第2話 目を開けると異世界でした
「ん……まぶしいっ」
瞼を貫く光に、思わず目を開けた。
なぜ俺は目を瞑っていたのだろうか。確か……あれ? 何でだっけ。
エタドラにログインしていたのは覚えているのだが。
「ってどこだここ。平野のフィールドか? 見たことない場所だ。マップを確認するか」
いつの間にか寝落ちしてしまったのだろうか。意識を失う前の記憶がぼんやりとしている。
俺はマップ画面を開いて今いるエリアの名前を確認しようとした。しかし、ここで一つおかしな事があった。
「マップが開かない……? おかしいな、マップオープン。……だめだ、効果がない。ひょっとしてバグか? それともまだ夢の中だったりするのか」
マップが開かず、現状を把握できないとわかった途端、不安が押し寄せてきた。
ここはどこなんだ。周りに誰もいないけど、変なエリアに入り込んでしまったのか?
それとも、ひょっとして寝てる間にメンテナンス始まったのか。いや、その場合はタイトル画面に強制的に戻るはずだ。
「困ったな。今が何時なのかもわからない。そういえば、なにか重要なことを忘れてるような。確か、……そうだ。ミズガルズ王国の城跡に来てたんだった」
そうだ、俺はミズガルズ王国の城の中を探索していたんだ。少しずつ思い出してきた。
城の中を歩き回っている内に、本来入れないはずの部屋に入れたんだったよな。
「確か……そうだ可愛い子が写った写真を見つけたんだ。茜色の綺麗な髪の女の子。その後、変な声が聞こえたんだっけ……」
そして、俺はその声の主に頼まれたんだ。
―――ならば来い。救え、その手で、世界を
「……いやいやいや、まさかゲームの世界に来ちゃったわけないよな」
嘘だよな、いくら俺が暇人だからって、笑えない冗談だ。
「強制ログアウトのジェスチャー……」
両手でバツマークをとって、十秒待ってみる。……だめか。
ということは本格的まずい。
「くそ、このままログアウト出来なかったら冷蔵庫の中身どうするんだ……。まだ食材買ったばかり……ん?」
「グゥゥゥ」
背後から聞こえた唸り声に振り向いて確認した。
そこにいたのは緑色の肌、尖った鼻を持つ、背丈の小さなモンスターだった。
「おっ、ゴブリンじゃないか。こいつが出るってことは、この辺は低レベル向けのエリアってことか」
ということはここは一、二章で来た場所か? 俺が覚えてないだけで来たことあったりして。
「グィィ!」
「おっと」
ゴブリンは手に持った棍棒で俺に襲い掛かってきた。だが、ゴブリンの大振りな攻撃は体を横にずらして簡単に避けられる。
ゴブリンは序盤に登場する敵で、攻撃パターンは単調だ。最初の章を攻略する内に、嫌でもそのパターンを覚える。だからこうやって簡単に攻撃を避けることが出来るのだ。
「久しぶりにゴブリンの攻撃を見たけど、相変わらず一本調子な攻撃だな。そう言えば最初の頃はVRに慣れてなくて、中々攻撃を避けれなかったなあ。このゲーム、ボタン操作がなくてプレイヤーの
「グゥ!?」
「だから攻略wikiとかに書いてることも、人によってアテになったりならなかったり。不平不満は湧くものだけど、それ以上の魅力があるから人気が出たんだよな」
「グギャア」
「そうだ、この前覚えた魔法を試し打ちしてみるか。ええと、魔法ウインドウを開いて……あ」
そうだった。今、メニュー画面が開かないんだった。このゲームでは魔法は戦闘中にメニューウインドウから使用する魔法を選択、手を対象に向けることで発動する。
だが、今そのウインドウはない。故に魔法を発動できない。
「クソ、魔法は使えないか! だったら剣で……!」
「グァァ! グァァァ!」
「だから攻撃パターンは読めてるよ!」
俺はゴブリンの攻撃をひょいと避けて、手持ちの剣をゴブリンに刺す。腰の入っていない、軽い振りでの一撃だ。
浅い一撃だが、ステータス差を考えれば十分ダメージはあるだろう。
「ギャア!」
「あれ、おもったよりダメージが低かったか? というかダメージ数値も表示されてないし。なんなんだ一体」
「グウウウウゥウゥ」
俺の攻撃はゴブリンの腹に刺さり、ゴブリンは消滅すると思っていた。しかし予想より防御かHPが高かったのだろう、ゴブリンはまだ倒れない。
ゴブリンは腹部の傷を押さえてうずくまっている。
おお、このモーションは初めて見るかもしれない。
「へぇ。いつの間にか新しいモーションが導入されてるんだ。序盤だけの雑魚エネミーにも追加モーションがあるなんて運営も凝ってるなぁ」
「グゥゥ……。ガァ!」
「おわっ! あぶねぇ!」
急に飛びかかってきた。これも新モーションだろうか。
ゴブリンは棍棒を捨てて全身を丸めたあとに、全力で俺に飛びかかってきた。俺はそれに対し、剣のなぎ払いで迎え撃つ。
俺の狙い通り、剣はゴブリンの胴体を一直線になぞる。ゴブリンは俺に触れる寸前、地面に落ちた。おそらくこれで倒せただろう。
