第14話 出陣の時

 玉座の間に入ると、中にいた人たちは一斉に視線を向けてきた。

 彼らは焦燥にかられており、ただ事ならぬ事態であることは一目瞭然であった。


 王様の前まで進み、姿勢を正す。

 王様は、いつもの砕けた雰囲気ではなく、国の顔だった。彼から発せられる重圧に、俺も真面目な態度を強制的に引き出された。


「お前を呼んだのは他でもない。実は帝国が我が国の領土内に侵入したとの報告があった」


「帝国が、この国に?」


 嘘だろう? ゲームで帝国がこの国に攻め入るのは一年程先のはずだ。

 なぜだ? この世界とゲームではイベントの発生時期が異なるのか?


 王様は顎に手を置き、深く考え込む。悩む王様の表情に、臣下たちは息を呑む。

 当然だろう。世界最大の帝国が攻め込んできたのだ。頭が痛い話だろう。


「ううむ、しかし不思議だ」


「何がですか?」


「報告によると帝国の兵士は一五〇だけらしい。進軍にしては少なすぎる。帝国は国を滅ぼす気ならば、一〇〇〇〇〇を超える軍隊を動かすはずだ」


「じゅっ一〇〇〇〇〇!? なんですかその数字!」


 歴史に詳しくないが、一つの国家が持つ軍隊で一〇〇〇〇〇という数字はどれほどのものだろう。

 おそらくかなりの規模であることに違いない。

 素人の俺からは想像も出来ない、途方も無い数字だ。


「帝国の狙いは侵略ではないだろう。かと言って観光というわけもなかろう」


「では一体なにが目的なんでしょう……」


「お前には、それを探ってもらいたいのだ」


 王様は杖を持ち上げ、杖の先を俺に突きつける。


「なぜ俺なんです? ミズガルズ団は優秀な騎士が大勢います。新入りの俺じゃなくても」


「現地に偵察に向かった五番隊六〇人が一瞬で全滅した。追加で向かった二〇〇人も同様だ」


「敵の一五〇人は相当な手練ってことですか」


「いや、敵一人の人間によるものらしい」


「なっ!?」


 合計二六〇人の騎士をたった一人で? 一体何者だ、その人間は。

 俺が下級魔法のサンダーを使ったとして十数人倒すのがやっとだろう。

 上級魔法でも二六〇人を倒し切れるかというと、怪しい。

 第一、普通の人間がそれほど強力な魔法を何発も撃てるだろうか。

 ゲームの設定通りなら、一般魔法使いは上級魔法を一発撃てればいい方らしい。


 つまり、一人で二六〇人も倒した帝国の人間は、俺やティウのような規格外な存在だ。


「分かりました。俺が出ます。最悪、犠牲が増えるのを防ぐため、味方は少ないほうがいいでしょう」


「そうだな。だが敵の実力が分からない以上、隊長格を数人同行させるぞ」


「それはありがたいですね。俺がそのやばいやつに勝てるとも限りませんから」


「……本当は来たばかりのお前にこんなことを頼むのは悪いと思っている。だが、どうか頼む! この国のために戦ってくれ!」


 王様は俺の手をしっかりと握り、頭を下げる。力は強く、言葉以上の想いが込められている。

 俺は王様の手を強く握り返し、彼の目を見て答える。


「当たり前です! 顔を上げてくださいよ王様、王がそんな顔してたら部下も心細くなっちゃいますよ。安心してください。どこの誰だか知らないが、俺が倒してやりますよ!」


「ありがとう……すまない」




 ◆





 俺は部屋を出て足早に廊下を歩く。自分でも分かるくらい、歩幅が大きくなっていた。

 城から出ようとすると、見慣れた顔が揃っていた。ティウとルビィだ。


「トール……」


「なんだよ、見送ってくれるのか」


「僕は君と一緒に行くことが出来ない。もしもの時のために王都で待機しなきゃいけないんだ」


 ティウは、この半年間で一度も見せたことのない程悲痛な表情を浮かべる。拳を強く握り、指は赤く力んでいる。

 そんな真剣な顔をされたら、軽口を叩く気もなくなってしまう。


 ティウとは修行を通じて親睦を深めあった仲だ。単なる師弟ではなく、この世界における親友だと思っている。

 そのティウが唇を噛んで、押し殺すような声で言うのだ。

 力になれない歯がゆさ、申し訳無さを感じているのだろう。


「王様との話で、なんとなくそんな気はしてたよ」


「ごめん……。国の一大事かも知れないの、僕は……!」


「何言ってるんだよティウ。こういう時のために、俺がいるんだろ? お前はここで、どっしりと構えていりゃいいんだ。……後は、俺に任せろ」


「トール、君を一人の漢と見込んだ。帝国のやつらから、この国を守ってくれ」


 俺の肩に置かれた、細く白いティウの腕。その細腕からは信じられないくらい強い力で俺の肩を強く掴む。

 爪は肩に食い込んでいる。しかし掴んだティウの爪からも血が出ている。

 流れてくる血と、肩の痛み。まるでティウの気持ちが伝わってくるかのようだ。


 悲痛。

 彼にとって王都に残るのは苦渋の決断であることが俺にも分かった。

 だから、俺は答えなければいけない。彼に見込まれた、一人の漢として。


「死んでも守ってみせる。絶対にな」


「うん……必ず帰ってこいよ」


 拳を合わせ、肩を抱き合う。

 俺は城の外へと向かう。ティウは城の中へ、戻っていく。





 このまま出発しようとすると、背中に軽い衝突が伝わる。

 後ろを確認すると、茜色の頭が見えた。


「とおくん、帰ってくるよね?」


「……俺は極神って呼ばれる存在らしい。そう簡単に負けやしないよ」


「そうだよね。でも、ね。胸騒ぎがするんだ。良くないことが起きるんじゃないかって」


「ばか。そういのは言葉にすると実現しちゃうぞ。縁起のいいことを言わなきゃ」


「そうだね。……気をつけてね」


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」


 ルビィの頭を優しく撫でる。俺には今すぐこの子の不安を消してあげることが出来ない。

 でも、この子を守るくらいはしてみせる。

 だから俺はやり遂げる。みんなの頼みを無碍にはしない。


 敵が誰だろうが、俺の大好きな仲間たちを傷つけさせやしない。

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