第16話 宿敵はネトゲのボスキャラだった件

 漆黒の外套を着た仮面の男はずぶずぶと足元の影に沈み姿を消す。

 そして、影が移動し、他の帝国人と俺達の間に入る形で立ちふさがった。


「やつは一体何者だ?」


「エリック隊長! あいつが例のやつですよ! 見ればわかるでしょう!」


「ちっ! いきなり本丸が現れやがったか!」


 舌打ちの乾いた音が響く。エリック隊長の苛立ちと困惑が伝わってくる。

 それも仕方ない。一般人を保護しようとしたら、それが敵の親玉だったのだから。

 漆黒の男は姿を変えた。だがエタドラの中に、変身する魔法・スキルは無かったはずだ。


 少なくともプレイヤーが使えるものは一つとしてない。

 だから、あの変身はこの世界独自の魔法・スキル。もしくは、エタドラにも存在した能力がこの世界では変身するといった効果に変わっているか。


 俺はやつの能力について考えていたが、当然敵は待ってくれるはずもない。

 漆黒の男の影がうごめくことで、攻撃の予兆を感じさせる。


「君たちに恨みはない痛みを感じさせる前位殺してやる。死ねッ」


 男の影から黒い波のようなものが放たれる。部隊の仲間を葬った能力だ。当たればただでは済まないだろう。

 黒い波は俺たちに向かって地面を伝い迫ってくる。

 どう対処するか逡巡している間に、数メートルの距離を詰められた。


「なんだ、この波は!?」


 ヘドロのような、コールタールにも見える粘質物だ。まるで生物かのようにうねっている。

 得体が知れない攻撃だ。直撃だけは避けなければならないだろう!


「トール、避けろ!」


「分かってます!」


 エリック隊長の呼びかけに応じ、その場を離れる。が、黒い波は避けた方向へ追従してきた。


「……って、こいつついてきやがる!」


「んもう、あたし追いかけるのは好きだけど、追われるのはいやん!」


「ここは重要な調査をしている場でね。近づけるわけにはいかん」


「やろう……!」


 漆黒の男の狙い通り、俺達は黒い波から逃げるのに必死でテントから離れてしまう。

 戦闘が始まり、帝国人たち異変に気付いたらしい。


「な、なんだあいつら!」


「……様が戦っておられる。ここは……」


「我々は一刻も早く極……を調べ……」


 テントからいっせいに退避を開始した。逃げ足の早い連中だ。




「くそ! どれだけ逃げても影が追ってくる!」


 黒い波は逃げても逃げても追ってくる。追尾性の高い攻撃は漫画やアニメで散々見てきたが、こうして自分が追われる身になると厄介極まりない……!

 だが、打開策も漫画でたくさん見てきたのだ。それを実行してやる。

 俺は逃げる方向を変える。向かうは漆黒の男がいる方向だ。影が追いついてこないギリギリの速度で走る。


「ちょ、ちょっと! どこいくのトールちゃん!」


「敵の方に行っても、攻撃と本体で挟み撃ちにあうだけだぞ!」


 そんなことは分かっている。だが、この攻撃は相手にとっても諸刃の剣のはず。

 漆黒の男の目前まで近づく。男は短剣で攻撃を仕掛けてくる、が避けるのは容易い。そして、避けた後こそが俺の狙い。俺は高速で男の背後に回り込む。


「追尾型の攻撃は古今東西、こういうやり方で破られるのがお決まりだ! テメェでくらいやがれ!」


「ふっ。それで裏をかいたつもりか。そんなことは赤子でも思いつく。所詮はミズガルズの田舎猿か」


「なにっ!?」


 黒い波は漆黒の男に直撃した。だが、攻撃が当たったというにはダメージが有るようには見えない。男の体に当たった瞬間、黒い波が足元の影に吸い込まれる。


「この攻撃は私の影。私自身を映し出すものだ。自分に当たったところでダメージになりえない。残念だったな」


「何、だと? ええい、こうなったらとことん逃げ切ってやる!」


 俺は、身を隠すために羽織っていたマントに手をかける。マントをその場に放り投げ、動きやすい格好になる。


「エリック隊長! ハゲ姉さん! 二人はマントを使って! 俺が敵を引きつける!」


「ああ、分かった! 残りの魔力も少ねえが、ケチケチしてる場合じゃねえ!」


「行くわよエリック。あなたは左から。私は右から奇襲をかけるわよ」


「いっちょやってみっか!」


 エリック隊長とハゲ姉さんはその場から姿を消した。


「ほぉ。忽然と姿を消すとは、尻尾を巻いて逃げたか。戦闘地帯から離脱する【エスケプ】か? いや、いくらミズガルズの猿と言っても、敵前逃亡はしないだろう。ならば気配を消すスキルでも使ったか」


