異世界でも、負の遺産は存在し、そしてそれに誰も触れない。(5)
明日といいながら何だかんだで一週間が経ち、俺自身、魔法に大分慣れてきた所でシャルルが思い出したように言った。
「道具を作りに行きましょう!」
「…あぁ、そういえばそんなこと言ってたね。」
「そうです!水銀を見たいんです!」
「そんなに…?」
まあ、でも道具を作ること自体は反対ではない。
「…でも俺、金がないんだよね。仕事もまだ見つけられてないし。」
「大丈夫です!代金は私が出します!」
「いや、流石にそれはできないって。」
「心配しないでください!こう見えて私、お金は腐るほど持ってるんです!」
「いや、何となくそうなんだろうなと分かった上で拒否してるんだって。」
「何でですかー!」
シャルルは駄々っ子のように頬を膨らませ、俺の体をユサユサと揺らした。
「水銀が見たいんですー!」
「水銀の為だけにお金を借りるのは気が引けるんだって…。」
するとシャルルはウーンと考え、閃いたと手を合わせた。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう?私はあなたに道具を買って、差し上げます。そして、あなたはその道具を使って仕事をするんです。で、お金が貯まったら私にその代金を返して貰えれば、私は水銀を見られるし、あなたは仕事も見つかり、最終的にはお金を借りることもなく、皆ハッピーです。どうです?」
「…なるほど…。でも、仕事が見つかる保証は?」
「私が何とか見つけます。なので、ご安心を。」
俺はシャルルの熱意に脱帽した。
「分かったよ…。作るよ…。」
「やったー!」
シャルルはワーイと両手を広げると、すぐに俺の手首を掴んだ。
「そうと決まれば移動です!さぁ行きますよ!」
「え!?準備は!?」
「今は一刻が惜しいんです!」
そう言うと、シャルルは家を出て魔法陣を書いた。
「…何これ。」
「移動用の魔法陣です。魔法陣は普通の魔法の条件に加え、代償と対象が陣の上にあるという条件下で限定的に自分の先天的な魔法以外の魔法を使えるという代物です。また、魔法陣を使うメリットとしては、魔法陣の場合なら生き物を対象に選ぶことができます。なので、このように移動に使ったり、罠に使ったりもできます。」
「いや、そうじゃなくて、何でわざわざ魔法陣使ってんの?って意味。」
「こっちの方が圧倒的に速いからです。そりゃ!」
「行動が早すぎるって!」
そう言うと、俺は市場に飛ばされていた。
「着きましたね!スルクルさんの店はあっちです!」
俺はシャルルにズルズルと引きずられていった。
「スルクルさんのお店は歴史が古くて、300年もの間、店を代々受け継いでいるそうです。今の店主は22代目だそうですよ。もうすぐ84歳になります。」
「へー。じゃあ、戦争中もやってたのかー。」
「そうなりますね。」
そのまま俺達は古びた店の中に入った。
「すみませーん!シャーロットですー!」
すると、奥で本を読んでいたおじいちゃんが気付いてやってきた。
「おお、姫様。ご無沙汰ですな。」
「スルクルさん。その呼び方は止めてください。シャルルで結構ですから。」
「いやいやそんな、御謙遜を。」
…何かこのやり取りどっかで見た気がする。
「それで、今日は何の用ですかな?」
「この方に是非、道具を作って頂きたいんです。」
「ほうほう…。それで、どの方で?」
「この人です。」
そう言って、シャルルは俺を紹介した。
「彼の名前は…」
といいかけた所で、スルクルさんが反応した。
「アナイ…。」
「…?彼の名前はヨシナカですよ?」
スルクルさんは暫く俺を見つめた後、ハッと気が付いたように返事をした。
「…いや、申し訳ない。どうも老人は昔の記憶と混同してしまう。いけないことですな。」
「もう!しっかりしてくださいよスルクルさん!スルクルさんには長生きしてもらわないといけないんですからね!」
「アッヒャッヒャ!この老人がですかい!?」
「そうですよ!」
「そりゃすみませんな。…とりあえず、この坊っちゃんの道具を作ればいいんですかい?」
「はい。とびきり良いものを。」
と、シャルルが言ったので、俺は横から口を挟んだ。
「いや、できるだけ安いものを。」
すると、シャルルはチラッとこっちを向いた。
「…とびきり良いものを。」
「できるだけ安いものを。」
「良いものを。」
「安いものを。」
「い い も の !」
「や す い の !」
「…いや、どっちですかい?」
すると、シャルルはこちらを向いて言った。
「何で安いのを買おうとするんですか!こういうのは高くても妥協しないべきです!」
「でも最終的にはその代金は俺が払うんだろ!?高いのだと俺が払えないんだよ!」
それを見ていたスルクルさんは笑いだした。
「アッヒャッヒャ!姫様、彼は姫様のお気に入りですかい?」
「いや、そういうんじゃ…」
と、俺が言うより早くシャルルが口を開いた。
「そうなんです!聞いてくださいよ!ヨシナカは世にも珍しい『例外』なんですよ!防御と回復と透明化ができるんです!あと、水銀というものを使う能力があるらしいんですが、何しろ見せてくれなくて…。どうにかして、水銀を多く出せるような道具を作れませんか?」
「…『例外』ですかい。」
そう言うと、スルクルさんは顎に手を当てた。
「…姫様。」
