第17話 九死に一生!
四魔将ロキ。
帝国の誇る最強の戦士の一人。人間と魔族のハーフである。
魔族の親から受け継いだ褐色の肌と尖った耳。髪の毛は銀色で、目つきは鋭い。
闇より黒い漆黒の衣を纏っている闇属性キャラ。
ストーリーを進めるプレイヤー達に立ちふさがる強敵だ。
もっとも、ほとんどのプレイヤーがNPCではなくプレイヤー同士でパーティを組むので、対策を練って戦う。そのせいで苦戦せず勝てる。
それ事情により、ボスキャラとして何度も戦うのだが、残念な敵として印象に残っていた。
むしろ、ボス戦の戦い方を学ぶ敵として最適で一部プレイヤーにはロキ先生なんて呼ばれたりする。
残念なことに、大多数のプレイヤーからはストーリー上での扱いと、バトルでの弱さ、そのギャップから、闇ザコ(笑)と呼ばれている。
そんな扱いがウケたのか、公式の人気投票では二位に輝いていた。
そして今、闇ザコ(笑)が目の前に敵として現れた。
◆
「おい……貴様、今私のことをなんと呼んだ……?」
「い、いや……はは」
帝国の四魔将の一人ロキ。設定通りなら、おそらくこの世界でもトップクラスの実力者だ。
そんなやつ相手に、思わず蔑称を使ってしまった。
ロキの表情は仮面で見えないが、静かな怒りを感じる。
そりゃそうだ。世界最大最強の帝国、その頂点に立っている自分を闇ザコなんて呼ぶ男がいるのだ。腸が煮えくり返る思いだろう。
ロキの殺意が高まっていくのが分かる。
体中に伝わる肌寒さは、やつの気に押されているからか。
だがビビって立ち止まるわけにはいかない。
こちらにも負けられないワケがある。
「貴様はよもやこの私を雑魚扱いしているのか。先程まで劣勢だったというのに。剣の腕で言えば、そこに倒れている二人の方がマシだ」
「そりゃ悪かったな。あいにく俺も、自分が強いなんて思ってないさ。」
ロキに向かって、力強く指を突き立てる。
そうだ。俺は至って普通の日本人。それが何の間違いかこの世界に来て、何の間違いか強いスキルを持っているに過ぎない。
俺という人間は、凡夫に過ぎない。
「【ギガサンダー】!」
ズゴォ! と激しい音と、眩い閃光が辺りを包む。
俺の指から放たれた上級雷魔法ギガサンダーは、発動と同時にロキに直撃。下級雷魔法サンダーよりも圧倒的に早い速度で目標を穿つ。この攻撃を放たれた後に反応するのは困難だろう。
ティウや【雷神】発動中の俺ならば回避は可能かもしれないが、ロキには完全に不意をついたはずだ。
以前使用した【ゴッド・グラン・ジャッジメント】も上級の雷魔法なのだが、ギガサンダーに比べて威力は低い。
ギガサンダーはエタドラでは敵一人を攻撃する魔法だ。この世界だと威力が上がっているため、複数の敵を巻き込むことが出来ると思うが対人用だ。
対してゴッド・グラン・ジャッジメントは対軍用の魔法。これは雑魚エネミーの殲滅戦で使用することが多い、一対多を目的とした魔法。
そのため一対一ならギガサンダーを使うほうが適している。
「悪いな。卑怯だなんて言うなよ」
「何、気にするな。大した攻撃ではない」
「!」
声のする方へ視線を向けると、既にロキの姿は無かった。
仕留めていない……!
ロキは俺の足元の影から生えるように出現し、首を掴む。
剣を受け止められたときも感じたが、なんて馬鹿力だ。
「ぐっ……ゴホっ! こ、こ……の……やろぉ……。はな……せ」
「いい魔法だった。だが残念だったな、このロキに魔法は効かん」
そうだった……!
こいつは影を纏った状態だと、あらゆる魔法攻撃への耐性を得るのだった。
だが、エタドラだとせいぜい【ダメージ大幅減】という効果だったのに、現実のこいつはダメージを負っている様子はない。
まさか、完全に無効化しているのか? そんなバカな、チートかよ……!
