第23話 新たなる任務と、暗躍の影

「そういうわけで、トールにはヴァナハイム共和国に行ってほしいんだよね」


「なにがというわけで、だ。人が飯食ってる時にいきなり現れんじゃないよ、ティウ。つーか、ヴァナハイム共和国っつったら確か……」


「そう。民主主義国家だね。トールには国家元首殿に会ってもらいたいんだ」


「ダァホ、俺が考えてたのは別のことだよ。わー、ティウ恥ずかしー! なに勝手に得心しちゃって『そう』とか言っちゃってんのー? うわー勘違いマンだー! あっははははは」


「……オーケー、トール。スキル使用ありで稽古を付けて欲しいって? 分かった、スケジュール空けておこう。ああ、回復薬は多めに用意しておくことをオススメするよ」


「じょ、冗談ですって団長さま。へへへ……」


「ったく、で? トールが考えてたことって何?」


「ああ。ヴァナハイム共和国といえば思い当たることがあってな」


 そう、ヴァナハイム共和国という国を俺は知っている。もちろん、エタドラ内の知識としてだが。

 この国はティウも言ったように民主主義の国だ。ゲームでは一章、つまり物語の序盤に訪れることになっている。

 ミズガルズ王国と違い、国民全員が政治に関わっている。まぁここらへんは日本と似たようなものだから、説明は省こう。


 それはともかく。

 ヴァナハイム共和国で印象深いもの、それはカジノである。

 カジノ、そう、ゲーム内の通貨を使用してコインを買う。そして、カジノ内のゲームでコインを稼ぎ、景品と交換する施設。

 この交換してもらえるアイテムというのが結構レアで、俺が持っている剣なんかもこの交換品だったりする。終盤のエリアでゲットする装と同等で、効果も悪くない。まさに一品である。


 まぁそれとは関係なく、スロットにハマっちゃってVR空間で一日中スロットやってた時期があるんだけど。

 こういうこともあって、俺の中じゃ思い出深い国となっている。


 ああ、またスロットやりたくなってきた。

 な、なんだか腕がプルプルするな。まずい、思い出したら欲がどんどん湧いてきやがった。


「な、なぁ。ティウ団長にお聞きしたいことがござんすが……へっへっへ」


「なんだいトール。その胡散臭い喋り方は。さては良からぬことを考えてるね。ま、僕も鬼じゃないからまずは話を聞いてあげよう」


「俺は前の戦いでティウや他のみんなの代わりにロキをぶっ倒したじゃないですか。ってことは、少なくとも俺はこの国を救ったわけでして。いえいえ、恩に着せようなんて思ってないっすよ。ただ、俺も一人の人間でさぁ。生活のためにも、色々必要となってくるわけですよ。で、ね? なにか分かりやすい報酬とかでもあると、お互い幸せになるんじゃないかって思うんすよね……」


「はぁ……。で? 何が言いたいのさ」


「お金ください!」


 両手を差し出し、お金を乞う。

 しょうがないだろう。だって、よく考えたら俺ってこの世界じゃ無一文だぜ? お金ないぜ? 自宅警備員ならぬ自国警備員だぜ? お金くらい貰っても良くないか?


 労働には対価が支払われるべきだ、とは誰の言葉だったか。ただで働くなんて人間よりも、お金を貰えるんなら死ぬ気で働くってやつのほうが誠意があるだろう。前者はむしろ無責任だ。

 金を貰うっていうのは、自分の行いに対して責任を負い、それに見合う形としてお金を支払ってもらうんだ。

 それっぽいこと言ってるけど、要は頑張ったんだからごほうび頂戴(にっこり)ってことを言いたいんだけど。


「だめ」


「なんで?! 俺頑張ったじゃん! 王都から出たくないでござるって言ってるどこかの団長様の代わりに死にかけたよ? 金の一つや二つ、金塊の三つや四つくらいどーんとくれよ!」


「残念でした。君はこの国の騎士、騎士は見返りを求めず、国のために尽力するものさ」


「正式にはまだ客人のはずだろ? それに俺は無一文だ。金くらいくれたっていいだろ。お願い。バクシーシ!」


「どうせカジノに使うんでしょ?」


 バレてた。

 そりゃそうだ。ティウだってヴァナハイムでカジノが有名なことは知っているだろうし、その国に行くやつが急に金を無心してきたらピンとくるはずだ。

 やり方がダメだったか。今度はもっと自然に金を借りられるように口実を考えよう。いやね、俺もちゃんと報酬を貰えるんならこんながめつい事はしないよ?

