第19話 決着と、そして

 極大魔法ファイナル・ジゴ・フェノメノン。それは雷系最強魔法。

 MP消費は上級魔法のゴッド・グラン・ジャッジメントのおよそ五倍。

 終盤で取得するが、終盤の最大MPでも二回撃てるかどうかというクソ燃費魔法だ。


 もちろん極大魔法は魔法の最上級クラス。燃費に見合うだけの力はある。


 それは、【敵の防御バフ貫通】、ボスが持つ属性耐性などを無視できる【耐性貫通】、【バリア貫通】、【蘇生魔法解除】、【強制スタン】、【敵のバフ解除】といった効果が山盛りだ。

 スキルの【魔法A】や【消費魔力減】、【魔法速射】で省エネで火力を上げつつ、チャージ時間を早めて撃つことも可能た。


 しかし、強すぎる魔法には当然リスクもある。

 極大魔法は使用後、術者も強制スタンしてしまう。

 このスタンは【クリア】系魔法では解除出来ず、自分のスタンは敵よりあとに解除される。


 更に使用するにはMPだけでなくHPの半分も消費しなければいけない。

 つまり、強力な代わり使いどころを見誤ったら一気にピンチに陥るい、上級者向けの魔法だ。

 一応、パーティにタンクがいれば安全に運用できる。むしろ一人だけタンクを入れて残りのメンバーが全員極大魔法ぶっぱも出来るのだ。


 というわけで極大魔法は最速攻略のお供として愛用されていた。

 だがソロプレイでは余程のことがない限り使わない奥の手だった。

 とにかく、この魔法は名前の通り敵を終わらせる現象ってことだ。



 ◆



 それは青白い力の奔流だった。空から降ってきた青い稲妻は、あまりの眩しさに失明するのではないかと錯覚する。

 あまりの輝きに色感も失われ、ただ光を感じることしか出来なかった。

 痛みは無い。魔法は術者自身を傷つけないように出来ている。

 だが、あまりにも桁外れの魔力、破壊力で、体が宙を舞う。


 雲が近いなと感心していると、いつの間にか地面が見えていた。


 ああ、このまま落ちると流石に死ぬな。

 でも、受け身を取る力も残っていないんだ。


 地面にはクレーターが出来ている。そこには黒い人影が転がっている。ロキだ。

 ロキはもう、あの厄介な黒衣を纏っていない。元の姿に戻っている。


 ああ、よかった。ちゃんと倒せたみたいだ。


 安心したら瞼が重くなってきた。これは、地面にぶつかる前に力尽きるな。

 でも、そっちの方が痛く無さそうでいいかも。


 王様、ティウ、約束は守ったよ。




 ルビィ、君との約束は―――



 ◆




 夢を見た。

 とても広く、白い空間。何もない場所に、俺はいた。


 さっきまで国境近くの平原にいたはずだ。

 それなのに、こんな見たこともない場所にいるなんて夢以外ありえないよな。


 そこは、眼に映る全ての景色が真っ白で、ずっといると頭がおかしくなってしまいそうだ。

 だが幸い、今の俺は落ち着いてて、当分は平気だと思う。というより、夢の中だから感覚がふわふわしていてよくわからない。


「ひょっとしてここ、あの世だったりしてな……。ははは、笑えない……」


 何もない、白い地面を歩く。

 どこへ行くとも分からず、ただ歩く。なんとなく歩きたくなったんだ。


 歩きはじめて十分くらい経っただろうか。景色が一切変わらないから、どれくらい歩いたのか、実際は何分歩いたのか。分からなくなってきた。

 俺が十分って思っているのが、実は一時間かもしれない。いや、ひょっとしたら二分くらいかもしれない。時間の感覚がずれてしまっている。

 進めど進めど、景色は変わらない。でも不思議と嫌にならない。夢の中だからね、疲れもしないし、頭空っぽだからね。


 そうして、さらに歩き続けた後。

 白い地面と白い空の間にある地平線。その先に、人影が見えた。


「おーい、そこに誰かいるのかー? 返事してくれなーい? ヘイブラザー? へロー? アイファインセンキュー? アーハン?」


 人影から返事はない。そりゃそうだ、いきなり変なテンションで話しかけられたら反応しづらいわ。

 もしこのノリで話しかけても返事をしてくれたなら、そいつはコミュ力お化けに違いない。

 まぁ相手が困るような話しかけ方した俺が悪いね、うん。


 とりあえずあの人のいる場所を目指そう。

 さっきまで歩いてきた道に比べたら、大したことはない。夢の中でまで疲れることしたくないなぁ、とは少しだけ思うんだけどさ。


 それから数分、ようやく謎の人影までたどり着いた。謎の人物は後ろを向いていて、俺が見ていたのは後ろ姿だったようだ。

 思ったより距離があったな。夢だから距離感狂ってんじゃないか?


