第10話 異世界の王族ってこわ~
「やぁトール、さっきぶりだね。効いたよあの頭突き、中々いいファイトだった」
「そりゃどうも。こっちも体中痛めつけてくれたおかげで、気絶から苦痛で目覚めることが出来たよ、ありがとう!」
「どういたしまして。僕もまだデコに腫れが残ってるんだ。あ、どうでもいい話だけど、僕ってうつ伏せで寝る派なんだよね。枕に顔突っ込んで寝るの。このデコだと練る時痛いだろうなぁ」
「そうか。追加で後頭部にもこぶを作ろうか。サービスで無料でやってやるよ」
ティウが笑顔で現れて、軽い皮肉を言ってくるもんだから少しカッとなってしまう。
俺たちの会話を見たルビアが間に入る。
「ちょっと。静かにしてくださいティウ」
「すみませんルビア様。トールと話してると、なんでか不思議と会話が弾むんですよね」
「奇遇だな。俺もだよ。出来れば今すぐさっきのことについて語り合いたいね」
「ハハハ、だからごめんって謝ったじゃないか。君のやる気を引き出すためだったんだってば。もう、根に持つなぁ」
「おまえなあ、そんな笑顔で流されたらさあ……」
ティウがあまりにも平然というから、こちらも怒る気が失せてしまう。これ以上とやかく言うのはやめよう。
俺は茜色の髪を揺らすルビアについていき、監視塔から出てきた。連れてこられた場所は、王都の中でも目立つ建物、白くて大きな城だ。
城の中を進んで一番大きな部屋に行き着いた。その中に入ると、多くの騎士と役人、使用人が控えており一番奥の玉座にはこの国一番の人間が座っていた。
王様への謁見だ。緊張する……。
「国王陛下、例の旅人をお連れしました」
「うむ、ご苦労であった。お前が例の旅人か。ほう、いい面構えをしている」
「えっと」
国王は玉座で腕を組み、俺の顔を見定めるように直視していた。その眼光は鋭く、見るもの全てを射殺すような切れ味をしている。
その視線を一身に受けていると、今にも穴が空いてしまいそうだ。
王様は俺を見るにいい面構えと言ったが、お目が高いと喜ぶと思ったか。そんなわけがない。
俺は現代日本で育った一般人だ。面構えとか言われて、逆に萎縮してしまう。
ティウや護衛の騎士はその場に跪き、腕を膝の上に乗せている。俺も失礼の無いように同じポーズを取ると、小笑いしたティウが小声で囁いた。
「ほら、客人はまず挨拶から。その姿勢は僕達ミズガルズの騎士がする忠誠の証だから」
言われてすぐ、慌ててその場に立つ。周りの騎士や役人達が怪訝な表情で俺を見る。
そんな顔をしないでほしい。俺はこの国の作法どころか異世界のことも知らないのだから。
ヒソヒソと会話をしている人間たちが視界の端に映る。
「客人は膝を立てた後、右手を胸のあたりまで持っていくんだよ」
今度は違う方向から、ボソっとアドバイスの声が届く。声のする方を見ると、茜色の髪の毛がちらっと見えた。
ヒントをくれたのは、どうやらルビアらしい。
この子はこちら側に並んでていいのか。玉座の近くに空いている席があるが、あれは姫の席ではないのか。
「旅人よ、名はなんという。聞くところによると、神々を祀る国アスガードから来たらしいじゃないか」
「は、はい。俺、いや私はトールと申します。アスガードから様々な地を旅し、帝国の動きを不審に思いこの国を訪れました」
「先ほど部下から聞いたが、お前は極神なのだな?」
「極神というのがイマイチわかりませんが、【雷神】というスキルを持っています……」
俺が質問への答えを言った途端、この部屋一体に集まった多くの人間が、声を押し殺しながらも騒いだ。
小声が重なり合い、大きな雑音になっている。
「なんと、極神!?」
「極神と言うと、あのおとぎ話の?」
「まさかあんな若造が、ありえぬ」
「しかし噂ではティウ団長と手合わせし、引き分けたとのこと。まんざらデタラメでも」
「帝国の手のものではないのか、なぜ突然それ程の力を持つものが我が国に……」
俺のことを疑う者や、好奇の目で見る者。その視線に殺されそうな思いになる。
「落ち着いてください、みなさん! ここにいるトールは、決して怪しいものでも、ましてや我が国に仇をなすものではありません! それはこのミズガルズ団団長ティウが保証します!」
普段は寝ぼけ眼で脱力した態度を取っているティウが、一人の団の長として発言した。
彼が発した言葉はあっという間に部屋全体に行き渡り、懐疑的な空気を塗り替えた。
ある者は安堵を、ある者は頷き納得を。またある者は俺の方を見て拍手を送る。
「旅人よ、ティウの言う言葉に偽りはないと誓えるか?」
「は、はい王様。私は理不尽な暴力振るい、人々から平穏と幸せを奪う帝国を許すことが出来ません。そこで勇気あるミズガルズ王国に助力するべくやってまいりました!」
「トールの言葉は本当です。少なくとも嘘を言ってる気配は感じません。また、先程私は彼と手合わせしましたが、自分の身を顧みない覚悟と確かな実力を兼ね備えています。彼がこの国にいれば、必ずや我が国の希望の光となりましょう」
