第3話 現地人発見しました!
さて、どうやら俺の魔法はとんでもなく強化されていることが先ほどわかった。
だがあんなのをおいそれと使うわけにはいかない。
自分でも把握しきれていない力で人を殺めたくはない。
簡単に人の命を奪える力ってのは恐ろしい。呪文を口にしただけで大惨事が起こるのだから。
まぁ、この話は置いておこう。
要はむやみに人さまに撃っちゃ駄目ってことだ。
次に俺が気になっているのは、俺のこの世界でのMPだ。ゲームだと上級魔法を二十回程度撃つとMPが空になった。
ではこの世界ではどうだろう。
「試してみたいんだが、下級魔法であれだったからな。極大魔法をうった日には、ここら一帯の地形が変わりかねん……割とマジで」
有り得ないわけじゃないのが恐ろしい。この世界の人間は、こんな危険な力を持って平然と生活してるのか?
それで犯罪率が高くないのなら、俺はこの世界の住人を心から尊敬したい。
下級魔法でも殺傷力が高くて日常では使いどころがないだろ。
MPの確認のため、下級魔法をひたすら唱えて限界を調べてみるか。
「いくぞおおおお! サンダー……! サンダー……。サンダー……、もう一回サンダー……!」
俺が息を殺すように呪文を唱えると、手のひらから紫電が放たれる。
いや、放たれると表現するのは間違いか。なにせ、あまりにも勢いがない。数メートル先の地面に当たったが、そのまま霧散した。
「よし、威力を抑えようと意識すると、ある程度制御できるみたいだ。それに、さっきよりMPの消費が少ない気がする。精神的な疲れが軽くなってる」
確かエタドラでは、魔法は設定上は精神力と
だから精神的に疲労したらMPも限界に近いはずだ。
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「サンダー……、サンダー、サンダー……!」
あれ、おかしいな。もうかれこれ三時間くらい魔法を唱え続けてるのに、全然疲れないぞ。いや疲れてはいるんだけどな。喉や足が。身体的な疲れが!
でも一向に精神的な疲れが訪れない。数えてないが、おそらく数千回は魔法を使ってるはずなのに。
下級魔法でも、ゲームだと二〇〇回くらい唱えたらMPが切れるはずなんだが……。
ひょっとして、威力を抑えてるのがいけないのか?
試しに少し強めに唱えてみるか。
もう一度、周りに誰もいないことを確認する。……ヨシ!
「サンダー! サンダー! サンダー! サンダアアアア!」
前方に失明しそうなほどのまばゆい電撃が放たれる。周囲はこげて、煙が上がる。
そのせいで熱を感じるが、俺の背筋は凍っていた。
なんだこの威力……。
結局、精神的な疲労より先に、体のほうがギブアップしてしまった。
「あー疲れた! 足が疲れた! もう突っ立ってるのも無理だ。サンダーが結構威力あるから、反動で腕が痛い!」
魔法を唱え続ける作業をやめ、その場に座り込む。そして数十分休憩をして立ち上がる。
MPの限界を知ることはできなかったが、まあMP切れで疲れたところを魔物に襲われたりすることはないとわかっただけで上等か
。
さて、剣と魔法が実在する世界において魔法の次に考えるべきこと。剣についてだ。
先程ゴブリンを倒したわけだが、あんな腰の入っていない攻撃でよく倒せたなと思う。
一歩間違えばゴブリンに殺されていたのではないかと、冷や汗が出る。
なぜ俺のような日本の学生なんかがモンスターを初見で倒せたのか。
考えうる可能性は一つ。
やはりゲーム内での俺のステータスや装備が、この世界でも反映されているということだ。
つまり一般人の俺でもステータスの暴力でゴブリンを倒せたのではないか。
この『ゲームのステ反映説』を立証するためにもう一度戦闘を行ってみようと思う。出来れば、弱そうな相手で。
「おっ。あれはグリンスライムだ。ちょうどいい感じのエネミーだな」
グリンスライム。
序盤に出てくるスライム系のモンスターだ。物理攻撃に強く、魔法に弱い。
先程はゴブリンに一発当てたら倒せた。今度はこいつで腕試しといこう。
ゲームでの俺のステータスは、同レベル帯のプレイヤー同士でパーティを組めばストーリー終盤のボスも難なく倒せるレベルだ。
装備品もレアドロップや課金武器をそこそこ揃えている。プレイヤー全体でも中堅レベルはあったと思う。
この世界でもそれが反映されているのならば、ゴブリンを一撃で倒せたのも納得がいく。
