異世界でも、人とのコミュニケーションは苦痛にも安堵にも変わる。(4)
家に入って初めての朝を迎えた。
冷えきった階段を下りて台所へ行き、適当に朝食を食べるために棚を開けた。
「…何もねぇ…。」
まだはっきりとしていない頭をボリボリと掻いた。
「…今やるべきことはなんだ…?」
とにかく、この一週間色々ありすぎて、俺は頭の整理がついていなかった。
「…まず、第一目標は元の世界への帰宅。…こんなところにいても仕方ないしな。…とりあえず、この辺りのことを調べてみるか…。…あ、そうだ、仕事もしなくちゃ…。」
俺はこの街のこと、国のこと、世界のことについて何も知らない。
となればやはり、調べるしかないだろう。
俺は着替えて外に出た。
俺はとにかく仕事を探すことにした。
「…この世界にも求人とかハロワとかあるんだろうか…。」
しかしながら、ここにはそのようなものは無かった。というより、そもそも働き口が少なかった。
やっている産業といえば、この前寄った市場と居酒屋、あとは農業系の仕事くらいで、全くと言っていいほど第三次産業が無かった。
異世界っぽく、魔物の討伐依頼が集まるギルドみたいなものが無いかも調べたが、それも無かった。
「…仕事はまた明日探すか…。」
俺は今度は図書館に行くことにした。
図書館は割と広いが、扱っているのは児童書などではなく、学術や伝記、歴史書などのお堅い書物のみのようだ。
しかし、この世界について何も知らない俺にとってはむしろ好都合だった。
とりあえず、俺は魔法書、歴史書、地学書、政治の本を借りて家に帰った。
家に帰り、本を読んだ。
「重…。」
分厚い表紙をめくりながら、大雑把にこの世界について理解した。
まず、この村は最果ての村、または北の村と呼ばれていて、その名の通りこの世界でもかなり北に位置する村だそうだ。
また、この村は「スプヤ国」という国に属しているらしい。
スプヤ国の歴史は大分古く、一時期は大陸諸国を圧倒する強さを誇ったそうだが、魔法の発達に伴って少しずつ衰退していった。
しかしながら、最近は、また発展してきているらしい。
何でも、数十年前に起こった大戦争で大きな戦績を上げ、戦勝国となったからだそうだ。
「戦争…繁栄と衰退…魔法があるだけで、どこも変わらんな…」
俺が借りた本には、戦争中の村のことについてよく書かれていた。
そもそもこの村は、道や家などの建造物で町一個分の一つの大きな魔法陣が描かれていて、さらに風車でエネルギーを送ることで、常に村の回りに防御魔法が発動しているのだそうだ。
なので、大きな戦争があっても遠距離からの魔法攻撃をすべて防げだらしい。
こんな話もあった。戦争中、この村の資源を求めて攻めてきた国があったらしい。その時は、近距離戦。つまり、町の防御魔法の効かない、武器のみの戦いを相手は挑んできたそうだ。
魔法を使わないとはいえ、その時の戦力の差は最果ての村側が200人弱、敵国側が10万人と、圧倒的だった。
「『しかし、その戦いで逆に最果ての村側が圧倒的な勝利を納めた。』か…。」
敵国の兵は全滅、自国は負傷者数名のみという結果に終わり、この戦いは「スプヤの最果ての奇跡」として記されていた。
そして、この功績にはある英雄の働きが大きかったらしい。それが、「黒い人」である。
黒い人は相手が気づかない間に背後に回り込み、その魔法で次々と敵を倒したそうだ。その数、正式に残っている記録だけでも約8万5千人。記録されていないものを含めなくても、ほとんどはこの人が倒したらしい。
「…何か、俺TUEEE系主人公みたいだな。」
俺は鼻で笑った。
