第8話 騎士団長さまとガチバトル

 窓ガラスが割れ、大きく開いた窓から外に出る。狭い室内でプロの軍人と戦うなんて堪ったものじゃない。

 外に出ると、芝生が生えた広場だった。周りに人影はない。とりあえず全力で他の建物が見える前方へ走る。


「くそっ、俺は戦いなんて出来ないっての! 剣だってブンブン振り回すことしか出来ないし。ステゴロだって、軍人にどこまで通じるか……」



 ―――ゴウ!! と空を切る音がした。



 ティウの拳は早く、そして鋭かった。当たれば怪我だけじゃすまないだろう。だがティウの肉体は不健康そうな痩躯だ。体力勝負ならば負ける気はしない。

 そして彼の体から溢れ出す魔力から、あの速さと力強さは魔法による強化のはずだ。

 つまり、俺のスキルや魔法を駆使すれば対等か、それ以上に戦えるんじゃないだろうか。


「あれだけひょろいんだ。補助魔法(バフ)を積めば俺のほうが強いんじゃないか……?」


「試してみる?」


「ッ!」


 瞬間。俺の背後に黒い影が迫っていた。

 気付いた時には既に拳が放たれていた。俺は首を反らし、腰を無理矢理ひねることで攻撃を回避する。だがまだ気を抜けない。放った拳とは逆の拳が、顔面めがけて飛んでくる。


 ―――これは避けられないか


 俺は迫りくる拳を避けることを諦め、カウンター狙いでティウへ右手を向ける。放つのは下級雷魔法サンダー。ティウの左手が俺の顔に触れる直前、魔法の詠唱を完了する。


 不思議と緊張はしなかった。


 攻撃が当たるかもしれない状況なのに、思考は嫌にクリアだ。初めて人に向けて魔法を撃つが、威力を弱めにすることを意識出来た。


「【サンダー】!」


「ッッッ~~!!」


 俺は無理な体勢で魔法を使ったため、勢いを殺せずそのまま地面に倒れた。芝生が柔らかく、ありがたかった。すぐさま体を起こし、魔法が直撃したティウの方を確認する。


 土煙が消え、徐々に姿が見えてきた。が、そこには二本の足でしっかりと立つティウの姿があった。

 体は少し汚れているが、傷は全くついていない。ノーダメージだ、まじかよ。


「……こんなものかあ。ダメだね、全然ダメ。極神っていうから期待したのに、これじゃゴールドクラスの冒険者にも負けるんじゃない? あーあ、がっかりだ」


 ティウの目は落胆で染まっていた。楽しみにしていた誕生日プレゼントの中身が、欲しくなかったおもちゃでがっかりしたような目だ。

 だが俺は戦闘の素人だし、いきなり殴りかかられてもどうしようもないじゃないか。それに魔法を人に向けて撃っていいのかまだ迷いがある。相手の力量どころか、自分のレベルさえわからないんだ。


 ティウはハアと溜息をつく。そして俺の目を見て、口を歪めている。とても意地の悪そうな、相手をおちょくる顔だ。こういう顔は、あまり好きじゃない。


「この国の力になるって言うけど、今の感じだとノーサンキューってとこかな。むしろ邪魔になっちゃうかもね。僕の騎士団はこれでも帝国に抗えるだけの力はつけてるんだ。君の居場所はない」


「ッッ……」


「ねぇ、それが本当に君の実力? それとも、君はまだまだ自分の力を出し切ってないのかな。だったらそれを早く見せてよ。そうしないと面白くない」


「へえ、面白くない?」


 ―――少しだけカチンと来た


 いきなり殴っておいてなんだそれは。その前のニヤニヤしながら俺に質問してきたことも。入国審査で事情も言わず連行したこと。この国に来て、イラッとすることばかりだ。


 彼らが悪いんじゃないのはわかってる。だが、俺も物分りがいいほうじゃない。責任者のティウに少しくらいやり返してスカっとさせてもらおう。


「こちとらわざわざこの国にやってきたんだ、黙って帰れるか。そんだけ言うな楽しませてやるさ。団長殿の退屈しのぎになるよう精一杯やらせて貰うぜ」


「そうかい。じゃあ見せてもらおうか。君の力を!」


 俺は自身の内側に意識を向けて、スキルの発動を念じる。道中でも試したが、魔法とは違いスキルは念じるだけで発動するらしい。


 俺が使うのは―――【雷神】。


 ゲームで使用していた【雷戦士】は戦闘中オートで発動していた常時発動(パッシブ)スキルだ。だから【雷神】もパッシブスキルだと思っていたのだが、発動している気配はない。

