異世界でも、負の遺産は存在し、そしてそれに誰も触れない。(4)

遂に、魔法実践編である。


「とりあえず、この薪に何かしら念を与えてみてください。」


シャルルは薪を地面の上に置いた。


「分かった。…やぁ!」


しかし、何も起こらなかった。


「…もう一回お願いします。」

「…分かった。…はぁ!」


しかし、何も起こらなかった。


「…もう一回だけお願いします。」

「…とぉ!」


しかし、何も起こらなかった。


「…すみません、もう一回だけ…。」

「勘弁してよ…どんだけ恥かかせるの…」

「…ごめんなさい…。」


シャルルは薪を持ち上げ、火をつけた。


「おかしいですね…。私の魔法は効くので、この薪がおかしいわけじゃないはずなんですが…。」

「それすなわち俺がおかしいってことじゃん。」

「いや…!すみません!そんなつもりで言ったんじゃないんです!…せめて、何の魔法かだけでも分かるといいんですけど…。」

「…水銀と透明化と防御と回復らしいぞ。」


すると、シャルルは首を傾げた。


「…何でそんなこと分かるんですか?」

「いや、この村に来たとき、老人に教えてもらったんだ。」

「老人…。すみません、心当たりがないです…。」

「いや別に謝らなくてもいいって。」


すると、シャルルは思い付いたように言った。


「…だとすると、もしかして実は今、魔法を使っていたんじゃないですか!?」

「…?」

「さっきの話が本当なら、あなたは回復魔法を使えます。じゃあ、さっき何も起こらなかったように見えたのは、薪に回復魔法を使っていたからじゃないですか!?」

「…なるほど。」

「もしかして…。いいこと思い付きました!」


そう言うと、シャルルは家のなかに入っていった。

暫くすると、帰って来た。


「…何してたの?」

「包丁で指を切ってきました!」

「本当に何してんの!?」

「大丈夫!どうせ浅いです!さあ!ヨシナカ!魔法をかけてみてください!」

「はぁ…。分かった。…やぁ!」


すると、シャルルの指の傷がみるみる消えていった。


「…!やっぱり!すごいですよヨシナカ!これは…世にも珍しい『例外』です!凄いです!」

「ハハハ…。ありがとう。…で?何だっけ。それ。」

「言ったじゃないですか!基本、魔法は生きている物は対象として指定できないけど、一部例外があるって!あなたはそれなんです!正に!」

「そりゃ良かった。…で?何か利点はあるの?」

「ありません!ただ、珍しいだけです!」

「利点ないんかー…。」


俺は古典的にずっこけた。


「他の魔法も試してみましょう!さぁ、透明化の魔法をかけてください!」

「分かった。…えいや!」


すると、シャルルが消えた。


「…どうです?消えました?」

「すげぇ…マジで見えない。」


すると、急に俺の脇腹がくすぐられた。


「ちょっ…!やめっ…!アハハハハハ!!」

「おお!本当に見えていないんですね!ではもっとイタズラしちゃいましょう!それ!」


すると、耳にフゥーっと息を吹き掛けられた。


「はぅ…!」

「いい反応しますね!じゃあこれでどうだー!」


すると今度は背中が急に重くなった。


「うわっ!急に体が重くなった!」

「背後霊ごっこです!どうだー!怖いかー!」


何だかシャルルのテンションがおかしくなってしまった。

…というか、おんぶしているからか知らないが、背中に柔らかい感触が…

くそ!俺は童貞なんだぞ!またときめいちゃうだろ!

