第13話 お姫様とお風呂で遭遇!?

 ◆帝国




「それは真か」


「はい、皇帝陛下。半年前、ミズガルズ王国に突如巨大な魔力反応が検知されました」


 皇帝と呼ばれた男は、目の前の男の報告を聞き、静かに笑う。

 皇帝―――この世界の半分を支配下におく強大な帝国、その支配者である。


「では噂の極神とやらがミズガルズ王国にいるのだな」


「ええ。ご覧ください、この異常なまでの魔力値を。おおよそ人間が内包出来る魔力量ではありません。間違いなく、人の域を超えています」


「神話に現れる神の如き力を持つ者か……。面白い」


 皇帝は椅子から立ち、手にしている杖で床を強く叩く。周囲の者たちは息を呑む。


「今すぐミズガルズ王国へ向かえ! 王国の人間が歯向かうようならば殺してもかまわん! なんとしても極神の手がかりを掴み、捕えよ!」


「「はっ!」」


 皇帝は横に控えている男に命令を下す。その男は影の如き黒い外套を纏っていた。


「ロキよ。お前には部隊をつけてやろう。調査目的ゆえ大人数とはいかぬが、構わぬな?」


「お言葉ですが陛下。足手まといは不要です。連れて行くのは少数の調査隊と私の部下だけで結構。このロキ、必ずや四魔将の名にかけてやり遂げてみせましょう」


 トールが修行を終えたのと同時期、ついに帝国が動き出す。




 ◆

 



 カポン、と小気味よい音がする。


 俺は城の中にある大浴場にいた。王様も使うので大変広い。有名な高級温泉よりも大きい。


「ふう。久々に風呂に入った気がする……。この半年間水浴びだけだったからなあ。……ひょっとして俺の体臭って今かなり酷いのか? メイド達が苦笑いしてたような?」


 念の為自分の体を嗅いでみる。だが自分の体臭はよく分からない。

 体を洗ってからもう一度匂いをかぐが、やはり分からない。くんくん……臭くないよな?


「ティウも王様も気が利くな。こんなでかい風呂を使わせてくれるなんて。真っ昼間から贅沢だ」


 先程、修行を無事終えたことを王様に告げた。王様はニカっと笑い、ごくろうとねぎらいの言葉をくれた。

 俺の肩に手を置き、期待してるそと言った後、顔をしかめたのだ。

 そうして、風呂に入るよう進められた。


「やっぱり臭かったんじゃないか! ああ、全く気にしてなかった!」


 じっくりと体を湯に浸からせて、思いにふける。



 この異世界に来てもう半年経つ。

 今は神樹暦七七六年の睦月、ゲームの序章まであと一年と少し。

 だがゲームと同じ時期に帝国が動くとは限らない。もしかすると、予定より早くなる可能性もある。

 そのためにティウに最短で修行してもらったのだ。いつ帝国と戦争になってもいいように。


 そんなふうに今後のことを考えてるとき、ガチャリと入り口のドアが開いた。

 ん? 誰だ? 掃除のおばさんか、それとも王様だろうか。誰かと一緒に風呂に入るのはあまり好きじゃないのだが……。


「ええっと、だ……誰かいるの? お父さん?」


 鈴の音のような、甘い声が浴場に響く。この声は、ルビアの声だ。

 まずい。何故ルビアがここに!? 俺、間違えて女風呂に入ったわけじゃないよな?

 ルビアは極度のあがり症。俺に裸を見られたと知ったら、恥ずかしさのあまり死んでしまうかもしれない。王女の裸を見た俺も、ただでは済まないだろう。

 ならば、俺は見ていないという証拠を作るしか無い。


「ねえお父さん……って、な、なんでトール……くんがここに!?」


「落ち着けルビア。そしてよく見ろ。俺は決してお姫様の裸を見るなんて不埒な真似はしない」


 そう、俺の無実を証明する証拠。

 それは、目が見えなくなればいいのだ! つまり、自らの目を魔法で封印する!