 謎の人物は、近くで見ると老人だった。後ろ姿でも分かる。

 伸びた髪の毛と、少しだけ曲がった腰。長い年月着てきたローブ。手に持った杖。

 もしこれで老人じゃないなら、もうちょっとシャキッとしろ! とケツを叩いているところだ。


「もしもし、御老人。ああいや、若い人ならすんません。少し聞きたいんですけど……あーいや、俺の夢の中の人間に話しかけるのも変だな…………。ま、いっか。あのー、何をしてるんですか?」


 老人は、俺の声に反応して振り返る。

 顔は深いシワが刻まれ、威厳と貫禄のある顔をしている。

 立派な髭を蓄えていて、ファンタジー作品における賢者を連想させる。


 聡明そうなじーさんだ。


 じーさんの顔をまじまじと観察していると……。

 隻眼であることに気がついた。眼帯をし、左目を隠している。


「…………っ! じーさん、あんた……目が……」


「なに、気にするな。それより、ようやく会えたな……二ヶ月間待ちわびたぞ、透よ」


「なっ……。今、俺のこと……なんて?」


 初めて会うはずなのに、俺の名前を知っている?

 いや、それよりもなぜ……透って、元の世界の名前を……イントネーションを知っているんだ。


 それに、二ヶ月と言った。

 二ヶ月…………それは、俺がこの世界に来てからの日数。

 このじーさんは、俺がこの世界に来てから、俺に会うのをずっと待っていた。俺が別の世界から来たと、知っている……?


「あんた、なにもんだ。なぜ……」


「語るべき事柄はあまりに多い。しかしその時間はない。故に、これだけ語ろう」


「なにをっ……」


 じーさんは、俺の目を見て、ゆっくりと、諭すように語る。


「始まるのだ……世界の落陽が。ロキとの戦いは黄昏への序章。終わりへのプレリュードに過ぎない」


「回りくどい表現はよせ、なにが言いたいんだよ……。時間がないくせに詩人ぶった表現で、こっちを混乱させんじゃねぇ」


「ふふふ…………。では、お前にも分かる言葉で言おう。……一章を思い出せ」


「一章? 一章って、なんの……」


 それだけじゃ、分かんないっての。

 このじーさん、自分に酔ってんじゃねぇのか? いい歳して中二病か? こんな老人にはなりたくないね、心から思う。


 それともアレか?

 俺の中の潜在意識が、渋い老人に憧れているのか?

 だから、夢にまで出てきて、意味深な言葉を並べているんだろうか。


 いやいや、筋肉ムキムキなダンディには憧れるけど、じーさんには別に憧れなんてない。


 このじーさんを、夢の中から追い出したいな。

 早急に。


 なんなんだよ、このふわふわポエムジジイは。


「じーさん、頼むからちゃんと話してくれよ。ここは俺の夢なのに、俺に分からないことを言うな。それに、あんた誰なんだよ。夢の中でも、とりあえず名を名乗ってくれ。間違っても、もう一人の俺とか、俺自身の心の闇とか言うなよ、そういうのはもう卒業したんだから」


「話すべきことは話した。では透、くれぐれも契約を破らぬようにな」


「契約って、なんだよ! ……っ! 」


 意識が薄れていく。

 いや、逆だ。意識がはっきりとしているんだ。現実の俺が、夢から覚めようとしているんだ。だから夢の世界が曖昧になっていく。


 つまり、このじーさんとはここでお別れ。


 結局、なにも分からなかった。

 まぁ夢だから、そんなもんと言えばそんなもんか。


 だが、最後にどうしても聞いておきたいことがある。


「じーさん、せめて名前!」


 俺の言葉に、じーさんは小さく口を動かして答えた。


「ガグンラーズ、とでも呼べ」


「その言い方だと……偽名、だろ?」


「ああ、事情がある。今はそう呼ぶのだ、透」


「ったく、訳わかんないじーさんだ。せっかくの夢が、モヤモヤで終わるじゃないか」


「ふふ…………ではな透、いやトールよ」


 夢から、醒める。


 俺の体が足元から消えていく。

 そういえば、現実の俺はどうなっているのだろう。ロキは、倒せたのか。


 そう考えると、早く起きたくなってきた。

 うおおぉぉ! 消えろ、俺の体!

 早く目が覚めろ!


 じーさんは、俺が消える瞬間。

 ぽつりと、言葉を残した。


「世界を、救え」


 その言葉は、いつか、何処かで聞いた覚えがある。


 思い出そうとする直前、夢は終わり、俺の意識は現実へと戻った。

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