異世界でも、計算は狂っていく。(4)

≪…勘違いしないで欲しいのだが、私は一部の夢の魔法が使えないだけで、ある程度は使える。…お前に勝ち目がない程度にはな。≫

「へぇ。そうか。だけど男には、負けると分かっていて戦わなきゃいけない時があるんだ。」

≪…無駄な意地を…。≫


俺は、扇子を取り出しながらどうやって戦うか考えていた。


(俺がこの世界を夢の世界と見ているとしても、俺にとってここはもう一つの現実。自分にとって都合の良いことは起きないし、物理法則を改変する力もない。…もっと現実的な方法で、キヤイを倒さなければ…。)


俺は、勝つための方法を模索していた。


(相手の体は霧散して打撃を通さない…。つまり、あいつは魔法でしか倒せない…。…やはり、俺の魔法の中で唯一勝ち目があるのは水銀だ。何とかして、奴の体内に水銀を入れたい…。)


しかし、俺は水銀の特性についてはある程度知っていたので、その勝ち目の薄さは理解していた。


(…ただ相手の体内に水銀を入れるだけじゃだめだ…。水銀は曝露してから効果が出るまでに多少の時間がかかる…。どうにか…直接血中に流し込むくらいのことをしなければ勝てない…。)


少し考えて、自分で自分の思考を読み直した。


(…『直接』血中に流し込む…。『直接』…。…!そうだ…俺の魔法は『直接』魔法…!もしかすると…いけるかもしれない…!)


俺は、扇子をにぎりしめ、とりあえず扇子を使って防御の魔法と透明化の魔法を使って守りを固めた。


(失敗すれば、目論見が相手に感付かれる。チャンスは一度きり…確実に相手に接触している時に水銀を流し込みたい…。相手に接触する方法…。相手の体が霧散しないタイミング…。)


俺は、一つの作戦を立てた。


(…これでやるしかない…!)






キヤイは構えた手を動かしながら、俺に話しかけた。


≪…数式というのは、何故そうなるかを分かった上で計算していくことが重要だ。ただ暗記しただけの公式は時間と共に忘れていくし、普段から何故そうなるかを理解する習慣があれば、公式がなくとも自分で一から公式を産み出せるようになる。…そして、それは魔法においても同様だ。≫


キヤイが腕を挙げると、地面から砂鉄が浮かび上がり、等間隔で宙に並んだ。


≪お前のその『透明化』の魔法は言い換えれば、『可視光線を体内に通す魔法』だ。実際に物体が消えるわけじゃないし、光からお前の情報を得られなくなったというだけだ。…なら、他の筋から情報を貰えばいい。音、匂い、感触、味…。だが、私ならこうする。≫


俺は、キヤイに触れるために近づいた。

宙に浮いた砂鉄は抵抗するわけでもなく、俺が通ると簡単に動いた。


(…この砂鉄…どういう意図だ…?)


すると、キヤイがこちらを向いた。


≪…砂鉄は非常に軽い力で動くようにしている。砂鉄の動きによってどこに、どのような物体が、どういう風に運動しているか把握できる。これでまずは、『透明化の魔法』を無効化した。≫

(…!)


キヤイはすぐに、俺に向かって大量の石を飛ばしてきた。

俺は防御の魔法で守りながら、何とか近づいていった。


≪…ふむ。どうやら、防御系の魔法を使っているようだな。一言に防御と言っても色々ある。例えば、ある一点に集中した力を何らかの媒体を通じて広い面積に力を分散させ、肉体を守る方法。あとは、向かってきた力に対して同じだけの力を加えることで力を相殺して肉体を守る方法。…だが、どちらにしてもその対処法は単純だ。≫


キヤイは、10立法メートルほどの地面を浮かせてこちらに投げつけてきた。


≪あまりにも大きすぎるエネルギーの前では、力の分散も相殺も無力だ。…これで、防御の魔法も無効化した。≫

「ぐっ…!」


巨大な塊の前に、俺は吹き飛ばされた。


(どうしても近づけない…あと少し…キヤイのそばにまで近づければ…!)


