異世界でも、マスゴミはマスゴミである。(2)
製造所が稼働して二ヶ月が過ぎ、キメラの従業員も入り、本格的に経営がスタートした。
この二ヶ月間は塩の製造も順調で、売り上げ、収入、労働環境も安定してきた。
シャルルは自力でキメラの言葉を学び、あっという間にマスターし、キメラとの交流も盛んに行った。また、シャルルはキメラ全員の顔と番号を覚え、いつの間にかシャルルはキメラの間でも人気者になっていた。
塩の製造業の結果だけ言うと、今のところは順風満帆で、従業員からの不満や商品に対するクレームなどは特に無かった。
しかし、問題は別のところで起きていた。
ある日、俺はシャルルと街に出掛けていた。
すると、街でキメラと男性が話し合っているのを見つけた。
「おい!お前、分かってるのか!?自分が何をやったのか!」
「…?えっと…。何て言ってるんですか…?」
「そんな顔をしてんじゃねぇ!うちの果物を盗ろうとしてただろ!見逃さなかったぞ!」
「…あの、とりあえずそのリンゴをいただきたいのですが、いくらでしょうか…?」
「あ!?何言ってんだ!?村の言葉で喋れ!村の言葉で!ここはキメラの巣じゃねぇぞ!」
「えっと…じゃあ、とりあえずこのお金でそのリンゴを…。」
「何だ!?金で解決できる問題じゃねぇぞ!?」
「あの…リンゴを…。」
「あ!?」
「えぇっと…。」
キメラと村民の間で言葉、文化の壁ができていた。それゆえに誤解が誤解を招き、トラブルを生んでいた。
俺は二人の間に入った。
「すみません。その方はリンゴを買いたいそうです。」
「何だてめぇ!引っ込んでろ!」
「そうは言ってもあなた、キメラの言葉を喋れないですよね?会話のない所に解決は無いですよ。」
「あぁ!?盗人を庇うのか!?」
すると、シャルルも入ってきた。
「誤解なんですよ。この方は本当にただ、リンゴを買いたいだけなんだそうです。」
「…!姫様…!…っでも、俺は見たんですよ!このキメラの野郎がリンゴを盗む所を!」
すると、シャルルはキメラに聞いた。
「…あの。あなたはリンゴを盗もうとしましたか?」
「いえ…。ただ、リンゴを見ようと思って持ち上げたんです…。そしたら急に…。」
すると、シャルルは男性に向き直った。
「この方は、ただリンゴを見ようと思ってリンゴを持ち上げただけだそうです。」
「…はぁ!?そんな言い訳…!」
すると、シャルルは頭を下げた。
「どうか、分かっていただけないでしょうか?本当にただの誤解なんです。お願いします。」
男性はシャルルに頭を下げられているのが心地悪くなり、遂に折れた。
「…姫様にそこまで言われちゃ、断れませんよ。…ほら。100エルサよこせ。」
「17番さん。リンゴ一個100エルサだそうです。」
「あ…はい。」
「…まいど。」
キメラはリンゴを持って去っていった。
「あの…。キメラの方々のことは、どうかまずは寛大な目で見ていただけませんか?彼らはまだ言葉も文化も初めてなんです。だから、何か間違っても、まずは叱らずに教えてあげてください。言葉が通じなくても、何かを伝えようとする意思があれば伝わりますから…。」
「…へい。」
「ありがとうございます。」
男性は不満げな顔で店の番を続けた。
「…ヨシナカ。やはり言葉の壁、文化の壁…種の壁は大きいのでしょうか…。」
「ああ。そうだろうな。」
そもそも村の住民から理解を得られたと言っても、それはあくまで村民の多数派であって、少なからずキメラに対して抵抗を持つ人はいる。
となれば当然、キメラについて思考停止で拒否をする人もいるのである。
やはり世の中はそう簡単に事が進むわけもなく、今まさに俺は『人種問題』や『民族問題』に近い問題に直面していた。
「…でも、それを越えてこそ本当の共存だろ。俺達が頑張らないとな。」
「そうですね。」
諦めてしまえば何も変わらない。
この問題は一生ついて回るのかもしれないが、しかし、努力することで現状よりも良くなるはずだ。
そういう希望を持って、俺は問題に取り組んだ。
しかし、その努力とは裏腹に、溝は日を追うごとに深くなっていった。
次第にキメラ側でも村民に対する不満が大きくなっていき、何やら嫌な空気が流れていた。
そんな中、一人のキメラが遂に事件を起こした。
「暴力!?」
「んむー。昨日の夜中、村民とケンカになって41が男性を殴ったらしいー。」
「それは…。まずいな。」
「んむー。今は本人も反省しているー。しかしー、今までの村民に対する苛立ちが爆発したんだろうー。元々41は短期な性格だったー。」
「殴られた方の容態は?」
「顔に打撲とヒビー。」
「結構重症だな…。」
「んむー。これはキメラと村民の関係悪化に繋がるー。」
