第7話 馬車の少年(?)の正体とは?
◆馬車の少年(?)視点―――
「ふぅ……疲れたあ。ずっと馬車乗ってたから腰が痛いよ……」
今日、一ヶ月ぶりに王国に戻ってきた。
久々の自室に戻り、お気に入りの椅子に腰を下ろす。ずっと被っていた帽子も脱いで、束ねていた髪も下ろす。
ぶかぶかの上着を脱ぎ、身軽になる。これだけで体が軽くなって落ち着く。
ようやく落ち着ける空間に入ったことで、体中から力が抜けていく。
「んん~。やっと休めるよ~。この部屋は久しぶりだけど、綺麗なまま。メイドの人たちが掃除してくれてたのかな」
この一ヶ月間、お忍びで隣国の様子を伺いに行っていたのだけど、その国は以前来た時から変わりなかった。
変わりがないと聞くといい意味のように思えるけど、でも実際は違った。
ここ数年、帝国が各国に戦争をしかけ、滅ぼされるかあるいは支配下に置かれている。
そんな中、帝国の侵略に抵抗している国もある。隣国もこのミズガルズ王国と同様に、帝国と戦っている国。
その戦いの日々が変わっていなかった。つまりは、きつい状況だってこと。
隣国の要人と話す機会をいただき、互いの国の今後の方針を伝え合うことが出来た。得た答えは徹底抗戦。
たとえ国が滅びることになろうとも、帝国には絶対に屈しない。
だがどちらの国もこのまま戦えば、いずれ滅びるのは明白だった。
足りない。
このままでは散っていった数多の国々と同じ結末を迎えるだろうと、その人は言っていた。
そんな終わりの見えた未来を考えていた時だった。あの旅人さんに出会った。
入国審査の後に護衛の人から聞いた話だけど、あの旅人さんは騎士たちが手こずっていた魔物を一瞬で倒してしまったらしい。
護衛の人たちは長旅で疲弊していて、魔法を放つ余裕がなかったとのことだけど。
それを考慮しても、四体のスライムを一発の魔法で倒すなんて中々出来ることではない。ひょっとしたら、ティウ団長くらい強いのではと思う。
「あの人、検閲で引っかかってたけど、何が問題だったんだろ。いい人そうだったのに……」
この国じゃ珍しい黒髪黒目の青年。おそらく年齢は自分と近い、のかな。
髭は生えてないし、肌も艶があった。周りの男性は、みんな肌は日に焼け、髭が生えた人も多い。
同年代の男の子をあまり見たことはないけど、あの人はかなり若いと思う。
でも、年齢以上に落ち着いているとも感じられた。
防具は軽装ながらしっかりした造りだったし、剣もその辺の武器屋じゃ手に入らない業物に見えた。
旅人と言ってたけど、熟練の冒険者のような風格を感じたのは気のせいじゃないと思う。
さきほど門番たちに、現状で彼について話せる情報を教えてもらった。どうにも、スキルやステータスが常人のそれから逸脱しているらしい。
それに加え、極神スキルを持っているとも。
極神と言えば、一つの時代に一人現れるかどうかと言われる程の力。人知を超えた権能。生まれた時から背負った宿業。さまざまな表現があるけど、とにかくすごい能力なんだって。
「極神なんてはじめて見たな。おとぎ話の中だけじゃないんだ。外見は普通の人なのに、歳が近そうなのに、あの人そんなにすごいんだ……」
そして彼が連れて行かれたのは、おそらく団長であるティウのところ。彼ならあの旅人の素性を聞き出せるだろうし、万が一の時に取り押さえることも出来るはずだ。
何と言っても、ティウはミズガルズ王国の中で最強の戦士なのだから。
考え事をしていると、コンコンと扉を叩く音がした。この部屋にわざわざ入ってくる者はいない。となれば、自分を呼びに来たのだろう。
椅子から立ち上がり、上着を着て扉を開ける。扉の前にいたのは、馬車の警護をしてくれた騎士の一人だ。その人は息を切らせて肩で息をして、とぎれとぎれに言葉を繋ぐ。