「…………」


 読まれている。


 だが姿を消したと知られても、対応できなければ意味がない。俺がやるべきは、少しでも二人の手助けになるよう、こいつの注意を引きつけることだ。

 俺が腰から剣を抜いて構えを取ると、耳元にエリくん隊長とハゲ姉さんの声が聞こえた。いつの間にかここまで近づいてきたらしい。俺も悟られないように、漆黒の男に視線を向けたまま耳を傾ける。


「いいかトール、お前はヤツと打ち合え。その隙を俺達で突く」


「厳しい役でしょうけどお願いするわ……。必ず成功させるから、持ちこたえて」


「了解……」


 口を動かさずに、ほとんど吐息といえる声量で返事をする。

 漆黒の男は俺から視線を逸らさない。




「おおおおおおお!」


 声を上げて疾走する。


 その声は作戦の開始を意味する合図か、あるいは自分を鼓舞するためのものか。

 俺自身も分からないけど、幸い声を出したおかげか男は俺に意識を向けている。


「おらぁ!」


 剣を思い切り振り下ろす。だが男の短剣で防がれる。全体重を乗せた一撃が、片手持ちの短剣で受け止められ、俺は驚愕する。

 ティウが言ったように、俺のステータスはかなり高い。それなのに、本気の一撃がこうもあっさりと防がれるとは、予想だにしなかった。


 人間離れした怪力を目の当たりにして息を呑む。


「なんて、馬鹿力だ!」


「そちらこそ、中々いい一撃だったぞ。楽しませてくれた礼だ。しっかり受け取るといい」


 漆黒の男は腰からもう一本の短剣を取り出し、こちらの顔面目掛けて投げてきた。


「くっ!」


 寸前のところで短剣を避ける。だが視線を戻すと目の前に、黒い影があった。


「がああああああ!!」


 体全体に、鈍く、思い衝撃が走る。体の芯まで響く、痛みと苦しみ。まるでトラックで引かれたようだ。


「ぐ、ふうう。痛え、だが耐えられないほどじゃない!」


「ほう。【シャドウ・ウェーブ】を受けてその程度で済むか。お前は他のやつとは違うようだ」


「ふん。大したことなかったぜ。余裕ぶってていいのかよ。くらえ、【ファイア】」


 地面に向けて【ファイア】を唱える。目くらましを目的とした一撃。


 土煙が立つと同時、男のいた場所に向けてダッシュする。人影が見える。そこに斬りかかる!手には確かな感触がある。


「やったか?」




「残念だったな」


 声が聞こえたのは背後。

 土煙が晴れると、男はいなかった。剣が斬ったのは、黒い影。


「さっきも言ったな。影は私の分身だと。故にこうして囮として使うことが出来るのだ!」


「ぐっ、ああああ! 腕が……」


 短剣を左手の甲に突き刺され、思わず声を上げた。


 痛い、痛い、痛い! 痛い!


 ゲームでは得られないリアルな痛み。この戦いが現実の出来事でと痛感させられる。

 だが、ただでは転ばない。やられた分だけやり返す。俺は執念深い人間だ。

 刺された左手で、短剣を掴む。傷口が焼けるように痛む。


「むっ。なんだ、離せっ」


「ふふ、俺は最低でも倍返しはしないと気がすまない質でね。、このまま拘束させてもらう! 【バインド】!」


「なっ。剣を刺された腕を利用して私を拘束しようと言うのか!」


 男はここにきて初めて焦りを見せた。


 ふん、いい気味だ。

 その顔を見たら、刺された甲斐があったというものだ。

 正直、痛みで余裕ぶっている暇はないが、勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 お前の攻撃なんて、こっちには屁でもない。意地でも弱みを見せない。


