第1話 ネトゲをしてるはずなのに

 俺、雷門透(らいもんとおる)の趣味はゲームだ。家庭用ゲームはもちろん、最近ではソシャゲを五つ掛け持ちしている。

 スタミナを消費するだけで二時間も費やしてしまう。俺が大学生で暇だからこそ出来る、時間の無駄遣いである。


 だが、俺が今最も熱中しているゲームは他にある。最近盛んになってきたVRゲームである。


 VRとはバーチャルリアリティのことだ。専用のゴーグルを着けると目の前がゲームの世界に早変わりする。仮想現実を味わえるゲームだ。普段は体験できないような世界に浸れるのがVRの特権といえるだろう。

 そんなVRゲームの中でも今、世間で大人気のMMO・RPG『エターナルユグドラシル』は別格だ。このゲームは没入感が高く、本当に自分が異世界に行ったような感覚を味わえる。


 『エターナルユグドラシル』―――通称エタドラは美麗なグラフィック、濃厚なシナリオ、そしてVRゲームだからこそ味わえる臨場感が合わさり人気を博している。


 今日も『エターナルユグドラシル』の中で俺は冒険を続けていた。

 今いる場所はストーリーでいつの間にか滅んでいた王国の城跡。この国はストーリーで軽く触れられるだけの国で、非常に影が薄い。

 ゲームの物語が始まった時点でストーリー上の敵勢力である帝国に攻め込まれており、プレイヤーが二章をクリアする頃には滅んでしまっていた。

 

 ちなみにストーリーは今のところ全一四章が公開されている。

 現段階ではストーリーは完結しているが、今後第二部が追加予定という噂がある。

 この国はストーリーに直接関わらず、序盤で名前が出た程度のため、プレイヤーのほとんどが忘れているのだ。

 そんな影の薄い国に俺がいるのか。その答えは簡単だ。俺はこの国に興味があったからだ。

 この城にはストーリーに必要なイベントがあるわけではない。経験値稼ぎにも向かず、レアアイテムが隠されているわけでもない。わざわざこんな場所に来るプレイヤーは皆無だ。


