第12話 修行? そんなの一話で終わりますよ
◆修行一日目―――
「というわけで彼が新しく加入するトール。黒髪で珍しいかも知れないけど、みんな仲良くしてやってね」
「クラスに馴染めない転校生かよ」
ティウの紹介に思わず一言入れてしまった。今俺は城の敷地内にある訓練場に来ていた。
そこでミズガルズ王国の騎士団、ミズガルズ団のメンバーに紹介してもらうこととなった。
訓練場は人で賑わっている。
なにしろ団長がわざわざ全員を呼んで新人を紹介しようというのだ。大企業の社長自らスカウトしてきた中途入社の社員みたいな感じだろうか。
俺の目に映る限り、ざっと数百人はいる。これで本来の一割にも満たないのだとか。
そんな風に周りを眺めていると、ふと一人の男と目があった。
「おい。今俺にガンつけやがったな? いや答えなくていい。間違いなく俺を睨んでいた。テメェ、団長にスカウトされたからっていい気になるなよ?」
「……」
いきなり一人の騎士に因縁をつけられた。
元の世界でもこんな風に喧嘩を売られたことなど無いというのに。さすが異世界。
声をかけてきた男は栗色で癖っ毛の髪を持つ少年だった。年は高校生くらいだろうか。
外人の見た目からは正確な年齢が読み取れないな。
もっとも、目の前の少年というかこの世界の人間は皆外人ではなく異世界人なのだが
俺は因縁をつけられるような真似をした覚えはない。早めに弁明したほうがいいだろう。
「言いがかりはやめてくださいよ。ガンを飛ばすとか、そんなのするわけないじゃないですか。入団初日から喧嘩売るほど、荒んでるつもりはないですよ。第一、声をかけられるまであんたに気づかなかったし」
「なに? 俺の背が低くて見えなかっただと!? テメェぶっ飛ばしてやる! このミズガルズ団三番隊隊長エリック様を舐めるなよ!」
弁明したつもりがいらぬ誤解を与えてしまった。
それよりも、この少年が三番隊の隊長? 俺より幼い子が隊長とは、天才なのか人手不足なのか判断がつかない。
「なあティウ。この子のが隊長って本当なのか? 王様もそうだけど、役職と外見のイメージが噛み合ってない人多くないか……?」
「あははは。これでも彼は優秀なんだけどね。部隊を任せてるだけあって、指揮も的確だし。短剣の腕は団内でも一、二を争うほどだ。そうだ、どうせならお互いの親睦を深めるために、ここで手合わせしたら?」
「はい? 何でまたそんなことを」
「乗ったぜ団長!」
俺はティウの提案を断ろうとしたが、エリックと名乗る少年が快く了承してしまった。
その声につられて周りの団員も、いいぞいいぞと盛り上がり始めた。嘘だろ、断れない空気になってしまったじゃないか。
「どうすんだ新入り。まさか逃げようっ言うんじゃねぇだろうな。そんなことしたら、とんだ弱腰野郎だぜ。団の中で一生お笑いもんだ。ハハハハ!」
耳を貸すな。これはあからさまな挑発だ。売り言葉に買い言葉で勝負に乗ったら、それこそティウやエリックの思う壺だ。
ここは何食わぬ顔で勝負を断ろう。だって、相手は隊長なのだ。そんな人に万が一怪我でも負わせてみろ。俺の今後の立場が危うくなってしまう。
王都に来てから問題行動ばかり起こす新入りと陰口を叩かれてしまうかもしれない。何が悲しくて異世界に来てまでぼっちにならなければいかんのだ。
これから一年鍛えてもらうのだ。出来れば味方は多くしていきたい。
「おい坊主。さっさとその剣を抜きな。それとも怯えて萎れちまったか?」
「むう……」
エリックは腰に挿した剣ではなく、俺の股間を指差して笑う。
流石に今の挑発はカチンときた。俺の剣が萎びれただと? ……いやそうじゃない。挑発に乗ってしまったら駄目なんだって!
