終章 我が最愛の暗黒魔剣

第28話(最終話)我が最愛の暗黒魔剣

 

     ◇


 卒業式を翌日に控えた夜。進学が決まった嬉しさと生活の新しい区切りにわくわくしながら俺はベッドで横になった。


(はぁ、進学決まって本当によかった。これでまたグレイと一緒にいられる……)


 結局引き分けとなった二次試験だが、俺達の試合は近年稀に見る接戦となり、会場は大盛り上がり。試験官も満場一致で俺達は双方無事に合格の運びとなった。この調子なら、秘書さんの危惧したような裏口呼ばわりをされるようなことにもならないだろう。

 そんな俺たちの進学先は、無論魔剣科。机近くのごみ箱には、高等部魔法科からの招待状が破り捨てられている。こんな三秒しかまともに使えないような魔眼に何の興味があるのか。そんなものより、俺にとってはグレイと一緒に『最強』を目指す方がよっぽど大切だった。


(冒険者でも研究者でもいい。いつか、『昔の』ラスティみたいな偉大な人になって、グレイのような『呪いの魔剣』が生きやすい世の中にできたらいいな……)


 そのための一歩が高校進学だ。将来の具体的なビジョンは未だ浮かんでこないが、今はこの事実を素直に喜んでもいいと思う。だって、今回は俺達なりに頑張った方だと思うから。


 それに、咄嗟の出来事とはいえグレイは魔剣として『覚醒』を果たし、その責任を取るべく俺達は本契約も済ませてしまった。

 本来ならば高校卒業の時期くらいに魔剣と契約者の意思の元で行うのが一般的な本契約。俺たちみたいに感情の爆発などで強制的に覚醒してしまった魔剣はいわゆる『事故物件扱い』されがちだ。

 ダーインスレイヴさんも常々『本契約はもう少し大きくなって責任が取れるようになってから』と言っていたが、魔剣の力は『覚醒』とその発動を制御する『本契約』があってこそのものだと今回のことで実感した。だからこそ、俺はこれまで以上に自身とグレイの力に責任を持てるようにがんばらないと……


 そんなことを考えながらうとうとしていると、不意に胸元がもぞもぞと蠢いてあたたかい何かが俺に当たる。


(ん……?)


 うっすらと目を開けると、ベッドの中にグレイが潜り込んで気持ちよさそうに頬をすり寄せていた。というか、顔より先に胸が当たって柔らかさとあったかさがヤバイ!


「グレイ!? ななな、なにしてるんだ!?」


(この状況は……まさか夜這っ――!? ふわふわぽよぽよで脳みそがゆるゆるになる……! とにかく下半身がマズイ!)


 ぐいぐいとベッドから追い出そうと押しくっていると、ピンクのゆるふわパジャマ姿のグレイは不満げに頬を膨らませた。


「どうして追い出すの~!? 今日はちょっと甘えたい気分なんだもん。一緒に寝たっていいじゃん!」


「『甘えたい気分♡』って……! なんにもよくねーよ!! 俺達中三! わかってる!? 幼稚園児の時とはわけが違うんだからな!? つか、いい加減そういうのわかってくださいません!?」


「わかってるってば! だったら尚更いいでしょ!? 私達、本契約した仲なんだから!!」


「はぁ!?」


 まったく意味がわからない。

 本契約したからって男女で同衾がおっけーになるわけないだろ!? どういう理屈だよ!?


「ちょっ……待って! それ以上くっつかないで! 色々ヤバいからぁ!」


「どうして!? 研斗は私のことキライなの? 本契約したのもただの成り行き!? 私のチカラが目当てだったのね!? サイテー!!」


 そう言ってグレイは俺の胸板をぽかぽかと殴る。その度に胸がぽにゃんと当たって柔らか夢心地……じゃなくて!!


「どうしてそんなキレてんだよ!? 意味わからないって! 本契約したからって、それと一緒に寝ることとは関係がないだろ!?」


 キレにキレで返すとグレイはきょとんとした表情で布団の中からこちらを見上げる。


「え? だって……本契約って、ずっと一緒にいる約束をすることでしょ?」


「ん? まぁ、『契約』は魔剣と使い手を絆で結ぶものだから、それはそうだけど……」


 もとより俺もそれを望んで契約したわけだけど……なんだか話が噛み合っていない。ふたりして首を傾げていると、グレイはまさかの見解を口にする。


「研斗知らないの? 魔剣にとって『本契約しよう』っていったら『結婚しよ?』って意味なんだよ?」


「……は?」


「だから一緒に寝るのくらいフツー。だって、これからずーっと一緒にいるんだもん」


 なにソレ。初めて聞いたんだけど。


「いやいや待てよ!? だったら今後本契約するであろう奴ら……御園とレーヴァテインはどうなる!? あいつなんてどう見ても小学生のショタじゃねぇか!? どれだけ歳とっても姿形ずっとあのままだっていうし! そもそもウチのクラスの霧崎と叢雲なんか男同士だし! ヒルデとリディルだって女同士じゃないか!?」


