第15話 初めての宿敵

 ミズガルズ王国の国境付近、周りになにもない殺風景な平野。

 ここには見覚えがある。確か、最初にこの世界に来た時にいた場所だ。



「ここに来るのも半年ぶりだな……。相変わらず寂しい場所だ」


「この辺りには魔物も出るし、人が住むにはちょっと難しいかもねえ。魔物避けの道具も絶対の効果があるわけじゃないし」


「王都を知ってると、こんな場所には住む気にならないよなあ」


「おいトール、そろそろ口を閉じろよ。そろそろ報告にあった地点だ。敵はすぐそこだぜ、くれぐれもバレるような下手をこくなよ」


「分かったよエリック隊長。しかしこのマントは便利ですね、姿を消すことが出来るなんて」


「使用者の魔力をバカ食いして、短時間しか使えないけどな。……これのおかげで、五番隊の生き残りが情報を伝えてくれた。仇は取るぜ」


「気がかりなのは、このマントを使ってる子も何人かやられちゃってるのよねぇ。敵は索敵能力でもあるのかしら」


 俺とエリック隊長の間にいるのは二番隊隊長のハゲネ。名前とは裏腹に、頭部には溢れんばかりのアフロが生い茂っている。

 恵まれた肉体から放たれる拳は肉体強化の魔法・スキルを未使用で岩を砕く。それだけでなく剣の腕はティウに次ぐという。

 ちなみに、こんな喋り方だが男性だ。ティウの代わりに何度か剣の稽古を付けてもらった。その時に『姉さんと呼んでいいわよ♪』と言われたので、ハゲ姉さんと呼ばせてもらっている。


