異世界でも、凄惨な過去から人は学び、そして風化する。(4)
何日か経ち、調査するにあたり、支度を整えた。
「何かごめんね。支度するのにお金借りちゃった。」
「いえ。いいんです。広大な平野では、寝床と火を起こすものがないことは死を意味しますから。」
すると、シャルルはうつ向いて言った。
「あの…できれば、平和的な方法で…お願いします。」
「分かってる。」
俺はそのまま、村の外に出ていった。
シャルルは、俺が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
「そういえば、俺が爺さんと流浪してる時はキメラを見なかったな。…ということは、村より北にはキメラは生息していないんだろうな。」
俺はこの前図書館で借りた地図を思い出した。
「…そういえば、ここから東にいけば湖があったな。水辺なら、動物もいるかもしれない。」
俺はそのまま東に向かった。
歩くこと4時間ほど。俺はルルト湖に到着した。
「思ったよりも近いな。そしてでかい。」
俺は湖の畔に腰を下ろした。
この湖は断層湖であり、聞くところによれば、塩湖らしい。
この湖には言い伝えがあり、昔ここに白い鳥が天から舞い降りて人の姿になり、何もなかったこの辺りを草むらに変えたのだという。
そして、やがてその役目を終えるとまたこの湖に戻り、鳥の姿となってどこかへ飛び去ったそうだ。
それ以来、湖の水は塩水になったという。
まあ、実際は湖に流れてくる小川の水が蒸発し、その水に僅かに含まれているミネラルが濃度を少しずつ上げていき、塩湖となるのだが。
「…あれ?そういえば、こんな近くに塩湖があるのに、何で市場では塩が高いんだ?」
俺はその湖に近づき、少し水を嘗めてみた。
「…濃度も十分だ。この大きさでこの濃度。相当多くの塩が取れる場所があるだろうに。」
そんなことを思いながら、ふと足元を見ると、何故人々がこの湖を利用しないか理解した。
「…キメラの足跡…。」
グーパンチのような形の足跡。この前見たキメラは、体は猿のような姿をしていた。恐らく間違いないだろう。
俺は自分に防御と透明化の魔法を使い、姿を隠した。
「…くそ。経験不足だな。この足跡が新しいかどうか分からない。」
とりあえず、俺はそのまま足跡をつけていった。
足跡は、湖のすぐ側をなぞるように続いていた。
「…あれ。」
途中で、足跡が二手に別れていた。
「…止め足ってやつか。」
俺はとりあえず右の足跡を追いかけた。
「…あ。」
足跡は、途中で止まって消えていた。
「外したか…。」
俺は途中まで戻り、今度は左の足跡をつけていった。
「…は?」
こちらも、途中で足跡が止まっていた。
「これは…一本食わされたな…。」
恐らく、足跡が分裂していたところから湖に飛び込んで、あたかも足跡が急に消えたようにしたのだろう。まんまと時間を稼がれた。
結局キメラは見つからないまま夕方になり、俺は焚き火の前で乾パンを食べた。
味気は何もないが、何も持たずに北の草原を歩き回っていた時よりはマシだ。
「…うまい。」
すると、急に風上から異様な匂いがした。
「…?」
俺がそちらを見ると、キメラが歩いていた。
(…!!!)
火を消し、魔法で姿を眩ませると、俺はそのキメラについていった。
(そういえば、キメラは夜行性だったな…。)
足音を立てず、風下からキメラを追跡する。
キメラは、何度もキョロキョロと周りを見渡し、地面の匂いを嗅ぎながら歩いていた。
すると、おもむろにガリガリと石をどかし始めたかと思うと、岩場から出てきた蟹を食べていた。
(…蟹を食べるのか。)
そのまま、俺は追跡した。
すると、今度は向こうからもキメラがやって来た。
(…この状況は非常に大切だ。キメラが好戦的か否か。群れるのか群れないのかにも繋がってくる。)
すると、キメラ同士は立ち上がり、鼻をつつき合った。
(お…?これは…あいさつか…。ということは、少なくとも好戦的ではなさそうだ…。群れる可能性もあるな…。)
そうやって観察していると、俺は信じられない光景を目にした。
「λπογβοχβ.λωπγιβυφλκθβλκτζκεζυφοζ.」
「υπυεζυφοζ.」
何を話しているのかは聞き取れなかった。しかし、明らかに何かを話し、意志疎通している。
と、ここで急に俺の思考が回った。
(…喋っている…?)
喋る。その行為について疑問が残った。
この自然界において、そもそも意志疎通をする動物というのは明らかに少ない。
まず、何らかの形で意志疎通をとる動物であるための条件は、群れることである。
コミュニケーションをとるという行動は、群れの仲間同士で意志疎通をはかるための行為だ。
群れない動物はそもそも他の生き物と細かい意志疎通をする必要はないため、せいぜい威嚇と求愛の声だけでいい。
しかし、喋るとなると、ただ群れるだけではない。
例えば、人間がトレーニングしたチンパンジーは手話を使えるようになるというが、喋るまではいかない。
というのも、第二の条件として、喋るには声帯を使わなければならない。つまり、言葉を使い分けられるほど声帯が発達しなければならない。
さらに言えば、その数千数万という種類の意志を音に割り当て、さらに相手はそれを聞き取り、その音を思考によって相手の伝えたい意志に変換できる動物でなければならない。
つまり、キメラはそれほどまでに頭の良い動物が元になっているのである。
となると、見えてくる。
(…あのキメラは、何を元にして作られているんだ…!?)
群れる。
声帯が発達していて、話すことができる。
猿に似ている。
そんな動物、この世界であっても、一つしかいないだろう。
(…だとすると、俺がやっていることは…俺達がやってきたことは…これ以上になく非人道的なことなんじゃないのか…?)
俺は、いきなり現れた残酷な推測に、ただ項垂れることしかできなかった。
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