第18話  ラスト・バトル

 ロキの真の力。影を取り込み自身を強化した真の姿闇魔神。

 雷神の力を持つ俺と対になる、魔族にとっての極神。

 人の理を超えたのが極神なら、魔族の理を超えたのが魔神。


 ロキもまた、枠から外れた力を持っていたのだ。


 闇よりも暗いその衣は、見続ければ引きずり込まれそうな錯覚を覚える。


「闇魔神……だと……? まだ力を隠してたのか!?」


「お前の実力を見くびっていたと謝罪しよう。詫びと言ってはなんだが、私の影に取り込み、この身の糧にしてやろう! 極神の力を得て、私は更なる高みへ昇るのだ!!」


「俺は男に食われるのなんて、趣味じゃないんだよ!」


 黒衣から黒い波が放たれる。さっきよりも速くなっている。勢いも全然違う。

 だがこの程度なら対応出来るか。まだ俺のほうが速い。

 ロキまで一メートル、拳を放つ。


 黒衣からはカウンターとして、様々な攻撃が出て来る。


 黒い波。体を僅かに逸し、避ける。

 黒い蛇。噛まれる前に握りつぶす。

 黒い狼思い切り膝で蹴り上げる。


 拳を振り切る。

 だが防がれる。カウンターは止まらない。

 狼と蛇、それにロキ自身が、俺を捉えようと―――いや、殺そうと迫りくる。


 だが目の前まで接近すれば俺の有利。ロキ自身から攻撃してくるのを、待っていた!


「ふっ……!」


「はぁッッ!」


 ロキの拳を後方へ受け流す。逸らすのは腕だけでいい。蛇や狼の攻撃なんて受けてやる。

 拳を逸したことでロキの体が前方へ傾く。それを確認するよりも速く、俺は体を回転させる。

 そしてロキの側面へ回り込む。高速のパンチを打つ。


 ティウとの修行で身につけた神速のカウンターの応用だ。

 雷神化した状態で、更に肉体強化の魔法を併用している上での全速力。

 ロキのから見れば消えたように映っただろう。


 そして、顔面を狙い打つ―――





「―――クハハ」


「がは……」


 拳は、ロキの顔を殴るどころか、届きすらしなかった。

 拳に伝わる柔らかい、しかしこの世のものとは思えぬ感触。

 拳を動かそうとしても、まるで接着剤で止められたかのようにピクリともしない。


 拳の先には、腕が生えていた。ロキの黒衣から、影からの黒い腕が生えているのだ。

 その腕が俺の腕を掴んでいる。他にも生やした腕で俺の腹を貫いている。

 神速のカウンターは失敗し、逆に俺がカウンターをくらっていたのだ。


 完全にロキの意表を突いたはず……。


 カウンターとしては理想的な状況だったのに。


 なぜ、無防備だったロキが、俺にカウンターをしかけて……。



 まさか―――


「お……オートカウンター……」


「そうだ、蛇や狼のようなちゃちものじゃない。力を開放したフルパワー、正真正銘の後手先制よ!」


 後手先制。なるほど、言い得て妙だ。


 俺が半年間寝る暇も惜しんで修行し、やっとのことで身につけた神速のカウンター。

 あれは相手の攻撃を受け流して体勢を少し崩し、その隙に相手を切る。

 だがこいつは違う。ロキ本人の意思とは無関係に、攻撃されたら自動で迎撃する、神速を超えた速度だ。


 避けるのは不可能、必中の超強力カウンター。


 蛇や狼のカウンターを見た時は、この世界だと『少し厄介なカウンターだな』と感じた。

 だがその後、相手がロキだと分かった時、疑問に思ったんだ。『あれ、ゲームとカウンターの見た目が違うな』と。

 『この世界だと蛇を使役したカウンターなんだ』なんて勝手に納得していたが。



 違う、違ったんだ。

 やつのカウンターは、今が真の姿。

 さっきまでの蛇や狼はこいつにとって舐めプ用こカウンターだったのだ。


 なんだよ……。ゲームの技が現実で再現されたら、こんなにやばいのかよ……。

 雷神化状態の反射神経でも避けきれないなんて、まさに無敵じゃないか。

 魔法もだめ、物理もだめ。なら、どうやって勝てばいいんだ。


 ロキは確かに弱いボスとしてプレイヤーに親しまれている。だが、ソロプレイで勝てるほど弱いボスでもない。ゲームと同じステータスだからって、俺一人で勝てるわけがないんだ……。