ティウの言葉が大きく響く。
一方俺の声は自分でも分かるくらい、つっかえていた。
「ティウ団長がそこまでいうのなら、間違いはないかもしれぬな」
「たしかに、なにより帝国は無神論者共の集まり。極神を手駒とするはずがない」
「左様。ともすれば、アスガード国からの援護なのだろう」
「いいや、あの国は絶対中立国。信ずる神からの命令でも無い限り、関わろうとはしまい」
「では彼は自らの意思で我が国に助力を?」
「なんとも勇ましい若者ではないか。このような人間を信じずに何を信じようか」
空気は一変して、今度は俺を信用する雰囲気になった。団長としてのカリスマか。
歴史上にもいるけど、優れた指導者は大勢を一つにするカリスマを持つという。
ティウもぼけっとしているようで、そういうところは集団のリーダー足り得るのだろう。
「助かったよティウ。正直かなり緊張してたから」
「貸し一個だからね。あっ、さっきの件これでチャラってことで」
「それとこれはまた別だ」
「ははは、残念」
小声でティウに礼を言う。助かったよ、ありがとう。
「皆にも彼の者を紹介できたようだ。では、詳しい話は別室でするとしよう。皆、わざわざ集まってもらってすまなかったな」
王はそう言うと玉座から立ち上がり、部屋を出ていった。それについていくように何人かの人間が部屋を後にした。
それを見届けた後、残った人間たちは元いた場所へ戻っていく。間もなくすると、大広間には誰もいなくなった。
すっかり静かになった空間で、俺は疲れてその場に座ってしまった。
精神的な疲労というのは防ぎようがないな。脇汗びっしょりだ。
大広間に残った俺達の中で、ティウが最初に声を出した。その顔は先程大きな声を出した時とは異なり、いつもの脱力しきった顔になっていた。
ティウが話し始めたので、俺も立ち上がり尻を叩く。
「それじゃあ僕達も行こっか。陛下を待たせるわけにも行かないし。ね、ルビア様」
「な、なんで私に聞くんですか。おと、父上もそこまで狭量な方じゃありません。トールさんもいることですし、そんなに急がなくても大丈夫でしょう」
「へー……」
「な、なんですかトール……さん。何を見ているんですか」
「いや、他の人の前だとちゃんとお姫様やってるんだなって。さっきはあんなだったのに」
「も、もう! せっかく真面目にやってるんだから、そういうのやめて! 恥ずかしいから!」
「あ、やっぱりそっちが素なんだ」
ティウは俺とルビアのやり取りを見て、はははと笑う。
「ルビア様がそんな顔されるのは、陛下や王妃さまの前くらいですもんね。僕もめったに見れやしない」
「そんなにレアなんだ。それを聞くとなんか得した気分だな」
「やめてぇ! 得とかそんなの無いから! 恥ずかしいだけだからあ!」
ティウと一緒にルビアをからかいながら大広間を後にする。先頭を歩くティウについていき、城の廊下を歩く。
この城を歩いていると、ゲームを思い出す。確かこの先の階段が崩れていて、一階と二階が行き来出来ないんだったな。
窓の外にある庭園は、草花が燃えて完全に更地になっていた。
おお、この区域は戦闘の跡が残ってた場所だ。ここで帝国兵と交戦していたのか。
などと感傷に浸る。歴史物のドラマを見た後の聖地巡礼に近い気分を味わっていた。
本人たちが目の前にいるのに、滅んだ後の情景を思い浮かべるなんて失礼極まりないよな俺。
そうして歩いている内に、王の部屋についた。ゲームでこの部屋も物色したから覚えている。
ということは、この並びにある奥の部屋は……。
「ひょっとして、あの部屋ってルビアの部屋か?」
「え? なんで知ってるの!? ひょっとしてストーカー……」
「いや違うから! 王様の部屋がここなら、必然的にお妃様が隣でその次は君になるだろ!」
「あ、本当だ。頭いいんだね、トール、さん」
「何その区切り。違和感すごいんだが」
「気にしないでください……」
「?」
よく分からないルビアは置いといて、王様の部屋に入ることにしよう。
ティウに目配せし、扉にノックをしてもらう。奥から返事が聞こえ、部屋に入る。
部屋の中はゲームで見たのと同じ。やはり他の部屋よりも装飾や家具のグレードが高い。そして部屋の端にある椅子に王様は座っていた。
先程の玉座に座っていた時と同様、引き締まった顔でこちらを見ている。その威圧感から、俺は足が地面に突っかかってしまう。
それを見て笑うティウ。後で覚えてろよ……。
王様は椅子から立ち上がり、両手を大きく広げてこちらの来訪を歓迎した。
「いやーよく来てくれた。ありがとう! さっきの集会、緊張しただろう? 私は緊張しすぎて、表情死んでたぞ。表情筋ってこの歳になったら衰える一方でな。でもこうしてプライベートで会うなら、落ち着いて話せるだろう。さあ、そこの茶菓子でも食べてくれ」
王様、すごいフランクなおっさんだった。
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