しかし、キヤイの手は休まらなかった。


≪フフフフ…。今度はお前の魔法を相殺するのではなく、私の魔法を押し付けていこうか…。人間というのはどのような行動を取るときでも、まずは頭で考えてから、信号を送り、体を動かしている。…なら、信号が他者の手によって書き換えられれば、どうなると思うかね?≫


キヤイが腕を上げると、俺の体が動かなくなった。


(…これはさっきの…!)


≪これは私固有の魔法だ。微弱な電気が走るだけの魔法ではあるが、私の知能が合わされば、それは相手の動きを封じる魔法になる。≫


キヤイはさらに、腕をくるくると回した。

すると、俺にかかっていた防御の魔法と透明化の魔法が解けた。


(…!)


≪相手を捕捉することができれば私は何者にも負けない。…君の脳内の信号を少しばかり弄って、君にかかっている魔法を解除させてもらった。君はもうこれ以上魔法を使えないし、動くことも出来ない。ただの置物だ。≫


するとキヤイは鉄の剣を生み出し、俺の胸に当てた。


≪このように、何がどのようにして成り立っているのかさえ分かってしまえば、どんな強力な魔法も敵ではない。…さて、チェックメイトになってしまったわけだが、私も、一度の返答の失敗でその人を殺すほど鬼ではない。失敗することが悪いのではなく、失敗から何も学ばないのが悪いのだからな。…最後にチャンスをやろう。お前は、元の世界に戻ることを受け入れるか?≫


俺は、声を振り絞って答えた。


「…断る…!」

≪…そうか。なら、さらばだ。≫


キヤイは、俺の胸に剣を突き刺した。

その瞬間、俺の胸が非常に熱くなり、体の力が抜けていった。

そのまま、俺は地面に倒れた。


(…もう少し…。あと少しだけでいい…。腕を伸ばせ…!)


