第4話 謎の美少年(?)と馬車で王都へ
「では旅人さん、王都に着くまで馬車でくつろいでください」
「ありがとうございます、どうも。恩に着ます」
俺は騎士の一人に進められ、馬車の中に入る。そしてゆっくりと座席に腰を下ろす。
座席はふわふわした座り心地で、まるで高級ソファみたいだ。
俺が座っている席に向かい合う形で、帽子の少年が座ろうとしていた。
少年は俺が座ったのを確認すると、座席に腰を下ろす。騎士たちの準備が整ったらしく、外から掛け声が聞こえ、馬車が動き始めた。
このままこの馬車に乗っていたらミズガルズ王国に着く。マップもなく徒歩のまま移動するという苦行は避けられたようだ。目の前の少年に感謝しなくては。
「なんかすみません。押し入るような形になっちゃって」
「いえ、気にしないでください。こちらも王都に着くまで話し相手が欲しかったところです。あとそんなにかしこまらないでください。こっちのほうが年下ですから、気軽に話してくれて大丈夫です」
「いいんですか……じゃなくて、いいの? そりゃありがたいけど。じゃあ君もタメ口で話してくれ。そうすれば俺も気負わなくてすむから」
この子がどういう立場の人間かわからないが、少なくとも平民じゃないだろう。そんな子にタメ口を利くのは流石に失礼だろう。
俺の提案を聞いて少年は安堵した。この子も気兼ねなく話せる相手が欲しかったらしい。
「う、うん。わかった。じゃあこれで一緒だね」
「ああ。まあ、俺に話し相手が務まるかどうか怪しいけど」
「ゆっくりしてくれて大丈夫だよ。到着までまだまだ時間があるから。最初の内に楽しみが尽きちゃったら退屈でしょ?」
「そう言ってくれると助かる。でも話のネタは結構あるから安心して。友達につまらない話だけは豊富にあるなって言われてるから」
「褒められてるのそれ……」
「もちろん。普段はそんなに喋んないくせに、どうでもいいネタ話だけは元気だなって」
「褒めてないよ!? それバカにされてるよ!」
その通り。ゲームのパーティ仲間にも、お前の話はよくわからんと言われたよ。
「ふふ、面白いね君。年が近い人と話すのは久々だから、なんだか楽しいなあ」
「へえ、そうなのか。同年代の人間が周りにいないときつくないか? 俺もバイトで一番歳が近い人が三五歳でさ。他はパートのおばちゃんしかいなくて話が合わなくてキツかったなあ」
「フリーター……? まあ……うん、立場が立場だからね。周りは大人ばかりだよ。だから馬車の中は一人で落ち着けるとびきりの秘密基地なんだ」
「確かにくつろげるもんな。馬車ってもっと、ガタガタするのかと思ってた。だけどホラ、この座席なんてふわふわだ。痔に悩んでる人にも優しいな」
「そうなの! この馬車は有名な職人が作ったものでね。車輪に魔石を埋め込まれてるの!」
「へえ。ひょっとして、この馬車は魔道具なのか。車輪になんの魔法をかけているんだろう」
「うん、この馬車には水魔法の魔石を埋め込んであるんだって。水魔法を発動することで車輪の抵抗を少なくして―――」
お互い砕けた口調になり、会話に笑い声が混ざる。
少年の態度は先程の優雅な振る舞いとは打って変わって、明るく落ち着いた雰囲気になった。
馬車から降りてきた時の凛とした態度もわるくないけど、うん。こっちのほうが俺は話しやすい。なんて言うか、見てて気持ちのいい笑顔だ。太陽のような明るい笑顔だ。
こうして、少年と打ち解けたことで馬車内の空気は明るいものとなった。
少年との会話は初対面とは思えないほど噛み合った。笑顔で会話できるのはいいことだ。
ただ外の騎士が俺の顔を凝視してくるのが怖い。
え、俺何かした? いや、俺が怪しいのは先刻承知だが。
それにしても目が尋常じゃないくらい怖い。先程俺の素性を疑っていたときの目が慈愛に満ちていると思えるほどに、ギラギラとしている。
「ええと……やっぱり俺が乗るのはまずかった?」
「い、いや! そんなことないよ! みんなを助けてくれたお礼として、我が国までちゃんと送り届けるのが、立場ある者としての務めだからね!」
