異世界でも、命の煌めきは美しい。

戦いが終わってすぐに、俺達は村民とキメラの安否確認を行った。

どうやら負傷者は大勢いるが、死者は幸いにもいなかった。


「んむー…。とりあえず、人間は大丈夫みたいだー。」

「だね。だけど…。」


眺めると、そこは一面焼け野原となっていた。


「…んむー。形有るものはいつかは無くなるー。村はまた作り直せばいいー。今は脅威が去ったことを喜ぼうー。」

「…!そうだ!『黒い人』は…!」


俺がアニキたちのもとに向かうと、黒い人がしゃがみ込んでいた。


「…あれは…?」


すると、アニキがこちらに寄ってきて言った。


「祈っているらしい。魂が安らかに眠れることを。」

「え…でも、その魂って…。」


黒い人は立ち上がって言った。


「…どのような善人も悪人も、命は等しく重い。」


それだけ言って、黒い人はどこかへ歩いていった。


「待て。これからどうするつもりだ。」

「…変わらないさ。負の遺産を破壊し続ける。」

「まさかキメラを…!」

「…俺はそこまで恩知らずではない。今回の件で、お前が生きている間は、キメラは暫く殺さないことにした。それで貸し借りなしだ。」

「…永遠じゃないのか。」

「永遠ではない。キメラは必ず根絶する。できるだけ早くだ。…それと、今度キメラについての研究を始めるものが出たときは覚悟しておけ。その時は即刻契約を破棄して、その研究者とキメラを殺す。」

「…。」


黒い人は振り返って歩き出したが、何かを思い出して立ち止まった。


「…そういえば、ヨシナカ。お前に言っておくことがある。」

「…?」

「お前がこの世界に来たことには同情するが…。決して、元の世界に戻ろうなどと考えるなよ。」

「…!?」

「異世界と繋がることは、この世界の秩序を大きく乱す。…俺はそれを許さない。」

「…もし、帰ると言ったら?」

「殺す。今ここで。」

「…。」


俺は少し考えたが、案外すんなり答えが出た。


「…分かった。」

「…。」


黒い人は何も言わずに透明化の魔法を使い、どこかへ消えた。


「…んむー?いいのかヨシナカー。元の世界に帰らなくてー。」

「…元の世界の俺ってさ、やりたいことなんて無かったんだ。勉強して、いい大学目指してはいたけど、何をしたいとかは無くって…。でも、この世界に来てからは変わったよ。やりたいことが多すぎて困るくらいだ。」

「…んむー。そうかー。」

「…それに60年も経ってたら、元の世界も異世界と変わらないさ。」

「…んむー。」


長は周りを見渡した。


「…まずは、復興だなー。この街を元に戻さなければー。」

「…そうだな。」



俺は、悲惨な街の風景をしばらく眺めていた。




街の被害の様子を見て回っていると、シャルルを見つけた。


「…!シャルル!」

「あ…。…ヨシナカ。」

「よかった!無事だったのか!」


シャルルは、俺の顔を見るなり視線を外した。


「…ありがとう。シャルルが帰ってきてくれたから、街が救われた。」

「やめてください…。」


シャルルはさらに顔を俯けた。


「…私が…かつて何をしていたか…聞いたでしょう…?」

「…うん。」

「…同情ならいらないですよ。私は…本来なら死ぬべき人間です。なのに…のこのこと生きて…都から離れて嫌な思い出から逃げて…この地で活き活きとしていやがるクズです…。」

「そんなことは…」

「私は…知らなかったとはいえ…あなたを…実験の…試料に…!」


俺はたまらず、シャルルを抱きしめた。


「…もう、いい。もう一人で背負わなくていい。」

「私は…!キメラと仲良くしたいと言いながら、実際はキメラと仲良くすることで罪を赦されたような気分になる為にキメラを利用した下劣な人間です!本当に…最低な…。」

「…。」

「本当は魔法の力なんて使わないほうがいいことなんてよく分かっていたんです…なのに…魔法について詳しくなっていくたびに、自分に力がついたような感覚になって…お父様に反抗してまで手放そうとしなかった…。本当は…反抗なんてしたくなかったのに…。」

「…。」

「私は…この村にいると、『姫様、姫様』と持て囃されるのが気持ちよかった…。魔法を使って村の人に、『凄い、偉い』と言われるたびに、自分が存在していいような感じがして…。村の人の気持ちも利用して…。」

「…。」

「…こうやって話している今でさえ、私はあなたに、『私はこれだけ可愛そうな人間です。だから赦してください。』と思ってる…。本当に…救い難い…」


俺は、シャルルの頭を撫でながら静かに答えた。


「…それでも俺は、シャルルを赦すよ。」


そう言うと、シャルルは声を上げながら泣いた。




しばらくしてシャルルが泣き止むと、俺から離れた。


「…私は、この村に居ていいのでしょうか…。」

「聞く必要ある?」

「…どっちの意味でですか。居るべきじゃないという意味ですか。」

「…少なくとも、俺はシャルルがこの村から出ていったら悲しいよ。」

「…。」


すると、ずっと静かにしていた長も言った。


「…んむー。私も悲しいー。ずっといてくれー。」

「…。」


シャルルは、モヤモヤとした表情のままだった。

そこで長はシャルルの前に立って言った。


「…シャルルー。確かにシャルルの過去の行動は間違っていただろうし、シャルルはその過去から目を背け続けていたかもしれないー。それは変えられない事実だー。でもなー、それと同じように、シャルルが私達や村民と築いてきた絆もまた変えられない事実なのだー。」