まぁ敵の強さもゲームのままって保証はないのだが。
その確認のためにも、今からグリンスライム相手に検証してみようと思う。
グリンスライムはゲームだと物理攻撃に耐性がある。序盤のレベルで挑むとmissか1ダメージしか入らず魔法が使えなかったら詰みである。
そのため、終盤を難なく攻略できる俺でも、物理攻撃だと何回か攻撃しないと倒せない。
数回攻撃して倒せれば、ゲームの強さが反映されていることとなる。
ついでに防御力も確かめよう。ゲームのグリンスライムの攻撃ではダメージを受けない。こいつの攻撃力恐ろしく低いからな。
だがら一度攻撃を食らってみよう。もし痛みを感じたら即座に魔法を使って逃げるとしよう。
「グリンスライム! こっちだ!」
「ピ? ピギィィ!」
「うーん、痛くも痒くもない。防御力は問題なし。じゃあ剣で五回くらい切りつけて……」
一応素人なりに真面目に剣を振るう。幸い、グリンスライムは俺の体にまとわりついたままだったので五発全部命中した。
「ビガアア……」
「よし、倒せた。ということで俺のこの世界での肉体はゲームのステータスを引き継いでるみたいだな」
ゴブリン戦のあとで【サンダー】を撃った際、あまりの威力に驚いてしまった。
ゲームと違い、俺のステータスに比例して、下級魔法でもド派手な威力と見た目になるんだな。
どこかの漫画の大魔王のように、今のは【ゴッド・グラン・ジャッジメント】ではない……【サンダー】だ……って遊びが出来る。遊びじゃすまない気がするのでやらないが。
◆
さて、これでだいたいの状況がわかった。あとは近くの街に行ってこの世界が本当にエタドラと同じ世界観かを確認したいな。
「おい、大丈夫か! くそ、今助けるぞ!」
「魔法、魔法を使えるものはおらんか!」
「だめです、ここまでの旅路で既に魔力が尽きています!」
「ええい、攻撃が通らん」
「ん? どこからか声が」
周りを確認すると、少し離れた場所に馬に乗ってる一団がいた。
その後ろには馬車もあるし、商団かなにかだろうか。
よく見るとグリンスライムと戦っている。手こずっているようだが、大丈夫だろうか。様子を見に行こう。
「まずい、こいつ仲間を呼びやがった!」
「馬車は、馬車だけは守り通せ!」
「くそ、攻撃が効かない。俺の槍でも、こいつらへっちゃらだ!」
「オイオイオイ、ひょっとしてグリンスライムに物理攻撃で挑んでんのかあいつら!?」
あの連中、ひょっとしてグリンスライムの物理耐性を知らないのか? それとも魔法が使えないか。どちらにしろ放っておけない。
七人の男たちは武器を使用して四体のグリンスライムと交戦している。あの様子じゃおそらく、グリンスライムの能力も知らないはずだ。マズイな。
グリンスライムには初心者殺し的特徴がある。強力な毒を持っているのだ。
俺は状態異常無効のリングを装備しているから、噛みつかれても平気だった。この世界でも元の装備が効果を発揮しているのは運が良かった。
「ぐ、なんだか体が……いうことをきかない」
「力が入らない……」
「ど、毒かッ!」
「ありゃ不味いな。威力を抑えるように意識して……【サンダー】!」
「なんだ!?」
「おお、スライムたちが溶けたぞ! おい見ろ、あそこの青年の魔法だ!」
髭を蓄えた男が俺の存在に気づく。
「助かったよ、感謝する。ところでなぜこんなところにいたのかね?」
ゲームやってたら突然この世界に来ました、なんて答えられないよな。
ここは旅人とでも言っておくのが無難か。ついでに相手の素性も確認しておこうか。
「無事で良かった。ええと、俺は通りすがりの旅人です。グリンスライムに苦戦しているようだったので、差し出がましいけど加勢させてもらいました」
「おお、ありがとうございます! 本当に助かりました」
「困っている人を助けるのは当然ですよ。ところで馬車を護衛しているようですが、みなさんは商人だったりするんでしょうか?」
「おや我々をご存じないのか? この地方にいるものならば知っていると思うが」
えっ、ひょっとして有名な人達だったりするのか?
でもエタドラのNPCでこんな装備の人達は見たことがない。もしやゲームとは違う世界なのか?
若い男が疑心の目で俺を見ている。怪しいやつと疑われているかもしれない。
「俺、このあたりは初めて来るもので、少々道に迷ってしまったんです」
「そうですか、それは難儀ですな。ちなみにどこからお越しになったのかな?」
グイグイ来るなこの人たち!