今、村の人達にとってキメラの存在は異質であり、そして懐疑的な存在である。
これがもし普通の人間が起こしたものであるのならば、謝罪するなどして事は比較的簡単に解決できる。
しかし、キメラが起こしたとなると話が変わってくる。
そもそも村の人はキメラについて危険なものとして認識されていたのであり、まだキメラが安全な存在であると確信していない今、キメラが事件を起こしたとなると、当然その事件は一気に表面化していく。
一応、王様からの一筆で安全性については保証されているのだが、もしかすると今回の一件でその効力は無くなる可能性がある。
そうでなくても、今度また事件が起これば確実にキメラは人間から遠ざけられる。
「…どうしましょうか…。」
「とにかく、今は謝りに行くしかないだろ。長。病院の場所教えて。」
「んむー。村の西の病院ー。」
「分かった。ちょっと行ってくる。」
「あ、私も行きます!」
「んむー。私もー。」
俺達は病院に向かった。
病院に着き、俺達は被害者が眠っている部屋に入った。
「失礼します。」
と、俺が部屋に入ると、驚いたことにマオイが被害者に馬乗りになって胸ぐらを掴んでいた。
「てめぇ!自分からキメラにケンカ吹っ掛けておいて負けたら被害者面か!?てめぇは男の象徴ついてねぇのか!?てめぇみたいなヤツがいるから、キメラも俺達に対して不満が増えていくんだろうが!このクズが!」
そう言うと、マオイは被害者に一発殴りを入れた。
「…あの…。」
すると、マオイは男の胸ぐらを掴んだまま俺の方を向いた。
「おお!ヨシナカ!久しぶりだな!3ヶ月くらいぶりか?」
「久しぶり。あの…そんなことより、今ってどういう状況…?」
「あー?えーっと、とりあえずこのゴミ以下のクズが人間と呼べないほど低俗な愚行をしたから引っ張叩いてたんだ。」
「そこまで下げた言い方しなくても…。」
「だってよー?こいつ、キメラ相手にケンカ吹っ掛けて、負けたら今度は被害者届け出して、キメラ側から金を盗ろうとしてやがんだぜ?そんな奴、塩漬けにされて豚に食われればいいと思うだろ?だから今からシメるところだ。肉は美味しく食わなきゃな。」
「ちょいちょい…過激過激…。」
「っていうか、お前こそ何しに来たんだよ。…あ!そういえばこっちに来てから仕事見つかったのか?」
「今日は正にその仕事。雇ってるキメラが暴力事件を起こしたって言うから、被害者に謝りに来たんだ。」
「?…あー、こいつに謝りに?いらねぇよ。こんな奴に謝る必要なんて。」
「いやでも…キメラ側も殴ったのは事実だし…。」
「いいっていいって!こういうヤツがキメラとの関係を悪くするんだ。今回の話は全面的にこいつが悪い。」
「いや…そうだとしても相手に危害を加えたのは事実だし、やっぱり謝らないと…。」
すると、マオイが少し不機嫌そうにしながら俺の方に被害者の顔を持っていった。
すると、俺より先に被害者の口が開いた。
「あの…。すみませんでした。」
「え?」
「俺がキメラにケンカを吹っ掛けておきながら、このような行動をとってしまいました。つい出来心でやってしまったんです。競馬で負けてイライラしてて…。」
「いえいえ!謝るのはこちらの方です!どのような理由であれ、怪我をさせるのはいけませんから。慰謝料は払います。」
「いえ。自業自得ですので気になさらないでください…。それより、キメラと人間の関係を良くするのに、金と時間を使ってください。」
「…ありがとうございます。あの…この度は本当に申し訳ありませんでした。以後このような事件が起こらないように教育を徹底して参りますので…。」
「はい。」
俺はこの人と話してとても驚いた。
どうやら、俺達が思っているよりも、村民側もキメラと近づこうと努力しているように見えた。
この村は争いを好まないということを、改めて確認させられた出来事だった。
次の日。俺は長とシャルルに話をした。
「流石に翻訳の魔法を使った方がいいんじゃない?キメラの人達に。言葉の壁を無くすにはそれが一番手っ取り早い。」
「えぇ…。それができればいいんですが…。」
「何か問題が?」
「はい。一部のキメラさんには耐魔法性能が付いているんです。特に、30さんから後の番号の方はほとんど…。」
「んむー。元々キメラは戦争での使用を目的に作られた存在ー。だから魔法の効果や攻撃を無効化させる力を持つキメラもいるー。」
「あぁ…。じゃあ、村民にキメラの言葉を…ともできないのか…。」
「はい。人数が少ないといえども、1000人以上はこの村にいますから…。それに、人のいる場所もまばらです。お年寄りの方などは特に…。」
「…やっぱり人手が足りなさすぎるな…。沢山の魔法陣でこう…ババッとできない?」
