異世界でも、部下は上司の分の仕事もやらされる。(2)
「ヨシナカ!ペンを貸してください!」
「はいはーい。」
「…ヨシナカ!朱肉をください!」
「はーい。」
「…ヨシナカ!ここに自分の名前を書いてください!」
「うぃー。」
昨日の夜から明けて次の日。俺はシャルルに必要以上にこき使われていた。
「…んむー?仲直りしたー?」
「はい。…元々ケンカはしていませんでしたけどね。」
「んむー。それは良かったー。」
そう言って、長はシャルルの膝の上に座った。
「何やってるー?」
「キメラの危険性について、キメラが安全であるということの証明に、王様に一筆書いてもらうための書類を書いているんです。」
「ふーん。」
俺はその光景をぼんやり見て、ふと部屋を見渡した。
「…そういえば、アニキは?」
「…確かにいませんね。」
「んむー。朝早くに出ていったー。」
「一人で?」
「んむー。」
「大丈夫かな…。」
すると、丁度部屋の扉が叩かれた。
「すみません。プカクです。」
「…え?」
俺は部屋の扉を開けた。
「おはようございます。こんな朝早くからどうしたんですか?」
「いや…この方を一人で帰すわけにもいきませんでしたので。」
「この方?」
見ると、後ろにボロボロのアニキがいた。
「…どうした!?アニキ!」
「…すみません。俺がやりました。」
「プカクさんが!?」
「いや…朝早くから手合わせ願いたいと仰ったので、気が済むまでやっていたのですが、少しやり過ぎてしまいました。」
そういうプカクさんは傷一つなく、息も上がっていなかった。
「…アニキ…ボッコボコじゃん…。」
「言うな…。」
「…もしかして、アニキって…思ったより弱い…?」
「いえ。対戦相手の私から見ても、かなりの腕前でした。これほどの手練れは騎士団にもそういないでしょう。」
「おぉ…そっか…。」
アニキは特に言うことも無く、そのままベッドに入った。
「…では、これで。」
「あー!ちょっと待ってください!」
シャルルはバタバタとしながらそう言うと、プカクさんに書類を渡した。
「これ!お父様に提出しておいてください!」
「…書類ですか。」
「はい!」
「…誰に渡せば通りますか。」
「お父様に渡してください。」
「姫様は鬼ですか。俺はまだ入団したばかりの一般の騎士団員ですよ。国王の前に出れるとお思いですか。」
「うーん…。じゃあ、アイリスに渡してください。アイリスならやってくれると思います。」
「分かりました。」
そう言うと、プカクさんは懐に書類をしまいながらボソッと一人言を言った。
「…こういうのは宮廷護衛隊の仕事だろ…。」
うん…。よく知らないけど、こういうの聞くと、やっぱり現実なんだなーって思うよね…。多分管轄外の仕事なんだろうな…。
「…では、これで。」
そう言って、プカクさんは去っていった。
「…よし!都でやることはこれで終わりです!書類の結果だけ貰えたら、村に帰りましょう!」
「長かった…。」
「言っても二日目ですよ!短い短い!」
「仕事だけやってたら一日で済んだんだよなぁ…。」
「とにかく!今日は遊びに行きましょう!良い場所を知ってるんです!」
「『今日も』の間違いだろ?…だけど、今日はパスかな。アニキがあんな様子だし、護衛もいないし。」
「あ…そうでしたね。…じゃあ、さっきのプカクさんを、書類を渡し終わったら呼びましょうか。」
「やめたげてよぉ!」
もうこれ以上管轄外の仕事に巻き込まないであげてぇ!彼、労働環境かなりブラックよ!?
「…んー。仕方ないですね…。じゃあ…」
そう言うと、シャルルは俺の真横の椅子に座り、互いの肩が付くくらい寄った。
「…私と一日お喋りの相手をしてもらいます。いいですね?」
この距離だと、シャルルの胸元が見える。
おっと…何を考えているんだ…昨日、何もしないと言ったばかりじゃないか…
「…へいへい。分かりましたよー。」
「フフフッ!」
すると、シャルルの膝の上に長が座った。
「…んむー。私もー。」
「ええ!今日は皆でおしゃべり会です!」
俺達は一日、他愛もないことを話して過ごした。
次の日の朝。また部屋の扉が叩かれた。
「はーい。」
すると、かなりやつれたプカクさんが立っていた。
「あれ…どうしました?」
「…昨日の件の審査の結果を伝えに来ました…。」
「あ…はい。」
「…国王がシャーロット姫様に、『ヨシナカという人物を連れて、二人だけで城に来るように』とのことです。」
「えーっ!」
シャルルは納得いかないような声を上げた。
「何でですか!あなたが騎士団に入るときは書類一枚で済んだのに、何で私は駄目なんですか!」
「俺に聞かれても、詳細については知りません。そもそもこの連絡自体、国王からソフィア姫様に伝えられたことを、さらに俺がパシられて伝えている状態なんです。国王の真意などは汲み取れません。」
「…じゃあ、お父様に不服であると伝えてください!理由も分からないのに城に帰るつもりはありません!」
「…ッチ。」
この人、今思いっきり舌打ちしたぞ!
「…分かりました。では、一週間ほど待ってください。俺も仕事がありますので。」
「そうですか。じゃあ一週間後に…」
と、シャルルが言ったところでプカクさんからとてつもない殺気を感じたので、俺は口を挟んだ。
「あーちょっと待っててね!プカクさん!」
俺はシャルルを引っ張ってヒソヒソと話した。
「おい!シャルルはプカクさんが可哀想だとは思わないのか!?」
「…?」
「あぁ…これだから王族は…。見たところさ、プカクさんは管轄外の仕事をさせられてるみたいじゃん?」
「…そうなんですか?」
「うん。…ほら、見てみ?プカクさんのあの様子。」
俺達はチラッとプカクさんの方を見た。
「チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ」
「…すごい勢いで舌打ちしてますね。」
「ほら…やっぱりそうなんだって。このままプカクさんをこき使ったら可哀想だろ。」
「…じゃあ、どうするんですか。」
「素直に国王の言うことを聞こうよ。そもそも俺達は国王と直々に話すために来たんだしさ。」
「それは…!…そうですけど…。」
「俺達が行けば全て済む話なんだよ。そもそも、書類一枚で済ませようとしたのが間違いだったんだよ。」
「…ヨシナカがそこまで言うなら…仕方がないですね…。」
「よし。じゃあ、プカクさんは解放してあげて。」
「分かりました…。」
シャルルはプカクさんの方に戻った。
「…やっぱり大丈夫です。わざわざこんなことのためだけにこき使ってしまって、とんだご迷惑をお掛けしましたね。」
「いえ。では。」
「あ!最後に一つだけ!」
「…何です?」
「あなたって…所属は何の部隊なんですか?」
「討伐隊です。」
「あ…そうでしたか…。確かにそれは管轄外でしたね…。」
「…いえ。姫様の命令は仕事の一部ですから。では。」
そう言って、プカクさんは去っていった。
「…討伐隊って?」
「主に、各地方で深刻な事件や被害を出している害獣や物怪について、依頼を受けて駆除するための部隊です。」
「…全く、さっきの仕事関係ないじゃん。」
「はい。こういう仕事は宮廷護衛隊という部隊の仕事ですね。昨日、ソフィーと一緒にいましたから、てっきり宮廷護衛隊だと思っていました…。」
「…何か、社会の闇を見た。」
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