すると、ようやく透明化が切れた。


「…あ、見えた。」

「えー…もうおわりですかー…。じゃあ次は、防御ですね。じゃあ、私にかけてみてください!」

「はいはーい。…とぉ!」


しかし、シャルルの見た目は変わらなかった。


「…あんまり変わりませんね…。よし。殴ってください。」

「いや、駄目でしょ…。」

「何でですかー!それじゃあ実験になりません!」

「いやでも、怪我するかもだし…。」

「じゃあ私の胸の所を殴ってください!クッションがあるので怪我はしません!」

「男に胸触らせるとか、あんたは女としてのプライドとかないの!?」

「無いです!」

「痴女め!」

「今、私にみなぎっている好奇心の前には、女としてのプライドなんて容易く屈するんです!」

「それ一番屈しちゃいけないところだ!」

「あぁ~!もう!仕方ないですね!食らえ!」


そう言うと、シャルルはタックルしてきた。


「ぐほぁ!」


俺は大分吹っ飛ばされた。


「おぉ~!痛くないです!ピンピンしています!もう一発!食らえ!」


そう言うと、シャルルはもう一回タックルしてきた。

俺は地面を転がって避けた。


「危ねぇ!それは悪質だぞ!」

「何で避けるんですか!」

「避けるよ!俺が痛いもん!」

「そんなの気合いで耐えてください!食らえ!」


そう言うと、シャルルはまたタックルしてきた。


俺はまだ地面に腰をついていたので、今度はかわせなかった。

しかし今度は吹っ飛ばされず、シャルルがぶっ飛んだ。


「ひゃあ!」


シャルルは尻餅をついた。


「ほら言わんこっちゃない!」

「効果切れですか…。まあ、効果は十分見れました。じゃあ最後、…水銀…?というやつを試してください!」

「いや、絶対ダメでしょ。」

「何でですか!いい響きじゃないですか!水銀って!神秘的な響きです!」


俺はこの発言に少し驚いた。


「…シャルルは水銀を知らないの?」

「知りません!見たこともないです!」

「…都にいたときも?」

「はい!だから見せてください!」


シャルルの目はボールが投げられるのを待つ犬のようにキラキラと光っていた。


(…本当に知らないんだな…。)


「…シャルル。水銀っていうのは…その…毒なんだよ。それも強力な。」

「何でやってもいないのに分かるんですか!?何事も挑戦です!さぁ!」

「いや、聞いてた?毒なんだって。死ぬよ?」

「その時はあなたが回復してくれるはずです!さぁ!」


何だこのお姫様!好奇心の怪物じゃないか!


「いい?水銀は本当に洒落にならないの。ジメチル水銀とかメチル水銀とかのアルキル水銀は特に毒性が強くて、小指の先ほど摂取しただけでも死ぬの。しかも、その水銀は人だけじゃなくて、環境にも影響するの。実際、俺達の世界では水銀が原因で水俣病っていう痛ましい病気が流行ったの。」


そうやって懇切丁寧に水銀について教えると、シャルルはやっと少し勢いを止めた。


「…そんなに怖いものなんですか?」

「そりゃもう。」


しかし、シャルルはまだ納得いっていない様子だった。


「…本当ですか?適当言ってません?」

「本当だって。」

「…仕方ないですね。じゃあ、そういうことにしておいてあげます。」


何でシャルルの方が仕方なく許したみたいな感じになってるんだよ…。


「でも、水銀というのは見てみたいものです。どうにか設備を整えれば、見ることはできませんか?」

「そういってもなぁ…。制御できないと危険な物質だし…。」

「…そうですね。では、明日にでもスルクルさんに頼んで、あなた専用の道具を作ってもらいましょう。」

「道具?」

「魔法を使いやすい形に出力するためのものです。言ってみれば、キャベツは丸かじりで食べることもできますが、切った方が美味しいでしょう?だから、キャベツを切るために包丁を用意するみたいなものです。必ず必要じゃないけど、あった方がいいものなんですよ。」

「…言いたいことは分かるけど、例えが食いしん坊だな。」

「いいじゃないですか。少食よりは生命力があります。」


食いしん坊をそういう捉え方する人初めて見た。


「とりあえず、今日はその回復と防御と透明化の魔法を練習しましょう!もっと強力にして出せるはずです!」

「…別にいいんだけど、何か楽しんでない?」

「はい!とても楽しんでいます!」


これ、もう目的が好奇心か鍛練か分かんねぇな…


その後、俺はシャルルと魔法の稽古を続けた。

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