抑えるんだ、俺。さっきからティウがニヤニヤして見ているが、気にしちゃ駄目だ。
俺は必死に感情を抑えようとするとも、悪い笑みを浮かべながらティウが口を開いた。
「ああそうだ。もしトールが勝ったら、最速で強くなれるようにしてあげよう。ティウスペシャルトレーニングメニューだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は右手に剣を握り、エリックに向かって走り始めていた。
◆王女ルビア視点
私はあの黒髪の少年がミズガルズ団のエリック隊長と戦うところを遠くから見ていた。
「あ、圧勝でしたね」
「ええ、トールが剣を構えて突進。それに対してカウンターを取ろうとしたエリック。だけどトールの動きはフェイントで、本命は僕との戦いで見せた超高速移動による素手の一撃。恐ろしく早い手刀、僕でなきゃ見逃していました」
「エリックは三番隊の隊長でしたね。魔物退治も率先して行う熟練の戦士でしょ? それがあっさり負けるなんて」
「安心してくださいルビア様。エリックが弱いわけじゃありません。エリックはあれでも、ミズガルズ団で十指に入る実力者です。単純にトールの実力が規格外だ」
「そんなに凄いんだね。トー……あの人」
「ははは、ルビア様。トールはもう身内なんだから、そんなによそよそしくしなくてもいいんですよ」
「そ、そうだよね、うん。でも年が近い男の子ってあまり話したことないし……」
「確かに、ルビア様の周りには年の近い男子がいませんもんね。僕やエリックは一回りほど歳が離れてますし。……なるほどルビア様も年頃の女の子なんですねえ~」
「ちょ、ちょっと! からかわないで! そんなんじゃないから……」
まったく。ティウったら。確かに、トールさん、じゃない、トールくん? 彼がどんな人なのか興味はあるけど。
でも、それは新し知り合った人に対する興味であって。異性とか、そんなのじゃないから!
ま、まぁ。彼と話しているのは楽しいけど。
「も、もう! ところでティウ。なぜあの二人が戦うことになったの?」
「エリックがトールを挑発したからですよ。いやぁ、あいつ妻子持ちなのにいつまで経ってもも子供みたいに暴れん坊ですよねぇ」
「そうなんだ。じゃあ、トール……くん、をみんなに紹介するより前に、エリックに『わざと新入りをおちょくって、戦ってみてよ』って頼んでたのは、私の見間違いだったんだね」
「あ、あはは。あはははは」
はぁ。ティウも酷いことをするなぁ。
おそらくトール……くん、の実力を団員に周知させてみんなに認めてもらうために、こんな小芝居を打ったのだろう。
その狙いが的中したのか、彼は団員たちに囲まれて質問攻めにあっている。和やか雰囲気から、ティウの狙い通りの結果のようだ。
私の知るエリック隊長はガサツで荒っぽいけど、知らない相手に喧嘩を売る人じゃない。
でも団長命令なら仕方がない。そのせいで彼は地面に倒れてしまったけど。
「もう、後でエリックに謝ってねティウ」
「分かってますよ、エリックには特別手当だしときます」
「なら許します」
エリックには悪いけど、圧倒的な実力差を見せたおかげで、無事彼がミズガルズ団に受け入れられてよかったと思ってしまうのだった。
◆修行二日目―――
俺は訓練場でティウと向かい合っていた。
互いの手には剣、盾はなく長剣のみを握っている。
慣れない剣の重さに戸惑いつつも、剣を振り、渾身の力でティウに叩きつける。
「だからトールの攻撃は単調すぎるんだって。ステータスに頼った攻撃は格下にしか通用しないよ。スキルも強力だけど、頼りすぎは駄目だ。最低限、剣術くらいはマスターしてもらうよ」
「クソ、筋力では俺が圧倒してるはずなのに、簡単に受け流される! そのヒョロい体のどこにそんな力があるんだ……!」
俺がティウから剣を離すと、タイミングを見計らったかのように彼の手が俺の額に、足が俺の踵にかけられる。
そして、俺の視界はいつの間にか空一面の景色に変わっていた。わずか一瞬で転倒させられたようだ。じんわりと土の冷たさが背中から伝わってくる。
「いてて。技をかけるならそう言ってくれよ」
「今のは序の口だよ」
「ま、まじか……。けど、それくらいならもう食らわないぞ!」
「分かってないなあ」
ティウはハアとため息をつく。
やめてくれないか、俺の頭が残念とでも言いたげなリアクションは。
「トールみたいに相手の攻撃をバカ正直に受け止めても、疲れるだけなんだ。僕がやったように、軽い力で相手を倒すほうが楽でしょ?」