 この世界ではパッシブスキルは仕様が違うのだろうか。まだまだ分からないことが多い。


「ボーっとしてたら危ないよ!」



 ―――ティウの拳が迫ってくる



 おそらく当たっただけでノックダウン。脳が揺れ、倒れてしまうだろう。ガードしようにも、こちらの腕をすり抜けるように攻撃してきやがる!


 なら、全部避けてやる


 【雷神】……発動!!


「考え事かい? そんなんで僕のパンチを……ッ!?」


「パンチが……なんだって? 続きを聞かせてくれよ。このノロいパンチがよお!!」


 ティウの拳は空を切る。俺はティウの背後に移動していた。



【雷神】の力。まだ欠片ほどしか触れていないが、凄まじい能力だ。

 まず、感覚が素早くなる。見ているもの全てがゆっくりに見えるのだ。今のように攻撃を避ける時は、意識を集中すると更にゆっくりに見える。

 それだけじゃない。敏捷性が大幅に上がっている。一瞬でティウの背後まで移動する速力。残像が生み出せそうだ。そんな常人離れした状態なのに順応出来ている。これも能力の一部だろうか。


「は……疾い! 僕の拳が当たる直前まで目の前にいたのに……。いつの間に僕の背後に」


「いつの間にってそりゃ、パンチがあたる瞬間だ。トリックでも何でもないぜ」


「……どうやらさっきまでの君と違うみたいだ。気を引き締めないとこっちが痛い目を見るね」


「心配するなよ。痛い目じゃなくて、いい夢見せてやるぜ! オラア!」


「おっと!」


「ちっ。避けるのはそっちも得意か!」


「そうだね、君がどんなに早くなろうと、僕には一発も当てられないよ」


「そこまで言うなら当ててやるっ!」


「やれるもんなら……ねッ!」


 ティウは拳を繰り出してきた。先程の動きに加えて、蹴りも織り交ぜてきた。俺知ってる格闘技には見られない動きだ。変則的だが、流れるような攻撃を打ってくる。

 だが、そのすべてを見抜く。繰り出される拳や足、それら全てをギリギリまで引きつけて避ける。ティウの攻撃は当たらない。

 この調子だとこちらの攻撃を簡単に当て―――


「―――痛ッ!」


「あれれ。どうしたのトール。自慢げな表情が崩れたよ? 楽しませてくれるんじゃなかったのかい? 顔が赤く腫れてるけど、ああそれなら面白い見世物かも」


「この……! 避けたつもりなのに、顔にパンチが当った……?」


「君がどれだけ早かろうが、僕の攻撃は避けられないよ!」


「どうかなっ!」


 目を凝らせてティウの動きを観察する。ティウの拳が迫る。俺は顔に当たる直前でそれを避けた。直後に俺の拳を返す。カウンターの形で放った拳はティウの体を捉えた……かに思えた。