その後の戦いでも次々と勝利を納め、戦争が終結すると共に発展への歩みを続けているらしい。
目ぼしい歴史はこれくらいだった。
それより驚いたのは魔法書の方である。
この世界線では、異常なほど魔法学が発達しているのだ。そのせいで、全くと言っていいほど内容が分からない。
「…これは…魔法を使えるかどうか不安になってきたぞ…。」
魔法については何も情報を得られないまま、俺は本を閉じた。
「…そう言えば、あの老人は銀の水とか透明化ができるって言ってたな。銀の水…水銀だろうな。…出せるのか?」
俺は適当にエイっとやってみた。
しかし、何も起こらなかった。
「…分からん…。」
そう思っていると、玄関のドアを叩く音が聞こえた。
「…?はーい。」
俺が玄関に慌てて向かうと、玄関にはおじさんが立っていた。
「おぉ!こりゃ若いな!こんなド田舎に来るなんて、物好きもいるんだな!ほれ!これ、うちの畑でとれたやつ!」
そう言うと、おじさんは名乗るより先に野菜を渡してきた。
「ありがとうございます。…あの…すみません。今は返せるものが無くて。」
「いいっていいって!この村では皆助け合いよ!お返しなんて考えてないから!何か他に困ってないか?何でも言えよ?できる限りのことはするぞ?」
「お気遣いありがとうございます。今のところは無いです。」
まあ、実際は仕事を探したりしているのだが。
「そうかそうか!じゃあお邪魔するぞ!」
えぇ…無断で家の中に入ってきたよこの人…。
「…あの、もてなす用意とかできてないんですが…。」
「いいっていいって!気にすんな!」
いや、俺が気になるんですが。急に来られても…。
しかもそのままソファーに座った。めっちゃくつろいでんじゃん…。
「…お、何か難しそうな本読んでるな!学者か?」
「いえ、この辺の土地について色々知ろうと…。」
「お!それなら俺に任せとけ!この辺の土地についてはめっちゃ詳しいぞ!何せこの村から出たこと無いからな!ガハハハハハ!」
「ハハハ…。」
ヤバい。この人のテンションに全くついていけない。
「…あの…今さらですけど、お名前聞いてもよろしいですか?」
「…あ、ホントだ!忘れてたわ!」
すると、おじさんはコホンと咳払いをした。
「俺はヌイ!よろしく!お前さんは?」
「八坂義仲です。」
「ヤサカヨシナカ…外人さんか!」
「まぁ、多分。」
「へぇー!俺達とこんなに顔が似てるのに外人さんなのかー!世界は広いなー!」
「…本当ですよね。」
少し皮肉っぽく言った。
すると、玄関でまたドアを叩く音が聞こえた。
「はいはーい!」
「いや何でヌイさんが出るんですか。ここ俺の家…」
ヌイさんが扉を開けると、今度は血塗れた青年が出てきた。
(うわぁ…。)
5日の草原生活で慣れたとはいえ、玄関先に血塗れの男がいればそりゃそういう反応になってしまう。
その青年の片手には縛って内蔵抜きした子羊を持っていた。
「おお!持ってきたか!」
「うん。結構暴れたけど。」
その青年もまた、何も言わずに家に入ってきた。いや、ここ俺の家なんだって…。
「紹介する!こいつは俺の息子のマオイだ!」
「うっす。」
相手は軽く会釈をしてきた。
「あ、どうも。」
すると、ヌイさんが首を傾げた。
「どうしようか?まだ一人来てないけど、準備だけ始めとくか!」
「そだね。」
そう言うと親子は台所に向かい、羊をさばき始めた。
…ちょっと待ってくれ。まだあと一人呼んでいるのか?というか、『呼んでる』って何だ?ここ俺の家だよな?
それにあの人たち台所めっちゃ使ってるし。羊さばいてるし。
というか、人の家に上がるんだったらまずその血を拭け!生臭い!