「レーヴァテインみたいな代々引き継ぐ『家宝系』は特別。同性同士ならまぁ……ベストフレンドなんじゃない? 別に好き同士なら結婚してもいいと思うし~? 最近は多いよ? 同性同士で結婚するの。こないだ結婚した英語教師のアリサちゃんも、お相手は女子校時代の――」


「へぇ、それはおめでたい話……って! 完全に他人事っぽく話してんじゃねぇ! つか、初めて聞いたよ! そんなの一言も授業で習わなかったけど!?」


 わけもわからず声を荒げると、グレイも負けじと声を大きくした。


「学校で習うわけないでしょお!? そういうのは暗黙の了解なの! モラルの問題なの! 研斗って本当デリカシー無いんだからぁ!」


「なんで俺が怒られてるの!?」


「ねぇそんなにイヤなの!? 私と寝るのそんなにイヤ!?」


「イヤじゃないけど!」


 むしろ嬉しすぎてどうにかなりそうだけど!


「じゃあいいじゃん!?」


「よくねーよ!!」


 俺は、ダーインスレイヴさんが『本契約はもう少し大きくなって責任が取れるようになってから』と言ったのを、二重の意味で理解した。


(そういう意味があるなら教えてくれよ……!)


 だが、ラスティが人間と魔剣の共生を掲げるこの国をつくってからの歴史は、他のとこと比べるとまだ浅い。未だに魔剣と人間との間にはそういった細かな認識の齟齬があるようだ。

 要は魔剣にとっての当たり前が人間にとってもそうだとは言い切れないってこと。そういう文化の違いを理解して正しく広めるのもウチの学院や在校生の大切な使命で――


「ちょっと研斗、聞いてる!?」


 脳内が現実逃避しているのがバレた。けどそりゃ現実逃避もしたくなるさ。だってグレイの話が本当なら、『本契約しよう』って言った俺は、グレイにプロポーズしたみたいなものなんだから……!


 思わず顔を背けていると、グレイは寂しそうな声を出す。


「ねぇ……あのときの言葉、嘘じゃないよね?」


「え?」


「研斗が、ずっと一緒にいてくれるんだよね? 今までみたいに、ずっと隣に……私のこと、ひとりぼっちにしないよね?」


「……!」


 少し潤んだ瞳から、『呪いの魔剣』と呼ばれ、人から遠巻きにされていたグレイが俺の言葉を聞いてどれほど嬉しくなったのか、それが痛いくらいに伝わってきた。だからきっと、あまりに嬉しくてついつい昔みたいに一緒に寝たくなったんだと。

 そう思うと胸のドキドキが少し穏やかになって、思考が平静を取り戻す。


(ひとりで勝手にやましい気持ちになってた俺が、バカみたいだな……)


「ねぇ研斗……? これからも一緒にいてくれる?」


 ぎゅうっと胸元のシャツを握られ、問いかけられる。俺はその手をそっと掴んで心の底から思っていることを素直に伝えた。


「ああ、もちろん。俺だってグレイと一緒じゃない生活なんて、考えられないよ」


「ふふふ……! 約束よ! 絶対絶対、約束だからね! 嘘だったら、呪っちゃうんだから!」


 その笑顔が脳に焼き付いて離れない。


(ああ、俺は――)


 この笑顔がまた見たい。


 その為ならなんだってしてしまう、できてしまう気がする。もはやグレイ以外の何もかもがどうでもよくなってしまいそうな――

 それは幼い頃からときおり胸の奥に湧き上がる、恋とも愛とも言い切れない、それ以上に大きな感情だった。


(呪いの魔剣、か……)


 だとしたら。俺はとっくの昔に呪われていたのかもしれないな。だってもう、二度とこの手を離せない気がするのだから。


「これからもよろしく、グレイ?」


「うん……!」


 にっこりと微笑む、この世で最も恐ろしく可愛らしい『暗黒魔剣』の手を取って、俺はゆっくりと瞼を下ろしたのだった。


                                                                Fin



      ◇



※あとがき


 最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。感想や☆、レビュー等をいただけるととても嬉しいです。

 頂いた感想は今後の参考にさせて頂き、引き続き邁進して参ります。是非、よろしくお願いします。


 また、同世界観の違うストーリーを二部として考えていますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。


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幼馴染は暗黒魔剣 南川 佐久 @saku-higashinimori

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