「げほっ……。う、うう……」


 反則だろ、こんなの。

 なにゲーマー相手に本気を出してるんだ、この野郎。


「そろそろ終いにしよう。お前を取り込んだ後、この国をじっくり調べさせてもらおう。他にも極神がいるかもしれんからな。なに、王国など敵ではない。我ら四魔将に対抗できるのはせいぜいミズガルズ団のティウくらいだろう。いくらヤツが四魔将と互角と謳われた戦士でも、一人ではどうにもなるまい」


 腹に刺さった黒い腕がドクンと揺れる。瞬間、全身の力が抜け落ちる。取り込まれているんだ、俺。

 先程やつが言った糧にするという言葉は脅しや比喩表現じゃなく、本当に捕食するらしい。

 この腕から逃げ出さなきゃ。このままじゃいけない。

 だが腹に刺さった腕は抜けず、痛みから抵抗もできなくなる。


「クハハハハ! 伝わってくるぞ、貴様の力が! これが極神の力か。これはいい、いい魔力だ! 一気に搾り取ってしまいたくなるぞ!」

「クソ……」


「諦めが悪いな。もはや死に体。仮に腕から逃げ出せても、勝算など一つもあるまい」


 必死に藻掻くが傷口が広がるだけで、状況は変わらない。

 力が抜ける。

 意識が薄れる。



 負ける訳にはいかないのに。

 こいつが王都へ侵入するのだけは止めないといけないのに。

 なのに、体は限界を迎えそうになっていた。

 先程のように機器を脱するのは、無理か……


「そうだ。次は軍を率いて王都に攻め込もう。この国の王女は特別な力があるという。やつも取り込もうか。そうすれば私は更に強くなる! 抵抗すればこの国の全てを燃やし尽くしてくれる!」




 なん、だと―――




 ロキの言葉に、活動を停止しかけていた体が反応する。


 指先を動かすだけで、頭に鉛玉を詰められて揺さぶられるような感覚になる。

 意識が落ちそうだ。


 それでもこのままでは終われない。


 だって、今の話だと……。


 エターナルユグドラシルで、ミズガルズ王国を滅ぼしたのは。


 あの廃墟の城にあった写真は。


 没になったヒロインは。ストーリーに出る事も出来ず死んでしまった少女は。





 ルビィを殺したのは。


 こいつの仕業じゃないか。


「……………………………………ぉ」


「何か言ったか? 私は今気分がいい。言い残すことがあるなら聞いてやろうか」


「……ぉぉぉ……ぉおおおお!!!!」


 残りの力を振り絞り、前へ進む。

 貫通した腕から逃げるのではなく、更に深く刺さりに、腕の発生源へ、ロキの元へ近づく。


「最後の悪あがきか!?」


 黒い蛇、そして狼が現れる。

 俺の首を、腕を、腸を噛み千切る勢いで襲いかかってくる。

 もう俺に避ける力なんて無い。

 だったらくれてやる。あと少し、意識が続くならどんな傷も負ってやる。


 右手だけは死守し、なんとかロキの元へたどり着く。

 ほんの一、二秒のことだが、とてつもなく長く感じた。感覚が麻痺してきたのかもしれない。


「つ・か・ま・え・た……」


「クフフ、馬鹿め。吸収する手間が省けたぞ。このまま我が影の中へ沈め!」


 ロキは笑顔で、本当に気持ちいいくらいの笑顔で、ぶん殴りたくなるような顔で俺を取り込もうとする。

 やつの黒衣に触れている俺の体はどんどん溶けていっている。


 構わない。

 俺とロキの距離はゼロ。完全な密着状態だ。これなら狙いが外れることもない。

 正直魔力も精神力も底をつきそうな今、魔法を当てることが出来るか怪しい。

 魔法が撃てたとしてあと一発。外れれば終わり。

 だったら、こうして目の前までくればいい。


「離せっ! 何をする気だ! 死にかけの猿がっっ!」


「ぜったいに、はなさない……」


 蛇に噛まれた毒の影響か、体力の限界からか呂律も回らない。

 右手でロキの髪を掴む。カウンターで影が俺の体を蝕む。だがこの右手だけは離さない。


「やめろ! そんなことで私にダメージを与えられると思っているのか! 貴様の力では私にダメージを通せまい!!」


「ああ……もう、そんなちからは、ない……。だが、まほうは、どうかな……」


「血迷ったか! このロキに、魔法は通じないと―――」


「あらゆる……耐性を…………つらぬくまほう……しってるか?」


「! あ……あり得ない。そんな、そんな魔法などない!」


「くらいやがれ……極大魔法【ファイナル・ジゴ・フェノメノン】」

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