第5話 入国審査で大ピンチ!?

 王国に着いたことだし、当面の目標としては生活費を稼ぐとしよう。

 それと並行して日付の確認だ。今はゲームで言うとどの時期なのか。

 あと魔法やステータスについても、もっと把握しなきゃな。


 そうそう。世界の情勢も知っておきたい。確かエタドラのストーリーでは、帝国は本編前に近隣諸国を攻め込んでいたはずだ。この世界でもそうかは分からないが、確認はしておいたほうがいいだろう。

 なにせ、帝国から写真のお姫様を守るためにこの世界に来たのだ。




 馬車から降りると、目の前には立派な門があり、騎士が数人立っていた。

 彼らは手に板状の物体を持っている。王都に入ろうとする人々はその板に触れている。入国の手続きに必要な魔道具だろうか。


 少年が門を指差す。


「旅人さん、あっちで手続きを行うことになってるんだよ」


「いっぱいいるなあ。並ばずに入国したいけど、。無理だよなあ」


「入国するにはあそこで審査を受けなきゃいけないから、早く並んだほうがいいよ?」


「了解」


「入国審査は持ち物検査と、身分を明かしてもらう必要があるんだ」


「ほうほう、騎士が手に持っている板がその審査に関係が?」


「うん。入国にはあのボードに手を置くのが必須なの。もし拒否したら、その場で捕まるかも」


 少年が冗談交じりに門に立つ騎士を指差す。

 騎士は次々と来る入国希望者への対応をテキパキと行っている。

 俺は列の最後尾に並び、順番が来るのを今か今かと待つ。


「こちらで入国審査を行います。名前と職業を教えていただいた後、このボードに手を置いてください」


 騎士の声が俺のいる後列まで届く。あのボードは、身分の証明を行うのに使用するようだ。

 前に並ぶ人たちがどんどん手続きを終えて門を通っていく。気付けば俺の番になっていた。


「旅人さんですか? 黒髪の方は珍しいですね。遠くからお疲れ様です。この国は豊かな自然と、住む人々の暖かい心が特徴的ですよ。楽しんでいってください。では旅人さん、どうぞ」


 ボードを差し出されたので手を乗せる。そのまま騎士から簡単な質問を受ける。


「お名前と職業をお願いします」


「名前は……」


 なんか職質みたいだな……。



 ところで俺の名前か。本名を言うべきだろうか。それともゲーム内のプレイヤー名?

 俺の本名は雷門透だ。ゲーム内ではトールという名前にしている。

 ファンタジー世界で日本語の本名を名乗るのは違和感がすごい。しかし偽名を名乗るわけにもいかないだろう。ということでゲーム内でのトールを名乗ろう。


 まあ本名の透だろうが、ゲーム内のトールだろうが『とおる』って読むわけだから問題ないだろう。

 問題は職業だが、旅人が無難か。元の世界の職業フリーターみたいなものだろう。


「俺はトールっていいます。職業は旅人です……たぶん」


「たぶん? まあいいでしょう。ええと……」


 騎士はボードを受け取り、表示されている文字を読んでいる。


「ちなみに、これって何をするアイテムなんですか?」


「このボードは触れた人の魔力を感知して、その人のステータスを表示するものですよ。ですから名前と職業、あと能力やスキルなんかもわかります」


「へ、へえ。ちなみに俺が言った名前や職業が表示されたものと違った場合どうなるんです?」


「その場合は別室でお話を伺います。もちろん入国は拒否させていただくことになります。場合によっては……。まあ、普通の人はわざわざ嘘なんて言わないから大丈夫ですよ」


「場合によってはどうなるの? ねえその場合具体的にどうなるんだ!?」


 会話を受け流しながら、騎士は表示された文字を読み上げた。


「ええと、トールさん、職業は旅人ですね。ステータスも拝見します……ええ!?」


 騎士は声を上げると、ボードと俺の顔を交互に見る。


 どうしたのだろう、ひょっとしてなにかまずいことでも書いていたのだろうか。

 ……もしそうだったら捕まる前に逃げよう。取り調べとか怖いし。

 確かテレポートの魔法を覚えていたはずだ。あ、でも一度言った場所にしか行けないからこの世界では使えないかもしれない。


「これは、いや……しかし、そんなまさか……」


 慌てた様子で他の騎士たちを呼び、俺には聞こえない声で会話している。

 いよいよマズイ……。これは牢屋行きか? 異世界に来てそうそう捕まるとか笑えないぞ。

 騎士がこちらへ戻ってきた。ずいぶんと取り乱した様子で、額には汗が浮き出ている。


「す、すみませんトールさん! 今、担当者を呼んでまいります! もう少しこのままお待ち下さい!」


「おい、早く先輩呼んでこい! たぶん門の向こうの荷物検査のほうにいるから!」

「わ、わかりました! いそいで呼んできます!」


 騎士は鎧を着ているとは思えないほどの全力疾走を見せ、門を通り抜けていった。

 俺は騎士三人に囲まれた。彼らは俺を凝視し、その場に縛りつけていた。絶対に逃さないという意思を感じる。


 これあかんやつや……と危機感を抱くもすでに遅く、他の通行人が俺に注目し始めた。口に手を当てひそひそ話して、俺の方を見ている。


 その人混みの中には、あの少年もいた。


 彼は俺の顔を見つめ、不安そうな表情をしている。

 そりゃそうだ、さっきまで話していた男が入国審査で引っかかったのだから。

 元の世界で例えるなら、バスで隣りに座ってた人が後に犯罪者と知った感じだろうか。うん、完全にやばいやつじゃないか。


 どんどん大事になってきてないか? 正直手汗がやばい。背中が緊張でチクチクする。胃の下あたりがキリキリ痛む。右足の震えがさっきから止まらない。

 そんな感じで五分ほど震えていると、さっきの騎士が帰ってきた。後ろには髭の生えた騎士もついている。この人が責任者なんだろう。


 ……髭が生えてるから偉いって、俺の判断基準ガバガバだな。


「お、お待たせしましたトールさん。 ささ、どうぞこちらに! 団長がお待ちしております」


 団長っていうと、騎士団長か?

 つまり、王国の軍事関係で一番偉い人が呼んでいると? なぜ……?


「だ、団長ですか? なんでそんな偉そうな方が俺に?」


「それは後で団長が説明します。私達について来てください」


「え~!? なんだそれ~!?」


 俺は騎士に囲まれて門の奥に連れて行かれた。

 当初の目的通り入国自体はできた。しかし結果よりも過程が大事ってよく言うが、どうみてもダメな過程だこれ。

 電車の痴漢も冤罪だったら駅について即逃げろって聞くし、こうなる前に逃げなかった俺の敗北である。


 この時の俺の顔は、さぞかし面白おかしかったのだろう。周りの人間の憐れむ顔といったら、養豚場に送られる豚を見るような目をしていた。

 でも彼らも悪気があるわけではない。不幸を笑われるよりは、憐れんでもらったほうがマシだ。世の中には他人の不幸は蜜の味って輩もいるが。


「ねぇママ。あのお兄ちゃんどこに連れていかれてるの? 悪いことしたの?」


「しっ、見ちゃダメよ!」



 だからってヒソヒソ話はやめてくれ。こっちのメンタルが削れてしまう……。

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