「今の攻撃、結構びっくりした。初心者じゃ対応できないぞこれ。もしかして高難易度クエストに出るゴブリンだったりするのか? メンテ直後で不安定だからこんな場所に出現した? ウインドウが表示されないのもそれが原因ってことか?」
「ガ、ガ……」
「まだ消滅してなかった!? しぶとすぎだろ、正直雑魚エネミーの体力を無駄に高くされても面倒なんだけど……え?」
この時、このゴブリンHP高いな、固いなと思っていた俺は結構呑気していたんだろう。
目の前のゴブリンの様子の変化に全く気付いてなかった。
『エターナルユグドラシル』の対象年齢は一五歳以上だが、性的な表現や暴力描写は非常に控えめだ。女キャラの衣装をしたから覗いても謎の黒い空間が発生するレベルである。
――にも関わらず
「血……。な、なんで? このゲームに血の表現はないはず……」
「グゥ……」
「消滅……しない。HPがゼロになったらすぐ消えるのに……」
ゴブリンは力尽きて、その場に倒れた。だが、ゲームで敵が死んだ際に発生する消滅エフェクトが出ない。
言いようのない不安に襲われる。
全身がヒヤッとする。
何かわからないがマズイという感覚。
俺は目が覚めてからずっと、勘違いをしていたのかも知れない。
寝落ちしてる間にメンテがあって、それでゲーム全体がちょっとおかしくなってる。そう思っていた。
だが、ひょっとするとここはゲームの中の世界。エターナルユグドラシルと似た世界なのではないか。
そう考えたが、ありえないと自分の考えを自嘲した。
ガキみたいな妄想はよせ。
そう思いたかった。
だが、どうやらそのふざけた考えが当たってしまったらしい。
ここは『エターナルユグドラシル』の世界のようだ。
意識を失う前に聞いた声。世界を救えと言っていたのは、ゲーム内のイベントではなく、ゲームに似た異世界のことを指してたらしい。
「マジかよ……。そりゃ、世界を救うって言ったけどさ。事前に説明とか……ないのかよ」
誰かに返事をしてもらいたくて呟いたわけではなかった。
当然返事はない。最初から期待してなかったけど。
もしかすると、あの声がもう一度話しかけてこないかと期待していたが、そう甘くはないみたいだ。
急な出来事すぎて、頭の中に様々な疑問が浮かんでくる。
しかしどの疑問に対しても一切答えが出ない。解消される問題はなく、焦りのみが募る。
不安と混乱で一気に気が滅入ってしまい、うなだれて手で顔を覆う。
「これからどうするんだ……。ここがどこかもわからないし……。せめてマップがあればなあ」
マップがない以上、せめて今の自分の状態だけでも確認しておきたい。
先程ゴブリンを倒せたことから、俺の身体能力は高い。エタドラのステータスそのままの可能性がある。
ならばスキルや魔法も持ち越せているかもしれない。
「さっきのゴブリン戦じゃあ、魔法のウインドウが開かなかったけど、もしかして魔法を唱えると発動するのかも。……【サンダー】!」
サンダーを唱えた瞬間、俺の手から紫電が走る。
紫電は先程唱えた雷とほぼ同じ速度で大気中を駆け抜けると、十メートル先にあるワゴン車ほどの大きさの岩に当たった。岩は粉々に砕け、土煙が舞い上がる。
土煙が収まるのを待ち着弾した場所を確認する。岩があった場所には大きな穴がぽっかりと空いていた。
なんか地面が抉れて、すごい焦げてる。こわっ。
ゲームでは見られない光景だ。魔法を撃っても背景は綺麗なままだったしな。
とりあえず魔法は使えるみたいだ。
てっきりゲーム内のスキルとか全部捨てて、現実世界の俺のまま世界を救わなきゃいけないのかとヒヤヒヤしてたから一安心。
「でも、なんかゲームよりも威力高く見えるような……。これ、下級魔法だよな? 極大魔法じゃないんだよな?」
極大魔法は簡単に言うと、高レベル時に覚える消費MPが多いバ火力魔法のことだ。
今使った下級魔法は極大魔法のMP、火力ともに数十分の一くらいしかない。
なのに、地面にちょっとした穴が空くほどの威力。
正直自分の力で発動したものがこんなに破壊力があるのを見ると、ちょっとびびる。
「念のため上級魔法も……。【ゴッド・グラン・ジャッジメント】」
言葉を発したと同時、空からまばゆい雷が落ちてきた。
雷を視認したのと同時に地面に着弾。俺の意識が追いつくのを待たず爆音と揺れを残した。
サンダーの比ではないほどの爆風と揺れ。俺は言葉を失ってしまう。
案の定、地面には爆撃でもあったのかというほどの巨大なクレーターが発生している。
「……うん。これ絶対人に向かって打っちゃだめなやつだ」
でも、これで確信した。この世界は魔法が存在するような異世界だ。
そして異世界とわかった以上、次に気になる点があった。
「この世界が本当に『エターナルユグドラシル』の世界なのかどうか……だよなぁ。違ったら不安になる。知識ゼロじゃ散歩もできない」
色々と不安の種を残しているが、これで一歩前進だ。
信じられないが、俺は異世界に来た。それがわかった。
こうして、俺の異世界の旅が始まった。
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