 だが俺の目的はそんなことじゃない。俺の目的は、この世界を楽しむことだ。

 細部まで作り込まれたこのゲームを、とことん楽しみたい。

 攻略に必要なくても、行ける場所は全部行きたい。NPCとの会話もちゃんと聞きたい。


 なぜこの王国は滅びたのか。ストーリーではただ単に帝国に滅ぼされたとだけ書かれていたが、詳細が知りたくてここまで来たのだ。


 もっとも、スタッフもそこまで考えていないかもしれないが……。


 城の中は廃墟そのものだった。炎で焼けた跡や、戦闘の痕跡がある。おそらく王国の兵士はここで城が落とされる最後まで抵抗したのだろう。

 そんな風にストーリーで語られてないこの世界の歴史を考察して楽しんでいた。


「城の壊れ方からして、ここで帝国とやりあったんだろうな。ただ単に廃墟のモデルを用意しただけかもしれないけどさ。こういう世界観の楽しみ方もありだよな」


 誰に聞かせるわけでもなく、一人つぶやきながら城内を探索する。

 こういう時、いくら歩き回ってもゲームだから疲れないのが嬉しい。欲を言えば一緒に探索して議論し合う仲間が欲しかったのだが。


『は? 興味ねぇよそんなの。そんなのやる暇あったらクエストやるっつの』


『僕も興味ないかな。このゲームストーリーよりもその後のやり込みが本番だし』


『っていうかあんたも早くスキル開放してよね、今度のクエストむずいんだから』


 普段遊ぶ仲間はあまりゲームの世界観には興味ないらしい。あえなく全員に断られてしまった。


 ……まぁいいさ。楽しみ方は人それぞれだ。


 でも探索だけじゃなく、ちゃんとレベリングもしないと、その内ついていけなくなるだろう。。攻略と世界観の考察、両立しないとな。


「やっぱりなにもないか。wikiに書いてる情報どおりだな。実際に見て楽しめたからいいけど。ストーリーの補足になるような情報はないか」



 城内をくまなく探索した後、最後に国王の部屋へと続く廊下を歩いた。

 廊下には扉が一〇個もあった。しかしwikiによると、実際に入ることが出来るのは王の部屋と、使用人の部屋三つ、計四部屋だけらしい。

 一々部屋の中作るの大変だからな。仕方がないだろう。

 そんなことを考えながら四つ目の部屋を出て廊下を歩いていた。

 念のため他の部屋も入れないか試したが、やはり鍵がかかっていて入ることが出来ない。


 そして最後の部屋、どうせここも入れないだろうと思いつつドアノブに手をかけると―――


「あれ、この扉あいてるぞ。この前のアプデで入れるようになったのか? でもアプデ内容にそんなのなかったような……」


 不思議だな、と思い部屋に足を踏み入れる。中は真っ暗だが、ゲーム内では夜でもよく目が見える仕様だ。まるで猫みたいだと思いつつ、歩みをすすめる。

 部屋は寝室のようで、国王の部屋と間取りが似ていた。使用人の部屋と違って広いため、おそらく身分が高い者の部屋だと分かる。


「ここ何の部屋なんだろう……。あ、そうだマップを開こう。もしかしたらこの部屋の名前がわかるかもしれないし」


 俺はマップを開くように念じた。

 このゲーム、というか最新型のVRゲームはある程度人間の五感とリンクしているため直感的な操作が可能だ。科学の進歩には驚かされる。

 念じてすぐ、マップが開かれた。視界には今いる部屋の間取りが表示される。左上には、このエリアの名前が記されているはず、なのだが―――


【u a~“”■■; B @e je '】


「なんだこれ、文字化けしてる。おかしいな……。このゲーム、そんな初歩的な不具合はめったにないはずだけど。運営に報告しとくか」


 珍しいことがあったもんだ、と思いながらマップ画面を閉じた。

 不具合報告をするのは簡単だ。メニュー画面を念じて開いて、一番下のお問い合わせフォームの【不具合について】を選択する。そして、不具合の内容を報告すればいい。

 不具合が確認されたら、報告したユーザーにゲーム内通貨を贈ってくれる。その後、修正後に全ユーザーにお詫びとしてゲーム内通貨を配布する。だから不具合を見つけるのは、ユーザーからしたらちょっとした小遣い稼ぎとなっている。

 ゲームの不具合を喜ぶのもおかしい話なのだが。


「ええと、『ミズガルズ王国の城に以前入ることができなかったエリアに入ることが出来た。しかしマップを確認すると、エリア名が文字化けしており……』うん?」


 不具合報告を書いている途中、あるものが視界に入った。それは暗い部屋の中にあったため、今まで気づかなかったのだろう。俺は部屋の奥に足を進めて、それを手に取った。


「これは、写真か?」


 男と少女の写真だ。男の方は王冠を着けているから、この国の国王だろう。そうすると女の子のほうは王女だろうか。

 国王と思われる人物がドレスを着た少女と並んで立っている。国王には気品を感じる。この王様の3D モデルを作成したスタッフはセンスがある。

 一方お姫様と思われる少女は、茜色の髪の毛と赤い瞳を持つ、大人しそうな少女だ。


「この娘……かわいい。正直、かなり好みだ。ゲーム内にいるなら一度お目にかかりたい……って、この国の姫ならストーリー的にもう死んじゃってるのか。没キャラってやつか? キャラのモデルは作ってたのに、ストーリーに出ずお蔵入りか」


 そういえば噂で聞いたことがある。

 開発スタッフを名乗る匿名の人物がSNSに書き込んだ話だ。

 本来はストーリーに同行させられるNPCに、あと一人実装予定のキャラがいた。しかしストーリーとの兼ね合いであえなく没になったのだと。そのキャラはヒロイン候補だったのだと。


 もしかすると、この子がその没ヒロインなのかもしれない。


 ミズガルズの王女(仮)、生きていたなら会いたかったが無念。

 正直外見はストライクだった。ゲームのキャラに言うのは痛いかもしれないが。


「俺が二章をやってる頃……。キマイラを討伐してる頃にはもう、帝国に殺されているのか。スタッフも勿体無いことするな。こんなに可愛いキャラをお披露目しないんだから」


 この王女(仮)、もし生きてストーリーに出ていたなら人気キャラになったことは想像に難くない。なぜならこのゲームはキャラメイク制―――つまり主人公の外見を自分で作れるわけだが、女主人公を作る場合やけにごついのだ。いわゆるゴリウーな外見になる。