「【バインド】!」


 俺の唱えた魔法は拘束魔法【バインド】。対象を魔力の鎖で縛り付ける魔法だ。

 その力は術者の魔力に比例する。俺が唱えたバインドは非常に強力な拘束具となる。

 俺は自らの目を対象とし、バインドを発動した。

 瞬間、視界は真っ暗になり目の周りに圧迫感が生まれる。恐らく目隠しをするように、鎖が目の周りをぐるぐると覆っているのだろう。

 俺の姿を見たルビアは、きっと安心することだろう。


「な、何やってるの君!? ほら、早く魔法を解除して!」


「このトール生来より目が見えぬ」


「バカなの!? 冗談言ってる場合じゃないよ!」


「いやでも、そうなるとお前の裸を見てしまうんだが……」


「……っ! そ、それは気にしないから、ほらっ!」


 ルビアの大慌てっぷりに戸惑いながら、鎖を解除する。

 目を開けた先には、涙目の彼女がこっちを見ていた。潤んだ彼女の瞳を見ると、なんだか申し訳ない気分になった。




 ◆




「悪かったよ、いきなり驚かして。君が風呂に入ってくるとは思わなくて」


「それは、ごめんなさい。使用中って立て札があったけど、ここ私とお父さんしか使わないから……。で、でもあんな危ないことしちゃ駄目だよ。心配しちゃう、よ?」


「ご、ごめん……」


 俺が謝ったあと、会話はそこで途切れた。気まずい雰囲気だ、俺が悪いのだが。

 俺たちは互いに浴槽の端と端、正反対の位置に座り、背を向けている。

 静かな空気に気まずさを感じたため、さてどう話しかけようかと迷っていると、ルビアから声をかけてきた。


「そ、そう言えばお父さんから聞いたよ。修行終わったんだね。おめでとう。私、様子見に行けなかったから、どうなってるのか分かんなくて」


「ありがと。まあティウのおかげだよな。俺のせいで団長の仕事は部下に押し付けてたみたいで申し訳ない」


「で、でも凄いよ。ティウから一本取った人なんて君が初めてなんだよ。ティウも喜んでたよ、教え甲斐があるって」


 へえ、ティウがそんなことを言っていたのか。俺の前では素質ないとか、まだまだ甘いとばかり言っていたのだが。俺が調子に乗らないよう、彼なりの気遣いだったのか?


「あとでお父さんが話があるんだって。お風呂から上がったら一緒に来てね」


「そうか、わかったよ。一体なんの話だろう」


「さぁ……。お父さんたまに重要な話をしだすから……」


 ルビアの言葉が途切れた。そのことを不思議に思い、ちらりと彼女の顔を伺う。

 すると、ルビアは俺の元まで近付いて来た。


「ちょっ!? なんでこっちに来るんだよ!」


「な、なに見てるの、えっち!」


「お子様の体なんて見ないよ! そっちこそ、俺のこと見てるじゃないか!」


「み、見てないもん! そんな、男の子の体って初めて見るなとか、結構逞しいんだとか思ってないもん!」


「全部言っちゃってるよ! まあ、修行のおかげで筋肉はついたかな」


「ふーん、へぇー……。ねえ、触ってもいい? うわ、固い……」


「や、やめろっ。腕を揉むな! っていうか、タオルが緩くなって見えそうだから!」


「っ!?」


 ふう、やっと離れてくれた。年下とはいえ、女の子に体を触られるのは恥ずかしいな。


「そ、そういえば年が近いって言うけど、ルビアは一三歳だったよな? 俺一九歳だから言うほど年は近く無いんじゃないかな」


「えっそうなの? てっきり一六歳くらいかと思ってた」


 ルビアは意外そうな表情をした。せっかく同年代の友達が出来たと思ったら違うったのかと残念に思っているだろうか。だとしたらルビアに申し訳なく思う。


「なーんだ。六歳差って全然普通だよ。周りの男の人より全然若いよ?」


「そうかな? ティウとかエリック隊長とか、若い男もいるだろう?」


「ティウもエリックもアラサーだよ。エリックはティウより年上で奥様と息子さんもいるし」


「ま、まじか……」


 衝撃の事実。ティウって俺よりずっと年上なのか。俺は二十歳くらいだと思ってたのだが。

 団長の割に若いなとは思っていたが、アラサーだったか。いやそれでも十分若いのだろうが。

 あとエリック隊長、あれでアラサーは信じられない。どう見ても中学生だ。この国の人間はアンチエイジングが発達しているのか?