「…あれ!この家塩と香草がないんか!」
「あぁ、引っ越したばかりで何もないんですよ。」
「よし!俺の家から香草と塩持ってくるわ!」
あぁ良かった。少なくともこの人達はここは自分の家じゃないことは分かっているみたいだ。
ヌイさんが家から出てくと、今度はマオイさんが話しかけてきた。
「…お前歳いくつ?」
「あ…もうすぐ18です。」
「うへぇ!同い年じゃねぇか!これも何かの縁だな。今度いい居酒屋教えてやるよ。…っつってもこの村に一つしかない居酒屋なんだけどな。」
同い年だったのか…。年上だと思ってた…。
「…あれ?お酒って飲んで大丈夫なの?法律的に。」
「法律?…あー、都の方の法律だとダメなのかもなぁ…。けど、どうせここは村だし。咎めるやつも居ねぇよ。むしろ薦めてくる。」
「パワフルだな…。」
「ここではそれが普通だ。お前の村ではどうだったか知らんけどな。…っていうか、そういえばお前、何処から来たんだ?」
「日本だよ。ジパングともジャパンとも言う。」
「ジパング…聞いたことねぇや。」
「まあ、そうだろうな。」
「どんなところだ?」
「海と山が沢山ある島国だよ。…ここよりは都会だったかな。」
「へぇ~。海かー。一回は見てみたいもんだな。大量の塩水があるんだろ?天国じゃないか。」
「そんなことないよ。…汚いし。」
などと話していると、またドアを叩く音が聞こえた。
「はーい!」
「いや、だから俺の家!」
「すみません。おじゃましまーす。」
(また新しい人が…)
と、気を落としたのも束の間、俺はその姿を見て驚いた。
透き通るような金髪。青い瞳。そして白い肌。
(…人形みたいだ。)
よくよく考えてみれば、俺がこの世界に入ってきて出会ったのは、爺さんと婆さんと老人とおじさん(ハイテンション)と青年(血塗れ)で、全く美少女が出てきていない。
(…異世界に来たんだなぁ…。)
俺はその美貌に手を合わせながら染々と実感した。
「え…何ですか?」
「いや、何でもないです。」
すると、マオイさんがその人に話しかけた。
「いらっしゃーい。お姫様。」
「マオイ。その呼び方は止めてくださいと言ったはずです。」
「またまたご謙遜をー。…あ、紹介しますね。こっちが新しく村に来た…えっと…そういえば名前聞いてないや。」
何でこの人、名前も知らない人を他人に紹介しようとしたの?
「…八坂義仲です。」
「ヨシナカね。で、こっちがお姫様ことシャーロット。」
「シャルルでいいですよ。よろしくお願いしますね。ヨシナカ。」
「よろしくお願いします…。」
ヤバい。目を合わせると、ときめいてしまう。
落ち着け…どうせ俺はこんな人と脈があるわけないんだ…。希望は捨てろ…!
俺は一度深呼吸し、少し話題を振った。
「…シャーロットという名前は他の人の名前の雰囲気と少し違っているような気がしますが、もしかしてあなたも遠くから来られたんですか?」
すると、シャルルはクスッと笑った。
「…観察眼が鋭いんですね。実は、私は元々この村の人ではなくて…。都からこちらに引っ越してきたんです。」
「都から最果ての村に?」
「はい。どうも私には都の空気が合わなくて。」
だからお姫様って呼ばれているのか…?
「…それで最果ての村に移住って…何だか、珍しいですね。」
「そうですね。お互いに。」
シャルルはニコッと笑って話を切り上げ、手荷物を机の上に置いた。
「羊にはこのお酒が合うと思って。買ってきたんです。食事の時に皆で飲みましょう。」
「よっ!流石お姫様!太っ腹!」
「そんな呼び方するマオイにはあげませーん。」
「えぇ~!」
すると、ヌイさんも戻ってきた。最早ノックなしだ。
「お!来てたか!じゃ、揃ったところで羊を焼きますか!」
やがて、家の中には香草と羊の油の臭いが広がっていった。
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