「くそ、離せ!」


「つっ……。いくら影で俺を攻撃したってっ。絶対離さねぇ!」


「このぉぉぉぉ!」


「倍返しだぜ」


 言い終えると同時、姿を消していたエリック隊長とハゲ姉さんが男へ剣を突き立てる。

 姿を消すマントも、二人の魔力が限界だったのか、、その機能を失っている。

 だが関係ない。この攻撃のために隙を作ったのだ。もはや姿隠しのマントも必要あるまい。


 これで、終わりだ―――




「クハハ」


「えっ……」


 バタン、と何かが倒れる音がした。

 漆黒の男はまだ拘束されている。倒れてないし、何もやっていない。

 だが、やつの足元。

 その影から、蛇と狼の姿をした黒い粘質物が飛び出していた。


「ぐ……」


「エリック隊長! ハゲ姉さん!」


 二人はそれぞれ狼と蛇にやられ、その場に倒れた。


「お前たちがあまりにも必死だったのでな。その稚拙な攻撃に乗ってやったのだ。私に奇襲など効かん」


 そう言うと、男は【バインド】の鎖をあっさりと引きちぎる。まるで拘束力などないかのように。

 影から生まれた蛇と狼は二人の隊長から離れ、男の影の中へと戻っていく。

 奇襲を仕掛けたはずの二人が、逆に影の不意打ちによりやられた。


「お前たちには聞きたいことがある。だからこうして、殺さない程度に遊んであげたのだ」


「聞きたいことだと……」


 ゴクリ、と喉が鳴る。


「調査隊に調べさせているが、半年前、この地で強大な魔力の反応があったのだ。それは一人の人間が内包する魔力ではなかった。魔法の威力も、地形を変えるほどだ。そんなことが出来る人間が、いると思うか?」


「……さあな。俺は知らないぞ。仮に知っていたとしても、教えてやる義理はない」


「そうか。くふふ。お仲間の命が無くなってもいいのかね?」


「っ!」


 咄嗟に二人の方を見る。すると、二人はいつの間にか影の蛇によって拘束されていた。

 蛇は二人の首元に歯を立て、今にも噛み付こうとしている。


「……卑怯なやつめ。今時そんな脅しが通用すると思ってるのか?」


「勘違いしてもらっては困る。私だって別に殺したくて殺すわけではない。わざわざやられに来たのだから、有効活用してあげないとかわいそうだろう?」


 男の口からくつくつと笑いが溢れる。仮面の下でニヤニヤと笑っているのが分かる。


「何が聞きたい」


「ここで魔法を使ったのは貴様だな。貴様はそこらの雑魚とは違うらしい」


「……だったらなんだ」


 場の空気が冷たくなった気がした。


「そうか。では貴様が極神かっ!」


「ああ。雷神という力を持っているらしい……」


 俺が答えた瞬間。

 男の目が、腕が、魔力が、殺意が。その全てが俺に集中した。


「クハハハハハ!!!! そうかそうか、雷神か! これは面白い! では私と貴様がここで会ったのは宿命というものだ!」


「な、何を笑っている!」


「神の力、いただくぞ!!」


 その豹変ぶりに度肝を抜かれ、完全にヤツの空気に飲まれてしまった。

 それでも口を開くことで、どうにか心が折れないよう抵抗をする。

 男の足元から蛇と狼が次々と出て来る。

 あの蛇と狼がやつの能力か。奇襲が効かずに、カウンターのような攻撃を仕掛けるのか。


「カウンター……。蛇……。狼……。どこかで見たような……あっ!」

 



 思い、出した!

 俺はこいつを知っている!


 エタドラの三章で初めて戦い、その後も何回か戦うボスキャラの一人。

 攻撃は全て闇属性。それに加えて状態異常や特殊な攻撃方法を使ってくる。

 エタドラで、印象に残る敵ベスト三に入るキャラクター。


 一戦目はこいつを攻撃すると即死級の超強力カウンターを放ってくる。


 二戦目では攻撃の際に蛇の形をした衝撃波を放って、毒状態にする技を使ってきた。


 三戦目は狼の魔物を多数召喚して厄介な戦いをする羽目になった。


 エタドラでは三回とも別々の技を使ってきたため、今まで気付かなかった。

 だが、これではっきりした。



 この男の正体は……。


「闇ザコ! 闇ザコじゃないかお前!」


「ああ……?」


 あっ、間違えてファンの間で呼ばれてる蔑称を言ってしまった。

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