「トール……くんとティウの年齢差を考えたら、私とトール……くんなんて同世代みたいなものでしょ?」


「そう言われれば、そんな気がするような?」


 だが大学生と中学生だと考えるとかなり幼く見える。中学生相手ではどうしても子供扱いしてしまう。同年代の友達みたいに接するの難しい。

 ゲーム内の写真で見たルビアは一五・一六歳くらいの見た目だった。一年後に帝国が攻めてくると考えれば、ルビアの年齢もちょうどそのくらいだ。


 今の彼女は写真よりも幼い。だが間違いなく美少女である。


 そんな子に親しくされて嫌なわけがない。ロリコンとかではなく、癒やされるというか。

 だからまあ、そんな子と気軽に話せるのなら同世代のような接し方も悪くない。


「まあ年は離れてるけど、せっかく仲良くなったんだし、気軽に接してくれ」


「うん、そのつもり!」


 嬉しそうに笑う彼女に俺も頬が緩む。

 




「そういえば気になってたんだが……ルビアって俺の名前呼ぶ時、少し変だよな」


「えっと、それは……」


 そう、彼女は俺の名前を呼ぶ時に必ず『トール……さん』だの『トール……くん』だの詰まっているのだ。

 だから名前を呼ばれる度にうん? 首をひねる。


「男の子の友達は初めてで……。だから、なんて呼べばいいのか分からないの……」


「ああ、なるほど。ならさ、気軽にニックネームで呼べば?」


「ニックネーム! うん、そうだね! なんて呼べばいいかな?」


 彼女は目を爛々と輝かせ、体を揺らす。ウキウキしているのが伝わってくる。

 それを見ている俺も、若干口元が緩んでいる。可愛い。

 ルビアは唸りながらニックネームを考える。


「トーくんとか?」


「それは王様の時も言ったけど却下。別の言葉に聞こえる」


「えー……。私はいいと思うけどなあ」


 ぶー、と口を尖らせるルビア。

 俺も別に嫌ではない。ただ、既存の単語と同音になるのは違和感が生まれてしまわないか?


「好きだけどなぁ、トーくん……」


「でもなあ」


「ねぇねぇ……駄目?」


 甘えた声でこちらの顔を覗き込んでくるルビア。

 駄々をこねる子供を甘やかす親の気持ちがわかった気がした。

 だがトークンはどうだろう。カードゲームで使用される言葉としての印象が強い。

 でも彼女はそう呼びがっている。確かにニックネームは本人が呼びたい名前を付けるのがいいのだろうけど。



 そうだ。いいことを思いついた。


「なぁルビア。俺のこと透って呼んでみて」


「? トール?」


「違う違う、発音を下げない感で。とおるって」


 俺の言葉に頷き、ルビアはもう一度名前を口にする。


「トオル……?」


「そう、その感じ!」


 この世界ではみんな俺のことを『トール』と呼ぶ。

 本名の『透』と違うイントネーションのせいで違和感があるのだ。

 だからルビアには本名と同じ発音をさせてみた。


 だが、俺の想いとは反して彼女は


「やだ、とおるって可愛くないもん。やっぱりトーくんがいい」


「そ、そっか。嫌なのか」


 しかたない、ここは俺が折れて彼女の意見を優先するか。


「なぁルビア、せめてトーくんじゃなくてさ。とおくんって読んでくれないか? 『トー』って伸ばすんじゃなくて、『とお』って言ってくれ」


「と……お……くん。とおくん」


「うん、それならギリギリ俺の名前って感じがする」


「とおくん! とおくん! ふふ、不思議な感じ! ニックネームって呼ぶだけで楽しいね」


 ニコニコと満面の笑顔を咲き誇らせ、その場でパシャパシャと水を弾かせるルビア。

 何故か俺まで恥ずかしくなる。

 でも、悪くないっていうか、うん。いいんじゃないかな。


「ねえねえ、私にもニックネームつけて! 私もとおくんになにか付けて欲しい!」


「え、俺がルビアに?」


 ルビアはうんと頷きキラキラと目を輝かす

 彼女のあだ名……単純だけど、一つ思いついた。

 ただ、安直すぎてルビアのお気に召すだろうか。


「る……」


「る?」


「ルビィ……」


 口にした瞬間、顔が熱を帯びるのを感じる。

 何言ってるんだ俺は……! ルビアを縮めてルビィって安直すぎる!

 というか、文字数で言ったら三文字で変わっていないじゃないか!!