「そっか、ならよかった」
「うん、よかった……えへへ」
馬車は順調に走行している。馬はパカパカと音を鳴らして走る。
窓から見える風景は新鮮だ。
馬車の中の雰囲気も心地良い。少年の纏う独特な空気。まだ出会って数十分だが、俺はそんな彼の雰囲気を気に入り始めていた。
お互い警戒心を解き、ある程度親睦を深めた。ここで一つ、彼に質問を投げかけてみた。
「ところで君は貴族かなにか?」
「え、ええっ!?」
「あっ間違えた。貴方様は高貴な身分のお方でしょうか?」
「いや、なんで急に敬語……? えっと、なんでそう思ったの?」
いやバレバレだよ。
外にいる騎士は自分たちを近衛兵と明かしちゃってるし。それを付き従えるこの少年、少なくとも貴族かそれ以上の身分というのは確かだろう。
近衛兵がわざわざ護衛しているということは、王国でもかなりの権力をもつはずだ。
俺が質問の答えを待っていると、少年は視線を泳がせて俺の顔と窓の方を交互に見ていた。
俺が馬車に乗ってからしばらくは落ち着いていたのに、質問をした途端落ち着きが無くなった。ひょっとして、よっぽど触れてほしくないことだったか。
少年は俺の問いをはぐらかすように、逆に質問をしてきた。
「そ、そうだ。アスガード出身っていうのは本当?」
「またえらく強引に話をそらしたな……」
「あはは、なんのことかな!」
少年は凛とした態度でキメ顔をした。ドヤ顔としてこれ以上無い、完璧な表情。漫画だと集中線が描かれてそうな顔だ。
さっきの緊張した態度は勘違いだったのか? というほどの変わりよう。
この子、おそらく人前で表情つくるのに慣れてるな。プレゼン慣れした友達が、発表の際に自信あり気な表情を作っていたのを思い出す。
馬車は問題なく走り続けている。先程のように魔物と遭遇することもない。平和そのものだ。
しかしこの馬車はすごいな。俺は馬車に乗るのは初めてなのだが、一切乗り物酔いしない。
一応ゲームでも馬車はあるのだが、ゲームの仕様で乗り降りの映像があるだけで、移動はスキップされるのだ。いわゆるファストトラベルというやつだ。
窓の外に映る風景は平原から農村、そして街道へと変わっていく。ゲームと同様、洋風な世界のようだ。
「……」
「……」
「…………」
会話が途切れた。明らかにさっきの質問が尾を引いている。あのやり取り以降全く喋らなくなってしまった。
俺から話題を振ってもいいが、話下手だからなあ。
しかし、二人きりなのだから無言のままというのも申し訳ない。彼もこの空気のまま王国へるのは気まずいだろう。
「このあたりはもうミズガルズ王国の領内なのか?」
「は、はいっ! そうで……そうだよ」
「……はじめて来たんだけど、いいところだよな。あそこの花畑なんてすごくきれいだ」
「この国は色々な場所で花を育ててるんだよ。王都には大きな庭園もあるんだ」
「庭園! いいな、楽しみだ。そういえば、小さい頃にチューリップ畑に行ったことがあったなあ。あれはきれいだった」
小学生の頃、家族でチューリップ畑に行ったことを思い出す。
遠くでは風車が回り、周りには赤や黄色、ピンクなどのチューリップが咲き誇っていた。
俺はチューリップの歌を歌いながら花畑を駆け回っていた。
「えっと、チューリップもあるけど薔薇やラベンダー、たんぽぽもあってとってもきれいだよ」
「ラベンダーもあるのか。昔ラベンダー畑で食べたソフトクリームも美味しかった」
「そふとくりいむ……?」
「あ、いやなんでもない」
俺の中でミズガルズ王国への期待がどんどん大きくなっていく。
こうしてきれいな風景を見ると無条件で癒やされる。友達には心が疲れてると笑われたが。
「……あれ、チューリップやラベンダーがあるんだ。ここ異世界なのに」
「えっと……どうかしたの? イセカイ?」
「……なんでもない、ちょっと考え事をしてた」
自分で呟いて気付いたが、異世界なのに元の世界の花があるのは不思議だ。
エタドラは日本製のゲームだ。そのため、ファンタジー世界なのに日本や外国の文化が紛れ込んだりしていた。
この世界もその影響を受けているとか?
もしくはこの世界でも偶然同じ花があって、さらに偶然元の世界と同じ名前が付けられた? いやいや、ありえなくはないけどちょっと無理があるような。どんな確率だよ。
まあ気になるけど、考えても俺に答えなんてわからない。これ以上考えるのは止めておこう。暇な時にでもまた調べればいいさ。
窓の外から見える景色は、花畑から民家へと移り変わる。
着々と王都に近づいているようだ。
「あとどれくらいで王都に着くか分かる?」
「う、うん。あと三〇分ほどで城門に着くと思うよ。申し訳ないんだけど、城門では入国審査をしてもらうことになってるんだ」
「ああ、身元の分からない人間を入れる訳にはいかないよな」
「ごめんね。国の決まりなんだ……」
「いやいや、むしろそういうことをしない国のほうが怖いよ。警備体制の整ってる国は安心して住めるだろうし」
日本でも海外に行くのに色々必要だもんな。他国に素通りで入国なんて出来ないだろう。海外に行ったこと無いから想像でしかないけど。
「ご理解いただきありがとうございます、なんてね」
「ハハ、どういたしまして」
少年は頭をペコリと下げ、窓の方を向いた。
「……」
「…………」
「………………」
また会話が途切れてしまった。
ひょっとして、話しかけすぎて迷惑だったかな? と少年の方をちらりと見る。
「っ……!」
あ、目があった。そして目をそらされた。
少年は指を組んだり、解いたりして落ち着きがない。
やっぱり、気のせいじゃないようだ。
「さっきからどうしたんだい?」
「は、はい! なんでしょう」
すっかり敬語に戻ってしまっている。声が上ずっているし、完全に緊張しているな。
ひょっとしてこの子……。
「もしかして、人見知りだったりする?」
「え? そ、そんなことないよ! 自分の立場にふさわしく、常に余裕を持っておけるよう心構えをしてるからね!」
「でもそわそわしてたり、視線が泳いでるぞ?」
「してないヨ……?」
「声が上ずらなかったら表情でごまかせたのに」
「ああ……。やっぱり、バレバレかあ」
少年は服の裾を掴んで俯いた。とても落ち込んだ表情だ。それと同時に、悔しがっているようにも見えた。
現実で『ぐぬぬ……』って顔をしている子を、俺は初めて見たよ。
「だって……」
「だって?」
「だって、知らない人と話すの緊張するんだもん!」
帽子の少年は、人見知りだった。
だもんって、お前。
「責任ある立場だからいっつも人前に出ないといけないし。でも知らない人と何話せばいいか分からないし」
「わかる」
「こっちはわからないって言ってるのに!」
いや、この『わかる』は共感できるよって意味でね。
俺も知らない人とあんまり話せない。
喫煙所で知らない人と談笑できる人がいるが尊敬する。タバコミュニケーションってやつだろうか。
「…族として責任ある行動を……と……ないし」
「え、なに? 声がどんどん小さくなってるぞー」
「うう……。君は初対面でも普通に話せて羨ましいよ」
「褒めるなよ、照れるぞ? なんてな。俺もそんなに会話は得意じゃないよ。……なあ、俺と話すのはつまらなかった?」
「ううん、そんなことない。同年代の人と、こんなにじっくり話せるのは滅多にないもん。話してて、ちっとも飽きなかった」
「その気持ちを相手とも共有したいって思いが、会話をするコツじゃないかな。俺もコミュニケーション取るのは得意じゃないから、偉そうなことは言えないけどさ」
「相手にも……」
少年はそう言うと俯いてしまった。
『責任ある立場の者が、こんな小心者でいいのだろうか』
彼が悩んでいる問題は、自分への自信の無さから来ているものなのだろう。
別に気にしなくてもいいんじゃない? と口で言うのは簡単だ。
でも、そんな言葉をかけてもらっても嬉しくないだろう。なにより、自分とは関係ないから言える無責任な言葉だ。
だから出会ったばかりの俺がそんな無責任なことを言うわけにはいかない。俺が言えるのは、こんなどうでもいいこと。助言でも何でもない。
「……」
「…………」
結果として、再び沈黙の時間を作り出してしまった。
我ながら情けない。
人生経験が豊富な人なら、こんな時キザな台詞をさらりと吐き出せるだろうに。
でも、このまま彼を放ってけない。偉そうなことを言ってしまったしな。助言したつもりはないとはいえ。
だから、最後に俺が彼と会話して抱いたイメージを伝えよう。
「その、俺には君の事情なんて分からないけど。愉しそうに話してた時の君、結構よかったと思うよ」
「……君はナンパな人なの?」
「いや口説いてるわけじゃなくて。ただ、そう悲観する程でもないってこと。君は自分で思ってるほど、偉い立場に向いてないわけじゃないよ。だって、最初に会った時の姿はカッコよかったしさ」
「そんな……。お世辞でもそう言ってくれると、嬉しいかな。でも……」
お世辞じゃ無いんだけどな。
少年が続きを言う前に、馬車の窓が軽く叩かれる。外の騎士からだ。
「間もなく城門に到着します。ご準備を」
「分かりました。ありがとうございます」
少年はふうと息を吐いて、自分の身なりを整えた。俺も服装とか変じゃないか気をつけよう。
「話の途中だけど、間もなく城門に着くよ。少ない時間だったけど、楽しかった」
「ああ、俺もだよ。自信を持てよイケメンくん」
「イケメンって……まあいっか。ところで王都についた後は何か予定はあるの?」
「そういえば、何も考えてなかったな。そうだな……冒険者ギルドで依頼を受けて、当分の滞在費を稼ごうかな」
「だったら、中央街に大きな冒険者ギルドがあるからそこに行くといいよ」
「分かった、ありがとう。……君の事情はわからないけど、まあ頑張れよ」
「うん、ありがと」
せっかく出会えた人たちとももうすぐお別れか。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくものだ。……いや楽しかったのか? 俺は楽しかったけど、彼はどうだろう。最後の方はちょっと重い空気だったしな。
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