俺は最後の力を振り絞って、扇子をキヤイの方向に伸ばした。

その腕を、キヤイは足で踏みつけた。


≪…フフフフフフ…少し計算違いがあったが、これで全ての数式が揃った…。後は、この世界を私好みに改変するだけだ…!≫


キヤイは手を叩いて汚れを払いながら、足で俺の顎を上げた。


≪愚かなことだ…。大人しく従っておけば死ななかったものを…。≫


キヤイは、俺の顔を見た。




その目には、まだ光が残っていた。




≪…!≫


何か奇妙に感じたキヤイは、すぐに俺から離れた。


≪…何だ…今の目は…。何かの希望がまだあるような目をしていた…。何か…私が読み違えているところがまだあるのか…?≫


キヤイは、冷や汗をかきながら俺を遠くから見ていた。




その時、キヤイの視界が歪み始めた。




≪…何だ…これは…。≫


キヤイは段々と体に異変を感じ始めた。


≪…体が勝手に震えて…痺れてきている…。これは…毒か…!仕込んだな…!≫


キヤイは、冷静に対処した。


≪落ち着け…。私には夢の魔法がある…。体内に入った毒を消せば…。≫


しかし、キヤイの夢の魔法は発動しなかった。


≪まだ夢の魔法が発動しない…!こいつ…まだ死んでいないのか…!…アナイめ…最後に悪足掻きを…!≫


キヤイはもう一度冷静になった。


≪この症状は…神経毒か。イモガイかテングダケ類か…。なら、それを解毒する成分を合成し、体内に注入すれば…。≫


キヤイは自分の体に魔法をかけ、解毒を試みた。

しかし体内に入ったのはキヤイにとって未知の物質『水銀』であり、解毒をできなかった。


≪まずい…まずいぞ…!時間が経つと、症状が重くなっていく…!≫


段々とキヤイの運動機能が落ちて、立てなくなった。


≪落ち着け…。私は天才だ…。この状況を打開する策があるはずだ…。考えろ…答えは必ずある…!≫


キヤイは思考を始めたが、水銀の影響で思考がまとまらなくなってきた。


≪…解毒のための…。解毒…。…くそ…!思考が…!≫


キヤイは自分の思考の遅さに腹が立ち、自分の頭を殴り始めた。


≪頭を動かせ!考えることが私の最大の武器!私が最強たる由縁なのだ!私は天才だ!全てを支配できる人間だ!天に選ばれた者なのだ!≫


その後ろで、俺は立ち上がった。


「…俺が敗北したら、お前は絶対、侮辱するために俺に触れてくると思ってたんだ。まんまと引っ掛かったな自称天才。おかげで特製の毒を血液に直接流し込めた…!」

≪…!アナイ…!貴様、何故生きている…!≫

「…回復の魔法だ。」

≪回復の魔法…。あの状況から、自分一人を回復するだけの魔法を使えるはずがない…!何故…!≫

「…。」

≪…だが、お前は私に勝てない。これは、どれほどのハンデを背負っていても変わらない真実だ。もう一度、今度は確実に殺せばいいだけの話…!≫


キヤイは、ふらつきながら俺を指差した。


≪お前の敗北は決まっているんだ!アナイ!≫





その時、一瞬だけ夢の魔法に綻びが出た。





その瞬間、影に隠れていたキメラたちが一斉に村の建物を壊し始め、村の形を変え始めた。


≪何故キメラが…!何故お前達が村の建物を破壊している!お前らは夢の魔法について何も知らないはずだ!誰から聞いた!≫


キヤイは原因を探し、そして、倒れて動かない長を見つけた。


≪…貴様か…!お前、ずっと起きて話を聞いていたな…!≫


長は目を開けて、ベーっと舌を出した。


「…んむー。私はキメラを統べるものー。お前達がバトっている間に仕事はさせてもらったー。」

≪この童がぁぁぁぁ!!!!≫


キヤイは剣で長の心臓を貫いた。


「…ぐふ…。」


長は、ニヤッと笑った。


「…んむー…忘れたのかー…?お前が私にした仕打ちをー…。」

≪…!こいつは擬似的な『不老不死』のアルカナを持っている…!≫

「天才が感情に任せた行動をして計算ミスとはー…何とも愚かな話だー…。」


キヤイは剣を抜き、建物を壊しているキメラに向き直った。


≪調子に乗るな貴様ら!低脳なキメラどもが私に勝とうなど、思い上がってんじゃあねぇぞ!≫


キヤイは建物を壊しているキメラに剣を振りかざした。

その剣を、アニキの槍が受け止めた。


≪貴様…邪魔をするな!≫

「それは出来ない。長を傷付けた罪、しっかりと払ってもらう。」


キヤイは何本もの剣を生み出し、空中に浮かせて操っていたが、アニキはその全ての剣をかわしながらキヤイの肩に突きを食らわせた。


「…どうやら、ヨシナカの毒がうまく働いているらしいな。剣筋が全くの的はずれだ。これなら、都にいた剣士の方が強かったぞ。」


キヤイは肩を押さえながら、フラフラと後ずさりした。


≪…私は…私はキヤイだぞ…!こんな、脳のない獣どもに負けるはずがない…!負けるはずがないんだ!≫


すると、キメラが破壊した建物が再生し始めた。


「…これは…。」

≪フフフフ…。夢の魔法さえ実現していれば、私は無敵だ…。この街さえ守りきれば、お前達に勝利はない…!そして、私の再生の魔法はキメラの破壊活動よりも早い…!どう足掻いても、お前達に勝ち目はない…!≫

「…さて、どうかな。」


すると、遠くで建物が破壊される音がした。


≪な…!まだキメラがいるのか…!≫

「いや、キメラはこれで全員だ。だが、ヨシナカの味方はキメラだけじゃない。」

≪…!まさか、村民か!?≫

「…そうだ。俺達は最近、お互いに助け合いながら暮らしていた。村の人に事情を話したら、快く村の破壊に力を貸してくれたよ。」

≪まさか自分の住みかを壊すのに協力するなんて…くそ…何故ここまで多くの想定外が…!≫


しかし、建物が破壊されるスピードと再生するスピードはほとんど同じだった。


≪…まあいい。時間が経てば、体力的にこちらが有利になる。せいぜい最後まで獣らしく足掻いていろ…!≫

「…そうならないために、俺達は今度こそ、お前をぶっ倒さなきゃいけない。」


アニキは、こちらを向いた。


「…ヨシナカ。仲間を助けてやってくれ。お前にしか出来ない仕事だ。」

「…分かった。」





俺は、扇子を開いた。





「みんな気合い入れろ!全員で村を破壊するぞ!」


俺は扇子を扇ぎ、回復の魔法をキメラ全員にかけた。

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