「ルビィ……うん……♪」


「あの、気に入らなかったなら、考え直すから……」


「ううん……」


「な、なあルビア!?」


 ルビアは勢いよく浴槽に潜り、そのまま上がってこない。

 途中、ぶくぶくと息を吐いたのか、泡が浮かび上がってきた。かと思えばまた勢いよくお湯の中から出てきた。


「大丈夫かルビア、なんか気に触っちゃった……か?」


「ん? なに、私の名前が聞こえないなー」


「え?」


 ルビアの顔は少しだけ高潮していた。そして、はにかんで俺の方を見ている。

 ルビアが何を要求しているかはわかる。

 どうやら、ニックネームはお気に召していただけたようだ。安直すぎやしないかと思ったのだけど、よかった。


「る、ルビィ……」


「なぁに、とおくん!」


「や、やめろ! 恥ずかしいだろうがっ」


「えー、なんで照れてるのぉ。ねぇねぇ、もう一回呼んで!」


「うるさい、さっきまでオドオドしてた癖に、急に元気になって!」


「だって嬉しいんだもん。ねえ、もう一回……ね?」


 俺の顔はなぜか赤くなりっぱなしだ。

 くそ、ルビアめ。子供の純真さを武器にして大人をからかってるな。

 顔が燃えるように熱い。きっとのぼせたのだろう。決して恥ずかしいからではない。


「えー、とおくん、もう呼んでくれないの?」


「う、うるさい。俺、もう上がるから!」


 俺はタオルを腰に巻いて浴槽から出る。

 その際、ちらりと目に入ったルビアは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 ……まったく、わがままなお姫様だ。


「お前も早く上がってこいよ。一緒に王様のところに行くんだろ? ……ルビィ」


「……うん! 先に着替えててね、とおくん!」


 湯から出ても、まだ顔が熱い。

 はぁ。本格的に湯あたりしてしまったかも。これだから長風呂は好きじゃないのだ。





 脱衣場に上がり、髪を乾かす。この世界にはドライヤーの類がない。そのため魔法で髪を乾かす。使う魔法は【エアー】。力加減を意識して弱めに発動する。

 掌から弱い風が出て来る。魔法の力加減も大分慣れてきた。

 毎日こそこそと魔法の試し打ちをしてた甲斐があったというものだ。


「……」


「なんだよ、ルビァ……じゃなくて、ルビィ。ジロジロ見て。着替えたんなら待っててくれ、俺もすぐ準備するよ」


「私にもそれ、やってほしい……かも」


「これって、風の魔法?」


 ルビィはこくりと頷く。彼女の視線は俺の手から動かない。

 物欲しげなルビィの瞳に負けて、俺は彼女を手招きする。俺の了承が出たと分かって、彼女はトコトコと走ってくる。


 まったく、逃げやしないと言うのに。


「じゃ、じゃあお願い……します」


「はいはい、じゃあ失礼しますよお姫様。……ルビィの髪、すごいサラサラしてるね」


「そ、そうかな……普段からメイドたちに手入れしてもらってるから。でもとおくんも綺麗な髪の毛だよ?」


「そうかな? 気にしたことなかったけど、どうなんだろう」


 俺の髪を他人に言及されたのは初めてだ。直毛であまり好きではないのだが。


「さて。お痒いところはないですかー」


「とおくん、なんか適当だよ」


「お姫様の髪の毛を触ってるからね。緊張してるのさ」


「ふふ、気にしなくていいよ。私が気にしてないんだから、普通にやればいいのに」


 そう言ってふふんと鼻で笑うが、気にするに決まっているだろう。

 なにせ、女の子の髪を触るなんて初めてなのだ。それもルビィほどの美少女のものを。


 というか、この子の髪の毛、感触がおかしいぞ!?

 シルクか何かを触ってでもいるのだろうか? 手触りが心地よすぎる!


「? どうしたのとおくん、黙っちゃって」


「何でもないよ! はい、終わり!」


 手をルビィの髪から離し、数歩下がる。指にはまだ髪の感触が残っている。するりと抜けた絹のような感触は、癖になりそうだ。


 ……何で髪の毛に気を取られているのだ俺は。髪フェチでもないのに。


 ルビィは髪を結いながら、俺の方を見る。


「その、ね。早く準備してね。お父さんも待ってるから」


「? 準備なら出来てるよ。ルビィの髪のを乾かすのに時間取られてただけよ」


「服を着ないのは君流のおしゃれなの?」


 俺は彼女の言葉を受け、首を下に向ける。


 そこにはパンツ一丁しかない。足も、腹筋も丸出しのままだ。

 教えてくれるのはありがたいが、何故今まで黙ってたんだルビィよ。

 こちらを見て笑っているけど、ひょっとしてわざとなのか。

 ルビィに見られていたと思うと、更に顔が熱くなる。



 カゴの中の服を掴み、急いで服を着て、俺は廊下へと向かった。

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