異世界でも、過去と向き合うのは辛く苦しい。(3)
その後、家に帰って事の成り行きをシャルルに伝えた。
「交渉成立したんですか!」
「まあ、もう少し話をまとめてからって条件だけど。」
「そんなもの、後でどうとでもなりますよ!良かった…。」
シャルルは本当にホッとしたようで、力が抜けるように椅子に座り込んだ。
「まあ、残った問題は何の仕事を与えるかだよね。」
「そうですね…。」
うーんと考え込んでいると、塩湖のことを思い出した。
「…塩だ!」
「え?」
「そうだ!シャルルの言っていた、塩だよ!キメラの住んでいるルルト湖は塩湖なんだ。だから、あの辺りで塩も取れるはずだ!前は労働力的な理由と岩塩の採掘場所がないっていう理由から断念したけど、塩は需要もあるし、キメラは人数もいるだろうから、供給もなんとかなるかもしれない!」
「…なるほど。しかも、ルルト湖がキメラの皆さんの棲み家ですから、街に家を構えないキメラにも優しいです!これ以上にないくらいピッタリじゃないですか!」
「ああ!…よし、そうと決まれば企画書を作ろう。」
「企画書?」
「どんなことをするか、紙にまとめるんだ。」
「なるほど!私も手伝います!」
俺とシャルルはその後の一週間、企画書を書いて過ごした。
企画書が完成し、本格的に仕事を立ち上げようとしていた頃、シャルルは一通の手紙を書いていた。
「…それ、手紙?」
「はい。都のお友達と、妹宛に。」
「妹いたんだ。」
「はい。ソフィアといいます。皆からはソフィーって呼ばれています。」
「お友達の方の名前は?」
「アイリスです。アイリスは都の騎士団の一部隊の隊長を勤めているんです。」
「へぇ。すごい。手紙には何を書いたの?」
「えっと、キメラを傷付けないようにという趣旨の手紙です。後は、あなたのことや、近況など。」
「騎士団の隊長にキメラの情報が伝われば、心強いな。」
「はい。頼れる友達です。」
その手紙の末尾には、『シャーロット=スプヤより』と書かれていた。
(…下の名前、スプヤっていうんだ。スプヤ…スプヤ…どっかで聞いたような…。)
しばらくして、俺はアニキのもとに企画書を持って行った。
「アニキ。例の話をまとめてきた。聞いてくれないか。」
「…長かったな。」
「色々と考えていたら、やりたいことがドンドン出てきてな。とりあえず、これを見てくれ。」
そう言って、俺は企画書を見せた。
「とりあえず、仕事については塩の採掘でいこうと思う。」
「塩?その辺に溜まっているあれか?」
「そう。あの塩を売れば、それなりの収入が得られる。」
「…何に価値があるのかは分からんが、塩を採って売ればいいんだな?」
「ああ。」
アニキは企画書にサッと目を通した。
「…話はある程度固まったんだな?」
「ああ。」
「…分かった。長に話は通してある。最終決定は長が決めることだ。これを持って、お前自信で長を説得してこい。」
「長…。」
まさか今日、キメラの長に説得するとは思っていなかったので、俺は困惑した。
アニキはそれを見て、俺を落ち着かせようと言葉をかけた。
「大丈夫だ。そこまで怖い御方ではない。」
「…やっぱり、人間を嫌ってたりするのか?」
「いや。そういった感情は無いみたいだ。むしろ、今回の話に乗り気に見えた。」
「そうか…。」
俺は自分に大丈夫だと言い聞かせながら、緊張を何とか抑え込もうとした。
「こっちだ。」
俺はアニキに連れていかれ、湖のほとりにある洞窟に案内された。
「ここだ。この奥に、長がおられる。」
「この奥に…。」
俺は少し身構えて、アニキに続いてその中に入った。
アニキは、洞窟の中に垂れ下がった幕の前で膝をつき、幕の奥にいる長に話しかけた。
「長。例の青年を連れて参りました。どうやら話が固まったそうですので、この者の話をお聞き願います。」
「んむー。」
「では、失礼します。」
そう言って、アニキは幕を開けた。
俺はアニキの後ろについて入り、長の姿を見た。
(…!)
その姿は、思っていた以上に幼かった。
見た目は5~6歳の人間の女の子で、ブカブカの民族衣装を着ており、獣の耳と尻尾が生えていた。
こんな言い方はいけないが…猫耳ロリっ子だった。ケモナー大歓喜。
「…あの子が長?」
「ああ。見た目は若くいらっしゃるが、私達キメラの中では最年長だ。」
「…いくつ?」
「戦争中期に誕生なさったから、50歳から60歳ほどになるだろうか。」
どうやら猫耳ロリっ子ではなく、猫耳ロリババアらしい。属性モリモリだな…。
すると、長はトコトコと俺の方に歩いてきて、俺の足に抱きついた。
「…長?」
「んむー。私、こいつ好きー。」
長が急に全く関係のないことを言い始めた。
「長!これは大事な話なんです!真剣にお聞きください!」
「んむー…。」
アニキは長を持ち上げて、椅子に座らせた。
アニキが、俺に早く喋れと目で送ってきたので、俺は企画書を片手にしゃべり始めた。
「…今回は、キメラの皆さんが私達人間と共存するために、企画を用意して参りまして…。」
「いいよー。」
「…はい?」
「お手伝いするー。」
「…あの、企画をまだ説明していないんですが…。」
「いいー。難しい話嫌いー。でも、私はお前好きー。だから、一緒に暮らすー。」
「…。」
俺は、アニキに「どうすんの?」という目線を送った。
アニキはそれを見て、渋々長をまた説得した。
「長…。これは長だけでなく、私達キメラのこれからにも関わるんです。どうか、もう少し真剣に聞いていただけないでしょうか。」
「要は、こいつが言おうとしてるのは、この前23が言ってたことの補足だろー?人間のように仕事を与えられて、住む場所と給料を与えられて、お買い物もできてー。それが実行できる用意ができたのなら、今足りないのはむしろ、他の人間が持っているキメラに対するイメージだろー?未だにキメラが人間から生まれているってことを知らない人は、キメラは危険な生物だという認識が多いみたいー。私がこいつと一緒に楽しく暮らしているのを見たら、キメラに対するイメージも変わっていくかもしれないー。」
意外としっかり考えてた。
「だから私、こいつのお嫁さんにしてもらうー。」
「なっ…!」
アニキが想像以上に動揺した。
「何をおっしゃっているんですか!長!相手は人間ですよ!?」
「分かってるー。もちろん私達キメラには生殖機能がないがー、結婚の本質は愛の有無だろー?それに、キメラは元々人間から生まれているんだからー、種としては一致するだろー?だったら、キメラと人間が結婚することは肌の色の違う人間が結婚するのと同義だー。別におかしいことはないだろー?」
「しかし!」
「長の命令ー!」
「…分かりました。」
分かっちゃうんだ。
「んむー。よろしいー。じゃあ、23は全キメラに方針を伝えてー。…じゃ、そういうことで、これからよろしくー。アナイー。」
…アナイ?何処かで聞いたことのある名前だ。
「…あの、俺はアナイじゃないんですが。」
「んむー?」
「俺の名前はヤサカヨシナカです。」
「んむー…。じゃあヨシナカー。よろしくー。」
「…あの。今さらですけど、俺に選択権は?」
「なーし。」
「…はい。」
(…まあ、こっちの世界で結婚したところで支障はないだろう。それより、キメラとの関係改善と、事業の立ち上げが優先だ。)
俺は長に一礼して村に帰った。
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