そう言うと、スルクルさんはこちらを向いて言った。
「…道具を何に使うつもりですかい?」
「特に考えてはいません。ただ、私が水銀を見たいだけなんです。」
「…他には使う気はないんですな?」
「あ…でも、ヨシナカが仕事で使うかもしれないです。」
「…どんな仕事ですかい?」
「それもまだ決まっていません。とりあえず、道具を作って、それから職業を見つけようと思っています。」
「…殺人には使いませんな?」
急に出たスルクルさんのその言葉はあまりに重たかった。
(…そうか。)
彼は戦争中にもこの店を営業していたのだ。そして、彼は道具を殺人に使われることに敏感になっている。
(…この人の道具が人を殺したこともあったのかもな…。)
スルクルさんの質問には俺が答えた。
「使いませんよ。俺も人を殺した金で飯を食おうなんて思ってはいませんからね。ご飯は美味しく食わないと。」
「…。そうですかい。なら、とりあえず安心ですな。」
そう言うと、スルクルさんは眼鏡をかけた。
「どれ。ここは姫様のお気に入りに免じて、良いものを安く作りますわい。」
「いや、お気に入りとかそういうのじゃ…」
「本当ですか!?良かったですね!ヨシナカ!」
この姫様はお気に入りのことに関して何も思っていないのか…。
「…それにしても、あんたは似ている…。」
シャルルも気になったのか、話を続けた。
「えっと…アナイさん?にですか?」
「…そんなはずはないんじゃが…色々と似ている…。」
「どんなところがですか?お金を出し惜しむ所ですか?」
「節約家と言え。節約家と。」
しかし、スルクルさんはそのツッコミにも目もくれず、考え込んでいた。
「…ヨシナカ…ヨシナカ…。…ダメですな。やはり思い違いですな。」
「…そのアナイさんというのも気になりますね。いつか紹介していただけますか?」
「…話すほどのものでもありませんわい。…どれ。ヨシナカさん。少し来てもらえますかな?」
俺はスルクルさんの側に寄った。
「…ふむ。なるほど…。もう大丈夫ですわい。…道具の仕様に何か希望はありますかな?」
「…?どういうことです?」
「杖型とか、指輪型とか、首飾り型とか、そういうのですな。」
え…指定できるなら色々考えたかった…。
「…別にこだわりは無いです。」
「分かりましたわい。じゃあ、完成まで一週間ほどかかりますわい。それまで、暫く待っといてくださいな。」
すると、シャルルは悲しそうな顔を浮かべた。
「えー?一週間もかかるんですか?」
「儂は全部ハンドメイドでやっておりましてな。結構時間がかかるんですわい。」
「仕方ないですね…では、一週間後にまた来ますね。」
「はいはい。ご来店ありがとうございました。またのご来店お待ちしておりますわい。」
俺たちは店を出た。
帰り道も魔法陣で帰るのだと思っていたが、シャルルが家の座標を確認し忘れていたらしく、大人しく歩いて帰ることになった。
「それにしても、一週間は長いですね…。時間を加速させる魔法陣でも使いましょうか…。」
「いやいや。そんなことのために時間を加速させるな。相対性理論が泣くぞ。」
「…?」
…こっちにはアインシュタインは居ないんだった。
「…ヨシナカは、たまによく分からないことを言いますよね。」
「…俺の世界では魔法よりも科学が盛んだったんだよ。」
「科学…ですか?」
「…有機化学や無機化学は化学、運動や波は物理、生態系やら免疫やらは生物ってかんじで、色々と分野別に学問があったんだよ。で、その辺全部引っくるめて『科学』って呼んでた。俺は主に化学と物理を学んでた。」
「ああ、成る程。そういえば私、こちらの世界のことばかりあなたに教えて、あなたがいた世界について何も聞いていませんでしたね。その…科学…によって、何が分かるんですか?」
「あー…。風邪を治す薬を作ったり、人を殺す爆弾を作ったり。後は、光の速さを計算したり、何故風が吹くのか証明したりしてたな。」
「…それは、魔法とはどう違うんですか?」
「…大体魔法と同じだよ。強いて言えば、あらゆる物の相互作用を計算で求められることが魔法とは違うところかな。」
「例えば?」
「例えばか…。…例えば、物体の移動距離はその物体の初速度、初期位置、加速度、時間によって決まる。」
「要素は4つですか?意外と簡単ですね。」
「まあ、その式がx=vt+at^2/2で表されるんだが。」
「うっ…。何か一気に難しいですね…。」
「さらにその式をtについて微分すると、dx/dt=v+atとなって、これが速さの方程式になるんだな。」
「…。」
「で、さらにtについて微分すると、d^2x/dt^2=aとなって、これが加速度の方程式になるんだな。分かれば綺麗なんだが、いかんせん分数と二乗の計算が面倒くさい。」
「…すごいということは分かりました。今はまだ意味は分からないですけど、興味が出てきました!是非、その科学を教えていただけませんか?」
「…別に教えてもいいけど、科学の土台は数学なんだ。計算はできる?」
「恐らく人並みには…。」
「…じゃあ魔法を教えてもらったお礼に、家に帰ったら、俺が知ってる限りの数学と科学を教えてやるよ。」
「はい!ありがとうございます!」
草が生い茂る帰路は、段々と夕日で赤く染まっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます