第6話 あやしい男に詰められました

「こちらの部屋でお待ち下さい。間もなく団長がおいでになります」


「は、はあ……」


「おかけになって待ってて下さい、トールさん」


 騎士はそう言って椅子を引くと、自分の役目は終わったと言わんばかりに扉を強く閉めて出ていく。

 最後の一言は少し怖かった。すごい睨みを利かせていた。当然、俺は蛇に睨まれたカエルのようになった。



 入国審査で引っかかってから、俺は門の向こうにある監視塔の一室に連れてこられた。連行中、俺は絞首台への階段を登る気分を味わっていた。冷や汗が止まらない。

 来る途中、心のなかで自分の罪を数えて懺悔をしていた俺は大変哀れな罪人の姿そのものだっただろう。


 しかし気になってるのだが、さっきからみんな俺のことをトールと呼ぶ。たしかに入国審査でトールと名乗ったが、現実では透なわけだから発音に違和感がある。

 純日本人な俺にトールなんて呼び名は似合わなすぎだろう。パーティの仲間にも『おい』とか『お前』って呼ばれてたしな。


「しかし、なんでこんなとこに連れてこられたんだろう。やっぱり経歴詐称と思われた? それとも旅人が嘘ってバレたとか? ひょっとして俺の魔法やスキルがこの国では禁忌とされるものだったり……!?」


 異世界に来て数時間で逮捕とか、ネタにもならない……。しかも本人は罪状を知らないとか。


「そもそも、自分のステータスが確認できないんだから、嘘ついてたとかじゃないし! 不可抗力だ、悪気があってのことじゃない! そうだ。きっと初犯ってことで見逃してくれるさ!」


 口早に言葉を並べ立てて自分を落ち着かせる。



 そんな風に脳内をクールダウンさせようと必死になっていると、コンコンとドアが鳴った。


「失礼します。入ってもいいかな?」


「あ、どうぞ」


「ありがとう。いやごめんね、ちょっとこの部屋に用があったんだ。すぐに終わるから、少しの間だけ席を外してくれると嬉しいんだけど」


 部屋に入ってきたのは、痩せた青年だった。

 年は俺に近いだろうか。体は木の枝のように細く、今にも折れてしまいそうだ。

 暗い紺色の髪が不健康そうな印象をより一層際立たせる。染めてはいないように見えるが、地毛だろうか。

 この世界の人間は、髪の毛の色からしてファンタジーだ。染毛文化が違うとかではなく、髪質から異なっている。

 そんなファンタジーな彼らにとって、純粋な黒髪の俺は異端なんだろう。


 部屋に入ってきた彼も騎士なのだろうか? 会議とかでこの部屋を使いたいのかもしれない。

 だが残念ながら俺もこの部屋に用がある。というか、この部屋から動くことができない。団長が来るから待っていろと言われた以上、勝手に出て行くと事態がややこしくなりかねない。