「なるほど……」
つまり剛には剛で迎え撃つのでは駄目だと。柔よく剛を制すという言葉もある。
相手の力や体重、それらを上手く利用して、軽い負担で大きな効果を発揮するのだ。
格闘漫画などでよく見る理論だが、いざ自分がやろうとすると中々難しい。
「でも相手の力を利用するとか、素人の俺には分からないぞ。受け流そうにも、どうすればいいのやら。それに、俺の攻撃が単調って話だったよな。これ、防御じゃないか?」
「攻撃の基本の型なんて後で教えてやるさ。でも戦いで重要なのは死なないこと。相手の攻撃を受けない、受けるにしても最小限に。これが出来れば相手より有利に立ち回れるだろう」
確かに、ティウの言うことは一理ある。俺は自分のステータスに物を言わせた戦い方をしてきた。
だが、それがこれからも通用するはずがない。王国最強のティウと相打ちになったとはいえ、あれはお互い素手だった。武器を持ち、スキルや魔法を使用した殺し合いだと、結果は変わっていただろう。下級魔法とはいえ、ティウには俺の魔法は一切通じなかったのだし。
今後、俺の実力と拮抗、あるいは上回った者が現れたら、俺は一方的に負ける可能性さえある。チート級のスキル【雷神】があっても、俺自身が戦闘下手なら宝の持ち腐れだ。
極神は神の如き強さを表すスキルとティウが言っていた。しかし俺自身が強くらなければ、その強みも活かせない。
「分かったよ。ティウの言う通りにする。ただ俺は物覚えが悪いからな。途中で放り投げないでくれよ」
「安心してよ。僕がつきっきりで、技術が体に染み付くまでやってあげる♪」
「お、お手柔らかにネ」
ティウとの修行は続く。
さっきとは変わり、今度はティウの攻撃が俺に襲いかかる。
「違う! 敵の攻撃を受けたらすぐ剣を反らせ! 防御は攻撃の起点だ! 攻撃と防御は二つで一つ、繋がった行動を意識して!」
「くっ! 受けるだけで精一杯だって!」
「棒立ちしない! 剣を体の一部にするんだ」
喋りながらも、ティウの攻撃は加速していく。
縦、横、斜め下、様々な角度から剣の一閃が襲い来る。
俺はその攻撃を剣で受け止め体勢を整える。どうすれば防御から攻撃へ繋げられるのだ。
「剣は体の中心にばかり置きすぎるな! 腰を落として、ただ移動するだけじゃなく足さばきをもっと意識する!」
「っ! っっ! ま、待ってくれ! ちょっとストップ!」
俺はティウの猛攻に、堪らず剣戟を止めてもらうようお願いする。
俺の声が届いたのか、ティウの剣はピタリと止まった。なんと俺の首に触れる寸前だった。
これ、俺が止めなかったら、そのまま切っていたわけじゃないよな?
「どうしたのさトール。もう音を上げる?」
「そうじゃなくて。……正直さ、言葉だけじゃイメージ湧かないんだよ。どう動けばいいのかとか。悪いけど、一度手本を見せてくれないか」
「うーん、トールの駄目なところをその都度指摘してるから、分かりやすいと思ったんだけどなあ。どうやら君は本当に、剣術はおろか戦闘技能全般が素人らしい」
「だから言ったじゃないか。そういうわけで、ティウの動きを見せてくれよ。手本にするには適任だろうし」
「まーね、これでも団長だから。わかったよ、見せてあげる。じゃあもう一度僕に攻撃をしてくれ。今度は僕も反撃するから。本気でやっていいよ」
「さっきのも結構本気だったんだけど……」
だが本気でやっていいと言質は取った。怪我させたとしても責任取らないからな……?
俺は剣を強く握りなおす。そして一足でティウの胸元まで駆ける。それと同時、頭上に構えた剣を、ティウの肩から胸に目掛けて振り下ろす。
万が一重症になっても、治癒魔法をかけてやるからな―――
決まった、と思った。
が、しかし。
「なッ!?」
「ほらね、防御は最大の攻撃って言ったでしょ」
それを言うなら攻撃は最大の防御、じゃないのか。そんなツッコみさえ言う余裕がなかった。声を振り絞ることさえ出来なかったのだ。
俺の首筋にティウの剣が突き立てられていたのだ。
「な、何が起きて……」
「あれ、見えてなかった? ティウがすごい速さで斬りかかってきたから、僕もカウンターしただけだよ? ごめんね、今度はちゃんとトールでも見えるように切ってあげるよ」
そう言ってティウは剣を下ろす。そうして、ようやく生きた心地がした。
まるで見えなかった。何をされたのか、全くわからなかった。これが本番なら死んでいた。
