異世界でも、計算は狂っていく。(1)
暫くして、俺を固定していた魔法が解除された。
俺は動けるようになるや否や、黒い人のところに向かって走り、思いきり殴った。
「止めろっっ!!」
すると黒い人はよろけながら墓の上から倒れ落ち、長から離れた。
俺はすぐに、長に回復の魔法を使いながら黒い人を睨んだ。
「…長を勝手に改造して…苦痛を与え続けて…お前は人間の心は無いのか…!」
「…。」
俺はキヤイに視線を向けた。
「お前もだ…!長を殺し続けることでエネルギーを得るなんて、人間として間違っている…!本当の天才ならそんな手段を取らずとも、永久機関が作れるはずだ…!」
≪残念ながら、この方法以外では永久機関の実現は不可能だと証明されている。≫
「なら作るな!それは実現させてはいけない机上論だ!」
すると、キヤイは笑い始めた。
≪分かっているとも。これは非人道的で、倫理的に問題のある研究だ。≫
「分かっているなら何故実験する!」
キヤイは、笑いを静めて言った。
≪…ただの『好奇心』だ。≫
「…!!」
≪…残酷だな。こんな方法を考えつく時点で、人間とは非常に愚かだ。…だがこの世界は、より心を無くしたものが頂点に立つと決まっている。≫
するとキヤイの体は霧のようになり、分散しながら移動し、墓の上に立った。
「…!?」
≪分かるか。既に私の計算は結論を導き出している。≫
空気が強張り始めた。
≪私の目的…それは永久機関でもアルカナ=フルホールドでもない。私自身が夢の世界の主となり、絶対的存在になることだ。そして今…夢の世界は実現した。≫
黒い人はキヤイの野望を知り、質問をした。
「夢の世界…。本来であれば、アルカナの所持者が現実世界でアルカナを使えるようになるための試練の場所…。」
≪そうだ。この空間では、空間を作り出した本人の考えたことがそのまま反映される。物理法則も、魔法法則も、数学も倫理も言語も、その本人が想像したことが真実に書き変わっていく。≫
「…つくづく、お前にとって都合のいい世界だ。だが、俺の望みを叶えてくれるのならば文句は言わない。…アルカナ=フルホールドを作り出し、そして完全に破壊しろ。」
≪…。≫
「…どうした。今、この空間はお前の思い通りの世界なんだろう。」
≪…私はお前のことが分からない。お前ほどの人間が、私に利用されていることに気付かないはずがないと思うが…。…いや、私を泳がせ過ぎたのか?とにかく、私は最早貴様が制御できるような存在ではなくなった。≫
「…では、アルカナ=フルホールドは作らないのか。」
≪そうとも。この世界に絶対的な存在は、私一人でいい。≫
「…そうか。」
すると黒い人は、キヤイに向かって生に死を与える魔法を使った。
キヤイは体を霧のようにしてそれをかわし、その場に立っていた。
「…やはり今の状態では効かないか…。」
≪物事が上手くいかなければ力に頼る…。何と幼稚なことか。≫
黒い人は手を開閉しながら感覚を確かめ、腕を外套の中に隠した。
「…元々、お前にはあまり期待はしていなかった。ただ、同時に破壊できれば手間が省けると思っていただけだ。」
≪…アルカナ=フルホールドの他に、何を破壊するつもりだったのだ?≫
「この村だ。…いや、村の形というべきか。」
すると、キヤイは眉を動かした。
≪…なるほど。知能はあるようだな。これも計算通りと言いたいのか。≫
「そうじゃない。単純な効率の話だ。」
≪お前の目的…。それは、人間が作り出した負の遺産を破壊することか。≫
「…キメラ…アルカナ=フルホールド…魔法陣…異界…。そういった、人間の愚かな好奇心から生み出された存在を全て破壊する。それが、俺の目的だ。」
キヤイは少し考えた後、また笑った。
≪キメラであるお前が、キメラを破壊するのか。なんとも皮肉な話だ。それで正義を唄っているつもりか。≫
「正義かどうかは分からないが、俺は正しいことをしているつもりだ。…それに、それを言うならお前の方だろう。お前のそれは正義か。」
≪私は自分自身が悪である自覚がある。しかし人々は常に、弱い正義よりも強い悪を求め続けている。だから、私の行動は必然的に正しいのだ。≫
「…やはり、俺を生み出した人間どもは愚かだ。」
すると、黒い人は俺の方を向いた。
「…ヨシナカ。そのキメラを連れて上にあがれ。一旦引くぞ。」
「…何をするつもりだ。」
「今は何もしない。とにかく今は夢の魔法を破壊するのが先決だ。」
「…。」
俺は黒い人のことを疑いながらも、長の安全を確保するために、黒い人の指示に従った。
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