 だが拳は空を切り、代わりに俺の腹部に衝撃が走る。


「ぐっっごぉ!」


 意識外からの攻撃でダメージ以上に衝撃を受ける。

 攻撃が来た方向へ視線を向けると、蹴りを放つティウの姿があった。先程まで正面にいたのに一瞬で横に移動している。


 俺と同じ高速移動? いや、それにしても何か変だ。攻撃した時の感触が……


 再び蹴りが襲いかかる。今度は俺の足を狙っている。

 俺は高速でティウの背後に移動、そのまま攻撃のフェイントをかける。

 速さではこちらが上回っているはずだ。なのに俺の攻撃だけ当たらないのは、何かからくりがあるに違いない。

 ティウが一瞬、俺から視線を外したその時、俺は地面に向けて小さく炎魔法を唱える。目的は攻撃ではなく―――


「【ファイア】!」


「うっ! 目くらましか! だけどそんな小細工っ」


「オラァ!」


 土煙が舞う中、ティウの影に狙いを定めて高速の手刀を狙う―――が、これも当たった感触はない。一体どうなっているんだ。まるで幻だ。


 幻―――案外合っているかもしれない。


 完璧に捉えたと思った攻撃が当たらず、避けたと思った攻撃が当たる。これがティウの能力だとしたら。

 可能性は高い。かまをかけてみるか。


「まったくいやらしいスキルだな。幻覚系のスキルだろ? 攻防一体になって、おまけに敏捷性もアップしてるんじゃないか」


「そっちこそ、僕以上の敏捷性に加えてその肉体。殴るこっちの拳が傷だらけになってるんだけど。しかもまだ全力を出している風には見えない。恐ろしいよほんと」


 ティウはあっさりと認めた。想像通り、ティウは幻覚でこちらの認識をずらしているのだろう。チートもいいとこだ。ゲームでmissを連発してる気分だ。


「さっきはつまんないだの俺は必要ないだの言ってたくせに。ずいぶんべた褒めなんだな」


「その……トールが本気出してくれるように煽ったというか……ごめんね!」


 舌を出して謝ってくる。その姿に少し気が抜ける。


「……いいよ、もう。実際ティウに勝てないようじゃ帝国にだって勝てないだろうし。だから次の一撃で納得させる。俺もやれるんだってところ見せてやる」


「来い」


 ティウに言ったとおり、帝国からこの国を守るためにはティウ以上に強くないと話にならない。ゲームの中だと、この国は帝国に滅ぼされているんだから。だがゲームのステータスを引き継いでいるのに、こうして苦戦している。ティウの力量は本物だ。


 ティウがいても帝国には勝てない。ならティウを超えるしか無い。

 上級魔法を放てば勝てるのではないか。一瞬考えたが街中で使うわけにはいかない。それにティウほどの戦士なら、それで勝てるか怪しい。


 結局は戦いに関してずぶの素人である俺の問題だ。


 ティウに攻撃を当てられないのなら、絶対に当てる状況を作るしか無い。

 そのために俺は全力でティウに向かって突進する。


「捨て身の特攻か、潔くて嫌いではないけどね!」


「っ、【サンダー】」


 左手で殴るような仕草をし、直前で手を開き魔法を放つ。これは当然避けられた。しかし、ティウは上体をそらした体勢となり、そこに右手で速度を重視したパンチを放った。


「狙いはいい、だけど一手足りないよ」


「ちっ!」


 攻撃は不発。当たったと思った一撃は、またもや霧をつかむような感覚を味わう。結果は空振りとなった。

 二度の攻撃を失敗した俺は両手を前に突き出した隙だらけの状態となる。そして、ティウの拳が俺の鳩尾に深くめり込む。更にみぞおちに一発浴びる。


「がはぁっ!」


 呼吸ができなかった。衝撃で肺の中の空気が全て絞り出され、腹に鈍く鋭い痛みが走る。



 だが―――



「惜しかったね」


「いいや、待ってたんだよ。この瞬間を」


「うん? なにを言って―――」


「お前が俺に攻撃し、油断しきったこの瞬間を!!」


 俺はティウに逃げる隙も与えず、全速力で頭を前に突き出す。頭突きである。

 頭突きなんて、殴るよりも威力が弱いと思うだろう。しかし、俺の頭突きは【雷神】で強化された速度で、狙うはティウの顔面。

 頭突きはやるのは慣れている。狙いは外さない。


「オラァ!」


「ごっふっ!」


 頭に確かな感触を覚え、ティウが前方に吹っ飛び倒れる音を聞く。



 よかった、一矢報いてやったぜ―――


 狙いを達成出来て気が緩む。急所を強く殴打されたこともあり、俺の意識はそこで途絶える。

 何故ここにいるのか知らないが、馬車の少年が慌てた様子でこっちに走ってくるのが見える。

 心配ないさと言いたいところだが、ちょっと無理しすぎた……かも……。

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