「俺達がこうしているのも、あっちにはバレてるってことですか?」


「それはねーだろ。生き残りの話じゃあ、敵に気付かれたのは目視出来る距離まで近づいてかららしい」


「視線に反応するスキル……? そんなのあるのか? いやでも、俺が知らないスキルがあってもおかしくないよな……。だとするとユニークスキル……」


「なにブツブツ言ってるのよトールちゃん。アンタがこの作戦の要なのよ。シャキッとしなさい!」


「分かってますよハゲ姉さん。ただ、どうも引っかかるっていうか」


「なに? 恋煩い? あたしの魅力にメロメロになっちゃったかしらぁ」


「いや、あはは……」


「うえ、気持ちわりいんだよハゲネ!」


 ハゲ姉さんのおぞまし……キューティクルなウインクに、エリくん隊長が吐いてしまう。

 俺はハゲ姉さんのキャラに対して、そこまで嫌悪感はない。愉快で頼れる兄貴(姐御)という感じがするし。ただ頻繁に抱きついてキスしようとするのはやめてほしい。

 む、今俺の尻が揉まれたような。いや気のせいだろう。揉まれたと認めるのは怖い。


 そんな俺達の後ろにいるのは、ミズガルズ団の頼れる精鋭五〇人だ。


「いいかお前ら! 俺たちは戦いに来たんじゃない。敵の正体を確認したらトールが交戦する。その間、お前らは敵の戦力を確認しろ。ただ戦闘はなるべく避けろよ」


「「はいっ」」


 エリくん隊長の指揮を受け、後ろの騎士たちは小声で返事をした。


 ティウもそうだが、エリック隊長もハゲ姉さんも、こういう場では隊長らしいカリスマがあるんだよな。普段は愉快な人達なのに。

 そんなことを考えていると、周囲を偵察していた騎士が戻ってきたようだ。騎士はエリック隊長に慌てて報告をする。



「隊長……! ここからニキロ先、敵影捕捉しましたっ……」


「落ち着け、状況を正確に伝えろ。やつらは何をしていた」


「はい。あれはテントだったと思います……。やつら、 野営でもしているんでしょうか」


「テントか。他には? なにか見えなかったか?」


「とても兵士には見えない人間が大勢いました。何かを調べているようでしたが……」


「報告ご苦労。じゃあ敵に注意しながら進むぞ。二番隊と三番隊は分かれて左右から進め」


 こうして、俺たちは三つの班に分かれて敵に近づく。班はそれぞれ二〇人・三〇人・三人に分かれている。三人班は俺とエリック隊長、ハゲ姉さんだ。

 戦闘要員と、それ以外で分けられている。


「安心しろトール。あれでも三番隊の中から腕利きのやつらを連れてきたつもりだ。俺がいなくても指揮が滞ったりしねぇ」


「うちの子もいい子ばかりだから、ヘマなんかしないわぁん。そ・れ・よ・り、あたしがいないとトールちゃんが寂しくなっちゃうじゃなあい?」


「し、正直心強いですハゲ姉さん。俺、結構緊張しちゃって」


 俺は震える手を、もう片方の手で抑える。そしてハゲ姉さんの笑い顔を見て、緊張をほぐす。



 ……ふう、やってやるさ。


「肉眼でも敵兵が見えてきたな。ちょうど向こうに岩場がある。透明マントもそろそろ時間切れだし、身を秘めるにはうってつけだな」


「このマント便利だけど、ずっと魔力を吸われると精神的にも疲れますね」


「あたしは嫌いじゃないわよ? 弱い刺激でじわじわと責められるのってステキ!」


「あ、あはは……」


 ハゲ姉さんの言葉を聞きたくないからか、エリック隊長は敵の観察に専念する。

 すると、何かに気付いたのか小声で耳打ちをしてきた。


「やつら、どうやらここでキャンプでもしていくつもりらしい」


「エリック隊長、今ってキャンプシーズンなのか?」


「バカ、ジョークに決まってるだろ。まぁ、ここでキャンプするやつなんていないけどよ」


「行商や旅人とかは、普通に野営するけどねぇ」


「そうなんですか。ところで、キャンプって言えば……」


「しっ……静かに!」


 エリック隊長はサッと手を伸ばして、俺の口を閉じさせた。

 そしてもう片方の手で前方を指差し、そちらを見るように促す。

 エリック隊長の指差す方に視線を移すと、そこには帝国の人間たちが、機械のようなものを持っていた。


 あれは魔道具だろうか。淡い光を漏らして、点滅している。


 魔道具はカチカチと音を立てて動いている。入国審査のボードに少し似ているかもしれない。

 ピピッという音が鳴り、帝国人は機械を確認する。やはり計測器のような魔道具なのだろう。

 帝国人たちは、その魔道具に視線を釘付けにされている。


「なにか分からんが、あれが連中にとって大事らしいです」


「だが何を見てやがる?  あれじゃあ、まるで研究者みたいだ」


「ねえねえ、ひょっとしてその予想当たってるんじゃないかしら? とても戦うような人間には見えないもの」


「じゃあ、あの人たちはここで調べてるってことですか?」


 ここからではなにを熱心に調べているのか分からない。せめてもう少し近づければ……。

 しかしこれ以上近くと、気付かれてしまう危険がある。透明マントの限界も近い。

 さてどうするか……。



 エリック隊長の通信魔道具が振動する。別働隊からの通信のようだ。


「んー ……。そうか、了解。こちらもテント近くまで接近した、以上」


「どうしたのエリック」


「おう、うちの三番隊からだ。なんでも、逃げ遅れた爺さんがいたらしい。足を怪我して逃げ遅れたんだと」


「そうなの。商人か旅人かしら。運が悪かったわね。他にも被害にあった人がいないか、確認させてみましょう」


「だな、ハゲネ、お前の部下にも伝えておいてくれ」


「わかったわあ。さて通信魔道具ポチっとな。これ、距離が近くないと繋がらないから不便ねえ」


 この世界にも遠距離で通信可能な道具があるのは意外だった。原作のエタドラには一切出てこない道具だ。

 フレンド間でチャットをする際、ログインさえしていたらどのエリアからでも会話出来たのだが、あれは念話という設定があるから、また別の技術だろう。

 ハゲ姉さんの言うように、あまり距離は離れると通話できないため、電話というよりはトランシーバーに近い。子供の頃、数千円で売っていたものを使って、公園で軍人ごっこをしたことを思い出す。


 別働隊が一般人を保護した。ならば、他にもいるかもしれない。もしかすると、捕まっている人間もいるのではないか。




 ……あれ? 何か今、頭の中にちょっとした違和感があった。


 何だろう、モヤっとする。何に引っかかったんだ、俺は。


 一般人の爺さん……?


 何だ、何かおかしい気がするがはっきりしない。

 それほど気にすることではないはずなのに。


 自分で言うのも何だが俺はアホだ。きっとどうでもいいことが気になったのだろう。


「応答して……! こちらハゲネよ、ねえ……!」


 後ろでハゲ姉さんが、声を小さく、しかし緊張した声を出した。

 何か起こったのか?


「どうしたんですか、ハゲ姉さん」


「二番隊の子が一般人を保護したと言った後、叫び声を上げて、それっきり応答がないの」


「おいおい、それじゃまるでやられちまった様じゃねえか」


「何か変だ……」


「おいトール、さっきから何唸ってやがる」



 先程から頭に引っかかる。確かな違和感を覚える。もう少しのところで答えが出そうなのに。


 答えがわかりかけたクイズのように。


 魚の骨が喉に引っかかったような感覚。


 違和感を覚えたきっかけは、エリックの通信。


 村人の爺さん。一般人を保護。


 連絡の途絶えた騎士。


 そう、何かおかしい。だって、言ってたじゃないか。

 この辺は住むには適していない。キャンプをするような場所でもない。


 じゃあ、なんで老人がいるんだ? 商人か旅人だったとしても、タイミングが良すぎないか?


