第20話 変わりだす運命

 真っ黒な視界。瞼の裏から見る景色。どうも、寝てしまってたらしい。


 神様と会ったのが夢なのか、本当にあったことなのか混乱してしまう。ひょっとすると寝ている自分が見ていた空想なのではないかと思ってしまう。

 などと寝起きの頭で適当に考えていると、瞼を通して暖かい光を感じた。


「ん……ああ、エリック隊長。無事だったんですね。ハゲ姉さんも」


 目を開けると満身創痍といった感じの隊長たちがいた。それと、俺の体に手を当てて治癒魔法をかけてくれている騎士が一人。

 確か、二番隊の騎士だ。装備の状態や傷を見るに、ロキにやられたが一命をとりとめ、俺の治療をしてくれている、と言ったところか。

 騎士に軽く礼を言うと、安静にと怒られてしまった。


「二人とも、毒は大丈夫? 一応、【クリア】系の魔法は使えるけど……」


「バーカ、おとなしくしてろよ。俺達はちゃんと状態異常に耐性のある装備をしてある。とはいえ、万全を期してたのに今まで倒れてたんだがな」


「そうねぇ。こうしてあの黒男と戦って三人とも生き残ってるのが不思議なくらいだわぁ」


「生き残ったのは、俺達だけか……。そっか…………」


 最初に偵察にきた二六〇人、それと今回の部隊。三〇〇人以上の人間が死んでしまった。


 受け入れがたいが、これが現実なんだ。

 ここは日本じゃない。ましてやゲームの中でもない。

 剣で刺せば人は死ぬ。魔法なんて超常の力ならもっと呆気なく死ぬ。

 元の世界の何倍も、生と死の距離が近い。でも、命の価値は変わらない。


「お、俺のい……だ。みんな、すまない……」


 自然と謝罪の言葉が口から溢れた。

 だが俺の言葉に、ハゲ姉さんが反応する。


「トールちゃんのせいって……どういうことかしら。知ってることがあるなら、話してくれる?」


「トール。なにか知ってるんだな。帝国のヤロウ共が少人数でこの国に来て、何を調べてたのか」


 二人は俺の目をまっすぐに見る。俺はことのあらましを説明した。

 敵が帝国の四魔将のロキで、俺の力を狙ってやってきたということを。

 そして、エリック隊長が拳を握り、俺の顔めがけて勢いよく拳を放つ。


「トール、歯ァ食いしばれ!」


「へぶっ!!」


 突然のことで、頭の中が『?』と疑問で埋まる。ヒリヒリとした痛みがゆっくりと伝わる。


 殴られるのは当然か。俺のせいでエリック隊長は大勢の部下を失くしたんだから。

 しかし俺の予想に反し、エリック隊長の口から出た言葉は俺を非難するものではなかった。


「ばかだなオマエ。元々帝国とは敵対してたんだ。今回初めて帝国が攻め込んできて、それがお前のなら話はわかるけどよ」


「そうよトールちゃん。戦いの中で犠牲が出るのは当然。亡くなった子もそれは覚悟してたわ。全部が全部自分のせいだなんて思わないで。責任感を持つのはステキ、でも一歩間違えばそれは傲慢な考え方とも言えるわ」


「だけど、俺がいなかったらこんなことには……」


「おう。オマエがいなかったらいつかあいつと戦う時、俺たちは正真正銘全滅したろうな」


 エリくん隊長の拳が、優しく胸に当てられる。


「確かに大勢の部下が死んだ。だが間違っても犠牲の数だけを数えるな。それで得た希望にも目を向けろ」


「希望……希望ってなんですか?」


「あいつに勝ったじゃねぇか。それで十分だ」


「そうよ。悔しいけど私達じゃ歯が立たなかったわ。でもトールちゃんは勝つことがてきた」


「ギリギリだったよ、ほとんど死にかけてた」


「トールちゃん。犠牲はたしかにあったけど、希望もあるそう言ったわよね。四魔将に勝てたという事実はミズガルズ王国だけじゃく、他の多くの国にも希望を与えるはずよ。帝国の支配する絶望の未来に対する、希望の光をね!」


「そーだぜ。次は俺も役に立ってみせる。オマエだけに重荷は背負わせないぜ」


「ハゲ姉さん……エリック隊長!」


 手で思いっきり頬を叩く。パシィン、と乾いた音が鳴る。痛い。痛いけど、その痛みで弱気な自分を叩き出し、気合を入れ直す。


「よし! 俺は絶対に、ルビ……ミズガルズ王国を守ってみせる! この世界を救ってやる!」


「その意気よ、トールちゃん!」


「やっとマシな顔になったか」


「えへへ……」


 こうして、俺の初任務は幕を閉じた。




 ◆国王視点




「以上が今回の件についてです、陛下」


「うむ。ご苦労だったなエリック。それにハゲネも」


 エリック達が王都に戻ってきたのがつい数時間前。出発から、ちょうど一日が過ぎていた。

 帰ってきたのは四人、出発時には五〇人もいた部隊がほぼ全滅していた。


 実に三〇〇人以上の騎士を失った。

 数字だけ聞くと、騎士団全体からすると大した数ではないように聞こえるが、エリックとハゲネ直属の部下を失ったのだ。

 これはかなりの痛手だった。


「それにしても、四魔将を倒すとは。驚かされるな、まったく」


 正体不明の敵の名はロキといい、帝国最強の四魔将の一人だったという。

 トールは相打ちに近い形で勝利したそうだ。

 四魔将に勝つほどの実力を持つ戦士がティウの他にもうひとり増えた。

 これは朗報だった。


 もっとも、これで帝国に警戒されるようになるだろう。

 いずれ潰しに来るかもしれない。


 だが逆に、この国には四魔将を破った戦士がいると他の国にも伝われば、同盟を結ぶきっかけになりうる。


「ただ滅びゆくのを待つだけだったこの国に、一筋の光明が見えたな」


 やるべきことはたくさんある。

 これからきっと忙しくなるだろう。



 ◆帝国



「報告は異常です、皇帝陛下」


「ロキがやられたか。くくく、あの男を倒すとは、ますます極神に興味が湧いたぞ……!」


 皇帝は配下が倒されたことのなにが可笑しいのか、口の端を歪めて笑う。

 

 皇帝は嗤う。

 その場にいた誰もが、皇帝の姿を見て体をすくめる。

 皇帝は心底可笑しいという風に声を上げて笑うが、その目は一切笑っていない。

 側近でさえ、皇帝の本意を計りかねている。


 底知れない恐怖が漂う。

 これが皇帝、世界のすべてを手に入れんとする男。

 

 だが、その男の思惑を初めて外したのが、他ならぬトールだった。

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