「…。」

「…シャルルー。私は君に感謝しているよー。君がいなければ、君がキメラの研究をしていなければ、君が私と仲良くなってくれなければ、私はこの美しい世界に出会うことはできなかったー。」

「…!」

「…だからこそ、シャルルー。君は私のためにも生き続けてくれー。私がこの美しい世界に生まれたことが、間違いではなかったと証明するためにー。」

「…。」


シャルルはその言葉を暫く噛み締め、一気に顔つきが変わった。


「…必ず復興しましょう。私達で、この村を。」

「…んむー!」





吹っ切れたシャルルの行動は早かった。

王家の財力、今までの人脈、魔法の力を最大限活用し、わずか2ヶ月ほどで街の形を取り戻しつつあった。


「…せっかく一度村が更地になったんです。どうせなら、街の構造も変えましょう!」


という話になったので、色々と案を出した結果、二度と街全体が魔法陣の形にならないようにということで京都風の碁盤目状になることが決定した。


「あの…別に碁盤目状は俺の世界にあった街の構造の一つであるってだけでね…?即決は早くない?」

「いや、ビビッと来ました!めちゃくちゃいいじゃないですか!何通りと何通りの交差点って言えば、場所がすぐに分かるんですよ!?」

「でも街の風景に変わり映えが無くて、地元住民以外がめっちゃ迷うよ…?」

「…まぁ。いいんじゃないですか?」

「あんまり考えてないじゃん!」




半年もすれば、街の様子はかなりきれいになっていた。元々がそれなりに小さい村であったこともあるが、それでも凄まじいスピードで復興が進んだ。


「そういえば、ヨシナカは林業を営もうとしたこともありましたね。林業をやっておけば、今頃建築資材用に滅茶苦茶売れたんじゃないですか?」

「植えて一年も経ってない苗木を誰が建築資材に欲しがるんだ…。」

「…でも、ヨシナカはもうこの世界に留まることに決めたんですよね?なら、林業始めてもいいんじゃないですか?」

「林業舐めんな…。そんなポンとできたら苦労しないわ…。」

「塩の製造業も大概でしたけどね。」

「それは…。そうだね。」




やがて北の村は復興を遂げ、大いに祭を開いて喜んだ。それから暫く経った頃、俺はコップに水銀を出して眺めていた。

すると、シャルルが久しぶりに見た水銀に興味を示した。



「…あ!これ、水銀じゃないですか!出したんですか?」

「…まぁ。」

「へぇー。やっぱりいつ見ても綺麗ですねー。なんでまた水銀を?これ、危ないんじゃなかったんでしたっけ?」

「…この水銀の魔法についてちょっと考えててさ。」

「…?」

「なんで俺の固有の魔法が、水銀の魔法なのかなって考えてたんだ。」

「ふむふむ。」

「…水銀っていろんな金属と混ざって、アマルガムっていう物質を作るんだ。それで昔は、水銀はすべての金属の素って言われてたり…。あとは、その見た目から『不老不死の薬』なんて言われてたり。」

「…。」

「…なんだか、俺みたいじゃないか?俺はキメラの素になったし、不老不死の生物を作るキッカケにもなった。」

「それは…」

「あぁごめん。別に俺はそのことについては気にしてないよ。」


水銀の入ったコップを揺らしながら、考えた。


「…俺の魔法って透明化と回復と防御があるけど、やっぱり水銀だけは異質だった。それで考えたんだ。この水銀は、『象徴』なんじゃないかって。」

「『象徴』…?」

「俺がこの世界に来たっていう、『異質の象徴』が水銀だったんじゃないかな。…わからないけどね。」


俺は、その水銀を手の中に戻した。


「…?今のどうやったんですか?」

「どうやら、水銀は自由に出し入れできるらしい。」

「へぇ…。」

「都合がいいよな、この能力。」

「そうですね。非常に便利そうです。」

「便利なことはいいことだ。俺の世界でも、昔だったら空想の世界だった技術が科学の進歩で現実になっていった。…そういう意味では、科学は夢の魔法だったのかもしれないな。」

「…?ふむ…。」

「…よし。休憩おしまい。」


俺は、椅子から立ち上がった


「…さぁ、今日も元気に働くか。」

「はい。」


俺は、家の扉を開けた。






この世界は、多くの理不尽に包まれている。でも、それと同じくらい美しいものや大切なもので溢れている。

きっと、俺がこの世界に迷い込んだのは偶然ではなかったのだろう。そう思いながら、俺はこの世界で生き続けようと思う。

その命が、燃え尽きるまで。


「…。」


空を見上げると、一面真っ青な空が広がっていた。


「…やっぱり…俺が迷い込んだ異世界は、異世界と呼ぶには現実的過ぎる。」

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