 この青年には悪いが、部屋を出ていくという選択はない。


「困ったことに俺もこの部屋に用事があるんですよ。団長さんが会いに来るので待ってろって、騎士に言われて動けないんですよね」


「……! そうか、いや構わないよ。それならこの部屋にいてくれていい。僕も丁度、ここに用があったからね」


 青年はそう言って柔らかく微笑む。この人はいい人に違いない。優しい雰囲気が溢れ出ている。

 彼の好意に甘えて、居座らせてもらうのが申し訳ないな。


「用って何ですか? 俺が邪魔になるんなら、廊下に出て扉の前で団長さんを待ちますけど」


「大丈夫、君はそのままでいいよ! それよりほら、喉乾いてない? ちょうどいいお茶が入ったんだ。今から淹れるけど一緒にどうだい。そんな隅っこに座ってないでさ」


「いいんですか? じゃあ遠慮なく」


「僕はティウ、しがない騎士の一人さ。君は見たところ旅人だけど、どこから来たの?」


「俺の出身ですか。えっと……」


「ノンノン!」


 俺が出身地を言おうとすると、ティウと名乗る青年はチッチッと指を振った。

 そしてハニカミながら、俺に告げる。


「もっとリラックスしていいよ! ですます、とか堅苦しい言い方はやめてさ。ここには君と僕しかいない。だから普段の喋り方で構わないよ」


「そっか、ありがとうティウ。正直色々あって、気が張ってたんだ。質問の答えだけど、俺はアスガード国出身。色んなとこを旅して、この国に来たんだ」


「アスガード出身か……どおりで。ふふふ」


 俺がアスガード国からやってきたと聞いた瞬間、ティウの顔つきが変わった。

 先程までの不健康そうな顔から一変して、俺の顔を射抜かんとばかりに睨んでいる。その眼力はかなりのものだ。思わず視線で焼け付きそうになる。


 ティウの眼力に意識せず唾を飲む。ゴクリ、という音が部屋中に響く。


「ところでトール、君はこの国に何をしに来たのかな?」


「そうだなあ。当面の目的は観光かな。俺は色んな国を回っていて、この国には初めて来たからどんなところなのかなって……。ってあれ? 何で俺の名前を……」


「いやいや。観光が目的だなんて、そんな冗談は聞いちゃいないよ。僕は君の目的が知りたいんだ。この国で何をするつもりなのかを」


「な、なんのことだよティウ。俺はただの旅人だって。この国でなにかをするだなんて……」


 ティウの言うことは、半分当たっている。


 俺はこの国にはっきりとした目的を持って訪れた。あの写真のお姫様を帝国の魔の手から守る。つまり、帝国に滅ぼされた王国を守るということだ。

 もっとも具体的なプランは全くない。ゲームにないこの国を観光したいという気持ちも本当だ。


 でもそんなことはどうでもいい。


 なぜティウが俺の名前を知っているのか。なぜ俺がこの国に、目的を持ってやってきたと見抜いたのか。


 この部屋にいるのは俺とティウの二人だけ。


 そもそもだ。団長とやらは、一体いつになったらやって来るのか。

 本来この部屋にいるべき人間は、入国審査で引っかかった俺と、取り調べをするのか知らないが俺を待たせている団長だ。

 俺が落ち着くと感じていたこの場所は、最初から詰問の場だったのだ。


「てぃ、ティウ。俺に何か吐かせたいなら、このお茶に合う菓子でも持ってくるべきだ。もっとも、吐ける真実なんてありゃしないけどな……団長さん」


「やっぱり気付いてたかい。だけど嘘はいけないよ。僕の目には、君が真実を伏せているように見える。そんな怪しい男をらこの国に入れるわけにはいかないんだ」


「といいつつ、お茶のおかわりは入れてくれるんだな」


「言っただろう、いいお茶が入ったって。最初から君に飲ませるために持ってきたのさ。ああ、薬の類は入ってないから安心していいよ」


 なるほど。そりゃありがたい。


 俺はティウが差し出してきたカップを受け取る。

 毒は無いと言われても飲むのは憚られる。だがお茶の香りの誘惑に負け、カップに口をつける。


「なあ、どうして入国審査で引っかかったんだ? 俺、経歴を偽ったつもりはないんだ」


「いいかいトール。あのボードには名前と職業の他にも確認できるものがある。ステータスやスキルだよ。魔法の【ライブラリ】の代用として使える。知ってたかな?」


「騎士の人に聞いたよ。それで、そのステータスがどうしたんだ? ひょっとして、盗賊スキルがあるからダメですってオチか?」


「その程度のスキルなら警戒しないよ。でも君の場合は違う」


 ゲーム内の【ライブラリ】は戦闘中の敵のステータスを見るため使うのだが、自分のデータを見られて困るとは思わなかった。

 ティウは懐からあるものを取り出してテーブルの上に置いた。

 それは門番の騎士が持っていたボードだ。


「これが君のステータスだ。筋力がA、敏捷A、体力B、魔力B……他にもAやBばかりだ。こんなの一国に何人もいないよ。僕だって、AやBの中にDが混ざっている」