 あと、NPCの女キャラは芋い感じか人外の女キャラしかいないため、美少女枯渇気味な世界だったりする。だからこの娘が出るならばキャラ人気でトップに立つに違いない。


「もし俺がこの国にいたら、この娘を守ってみせたのになあ。それこそ、俺のユニークスキル【雷戦士】でズバッと! この辺のエリアが開放されたのが五章からだからなあ」


 もし帝国が襲いに来ても、俺ならきっと王女(仮)を救えただろう。

 なにせ、高難易度クエスト『帝国兵百人抜き』をソロでクリアしたこともあるのだ。帝国の兵士なんて物の数じゃない。

 まあ、それも俺だけが持つユニークスキル【雷戦士】のおかげだ。


 このゲームはある程度キャラが育つと、汎用スキルとは別に、プレイヤー毎に取得できるスキルがある。それがユニークスキルだ。

 それは例えば、【剣を装備している場合、一定時間ごとに五〇%の確率で回避状態付与】だったり、【槍で攻撃した際、クリティカルが発生した場合、相手のHPとMPを半減する】とか。

 二種類の魔法を組み合わせてオリジナルの魔法を作り出せる者もいる。


 もっとも、ユニークスキルにも当たりとハズレがあり、ハズレだとどれも似たり寄ったりの性能でユニークスキルとは一体……となる場合も多い。

 とはいっても、厳しい育成の末に手に入る能力のため、戦術的価値は高い。独自性が薄いという意味でのハズレだ。


 そんな俺のユニークスキルは【雷戦士】。

 名前の通り、雷属性の能力だ。効果としては、【通常攻撃の威力アップ】、【すべての攻撃に雷属性付与】、【回避率アップ】の複合だ。

 中々優秀で、回避率アップは装備と組み合わせるとすごいことになる。

 運がいい『miss』『miss』『miss』といった表示がずっと続く。さすがにボス級のキャラは搦め手を使ってくるから、回避ばかりとはいかないが。


 俺の【雷戦士】はユニークスキルの中でも優秀らしく、一部のプレイヤーには俺の名前が知られている。


 いや、俺じゃなくて【雷戦士】というスキルが広まっただけなんだが。


 ……とにかく、俺がこの国にいれば帝国の侵略からこの国を守ってみせたのに。


 この国は草木は燃えて、大地は荒れ、街は崩壊し、城の中は瓦礫の山だ何も残っていない。

 帝国はストーリーでは徹底して悪の軍団として描かれた。つまり悪の帝国に滅ぼされたこの国は、きっといい国だったんだろう。

 平和だったこの国を、見てみたかったな。ストーリーが結構血なまぐさいから、平和な国とか街が少ないし。


 ああ。俺がいたら必ず救ってみせたのに。




 ―――それは本当か



「え……? い、今声が聞こえたような。他のプレイヤーがいるのか?」


 ―――お前ならば、王国の滅びは回避できるのだな


「だ、誰だ? マップには俺以外のプレイヤーはいない……。これ、イベントか? いや、ログにはそんなこと書いてないな……」


 ―――お前だけだ……気付いたのは


「気付いた? この部屋のことか。それともこの子のことか?」


 ―――この世界をだ


「せ、世界? さっきから何言ってるんだ。誰だ、ひょっとして運営?」


 ―――お前はこの国を、世界を救う気はあるか


「も、もちろん。ストーリーを進めている以上、世界を救いたいに決まってる。VRで没入感が増した分、この世界への愛着も強いし」


 ―――ならば来い。救え、その手で、世界を


「よくわからないけど……いいぜ! イベントか何か知らないが、国だろうが世界だろうが救ってやる!」


 ―――契約はここに完了した。我が力の一端をお前に授けよう


 その声が聞こえなくなるとともに、暗かったはずの部屋が明るい光で満ちた。

 俺はその光に耐えることが出来ずに、意識を失った。

 



 意識が途切れる寸前、画面上にスキル獲得という表示が見えた気がした。

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