 でも、俺の所持金ゼロGゴールドなのさ。むしろ手ぶらで旅してきますってやつがいたら、無理矢理にでも金掴ませるね、俺なら。


 しかし、そんな俺の思いもティウには届かない。

 呆れた、という様子でため息をつく。止めてくれ、金の亡者ってわけじゃないんだからこっちは。


「ぐうぅ……」


「そんなことだろうと思った。……でも、確かにトールは頑張った。だから、旅の費用として二万Gゴールド渡してくよう大臣に言っておこう。これなら高い宿でも数日は泊まれるはずだよ」


「おお有り難い! さっすが団長、太っ腹ァ!」


「ただし、これは国民の皆様が払ってくれた血税だ。無駄遣いしないように、しっかりと見張ってもらうよ」


「見張るって誰に? どうせティウはまた国を離れられないんだろ?」


「どうせって言わない。誰ってそりゃ、決まってるよ。隣国の使者として、お忍びでヴァナハイムに行ったことがある人。共和国の要人とも顔見知りだし、きっと役に立ってくれるよ」


「だから誰だって」


「ルビア様」


「え…………」


 今回はお姫様と二人きりで、隣国へ出かけるようです。

 ヴァナハイム共和国に女の子が喜ぶような店あったっけな。ゲームの中だと入れる建物が決まってたし、俺の知識はあまり役に立たないかも。


 ◆


 ――ロキ視点


 体を起こす。痛みはない。ただ、怪我が治るまで動いてなかったため体が鈍っている。

 ベッドから降り、地面に足をつける。思ったとおりだ。全身に小さな違和感、筋力が多少低下したか。

 これはすぐにでも実戦の勘を取り戻さねばならんな。


「シャドウズを呼ぶか。あいつらなら、四人がかりで来れば多少は勘が取り戻せる」


 部屋から出ようとすると、背後に違和感。

 振り向くと、そこには金色の髪を揃えた子供、シャドウズの最年少サンがいた。

 私の気付かないうちに室内に、というのはサンの能力と性格を考えるとあり得ない。ということは、先ほどからずっといたのだ。私が目覚める前に。


「いるのなら声をかけろ、サン。私が出ていった後もここに居座る気だったのか」


「おはよーロキ。もう体、だいじょうぶ?」


「お前が気にすることではない。だが、そうだな。強いて言うならば、今すぐあのトールを飲み込んでやりたいよ」


 私がこの三週間倒れていた理由。

 それは、ミズガルズ王国の兵士トールという男との対決が原因だ。忌まわしきトールは、ゴミ虫のような往生際の悪さで私に痛手を負わせた。治癒魔法では完治せず、また傷が癒えた後も体に深刻なダメージが残った。

 先週までは体をベッドから起こすことさえ難しかったのだ。


 あのような抜けた男に負けたことが、腸が煮えくり返るほど憎らしい。

 今度あったときは必ず、その四肢をもいで血の雨を流し、傷口からジワジワと影に取り込んでやる。

 そうすればこの鬱憤も多少は晴れるだろう。



「あ……ロキ、顔。傷が……」


 サンが背伸びをして、指を伸ばし私の顔に触れる。

 触れた場所に、少し痛みが走る。それと熱も。どうやら、傷と火傷が残っているらしい。



「ん……。まあいい、この傷は戒めとしよう。油断し、敗北した自分自身への戒めだ」


「じゃあ……これ、付けたらいい。傷が残ったままだと、他の四魔将に舐められる」


「すまんな。では私は出る。さっそくその四魔将の一人に用があるのでな」


 サンが手渡してきたものを受け取り、装着する。

 そのまま部屋を出て、城へと向かう。会うべき人間はファーフナー。四魔将の1人で、私がもっとも信頼している人間だ。

 やつは主の命令は絶対に守り、任務を遂行する。寡黙ながらも熱い心があり、また武術の腕も一流だ。そんな武人気質な彼を、私は気に入っていた。


 最後にあったのは数ヶ月前の会議だが、それ以降何をしているのか。


 ファーフナーの館に到着し、執事に部屋まで案内される。

 広い屋敷の対して、ファーフナー個人の部屋は驚くほど質素だ。無駄な装飾や家具がなく、あるのは鍛錬の道具だけ。あまりのストイックさに笑いが出る。


「久しぶりだなぁロキ。聞くところによると、ずいぶん痛い目にあったそうじゃないか」


「なに、大したことはない。軽い怪我だ。私以外の四魔将が戦っていれば、命があったかは怪しいがな」


「ほう、言うじゃないか。それ程の相手か、その雷神というのは」


 ギラリ、とファーフナーの目が光る。武人として、戦ってみたいという興味が湧いたと見える。


「私のオートカウンターで倒れなかった者は、初めてだよ。貴様を除いてな」


「俺もあれには手を焼いた。なんとかかいくぐっても、お前自信が怪力じゃあ打つ手がなかったが。……だが、お前は負けたんだよな?」


「ああ。二度追い詰めたが。だが、やつは私の能力を前に二度も窮地を脱した。そして勝った。追い詰めれば追い詰めるほどに、力が湧いてくるかのように。おかげでまだ傷が癒えない。この仮面の下も……」


「いい、見せたくないのならばマスクは付けたままにしておけ。仮面の下の傷はお前の戦士としての誇りに敬意を払い、名誉の負傷と受け取ろう。お前の容体は聞いてたが、どうも物理攻撃やスキルで負わされた傷じゃあない。一体、何でそこまで……」


「極大魔法」


「!!」


 私の言葉を聞いた瞬間、ファーフナーの目の色が変わる。

 当然だ。極大魔法と言えば、古文書に載っているレベルの代物だ。現代で扱えるものなどいない。いや、いるかも知れないが、少なくとも私は知らない。

 極神というおとぎ話のような存在が、これまたおとぎ話みたいな極大魔法を唱えた。これは何の冗談だと思う。まるで、神そのものではないか。


 極神スキルは存在自体があまりにも稀少で、それこそトール以外に見たことも聞いたこともない。

 学者たちの間では、極神の「神」という言葉はものを極めた到達点として称しているのであって、あくまでスキル保持者は人間である、というのが定説だ。

 だが、トールからは人間離れした何かを感じた。少なくとも、やつは常人ではない。異質だ。

 そんなトールを見たからか、極神という言葉も、学者たちとは違った意味合いに感じてしまう。


 極神とは……一体何者なのだ。



「おい、聞いてるのかロキ!」


「……すまないな、考え事だ。で。話を戻してくれ」


「帝国が細胞の研究をして、合成魔獣を生み出しているのは知ってるな」


「当然だ。プロジェクトの内容は私も目を通している。で、それがどうした」


「お前が持ち帰った雷神のデータを元に、人工的に極神の力を得ようってプロジェクトが、お前が寝ている間に進んでいる。既にある魔物の細胞も組み合わせて、強力な生物に生まれ変わろうってな」


「そうか。データを持ち帰った時点で想像はついていが。いささか実行が早かったな。陛下は思い切りの良さがあるが、たまにそれで不安にもなる」


「その陛下の指示で、俺が実験体に選ばれた」


 ファーフナーの口から、重い言葉が放たれる。

 本人は何食わぬ顔で言っているが、実験体になるということは死の危険性があるということ。

 それをファーフナーも分かっていないわけがない。


「何を仰っているのだ陛下は! 我ら四魔将の一人に、帝国の最高戦力にモルモットになれというのか! 実験など、そこらの人間でも連れてきて行えばいいだろ!」


「人体実験は既に行っている。この三週間で数千人。属国の民や犯罪者、魔族なんかも使ってな。全く、でかい国というのも困りものだ。何でも揃っているんだからな」


「黙って従うのか……。死ぬかも知れないと分かっていて」


「それが陛下の望みならば」


「四魔将に実験体になれということは、我らを侮辱したも当然だぞ! 軽く見ているのだ、我々を! 実験体などいくらでもいる、故に戦力だってどうとでも融通が効くだろう、とな!」


「俺はあくまでも帝国に、陛下に仕える戦士。主がやれと言えば、それを行うのが道理」


「……後悔するぞ、必ずな」


「お前が気に病むことはない。少なくとも、戦力としての代わりならいくらでもいるからな」


 ファーフナーとの会話は終わり、館を後にする。

 実験は翌日。それを最後に、ファーフナーという人間はこの世から消える。

 実験体の成功例はゼロ。多くは体内で魔力が暴走して死亡するか、稀に生き残っても魔物化して暴走する者がいる程度だ。

 魔物になるなど失敗だ。既に合成魔獣を生み出すことに成功している。それなのに、人間を使って魔物1匹を生み出すなど非効率極まりない。成功など、口が腐っても言えないし言わせない。


 陛下は、我々をなんだと思っているのだ。

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