「へえ。こういうふうに反映されてるのか」


 ティウに見せてもらった俺のステータス。どうやらこの世界でもゲームと同様、個人の能力はステータスという形で確認できるようだ。


 だがゲームと違う点は能力値の評価方法だ。


 ゲームだと俺の【筋力】はレベル上げの成果とジョブの熟練度により限界値九九九に近い数値の九二〇だった。

 【敏捷】も同じく九六〇と高い値を示しており、終盤のボス戦でも先制を取れる程度には優れた数値だったと記憶している。

 一方防御力を示す【体力】は七六五と、防具を揃えないとボス戦は心もとない数値だ。

 ほかにも【魔力(MP)】や【精神】、【幸運】もレベルのおかげかそこそこ高かったと思う。


 だがこの世界ではどうだろう。


 ゲームで数値の高かった【筋力】【敏捷】【幸運】が、数値ではなくAランクという表記になっている。

 他にも【魔力】【精神】【体力】などはBランクになっている。


 具体的な数値じゃなくなった分、強さが明確にわからんな。


 このAとBばかりのステータス怪しまれたってことだろうか。

 まあゲームとはいえ結構な修羅場をくぐってきたからなあ。最新VRで味わう戦いは、感覚的にはリアルな戦いそのものだった。おかげで現実でも体捌きがよくなった。


「問題はステータスだけじゃあない。このスキルの多さだ。どれもこれも高ランクのスキルだ。【魔法A】や【剣術A】なんて、それ単品だけで部隊を任せられるほどだよ」


「いやあ、それ程でも」


 そこまで評価してもらえると、正直照れるな。


 だがこのスキルが仮にゲームと同じ効果を発揮するなら、【魔法攻撃の威力○%アップ】とか【消費魔力軽減】、【剣攻撃の威力アップ】とかで本人の技量に影響はないんだよな。


 だから【剣術A】というスキルを持っていても、ゴブリンを倒したときのように剣を振り回すしか出来ないわけだ。


 もし【剣術】スキルを持っていない兵士と戦えば、技量差で負ける可能性もあるわけだろう。


 せっかくの高ランクスキルも、この世界だと宝の持ち腐れだ。


「でも数はともかく、スキル自体は珍しいってわけでもないだろう? 確かに怪しいかもしれないけど、いきなり取り調べされるほどじゃ……」


「極めつけはこれだよ!」


 ティウは俺の眼前にボードを持ってきて、あるスキルを指差す。

 それは俺のアイデンティティとも言えるスキルで、世界にひとつだけの、俺だけが持つユニークスキル【雷戦士】―――ではなく


「【雷神】……なんだよ、これ」


「とぼけちゃダメだよトール。固有(ユニーク)を超えた特権、人の領域を越えた神域の力、極神スキル。おとぎ話に現れる神のような力を振るえるスキルじゃないか。これほどの力を持つ君は、一体どこの誰なんだい。この国に何をしに来たのかな?」


 ボードに記されているのは、【雷神】というスキルだった。なんてことだろう、俺の個性とも言えるスキル【雷戦士】が知らぬ間に【雷神】に変化していた。

 いつからだ? この世界に来てから……か? ゲーム内で勝手に変化してたら、そりゃバグだ。


 だがなぜだ。何が原因でスキルが変化したんだ。理由はわからない。

 ……いや、そもそもこの世界に来た原因もわからないんだ。わからないことだらけだ。この疑問は置いておこう。


 だが、ティウの問いには答えなければいけない。黙ったままだと怪しまれてしまう。いや既に十分怪しまれているのだが。自分は敵ではないという意志を示さなくては。


 沈黙は金という言葉がある。その後ろに、雄弁は銀という言葉がつく場合もある。余計なことを喋るよりは、黙ってたほうがマシという意味だ。

 だが、この言葉ができた当初は銀のほうが価値が高く、むしろ馬鹿なりに何か喋っておけという意味だという話も聞く。

 だからここは、派手にガツンと言おう。大丈夫だ。異世界だからクサいセリフを言ってもおかしくないだろう。こういうのは勢いに任せたほうがいい。


「俺は雷を司る者トール! 帝国を討ち、世界を救うために旅をしている! 帝国に抗う勇気あるこの国に、俺の力を役立てたいんだ!」


 思っていることをとりあえずカッコつけた言い回しにして発する。少しクサイことを言ってるだろうか。だがこれは一応本心だ。

 プレゼン発表で緊張してカタコトになってる大学生みたいな感じになったが、俺なりに誠意を込めて述べたつもりだ。

 あとは、ティウが信じてくれるかどうかだが……。


「本当? 僕達王国のために力を貸してくれる人がいたとは。しかもトールみたいなすごい人だなんて! ありがとう、ぜひ僕たちに協力してくれ。ようこそミズガルズ王国へ」


 どうやら信用してもらえたようだ。

 やはり思ってることをはっきりと相手に伝えるのは大事だ。言葉にするのはえらく難しいが。

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