エタドラのロキは、タンク役が攻撃を受けている隙に、仲間が通常攻撃で殴るのがセオリーだった。パターンが決まれば、ほぼ作業と化していた。
もっとも、ロキは通常攻撃も強く、防御力も高く、おまけにHPも多い。そのため、ソロプレイヤーは中々倒しきれず、ジリ貧で負ける。ソロプレイヤーにとって序盤の難関だ。
今の俺は一人。まさにその状況に立たされている。
「私は今まで数多くの敵と戦ってきた。その中で得た教訓もある。例えば、敵に容赦はかけるな。やるなら徹底的に、とな」
「あ……ああ……」
マズい。
息ができない。
意識が朦朧とする。
このままでは気を失う、間違いなく。
だめだ、ここで意識を途絶えさせるな。
ここで俺が倒れたら、そこに倒れているエリック隊長やハゲ姉さんまで殺される。
仲間の命を守るためにも、この状況をなんとかしないと。
「【ギガファイア……ぐっっ!」
「おっと、魔法は使わせない。このまま気を失うなんて、甘いこと考えているまいな。首の骨をへし折って、惨めに糞尿を垂らした骸にしてやる。貴様を確保するよう言われているが、なに。死体を持ち帰って利用させてうとしよう!」
視界が白く塗りつぶされていく。
ヤバい、ヤバい、ヤバいっ!
首が絞まる、顔が暑く、全身が寒い。このままではオチてしまう!
だがそれ以上に、首の骨が良くない。ミシミシと音を立て始めている。あと数秒で骨が折れるだろう。
とにかく、考えろ。閃きを。逆転の一手を。まだ実力を出し切ってないだろ。
このままじゃ負ける。間違いなく負ける。負けて、殺される。
それじゃダメだ。意味がない。
この世界に来た理由を思い出せ。
彼女を、あの子を守るためにやって来たんだろ。
このまま俺が死んだらどうなる。
ゲームと同じ歴史が繰り返されるだけだ。
『どうか頼む! この国のために戦ってくれ!』
『君を一人の漢と見込んだ。帝国のやつらから、この国を守ってくれ』
約束したんだ。男と男の約束を。
『とおくん、帰ってくるよね?』
誓ったんだ。この世界に来る時に。彼女を救うって。
だから、負けるわけには行かないんだ!
【雷神】―――発動
「オオオオォォ!!」
「なにっ! まだ抵抗するというのかッ!」
ダランと垂れていた腕に力を入れ、俺の首を締め付けるロキの手を引き剥がす。
「闇ザコォォォ!!」
「その名で呼ぶな、ミズガルズの猿風情がっ!!」
俺の手には武器がない。剣は先程、首を絞められた時に落としてしまった。
だが関係ない。俺にはこの力がある。今やったように、ロキの万力のように締め付ける指をいとも容易く引き剥がせたんだ。
地面に着地した瞬間、ロキの背後に回る。そして攻撃。
全力で放つ、全速力の貫手。
だが俺とロキの間に黒い影が現れる。オートカウンターだ。
そして影の中から蛇と狼が計六匹出現する。
だがこれくらい、瞬殺するのは簡単だ。
「おおおおぉぉぉぉ!!!!」
口を開け、牙を立てた狼。左手を大きく開かれた口に突っ込んだ。
そしてサンダーを放ち、消滅させる。
今、サンダーを無詠唱で発動出来た。雷神の力の影響だ。理屈はわからないが、直感できた。
次いで迫りくる蛇が二匹。一匹は足元に。もう一匹は首元目掛けて飛んで来る。
足元の蛇は全力で踏み潰した。すると影が霧散する。ロキの影の中へ戻った形跡はない。どうやら消滅させれば影へは戻らないようだ。
残った一匹も首元に噛みつかれる前に、俺の方から噛み付く。勢いよく噛み砕き、その場に吐き捨てる。
背後に回っている二匹の狼。回し蹴りをして二匹の側頭部を貫く。
そして、最後に蛇が一匹。蛇は俺の腹部に張り付いて、脇腹を噛んできた。猛毒が全身に回る。体が徐々に熱くなり、痺れと脱力感が手足から伝わりはじめる。
だが、それがどうした。
全身に電流を流し込む。痛みで強制的に体を動かす。
今の電流で蛇は焼き殺した。影から生まれたからか焼いても嫌な臭いはしない。
そして、ロキに迫る。
「ぉらああぁ!!!!」
「ぐぅッッ! ば、馬鹿な!」
俺の貫手は、ロキの背中。その中心を狙った。
だが、狙いは僅かに逸れ、やつの左肩を掠っただけだった。
だが、それで威力は十分。掠っただけにも関わらず、やつの左腕は力なく垂れ、血が滴る。
ようやく敵に一撃を与えた。
余裕があるうちに猛毒から回復しておかなければ。
「【ハイクリア】……」
ハイクリア。状態異常とHPを回復する上級治癒魔法だ。
解毒は出来たようだが体力の回復はあまり感じられない。
どうやら雷神化状態では雷系魔法以外の魔法を使うと。効果が弱まるようだ。更に通常の何倍も魔力を消費してしまうらしい。魔力消費による精神疲労を感じる。
代わりに雷系魔法を無詠唱で使用できるうえ、威力上がるのが雷神化の強みのようだ。
「なんだ、何なのだ貴様は!」
「お前の手の内は全部読めてるぜ闇ザコ。いい気になるのもそこまでだぜ」
勝負はまだついていない。
受けたダメージは俺のほうが多い。体中に痛みが走り、気を抜けば膝から倒れそうだ。
だけど勝つ。ここでこいつを食い止める。
ロキには物理攻撃しか効かない。それはエタドラでもこの世界でも同じ。だから全力で攻撃した。しかし直撃には至らなかった。全身全霊で掴み取ったチャンスを不意にした。
今の攻撃でロキは俺を警戒するだろう。
二度も同じ手が通じるだろうか。いいや、そんなはずはない。
「しゃあっ!」
ロキは大きく距離を取り、再び影から狼と蛇を生み出した。一匹一匹は大したことがなくても、ロキ本人と同時に攻撃されたら捌ききれるか分からない。
「くっ! しつこい!」
蛇を踏み潰し、狼を蹴り砕く。いくら俺が早いと言っても数で攻められると後手に回ってしまう。影の獣は次々と出現し、ロキとの距離が遠くなる。
くそ、近づけない。せめて狼たちを無視できるくらい早く動ければ……!