ステータスでは勝ってる俺が、技量というステータスでは表せない力で圧倒された。
「ふ、ふふ。ははは!」
「どうしたの? 緊張でおかしくなったかい?」
「いいや、最高だよティウ! やっぱりあんたに頼んだのは正解だった!」
本当に嬉しいよ。笑いを止められない。
「確かに技量なんてステータスはない。けど確かに存在するよな。もし数値化するなら俺は最低ランクのEランクですらないな。だからこそ、お前から技術を盗めるのが嬉しいんだ!」
「そうかい。なら最低でも僕の動きが見えるくらいにはならなきゃね」
再びティウに攻撃を放つ。胸にめがけた突き、しかし剣の腹同士を打ち合わせ、軌道を逸らされる。
攻撃を受け流されて空を突いた剣。だがティウの言葉を思い出す。繋がった行動を意識する。一度の攻撃で満足するな。攻撃が失敗したのなら、そこから次の動作へ繋げろ。
突き出した剣を、そのまま横への一閃へ繋げた。
しかしこれもダメだ。ティウは剣で受けた後、その剣を滑らせるように動かした。そうして俺の剣は空振りする。
ティウは再び防御の体勢を整える。
なるほど、常に相手の力を利用し、自身は万全の状態で迎え撃つ。
これなら体の細いティウでも力自慢が相手でも有利に立ち回れるし、何より無駄がない。
「観察するのはいいけど、攻撃が雑になってるよ!」
「雑は元々、俺にあるのは勢いだけだ!」
そして、先程と同じようにティウの肩に斬りかかる。
ティウは俺の剣を受け、剣の腹で俺の剣を逸し、滑るように受け流した。
先程見た技だ。
俺の剣は受け流され、無防備な状態となる。
時間にしてほんの一瞬。だがティウのは最速の戦士だ。ならばその一瞬で十分。
ティウは防御に使っていた剣を、手首をうねらせて、俺の胸元へと走らせた。
バックステップをしてティウとの距離を取る。
「くっ! 危なかった。だが見えたぞ、お前の動きが!」
ティウの行動は全てが繋がっていた。一の動作が十の結果へ繋がっているのだ。
ひとつひとつの攻撃、防御が結果として相手を倒す行動になっている。
「いい目をしてるね。僕や君のようなスピードタイプの戦士は盾で防御するより、剣で受け流し、カウンターを狙う方が向いてるんだ」
「相手の行動を封じて、手早く攻撃できるってことか」
「うん。それに僕達なら多少の攻撃も身体強化で耐えれるし、回避も出来る。君と僕が出会ったのは幸運だよ、トール」
「はは……。絶対お前の技術を盗んでやる」
「死ぬ気でついてきなよ」
俺達は剣を腰に挿して拳をぶつけ合う。こうして、ティウと打ち解けた気がした。
ティウは子供のような笑顔を咲かせている。俺を鍛え上げるのが心底楽しいように見えた。
「……ところで腹減ったよティウ。そろそろ昼飯食べないか?」
「何言ってるのさトール。これから毎日、食事は朝昼晩の合計一〇分。睡眠は夜の十二時から朝の三時まで。それ以外はずっと修行だよ」
「え?」
聞き間違いだろうか。飯の時間が合計一〇分? カロリーメイトでも食い終わるか怪しいぞ。
更に睡眠時間は三時間!? 体力が持たないだろう。
それどころか、約二〇時間以上、ずっと修行する気か!?? 正気かよ!? ろくに鍛えたことがない俺が、そんなハードスケジュールをこなせるわけがない!
ここはどうにか講義して、修行の時間を見直してもらおう。今のままだと絶対無理だ。
「どうしたのトール。さっきから、どんどん寮舎の方へ体が向いてるよ?」
「い、いやなんでもない。ただ、ちょっとだけ疲れたかなって……」
「あははは、大丈夫! ちょっと疲れた程度ならまだやれるね。さあ、続きを始めよう」
「えーっと、その、た、助けてええ!!」
全力で逃走を試みた結果、二秒で捕まり、地獄の日々が始まったのだった。
だれか、助け、て……。
◆修行二〇日目―――国王とルビア視点
トールが修行を初めて早二〇日となる。
彼は今、泣きながら剣を振っている。これを乗り越えれば、彼はきっと大きな戦力となるだろう。もっとも、無事修行を終えることが出来ればだが。
「ティウっていたずら好きだもんね。半分は遊び心でやったと思うよ」
私が報告書を読んでいると、いつの間にか執務室に娘が入ってきていた。
「ルビア、入るときはノックをしろと言ってるはずだ。あと、周りに誰もいないからってそういう言葉遣いはやめなさい」
「えー。お父さんだって、部下がいなかったらだらけてるもん。私だっていいでしょ」
「それはそうだが……。あ、聞いたぞルビア。また学校で失敗したんだって? 先生の質問に緊張して答えられなかったらしいな。『ミズガルズの赤耳姫』」
