハイム共和国の首都にある大規模の
舗装された道、それを挟むように両サイドに並ぶ屋台。多くの人々が行き交い、雑踏としている。
人混みに慣れていなければ、気をつけないと連れとはぐれてしまうだろう。まるで、お祭りに来ているようだ。
このマーケットはエタドラで見たことあるな。
しかし、ゲームとは全然違う。だって、エタドラ内だと武器屋と道具屋、あと宿屋くらいしか利用できなくて、その他の店はハリボテだった。通行人も少なく、他プレイヤーもアイテムを買ったらとっとと立ち去る。
それに比べると、このマーケットは真逆だ。人が溢れかえっている。
それに店が多く、活気がある。串焼きや謎の果物など、食べ物だけでも様々なものが出品されており、目移りする。
もし金があるなら『この棚のここからここまで全部』と注文してみたい。ドヤ顔でね。
もっと色々見ようとするが、後ろの通行人と肩がぶつかる。相手に軽く頭を下げりと相手も同じ動作をした。
相手は特に怒った様子もなく、スタスタと通り過ぎていく。あれはぶつかり慣れてるな、と思う。このマーケットじゃあ、人とぶつかるのは挨拶みたいなものなのか。
この混雑具合だと、多くの店を見ていくのは骨が折れそうだ。
人混みは好きじゃないんだよなぁ。酔うし。
現代人でゲームが好きな俺からしたら、人混みを見ると圧迫感で酔うか、無双ゲームのように大勢を切り払いたい衝動にかられてしまう。
敵将、討ち取ったりーーーっ! なんてね。やらないけどね、もちろん。
□□□□△……と脳内でゲームのコントローラのボタンを押してたりなんてしてないからね。ほんとだよ。
「とおくんは人混みって苦手? 私達がここにいるのはもちろん、この後代表に会うために必要だからだよ。私はもう変装してるからいいけど、とおくんは今注目のミズガルズ王国の戦士なの。代表のいる館に出入りしてるところを見られて、顔を覚えられて……そこから身元を調べられたりしたら大変だもん!」
「なるほどね~。噂の戦士がヴァナハイムの代表とコンタクトを……ってか。そしたらミズガルズとヴァナハイムで何らかの取引……闇ザコを倒したことから、帝国と戦うために同盟を結ぼうとしているのかもって勘付かれるな。そして必然的に俺を従えてる謎の少年……じゃない、少女はミズガルズの権力者……お姫様ってことにも繋がるし」
「うん。別にやましい事をしているわけじゃないんだけど、こういう情報を他の国……最悪帝国に売る人たちもいるし。出来るだけ秘密裏に話を進めたいの」
「火のないところに煙は立たないって言うし、煙を見られること自体避けなきゃな」
噂というのは、恐ろしい速度で広まっていくものだ。一つの出来事から、有る事無い事捲し立てられ、それが事実かのように人々に認知される。
ネット社会で生きる俺なんかは、噂というものの怖さをよく知っている。
一番質が悪いのは、悪い噂をアンチが聞きつけて拡散させ、炎上する。事実とは異なっていようが、一度日がついたなら、あとは燃え上がるのみだ。あれはホンマ、地獄の光景やでぇ……。
と、関係ないことを思い出してしまった。
ルビィの言う通り、俺個人を特定出来るような格好は止めて、変装しなければ。そのために、このマーケットに来たってことだろう。
「で、服屋かどっかに行くのか? 俺はローブでも着て全身隠すくらいでいいと思うんだけど」
「ええ~? せっかくだし、おしゃれな服にしようよ。だいたい、ローブって魔法使いが着るものだよね。そんな筋肉ムキムキな魔法使いなんていないよ」
「いやぁ……照れるな」
「褒めてないよ!? あ……でも、とおくんの体つきは……男の子らしくて、いいと、思う……よ」
「ん? 後半なんて言ってるか分からなかった」
「な、なんでも無いからっ!」
「?」
ルビィは俺の前を足早に歩く。急にどうしたんだろう。競歩でもしてるのか? お姫様だから城の中にずっといて運動不足そうだし、この娘。
よく見ると彼女の耳のあたりが赤いが、人混みで緊張してしまったのか?
やれやれ、まったく……赤耳姫さまは。
どんどん先を行くルビィの手をつかみ、静止させる。
ものすごいスピードで歩いてたけど、この娘別にこの辺の店とか知らないだろうしな。迷子になったら大変だから、こうして手を繋いで手綱を握っておこう。
「と、とおくん……?」
「ほら、こうした方がいいだろ」
「もー! もぉー!」
俺が手を握るとルビィは声を大にして鳴く。
この娘はいつから牛になってしまったのか。そのうち出荷されちゃったりしてな、少し抜けてるところがあるし。
俺はルビィの手をしっかりと握り、順番にマーケットの屋台を見ていく。
◆
「この服なんていいんじゃない? 白いシャツに茶色のベスト、こげ茶のパンツに革のブーツ。うんうん商人に見えるよ!」
「そうか? 商人ってことなら大きめのリュックも買っておかないとな。まだ予算に余裕ある?」
「ええと……大丈夫だよ。お父さんが心配性で大臣に多めに用意させたみたいで五万Gあるの……心配性なんだから」
「それだけルビィのことが大事なんだよ。小さい娘なんだから、本当は俺と二人で遠出させたくは無かったはずさ」
王様の心配そうにしている顔が目に浮かぶ。
でも、俺と二人で出発させたってことは俺のことを信頼してくれてるんだよな。でもあのおっさん、『ルビアは心配だけど、トールと一緒ならイケるっしょ』とか言いそうだしな。
「心配してくれるのはいいけど、私だってもうすぐ大人なんだから……」
「十三歳は子供だよ。どんなに外見が大人びてようと、どんなに精神的に成長しててもな。子供っていうのは、やっぱり出来ることに限界があるんだ。だから、一人で色々出来るようになるまでは、まだまだ子供」
「そういうとおくんは大人なの?」
「どーだろ。年齢的には成人だけど。正直高校の頃からほとんど精神的に成長してない気がする。ま、世間じゃ二〇歳超えてても大学生だと子供、逆に十八歳でも社会人だと大人って認識されてそう。だから……俺も子供なんだろうな。大人は自分が大人かどうかなんて考えないだろう、きっと」
ルビィは、ほぇ……と声を漏らす。俺の言葉に感心したのか、それともどう反応したらいいのか考えてるのか。変に語っちゃった手前、前者だと嬉しい。何言ってんだこいつって思われるのはきつい、メンタルブレイクしちゃう。
店員にリュックを選んでもらい、服の値段と合わせた料金を支払う。料金はリュックと服合わせて二五〇〇Gだった。
買い物して分かったが、この世界の貨幣価値は感覚的に一G=十円くらいだ。ゲームだと薬草十G、終盤の剣が二五〇〇〇Gといった値段だったが、現実世界にない物が主だったのでピンとこなかったんだよな。
ティウが二万G持たせてくれるって言ったのはつまり、会社の上司に出張で二〇万使っていいよキミィと言われた感じだ。超ふとっぱらだ、カジノに使っちゃいけない金だけど。
「さて、服も買ったし飯でも食いに行くか」
「あ、待って。先に宿屋に行っておこう?」
「そだな。夜になると部屋埋まりそうだし、早めに行くか。そっからゆっくりして、明日の交渉に備えてしっかり寝るか」
店員にティウから予め聞いておいた宿屋の名前を伝え、場所を聞く。店員によるとここから南、宿泊施設の集まった区域の中に目的の宿があるらしい。
用事も済んだことだし、店員に礼を言って店を出ることにする。買った服は試着後脱がずに、着たまま店を後にする。
この時点から変装しておいた方がいいだろう、用心のためだ。
店先に出て、南側を目指し歩き始めたところ。
体に、何かが衝突して体勢が崩れた。柔らかい物体が体にぶつかった。
「ぐおっ!!」
「と、とおくんっ!?」
顔からずっこけたせいで、口の中に砂利が混ざる。うげっ、ジャリジャリする……。
衝撃は背中から来た。つまり、後ろからなにかが突っ込んできたわけである。いちいち言い直さなくても分かるって? そうだね、くどいね。
ともかく、後ろの物体がなにかを確認するために体を起こす。
すると『きゃっ』と背中から小さな悲鳴が聞こえた。それと同時に、体に当たっていた柔らかい物体が離れる。なんだろう、ボールかな?
いや、待てよ? 俺が体を起こして悲鳴がした。つまり、背中の物体は人間だ。だから、体に当たっていた柔らかい物体は肉である。へぇ、人の体ってあんなに柔らかいんだ。
などと、考察風無駄知恵を働かせながら後方を見る。
するとそこには、金髪碧眼の美少女がいた。しかしその服装はボロ布寸前で、体中に汚れがある。普通の身分の少女ではなさそうだ。
少女は俺と目が合うと、手を握ってこう言った。
「あ、あのっお願いします! 兄を、お兄様を助けてください!」
このとき俺が抱いた『あっ。これ絶対何か厄介なことに巻き込まれそうだ』という予感は、この後見事的中することとなる。
でもこの時の俺は、断るという選択はまるで考慮しなかった。それも当然だ。人と人は支え合ってこそ、という誰かの言葉を思い出したというのもある。
が、実のところこのときの俺はそんなことは考えておらず。その美少女の持つ、服の上からでも分かるほどの豊かな胸から、目が離せなくなってしまっていた。
ああ、これが俺の背中に当たってたのか……と納得するとともに、小さくガッツポーズを取る。
そのガッツポーズを、ルビィがしっかりと見ていることは気付いてないことにしよう。そうしよう。
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