異世界でも、人とのコミュニケーションは苦痛にも安堵にも変わる。(5)
羊を食べ終わり、酒を飲んで酔っ払ったヌイさんとマオイはソファーの上で爆睡していた。実家のような安心感である。
すると、シャルルが皿を洗いながら話しかけてきた。
「…あなたはどうしてこの村に来たんですか?」
「え?えーっと…実は自分でもよく分かってないんですよ。気が付いたらここにいたんです。」
「…旅人さんですか?」
「違います。…いや、案外そうかもしれないですけど。」
「何処かに向かっているんですか?」
「…今はとりあえず故郷に向かっています。そのために、まずは安定した生活と資金調達が必要なんです。」
「へぇ…。…じゃあ、ゆくゆくは都にも行くんですか?」
「まあ、故郷に帰る手がかりがあるなら。」
「故郷に帰る手がかり…。面白いことを言うんですね。故郷からここに来たはずじゃないんですか?」
「いやそれが…。…この際言ってしまいますとね、俺はこの世界とは違う世界から来たんですよ。」
「あぁ、なるほど!」
「…ぶっ飛んだ話なのに、納得するんですね。」
「ええ。何せ、この世界には魔法というぶっ飛んだ力があるんです。そのくらいは納得できますよ。…あなたがここに来たのも、何らかの魔法の力なのかもしれませんね。」
何だか、少し心が軽くなった気がした。
今まで誰にも俺の境遇を話せていなかったが、誰かに理解して貰うだけで救われた気がした。
「…あ、そういえば俺、故郷に帰る手がかりを探す一貫で魔法を頑張って使おうとしてみたんですけど、上手くいかなくて…。何かコツとかありますか?」
「ふむ…何の魔法かにもよりますけど…。」
そう言うと、シャルルは皿洗いを止め、手の水を切ってから薪を一つ持ってこちらに来た。
「例えば、私は炎の魔法や水の魔法を使えます。こんな感じで。」
そう言うと、シャルルの手に持っていた薪が燃えた。
「魔法の種類というのは先天的なものなので、あなたがどのような魔法を持っているかは分からないんですけど…。とりあえず、何を代償にしました?」
「…代償?」
「えっと…ほら、例えば私なら今、薪を代償にしました。居酒屋のお婆さんなら、大気の流れなどの微弱な魔法の流れを代償にしています。大抵は木や水など、それなりに形のあるものを代償にするんですけど、お婆さんみたいな熟練の人なら、空気などのあまり形を持たないものでも代償にできるんです。でも、それは技術が要りますし、とても難しいんです。もしかすると、あなたはそういう技術の必要な、難しい物を代償にしたのではないかと思ったんですが…あなたは何を使いました?」
「…時間と労力?」
シャルルはジトっとした目で睨んできた。
「…それは誰でも使いますよ。」
「…やる気を代償に、虚無感が私の心をすり減らしました。It's magic.」
「つまり、何も使ってなかったんですね…。これは基礎から教えないと…。分かりました。明日から私が魔法を教えてあげましょう。」
えっ
「…マンツーマンで?」
「はい。」
「ここで?」
「はい。」
「二人きりで?」
「はい。」
これは…まさか…フラグ!?
「…なんか今、凄く異世界に来たって感じがしました…。」
「えぇ!?何でですか!?」
「いえ…何でもないです…気にしないで…。」
俺は一人ホロリと涙を流した。
現代では全くモテなかった俺だが…それでもここならフラグが立つんだな…異世界万歳…。誰かは異世界は嫌いだとか言ってたけど…。
いや、待て。もっと現実的に考えろ。こんなに可愛い子が初対面の俺に惚れるか?
…無いな。
と、俺が理想と現実の狭間で揺れ動いていると、シャルルは自分の手元にある、灰になった薪を見ながら言った。
「異世界…異世界ですか…。まあ、あなたからすればここは『異』世界なんでしょうね。…でも、私にとってはここが私達の住む世界なんです。…都合の良いことは起こらないですし、人は欲にまみれています。でも、この村の人々は自然を純粋に受け入れて、互いに助け合って、そうやって生きているんです。」
シャルルは目をこちらに向けた。
「…もし、この世界を夢や幻想だと錯覚して好き放題するのでしたら、私が許しませんよ?」
シャルルの頬は若干上がっていたが、目は笑っていなかった。
それで少し圧倒され、返事が遅れた。
「…ちゃんと現実だと思ってますよ。馬の生き血を初めて飲んだ時はそりゃもう現実を突き付けられました。人間は無力なんだなって。…それに、この村で色んな人と出会って、…まだあまり交流できてませんけど、その暖かさは凄く伝わりましたし、救われました。ここは元の現実よりも現実してますよ。」
すると、やっとシャルルの目が笑った。
「そうですか。良かったです。もし好き放題されたのなら私、…あ、お皿を洗わないといけないんでした!すみません。」
ちょっとまって?『私、』の後は?何するんですか?
俺は軽く身震いをし、そして、それが理想と現実の狭間で揺れ動いている俺の脳内を決定的に現実に引き戻した。
「いや、残りの皿洗いは俺がやっておきますよ。シャーロットさんはあまり遅くならないうちに帰ってください。」
あんたらもな!ソファーの上で爆睡してるやつ!
「え…あ…すみません…。てっきり泊めてもらえるものだと思って…帰る準備を持ってきてないんです…。」
「…そんなことってあります?」
「あるんですよ。夜は獣が出ます。」
「あぁ…。」
それ以上は何も言い返せなかった。
「あの…申し訳ないんですが、今晩泊めていただけませんか…?」
「分かりました。でもすみません…人数分のベッドが無くて。…小さいですけど、俺の部屋のベッド使ってください。」
「でも、それだとあなたが寝れないでしょう?私なら大丈夫です。あのソファーで寝ますから。」
あのソファーで!?
「いや、ダメですよ。風邪引きますって。それだったら俺がソファーで寝ます。」
あのソファーは駄目だ。酔いつぶれた男二人の間で寝るなんて…俺が断固拒否する。
「でも、ここはあなたの家でしょう?あなたがベッドで寝る権利があるはずです。」
「ここがちゃんと俺の家だと認識して貰えてるのはありがたいですけど、あなたは女性です。男性は女性に優しくする義務があります。」
「仕方ないですね…じゃあ、二人でベッドで寝ますか?」
「もっとダメですよ!」
「フフフ!言ってみただけです!…では、お言葉に甘えて、ベッドで寝させて貰います。」
「そうしてください。…あ、風呂は奥です。」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。ここでは水も大切な資源なので、この村ではお風呂は大抵二日か三日に一回なんです。私は昨日入りましたので、今日は濡れたタオルで体を拭くだけにします。あなたも長時間のシャワーは控えてくださいね。」
そう言って、シャルルは寝室に入った。
何だかこの一週間で色々なことがあったが、とりあえず生きてここまで来れた。
そして、ここは現実であることも同時に突き付けられた。
これから俺の異世界生活が始まる。強く、逞しく生きねば。
俺は二人の寝ているソファーに座った。
「酒くせぇ…。寝れるか…?これ…。」
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