「いえ。あれは、対象と代償が魔法陣上にあるという条件がありますので、どちらにしても労力はそこまで変わらないかと…。」
「…魔法陣ってやっぱり任意発動なの?自動的に発動はできない?村民の方が魔法陣の上に来るようにすれば…」
「えぇっと、簡単な魔法なら自動的に発動する魔法陣を作れるんですが、何しろ翻訳の魔法は複雑で…。ちょっと厳しいですね…。」
「そっか…。」
そう話していると、長が耳をピクピクと動かしながら聞いてきた。
「つまりー。キメラに言葉を覚えさせればいいのかー?」
「…うん。」
「なら話は簡単だー。キメラに村の言葉を学習させればいいー。」
「あぁ…まぁ…普通に、か…。」
「だってそれが妥当だろうー?」
「まあ…そうだけどさ…文法とか教えるとなると、それなりに時間もかかるし…まずは今の状態を簡単にでも改善しないと。」
「んむー。そのあたりは大丈夫ー。キメラは頭がいいー。新しい言語くらいなら一週間で覚えられるー。」
「えっ」
「これも戦争を想定された能力だー。敵国の言語解読や無線の暗号の解読能力は一級品ー。」
…その能力ほしい。
「…じゃあ、単純に俺とシャルルでキメラに言葉を…って言っても、俺は魔法で喋れるだけで文法とかは知らないな…。…シャルル。一人で教えることになるかもしれないけど、できる?」
「もちろんです!」
「うん。じゃあ、それでいこう。俺もできるだけシャルルのサポートはするから。」
「ありがとうございます!」
「んむー。じゃあそういうことでー。」
「…これで、村民との関係が少しでも良くなればいいけど…。」
数日後、俺が買い物に行った時のことだった。
「…あれ?あんた確か、キメラの大使じゃなかったか?」
「あ…はい。」
「へぇー。案外背が高いんだな。キメラと一緒にいると小さく見えるのに。」
「キメラは大きい人だと3メートル近くありますからね。」
「へぇー。…あ、そうだ。この揚げ芋、オマケしといてやるよ。」
「いえ!そんな、いいですよ!」
「いーのいーの!その分あんたが働いて、村民とキメラの関係を良くしてくれ!」
「あ…ありがとうございます。」
「何だか今まで色々悪い噂とか事件とか流れてたけどさ、これでも俺らはキメラに結構期待してんのよ?ゆくゆくはキメラも俺達みたいに朝市に店を構えたりさ、畑を耕したりして村を活気づけてほしいしさ。」
「…!本当ですか!」
「ああ。だから、それは前払い。いつか俺の店にもキメラのお客を寄越してくれな!」
俺は、やっと思い出した。
(…ああ、そうだった。この村の人達は…優しいんだ。)
俺の頬に何故か涙が走った。
「…兄ちゃん?どうした急に?」
「…いや…すみません…ちょっと…」
「具合悪いんか?ちょっと休むか?」
「…いえ。大丈夫です。」
俺は涙を拭いた。
「…ありがとうございます。キメラたちはまだまだこの村の文化に馴染めないかもしれませんが、それでも精一杯交流させていただきます。どうか、長い目で彼らを見てやってください。俺達も、一日でも早く村に貢献できるように頑張りますので。」
一週間後、右往左往しながらキメラ達は村の言葉を覚え、言葉の壁は無くなった。
その後の関係性は正にV字で、キメラと村民の距離は一気に縮まった。
俺達は朝市に向かい、様子を見た。
村民とキメラが互いに手を取り合い、店を手伝ったり、何か買ったり、話したりしていた。
「…とりあえず、これでひと安心かな?」
「みたいですね。」
「んむー。」
「…ヨシナカ。今回は結構お手柄だったみたいじゃないですか。」
「へ?何が?」
「村の人から聞きました。あなたが揚げ芋屋の人に、何か言ったそうじゃないですか。」
「あぁ、あれか。つい一週間前にね。」
「それが決定打だったみたいですよ。あの話がどんどん広まっていって、キメラのことについて懐疑的な人達も、『この人が指導者なら大丈夫』って思えたみたいです。」
「…俺は何もしてないよ。ただ、村の人達が協力してくれただけ。」
「んむー。でも、その協力をさせるキッカケを作ったのは、ヨシナカだー。」
「そうかな…?」
「そうですよ!」
「んむー。胸を張れー。」
「なんか、誉められるのは恥ずかしいな…。」
村は優しい空気で包まれ、活気が溢れた。
俺はそれを眺めて、ほっと胸を撫で下ろした。
「…これで、成功なんだよな?俺の仕事は。」
「はい!大成功です!」
「…そっか…。」
俺は目の前に広がっている光景を、ただ眺めていた。
しかし、この問題は別のところでまだ残っていたのである。
その場所とは
都だった。
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