―――早く、動く?
そうだ、その手があった!
考えている暇はない。とにかく実行に移せ。
雷神化の効果で魔力も効力も落ちてしまうが、これにかけるしか無い。
「【ストレンジ】! 【ハイウインドウ】!」
肉体強化でステータスをアップさせる【ストレンジ】
―――雷神化でて強化された肉体をさらに強化
風系上級魔法【ハイウインドウ】
本来の用途とは異なるが、ロキに近づいて一撃を与えるにはこうするしかない。
強化された脚で強く踏み込み、風を背後に噴射して跳ぶ。
風魔法の負担で肩がミリミリと鳴る。
風で目が開かずほとんど見えない。なんとか瞼をこじ開けて、ロキの位置を把握する。
「うおおおお!!!!」
―――飛ぶ! 俺飛んでる! 飛ぶっていうか、滑空してる!
身体の自由が効かず、蛇行運転する自動車のようにフラフラと進行方向を変えて突き進む。
グラグラと、視界が揺れる。
コーヒーカップとジェットコースターを同時に味わっている気分だ。
き、気分悪くなってきた……。
揺れる視界の中に、黒い人影が見えた。
両手から出る風の魔法の威力を上げる。
「うおおおお……うわぁぁぁぁ!!??」
「ぐっ……がああ!!」
人間大砲となった俺は頭からロキに激突した。
まるで交通事故のようにお互い衝撃で吹っ飛び、そのまま十数メートル地面を転がる。
痛みと酔に襲われながら、俺は生まれたての子鹿のような足取りで立ち上がる。
前方を見るとロキは既に立ち上がっている。だが流石に今の一撃は堪えたらしい。苦痛で唇を噛んでいる。
もし肉体強化していなかったら、今頃俺の頭は…………考えるのはやめておこう。
「ごほっげほっ……。ど、どこまでもふざけたやつだ。この私をコケにするか!」
「へ、へへ……。どうやら効いたみたいだな……」
「舐めるなよ猿が! この程度のダメージ、ハンデにすらならん!」
「闇ザコ……。ここまで近づけば俺のほうが有利だ」
「くく……クハハハハ! 少しダメージを与えただけで、私より優位に立ったつもりか? 甘い、甘すぎる! 帝国の四魔将を舐めるな!」
ロキの影が、どんどん小さくなる。
足元にあった影が、ヤツ自身に吸い込まれていく。
「言ったろう、この影は私自身だと!」
黒い影はなくなり、代わりにロキの全身を漆黒のオーラが包む。
オーラは先程まで着ていた黒い外套よりも、更に暗い衣へと姿を変える。
その姿はエタドラで見慣れたロキの服装そっくりだ。
つまり、今までのは全力ではなく。やつの真の力はここからだということか。
そして、やつが付けている仮面。エタドラで見覚えのない仮面に嫌な予感が走る。
「その仮面は……」
「そう、この仮面は正体を隠すものではない。私の力を外部から抑えるための枷なのだ!」
ロキは仮面に手をかける。
仮面を外して現れたのは、褐色の肌。鋭い目つき。銀色の髪。
ゲームでよく見た、ロキそのものだった。
「ここまでよくやった、褒めてやろう! だが私がこうなった以上、この地には骸しか残らぬと知れ!」
「あ……ああ……」
「これが私の真の力【闇魔神】だ!!」
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