「おいトール。やつらの魔道具を確認した! あの魔道具、誰かのステータスとかサンダー、あと……なんだ? ゴッド・グラン・ジャッジメントって文字が画面に表示されてるぞ。ライブラリとは少し違うようだが、誰かを探してるのか?」


 エリック隊長が読み上げた文字。

 それは半年前、俺がこの世界に来たばかりの時、唱えた魔法じゃないだろうか。

 ならば。


 帝国人が探しているものは、もしかして……。


「つまり、連中の目的は? ここで使われた魔法を調べてる? その魔法を使った人を探してるわけぇ?」


 ハゲ姉さんが言葉にしたことで、より確信に至る。


 つまり、俺だ。俺が関係している。

 俺のせいでミズガルズの騎士が数百人も犠牲になったのか?


 ―――瞬間、胸の鼓動が早くなる。


 全身に冷たい砂が詰められたような、嫌な感覚。

 自分の行動の結果が引き起こす、悲劇。


「おいトール、トール! 何ぼうっとしてるんだよ!」


 エリック隊長が何か言っているようだが、耳に入ってこない。


「エリック、通信が来てるわよ」


「次から次へと、何なんだよ! ……おい、応答しろ、おい!」


「……まさか三番隊も?」


「ああ、お前んとこと同じだ。救助した一般人が暴れだしたと言って、通信が切れた」


「そう……」


 エリック隊長とハゲ姉さんは拳を握り、唇を噛み締める。二人とも、部隊に犠牲が出て、事態を掴めずにいる。



 もしかして俺のせいなのか?


 二人の悲痛な表情を見ているのがつらくて、思わず視線を逸らしてしまう。

 すると、視線をそらした先に、男の子が一人いた。


「ひぃ! お、お兄さんたち……もしやあいつらの仲間なの……? 僕を、父ちゃんや母ちゃんみたいに殺すの……?」


「大丈夫よ坊や。お姉さんたちは味方よ」


 怯える少年を、ハゲ姉さんがやさしく抱きしめようとする。

 エリック隊長も、不意に現れた少年を訝しんでいるようだが、怯えきった子供が相手だ。邪険にしようとはしていない。

 怯える少年。その表情は恐怖と不安で染まっている。演技には見えない。


 だが次の瞬間、少年の顔は恐怖から狂乱へと塗り替えられる。


「クハハハハ!!」


 少年の周囲から黒い衝撃波が放たれる。衝撃派はハゲ姉さんを飲み込もうとする。

 俺はとっさにハゲ姉さんを後ろへ突き飛ばし、少年に死なない程度に魔法を放つ。


「あぎっ……!」


 少年の脇腹には、雷の刃が突き刺さっている。

 使用した魔法は【サンダーソード】。複数の敵を攻撃出来る中級魔法だ。

 エタドラの演出では三メートルほどの大きさの雷の刃なのだが、威力を極限まで抑えたため、果物ナイフ程度となっている。


 急所は外した。ただし、痛みで立ち上がれないだろう。


「なん……で」


「お、おい何してるトール……! なぜ子供を撃った……!」


「エリック隊長は見てないんですか! こいつは、敵です!」


「!!」


 ハゲ姉さんは自分が攻撃されそうになったことに気がついたのだろう。既に武器を抜いている。俺が助けなくても、攻撃を防いでいたかもしれない。


「何回も同じ手が通じると思うな。こんなところに、そう何人も一般人がいるわけないだろう。部隊のみんなが通信途絶したのは、お前の仕業だな」


「クハハ……こうも簡単に見破られるとは、初歩的なミスをしてしまったな。いや残念だ、本当なら今ので全滅させるつもりだったのだが」



 少年は立ち上がると、俺の魔法なんてまるで効いていないかのように、服の埃を払う。

 そして、少年の足元の影が伸びる。


 伸びた影は少年の全身を覆うと、その姿を変える。


 現れたのは、影の如く黒い外套を纏う、仮面の男。


 この服装を俺は知っている気がする。


 この世界で見たことはない。だが元の世界で、正確にはゲームの中で見た覚えがある。



「ミズガルズ王国の諸君、お初にお目にかかる。名乗るほどの者ではないため、諸君にはここで死んでもらう」

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