異世界でも、人とのコミュニケーションは苦痛にも安堵にも変わる。(1)

…先ほどは見苦しい所を見せてしまい申し訳ありませんでした。


俺の名前は八坂義仲。理系。年齢は17。もうすぐ18になる。


そもそも今のような事態に至った経緯を説明すると、先ほど、家で袋麺を啜っていたら宅急便の人が来て、俺はパンツ一枚だったのでとりあえずインターホン越しに少し待って貰うように頼み、そして着替えを探すのだがこういう時に限って洗濯に出していてジャージがなく、仕方なしにジーンズとTシャツを着て、ジーンズがピチピチすぎて中で捲れ上がるパンツをそのままに玄関まで歩いていくと、何故か玄関にマンホールがあったのである。で、それを踏んで、気付けば草原の真ん中だ。

今思い返してみればあのマンホールみたいなものが魔法陣か何かだったかもしれない。確信は無いが。


つまり、今の状況を説明すると、

俺はTシャツとジーンズ(中でパンツが捲れ上がっている。)で、今いる場所はとりあえずどこかの草原。気候は恐らく亜寒帯か乾燥帯ステップ気候で、モンゴルに似ている(モンゴル行ったこと無いけど)。季節は秋か冬手前ぐらいだろう。かなり肌寒い。

そして宅急便の人は今も俺を玄関の前で待っている。

…宅急便の人。本当にすみません…。


とにかく!俺が今一番やるべきは火おこしと食料調達だ。

食料は最悪地面に生えている草を食っていれば案外何とかなりそうなものだが、それよりも火である。とにかく寒い!

しかし、本当に草しかない所で、見渡す限り全く木がない。ただ、大草原である。大草原不可避。

一番いいのは人を見つけることだが、世の中そう上手くは行かないだろう。


「…そうだ。異世界なら魔法使えんじゃね?」


ふとした思い付きではあるが、名案である。

この際予定調和だろうがご都合主義だろうが何でもいい。とにかく、生きねば。


「…はぁっ!…やぁっ!」


…何か虚しくなったので止めた。


「…日が落ちたら考えよう…。今は歩いて、近くに村がないか見てみよう…。」


俺は太陽の方角を見た。


「…俺が袋麺食ったのは昼飯の時だったから、大体太陽は真上…だけど、地軸の傾きで若干こっちに傾いてるから…南は大体、太陽と同じ方向か。」


俺は太陽の方向に歩いた。

まあ、こんな寒い土地であるならば、わざわざ寒くて住みにくい北よりは南の方が町を作りやすいだろうという安直な考えの基にだが。


そこから俺はひたすら歩いた。

歩いた。

足の裏が痛くなっても歩いた。

ただひたすらに、太陽に向かって歩いた。


やがて、日が暮れてきて、重大なミスに気付く。


「…これ、太陽の方向に歩いて向かってるのって最終的には西じゃん。」


時間経過による太陽のズレである。

これで俺はどこに向かっているのか分からなくなった。


「…そうだ!夜になれば北極星が見えるはず!」


ところが、俺には北極星がどれか分からなかった。


「…いや、まだだ。コンパスがあれば…!」


当然、手持ちにコンパスは無かった。代用品になりそうなものも無い。


「…。」


万策尽きた。

とりあえず、今は火を起こす物すら無いので、歩いて体温を上げ続けなければならない。


よく異世界ものの話で、異世界に入った所で急にモンスターに襲われるようなシーンがあるが、あれはまだマシな方なのかもしれない。まだ生物がいてくれた方が食料も調達できるだろうし、生きやすそうだ。

しかし、こちとら食べ物なし、水なし、火を起こす手段なし、人なしの、vs自然様の戦いである。

今だかつて、人類が勝利したことのない相手。唯一絶対にして最強の相手。魔王なんか、自然に比べたら風の前の籾殻である。

そんな相手に俺が勝てるはずもなく、俺は半分人生を諦めかけていた。

しかし、人間はしぶといものである。特に、生きることに関しては。


「…もう少し歩くか…。」



二日目。既に精神状態はおかしかった。


「ウフフヒハハハ…ハァ…。」


何か思い出し笑いしては急に冷めてため息をつく。この繰り返しである。

水も食べ物も何もないが、かろうじて地面に生えている草を食っていた。

しかし、消化不全で体調は悪いし、足はパンパンだし、寒いし、ボロボロだった。



三日目。歩くのを諦めようと座り込むが、暫くするとまた歩き出すということを繰り返していた。

既に体温の調節機能は狂い、急な発汗をしたかと思えば、今度は一気に体温を持っていかれることを繰り返していた。完全に風邪である。



四日目。脱水症状がひどくなってきた。

食料は草を食ってある程度何とかなったが、水は確保できなかった。

世界がだんだん霞んで見えてきているし、足は言うことを聞かない。

遂には一度こけてしまい、そこから立ち上がることができなかった。

どうやらこの冷涼な気候と風邪による体力の消耗が思っていたよりも早かったらしく、指一本動かなかった。


「…俺の物語…完…。」


俺はそのまま眠りについてしまった。

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