異世界でも、過去と向き合うのは辛く苦しい。(2)

俺はその夜、例の湖に出掛けた。

シャルルは同行を望んでいたが、キメラの人達とまだ分かりあえていない今、何が起こるかも分からないので、身の安全を危惧して俺一人で向かうことにした。

今日のルルト湖は異様なほど静かだった。

風すらなく、湖の上に満月が目映く写っていた。

それは正に嵐の前の静けさのような、どこか、おどろおどろしい雰囲気だった。

キメラは俺の姿を見れば避けていくだろうと思い、俺はキメラと接触するまで透明化を使うことにした。

俺はそのままこの前キメラを見つけた場所に向かった。


「…確かこの辺りだったな。」


俺はその場に座り込み、毛布にくるまり、透明化が切れるたびにまた透明化を使いながらキメラを待った。



暫くすると、一匹のキメラがやってきた。

俺はそのキメラに話しかけようと、その場を立ち上がって透明化を解こうとした。

すると、そのキメラは俺が透明化を解くよりも早く、俺の方に向かってきた。

そのキメラは手に槍を持っていた。

突然、キメラが俺の首筋の横を目掛けて槍を突いた。

槍は俺の頬をかすめ、そのまま動脈に刃を突きつけられた。


「抵抗するな。抵抗すれば突く。」


透明化をしていたにも関わらず、キメラは確実に俺を認識していた。

キメラは敏感な五感をもち、更にはその明晰な頭脳がある。そこから生まれる世界の認識能力は、最早世界を『見る』どころか、『嗅ぐ』『聞く』『感じる』域にまで達していると理解した。

とにかく、俺は敵意を持っていないことを伝えた。


「すまん!驚かすつもりはなかったんだ。抵抗するつもりもない。少し話がしたくて。」

「知らん。ここから去るか、死ぬか、選べ。」

「え、ちょ、待ってくれ!話し合おう!お前達にとっていい話なんだよ!」

「知るか。お前のような怪しい奴の話など聞かん。」

「人間として暮らしたくないか!?」


すると、キメラの眉がピクリと動いた。

その時、俺の透明化が効果切れで解けていった。


「…お前…人間か…?」

「ああ。」

「…なんで俺達の言葉を喋れるんだ?」

「魔法を使ったんだ。喋れるように。」

「…。」


すると、そのキメラは槍を下ろし、振り返った。


「…ついてこい。話は聞いてやる。」


俺は毛布を畳んで、そのキメラについていった。

すると、キメラは何度か鼻を嗅ぎ、俺に質問してきた。


「…お前、何か動物でも飼ってるのか?」

「いや…。なんで?」

「…お前からは俺達と同じような匂いがする。」


え…獣臭いってことかな…。

そういえば最近、節水してたから風呂に入ってなかったな…。家帰ったら風呂に入ろう…。


「…ここに入れ。」


そのキメラは洞穴に入るように促した。

その洞穴に入ると、中には絨毯が敷かれ、棚などもあり、とても人間らしい住み家になっていた。

キメラはおもむろに棚にあった壺をとると、栓を開けて杯に注ぎはじめた。

その一つを俺に渡してきた。


「…飲め。毒じゃない。」


そう言うと、キメラはクイッとその液体を飲み干して見せた。


「じゃあ…。」


俺はその杯を飲んだ。

すると、飲んだ瞬間に喉が焼けるような感覚に襲われた。


「ゴホッゴホッ!何だこれ!」

「酒だ。異国の者と話す時は、酒を互いに飲むのが俺達の習慣だ。」


その酒は異様に濃度が濃かった。気がする。

まさかこれが俺の初めての酒になるとは…。

キメラは壺に栓をして棚に戻した。


「さて…。話を聞こうか。」


俺は杯を置いて話した。


「…俺、村の人達がキメラの被害に遭ってるって聞いたから、キメラを追い払うために色々とキメラについて調べたんだ。」

「つまり、畑を荒らすなと?」

「いや!そうじゃなくて…。…調べるうちに、キメラがどうやって生まれたか分かった。」

「…。」

「…お前ら、人間から生まれたんだろう?」

「…ああ。らしいな。」

「だったら、俺たちがキメラを追い払うというのはどうも筋違いだと思ってな。それで、こんな形で話をしに来たんだ。」

「…結論はなんだ?お前は何がしたい?」

「俺は、キメラ達に人間として暮らして欲しい。仕事をして、給料を貰って、暖かい家の中でご飯を食べてほしいんだ。人間という自覚がありながら、人間として生きられないのは辛いだろ。」


すると、そのキメラは舌打ちをした。


「…勝手に俺達を憐れむな。 俺達はキメラとして生まれた。だから、キメラとしての自覚も、自尊心も持っている。人間になりたい等という人間中心の価値観を押し付けるな。反吐が出る。」


俺はその発言に驚くと同時に、確かにその通りだと思った。

俺達は勝手にキメラのことを可哀想だと思っていたが、もし、キメラがキメラとして生きることを望んでいたら。

その事を、考えもしていなかった。

人として生きることが何よりも幸せという人間的な考え方は、全ての生物には適応されないという当たり前の事実を、予想もしていなかったのだ。

それで、俺は言葉に詰まってしまった。

しかし、キメラは続けて言った。


「…だがまあ、俺もこの暮らしに飽き飽きしてきた頃だ。共存という話なら、俺から長に通しておいてやる。」

「本当か!?」

「ああ。」

「ありがとう!!」

「それで?具体的にどうするんだ?仕事や食料は貰えるのか?」

「それについては追々考える。」

「…給料は?」

「それもまだ未定だが、困らせないぐらいに払うつもりだ。」

「棲み家は?」

「それもまだ未定だけど、街の方に棲み家を移したいなら、その家も確保する。このまま今の棲み家が良ければ、それも尊重する。」

「…街での買い物は?」

「無論、できるようになるように街の人を説得する。」

「…大体分かった。とりあえず、何も決まってはいないが、いい待遇にするつもりなんだな。」

「ああ。」

「安定した生活…現状の脱却…。よし。いいだろう。俺はお前に協力する。ただし、もう少し話をまとめてこい。未定なことが多すぎる。」

「分かった!ありがとう!」

「勘違いするなよ?あくまで対等な関係だ。そうでなくなったと感じたら、すぐに手を引く。」

「分かってる。えっと…そういえば、名前聞いてなかったな。」

「名前?23だ。」

「23?」

「キメラに名前はない。製造番号だけだ。俺は23体目のキメラだから、コードは23。」

「何か無機質だな…。23…23…にさん…にいさん…。よし。これからお前のことはアニキと呼ぶことにするよ。」

「…勝手にしろ。」

「よろしく!アニキ!俺の名前は八坂義仲だ。」

「…ヨシナカだな。覚えた。」


こうして、俺達の交渉は成立した。

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