異世界でも、負の遺産は存在し、そしてそれに誰も触れない。(3)

シャルルは二つのコップを持って来て、一つを俺の前に置いた。

その湯気からはハーブの香りがした。流石お姫様と言うべきだろうか。

すると、シャルルはハーブティーを一口啜ると、その水面を覗きながら言った。


「ここからは、この世界の闇の部分の話になります。…今朝のキメラとも関係する話です。」


俺はハーブティーをおいてシャルルの話に耳を傾けた。




「…今から60年ほど前、この世界では大戦争が起こったんです。その時、空には常に魔法が飛び交い、森は焼かれ、大地には死体が転がり、世界は地獄と化しました。そんなことをしていると、やがて世界の人々は、魔法の代償となる資源を見つけることが困難になっていきました。そこで各国が目をつけたのが、風車が存在するこの村でした。」

「…資源と風車が、どう関係してるんだ?」

「単純に、被害が少なかったんですよ。元々この村は、村の建造物などによって描かれた巨大な魔法陣によって、村の周りに防御魔法が常に発動していたので戦争による被害は少なく、炭鉱もあり資源も豊富。風車という魔力の半永久機関も存在しており、ここを制した国が戦争を制すとまで言われました。それで、皆ここを狙ったんです。そこで立ち上がったのが一人の青年でした。青年は元々、この村の東にある炭鉱で石炭を採掘する仕事をしていた一般人でした。しかし、彼の愛する故郷を踏みにじられる様を、指を咥えて見ていることはできず、遂に戦うことを決意しました。」

「それが、黒い人か。」

「はい。彼はまず村に自分達の拠点を作りました。これには二つの理由がありました。一つは武器の保管や情報の交換をする場所を作るため。もう一つはそれによって村の形を変えて魔法陣を書き換え、あえて村の一部だけ防御を薄くするためでした。」

「防御を薄く?なんで?」

「…彼は戦略と魔法の天才でした。あえて薄くした防御に敵を誘い込み、気付かない間に魔法で殺す。…彼は何故か、例外的に人に魔法で直接攻撃できたんです。」

「それがさっき言ってた『一部例外』か。」

「その通りです。…いつの間にか、彼は村に死体の山を築きました。そして彼は、『黒い人』と呼ばれるようになりました。各国はこの状況を打破すべく対策を立てました。この村には遠距離魔法は効かない。歩兵もすぐに殺される。では、どうするか。」

「…。」



「一つの作戦として、キメラが作られました。」



「ここでキメラか…。」

「色んな動物の長所をかき集め、魔法をかわせるほど速く、丈夫で、魔法にも対抗できるほど力強い生き物を作ろうと、各国は魔法を使って大量のキメラを作りました。しかし、そのキメラが戦争に参加することなく、戦争は終結しました。」

「なるほど…造り損になったわけか…。」

「やがてそのキメラの処分の方法が問題になりました。何せ、大抵の魔法では死なない上に、とてつもなく速くて強いからです。結局、キメラは野に放つということになりました。当時の科学者は皆、キメラは生殖できないですし、野生で生きられないだろうから、数ヵ月もすれば絶滅するだろうと踏んでいたのです。…結果、キメラはこの国のいたるところに分布するようになりました。そして、キメラによって数々の被害が出ています。キメラは、この世界の『負の遺産』として、野に生きているんです。」


シャルルは話を終えると、もう一度ハーブティーを啜った。


「…これがこの世界の歴史です。」

「…黒い人はどうなったんだ?」

「彼は戦争が終わった後、人を殺した罪を償うため自殺を試みたそうですが、何故かできなかったそうです。それで、『私の犯した罪は、最早死ぬだけでは償えない』という風に解釈し、今も何処かで罪を背負いながら生きているそうです。…確かに彼はこの村と国を救いましたし、彼のお陰でこの村の街並みがあります。…でも、彼を英雄と呼ぶかどうかは、あなたにおまかせします。」

「…強すぎたんだな。黒い人は。」

「はい。…時に、圧倒的すぎる力は国や世界を根本から変えてしまうんです。」


すると、シャルルは人肌ほどまで冷めたハーブティーをくいっと飲み干し、ニコリと笑った。


「…そういえば、あなたに魔法の使い方を教えるんでしたね。では、ここからは実践してみましょうか。」

「…分かった。」

「では、外に出ましょう。」


そう言って、俺達は外に出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る