怪しい男が急に現れたら、素性を明かしたい思うのは当然か。俺も彼らの素性を探ったし。
さて、ここはどう答えるのが正解か。
適当にぼかして答えるか。いや、この人たちは俺を少なからず怪しいやつと思っている。かえって怪しまれる。
ああ、そうだ。ここがゲームと同じ世界かどうかという問題、そしてこの人たちの疑念を晴らす。両方の解決策を思いついた。
ここは素直に正体を話そう。
「俺はアスガード国にある北西の村から来ました。国を抜けて、山と森を通ったらここに出たんです」
「なんと、アスガード国出身の方でしたか。それなら魔法の練度の高さも頷ける。アスガード出身の者は知と魔力の高い人が多いと聞きます」
「確かに。その黒い髪もここらで見ないが、アスガード国ならいるかもしれん」
よし、今の会話で確信した。この世界は『エターナルユグドラシル』の世界だ。
彼らはエタドラの世界にある国名を知っている。どうやら俺の知ってるエタドラと同じ世界のようだ。
俺はこの人たちに自分の素性を明かした。とは言っても、現実世界のことじゃない。エタドラ内の素性だ。
『エターナルユグドラシル』の主人公は、神を祀る国と呼ばれるアスガードに住む人間だ。そこから冒険に出て世界各地を廻るのだ。
俺はゲーム内の設定をこの人たちに話したわけだ。嘘は一切言ってない。ゲーム内の話というだけだ。
どうやら彼らも『嘘を言ってる様子はない』と判断したようだ。
でも、その後に気になることを言ってたな。黒髪がどうとか。まさか今の俺の外見って……。
「すみません。俺の髪の毛ってそんなに黒い……ですか?」
「うむ? そりゃもちろん。そこまで真っ黒な髪の毛、私は見たことがない」
待ってくれ。ゲーム内の俺はキャラクリで金髪のイケメンにしていたはずだ。それが黒髪?まさか、現実の姿に戻っているのか!?
「どうされましたか? 顔が青ざめてますが」
腰に挿した剣を持ち、刀身に映り込む自分の顔を見る。そこには慣れ親しんだ顔があった。
現実の俺の顔だ。別に不細工じゃない、そこそこ整った不満もない程度の顔。
だがファンタジー世界にはマッチしていないだろう。純粋培養の日本人顔なんて。
……なんかテンションが下がったぞ。没入感もクソもない。
「はあ……」
「大丈夫ですか? 急に剣を抜いたと思ったら落ち込んだりして」
「いえ……。さっきの戦闘と旅の疲れが溜まっているみたいです」
「そうですか、ならば我々の馬に乗られますかな? 国に帰る道中なのですよ」
「そういえば、皆さんは結局何をされてるんですか?」
「ああ、まだおっしゃってませんでしたね」
「我々は、ミズガルズ王国の騎士です。この後王都へと帰還します。どうでしょう、ご一緒しませんか?」
ミズガルズ王国という単語を聞いた途端、胸の鼓動が早まる。
その国はよく知っている。だって、さっきまでいた場所だから。
そう。俺がこの世界に来る前にいた、廃墟の城だ。
彼らは王国の騎士と言った。そして、彼らは馬車を護衛しているわけで。よく見たら、馬車には荘厳そうな紋章が記されている。もしかすると、馬車に乗っているのは王族ではないか。
ガチャ、と馬車の扉が開いた。
馬車が停車していたので外の様子が気になったのだろう。中にいた人物が降りてくる。
降りてきた人物の声。鈴の音のような綺麗な声がする。
「どうしたんですか、皆さん? も、もしかして戦闘で負傷者が!?」
「いえ、大丈夫です。偶然通りかかった旅人の彼に助けていただいて事なきを得ました」
「そうですか、よかったです。あの、旅人さん……? もしよろしければ、馬車に乗って頂けますか? お礼と言っては何ですが、王都まで送らせてください。結構乗り心地いいんですよ」
その声は甘く、優しく、聞いているだけで癒やされそうだ。
馬車から降りてきた人物は、写真で見たあの少女かもしれない。
「ええと、旅の方? もしかしてご不満でしたか? す、すみませんでした! 差し出がましい真似をして」
その姿は、写真の少女―――かと思いきや。
馬車から降りてきたのは、深く帽子を被った中性的な少年だった。
「気のせいでした」
「なにがですか?」
「いや、こっちの話です」
思わせぶりな登場の仕方で、あの少女じゃないのかよ!?
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