「ど、どうしたんですか?」
「だ、だん……だんちょっ! だんちょうが……」
「お、落ち着いて、ゆっくり話してください」
「た、大変なんです! 団長が、例の旅人に勝負を挑むそうです!」
「ティウが、あの旅人さんと!? いったいなんでそんな物騒なことに? やっぱり、あの旅人さんがなにかやっちゃったとかですか?」
「詳しい経緯は私にもわかりません。とにかく、一緒に来てください!」
「わ、わかりました」
騎士を扉の前で待機させて、一度部屋の中へ戻る。先程脱いで机の上においた帽子をもう一度頭に被る。髪を帽子の中にいれ、目元を隠すように深く被った。
部屋から出ると、騎士がついてくるように言い、廊下を走る。本来ここは走ってはいけない場所なんだけど、誰にも見られないことを祈ろう。
しばらく走ると、監視塔が見える。普段はここに門番の交代のため騎士が数人待機しているが、今日は誰もいない。これもおそらくティウの差し金だ。
廊下を走り、奥の部屋に到着する。騎士が固唾を呑み、扉に手をかけた。中から声は聞こえない。だけど、人がいる気配は感じる。ひょっとしたら、もう始まっているかもしれない。
騎士は意を決して扉を開けた。部屋の中は静まり返っていて、まるで誰もいないかのよう。でも、確かに二つの人影がある。
そこには神妙な顔つきのティウと、そしてあの黒髪黒目の旅人が立っていた。
ティウは口の端を釣り上げて嗤い、その目は混沌とした色で濁っている。普段は温厚という言葉そのものな彼が、戦いとなると見せる裏の顔だ。
一方旅人は、困惑した様子でティウに視線を合わせる。ティウのただならぬ雰囲気を感じているのか、指先に力を込めている。いつでも魔法を発動できる準備はできているということだろう。
「さあ、早く。そうだ、剣を抜け。魔力を走らせろ。早く、早くやろう」
「…………っ!」
次の瞬間、膨大な力の激突が起きた。
◆
ティウの拳が俺の頬をかすめる。高速で放たれる拳は、エターナルユグドラシルで鍛えた反射神経がなければ避けられずに直撃していただろう。
ティウは全身に魔力をみなぎらせ、薄いオーラを纏っているのが伺える。おそらく何らかの強化魔法を使っているに違いない。
俺が避けるだけで精一杯だというのに、ティウの手は休まる様子がない。
ティウが攻撃を放つだけで、部屋全体が大きく揺れ、先程まで飲んでいたお茶が地面に落ちる。窓ガラスは割れることを避けられず、ここは既に戦場と化していた。
「あははははは!」
「くっ……! なんだティウのやつ。戦う前とまるで別人じゃないかっ!」
◆
時間は少し遡る。
何故俺がティウと戦うことになったか。それはティウに歓迎された後の会話が原因だった。
ティウは俺のステータスやスキルを改めて確認すると、どこでこれほどの力を身に着けたのかという質問をしてきた。
どう答えるべきか迷った俺は、旅をしている内にそうなったと答えた。
ゲームで世界中飛び回ってたから、嘘は言ってない。何度も言うが、ゲームでの経験はリアルそのものだったんだから。あの冒険は嘘じゃない。
俺の言葉を受けたティウは腑に落ちない様子ではあったが、一応納得してくれたようだった。
しかし、次に口から出た言葉が厄介だった。「僕と君、どっちが強いかな?」と笑顔で聞いてきた。もちろん俺です、なんて言うほど図々しい性格をしていない俺は、ティウのほうが強いのではないかと答えた。
すると、口の端を歪めてこう言った。「じゃあ、戦おう」と。
その後に部屋の中に誰か入ってきた気がするが、同時にティウの攻撃が始まったためよく見えなかった。騎士ともう一、それが誰だか確認する暇はなく。
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