「うう……! その呼び方はやめて~!」
「まったく……」
娘は幼い頃から優秀な子だった。しかし一つだけ苦手なことがある。
それは、人前に出ること。
ルビアは第一王女であるため、官僚や記者を相手にする機会が多い。
だが、ろくに受け答えができずにすぐ顔が真っ赤になる。
そしてついたあだ名が『赤耳姫』。
王族であるのに、人に注目されることを極端に嫌う。それは致命的とも言える欠点だ。
父親として、国王として、悩ましい限りである。
「お前もいつかは婿を貰うだろう。だがそんなのだと、嫁の貰い手も出来ないぞ」
「わ、私はまだ一三歳だしいいもん! お父さん本当デリカシーない!」
娘に怒られてしまった。父親として言っておくべきことを言ったつもりだったが、娘の怒った顔を見て少しショックを受ける。
「だいたい、私にも……気になる人くらい、いるもん……」
消えそうなほど小さい声でつぶやいた言葉は、私の耳に入ることはなかった。
◆修行六〇日目―――
トールが修行を始めてから二ヶ月が経っていた。
団長であるティウがつきっきりで修行していたため、トールの噂はまたたく間に騎士に伝わっていった。
「なあ聞いたか、例の新入りの話」
「ああ、団長直々に特訓してもらってるんだろう? 羨ましいよな」
「最初の頃は泣いたりゲロ吐いたりで大変だったらしい。でも最近はティウ団長の動きについていってるらしいのさ」
「へえ、それはすごい。やっぱりとんでもない奴だったんだなあ」
トールは自分の知らないところで密かに有名になっているのだが、本人は知る由もなかった。
◆修行開始から半年―――
「そら! これを捌ききれるかな、トール!」
「ふっ! はっ!」
ティウの剣戟が閃光のように放たれる。
目に映るのはもはや線では無く光。動きが見えたときには、既にその刃は迫っていた。
目視してから反応していては間に合わない。
俺はティウの攻撃の始動を見て、どこに攻撃が来るかを読み、その攻撃を防ぐ。
剣と剣がぶつかり合い、甲高い音が響く。
俺は手首をひねり、ティウの攻撃を斜めに反らす。
「おお!」
ティウの剣が下に弾かれる。だがそれを確認するよりも早く、俺はティウの胸を突く。
が、しかし。剣は虚空を貫く。獲物を捉えた感触はない。
「……ッ!」
「いい勘だ! この半年で経験を積んだ甲斐があったね」
「この、背後から攻撃なんて!」
完全に隙をついたと思ったのだが、そう甘くは行かないようだ。
相手は一瞬で俺の背後に周り、首筋に目掛けて剣を振るう。
ティウのやつ、殺す気じゃないか。あまりの殺気に鳥肌が立つ。
俺は足を素早く動かし、ティウと正面に向かい合うよう体勢を整える。
そして、今度は俺の攻撃の番だ。
「そうそう、その動き! だいぶ体に染み込んできたね!」
「全ての動きは次に繋げるよう意識しろ、だろ!」
「ふっ!」
ティウに切りかかったその瞬間―――彼の神速のカウンターが発動する。
俺の剣を県の腹で受け止め、後ろに流し、攻撃に転じる超高速カウンター。
ティウの最も得意とする、威力と速度を兼ね備えた必殺の一撃だ。
だが俺も負けるわけには行かない。
俺だって半年間、死ぬ気で修行したのだ。短期間で強くなる……ティウを超えるために!
「これで終わりだよ!」
「ああ、これで終わりだぁぁ!!」
「ッ!?」
俺は体を回転させ、剣を放つ。
そうすることで、受け流されていたはずの俺の剣は軌道を変えてティウの首筋へと走る。
そのまま首を飛ばす、なんてしない。ティウの首にチョンと刃を当てるだけだ。
「どうだティウ。一本取ったぞ」
「……うん。僕の負けだ」
ティウはふぅと息を吐く。そしてパチパチと手をいたく。その表情は清々しいものだった。
「半年間よく頑張ったね、トール。これで君は剣術を無事修めた。でもあくまで基本の型だけだ。そこのところを忘れないように♪」
「ああ。半年かけてようやく一勝だ。少しはティウの期待に応えられたかな」
「うん。君は途中で挫けず、修行を最後まで頑張った。誇っていいよ」
こうして、半年にかけて行われた修行は終わりを告げた。
修了の証として、ティウからミズガルズ団の記章を貰った。五つの茜色の花弁が咲く紋章だ。
「ティウ、本当に世話になったな」
最後に、ティウと硬い握手をして訓練場をあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます