第27話 旅立ちのダークサイド
◇
国の中央に佇む巨大な白い塔。大きな国の県ひとつ、州ひとつにも満たないこの国の全てを見渡せる塔の上で、白衣を靡かせた真っ白な男が学院の闘技場を見下ろしていた。
「おぉ、やってる、やってる。やっぱり進級試験はこう、盛り上がるものじゃあないとね? それにしても、ダーインスレイヴの娘もレーヴァテインも、なかなかに魅せてくれるじゃないか! その契約者たちも……さすが、伊達に一度ボクを倒していないねぇ?」
楽しそうに双眼鏡から目を離した男は、隣に佇む金髪の美女にそっと問いかける。
「キャリバー。キミ、あのとき手を抜いただろう?」
「……そう思いますか?」
「うん。絶対、手抜きだった。いくら魔剣細胞による拒絶反応が効いていたとはいえ、普通だったらあんなまだまだひよっこの彼らにボクが負けるわけないもの」
「ふふ……負け惜しみですか? 闘争心に欠ける貴方らしくないですね、ラスティ?」
「別にそんなんじゃないさ、事実だよ。だってあのとき、キャリバーから彼らを攻撃したくないって想いがひしひしと伝わってきて、本当にやりづらいったらありゃしない。あんなんじゃ、できる世界征服……っていうか人類滅亡も、できなくなるってもんさ!」
「それにしては、邪魔をされたというのになんだかスッキリとした顔をしていますね、ラスティ?」
「え? ボクが? 嘘でしょう? 今だって、どうやって人類を滅ぼそうか考えているのに? ねぇ、次はどうしようか? 人間にしか効かない毒ガスの開発? それとも、世界中の魔剣が反乱の意思に目覚める催眠電波とか、どうかな?」
「貴方はまたそんな心にもないことを……先日の一件で『ケント君たちの答えが出るまで待ってみようかな』と仰っていたのはどこの誰ですか?」
「それは確かにボクだけど……でも、ボクってばそんなにスッキリとした顔をしているかい?」
「はい、そんな顔をしています」
ふわりと微笑むキャリバーに、ラスティは納得いかないといったように頭をポリポリと掻く。
「……そうかなぁ?」
(でもたしかに、胸の奥のもやもやが薄まっているような気がする。世界の醜さよりも、今は『彼女』との記憶を思い出したいような、センチメンタルな気持ちだ)
「そんな顔をするなんて、いったい何年ぶりだったか……」
結局、ボクは彼らに絆されて、人類を滅ぼすことをやめてしまった。
(ボクはまだ、この世界に未練があるっていうのか? それとも、これはあの子達の影響? ケント君とグレイのふたりを見ていると、なぜだか『彼女』と旅をしたときのことを思い出す……)
でも、つい考えてしまうんだ。もし時代が違っていたら、ボクもフランとあんな風に、学校に通っていたのかなって。
ふとそんなことを考えていると、キャリバーは思い出したように尋ねてきた。
「ねぇラスティ? この国の秘密について知ってしまった彼らを、本当に生かしておいてよかったのですか?」
「ああ、この国が嘘に嘘を積み重ねてできた箱庭だってことかい?」
「はい。もし彼らが誰かにその事実を話せば、貴方の作ったこの国、フラムグレイス独立国は崩壊してしまう。口封じをするなら、今のうちですよ?」
その問いを、ボクは笑い飛ばした。
「ははは! キャリバーってば、最強の魔剣のくせに、案外気の小さいところがあるよねぇ?」
「な――! 私は、貴方を心配してですね……!」
「はは、わかってるって。ごめん、ごめん。でも、彼らはきっとそんなことはしないさ。それに――」
「それに?」
「今回は、ボクだって少しは反省しているのさ。命が残り僅かになって、焦ってしまっていたのかもしれないって。いくら人間を滅す為に必要だったからって、それで魔剣たちに迷惑をかけてしまうようでは、本末転倒だよね?」
本当に、今回はボクらしくなかったよ。だから、それに気付かせてくれたダーインスレイヴや彼らには、邪魔こそされたけれど、とても感謝しているんだ。
「かといって、ボクは今まで人間達へしたことへの償いをするつもりはないし、彼らへの脅威となる活動を辞めるつもりもない。ただ、
「それは、どうやって?」
首を傾げるキャリバー。
ボクはこの国全てを覆うつもりで、両腕を大きく広げてみせる。
「『外の世界』を知らないまま、嘘の歴史、偽物の安寧を与えて
「ラスティ……」
「さぁ、行こうかキャリバー?」
「はい、どこまでもお供致します。私は、貴方の魔剣ですので」
静々とした所作で腰をあげるキャリバー。ボクは、気になっていたことを尋ねる。
「それにしても。ほんと、キミも物好きだよねぇ? こんなマッドサイエンティストの嘘つきに、とことん付き合ってくれるなんてさ?」
視線を向けると、キャリバーはどこか不機嫌そうに口を尖らせた。
「当たり前のことを聞かないでください。だって私は貴方の魔剣で、貴方の……ことが……」
「?」
「いいえ、なんでもありません。しかしラスティ、彼らへのリベンジはよろしいのですか? 仮にも最強の――『白の英雄』だった貴方が、たったひとりの少年と魔剣に負け越しだなんて」
「ああ。それもいつかしないとだけど、でもその前に――」
ボクは、笑顔を浮かべて振り返る。
「『錆止め』でも開発しようかな? 次こそは、負けないようにね?」
「貴方のそういう前向きなところ、好きですよ」
歩き出したボクに、キャリバーは思い出したように声をかける。
「そういえば。知っていますか、ラスティ?」
「なに?」
「あのふたり、幼馴染だそうですよ? 仲が良くて、微笑ましい魔剣と契約者でしたね?」
ふわりと微笑むキャリバー。珍しくボクをからかうような、イタズラっぽい声音だ。
「なにさ、その顔? にやにやしちゃって……」
「いいえ、何も。ただ、懐かしいなと思いまして」
「懐かしい?」
「森の奥で初めて出会ったあの日。岩に刺さった私を引き抜いた貴方と『彼女』も、あのように仲睦まじいふたりだったなぁ、と。
ふふふ、とさも嬉しそうなキャリバーに言われて気づく。
(ああ、そうか。ボクは、彼らに自らを重ねて、どこか救われた心地になっていたのかもしれないな……)
「ねぇ、キャリバー?」
「はい」
「世界を救う英雄の素質って、なんだと思う?」
「それは……」
キャリバーはボクを上から下まで眺めると、一言――
「優しいこと、でしょうか?」
ボクは首を横に振る。そして――
「目の前の人を救えること、だよ。ボクも昔はよくそう言われたんだ。昔は、ね」
「ラスティ……」
「さぁ行こう! ボクらは、ボクらの為すべきことを為すために」
国の出口で背後の箱庭を振り返り、ボクはある約束を思い出す。
(行ってくるよ、ダーインスレイヴ。あのときのキミとの約束、また果たせなかったね……)
記憶に蘇るのは、出会った城がとっても寒くて暗くって、寂しい場所だったということ。
封印を解かれた彼は、言ったんだ。
『望むなら、お前の願いを叶えよう。その代わり、願いが叶った暁には――』
――『私を、殺してくれ』
「…………」
(ごめんよ。あれはまだ、果たせそうにない……)
いつの日か、キミのその願いが叶うように。
キミが
(でも、それも昔の話か……)
きっと、今のキミならこう言うんだろう。
『私にも、死ねない理由ができた』って――
そう言ってくれる日が来たこと、ボクは、とっても嬉しいよ。
「……また、来るね」
その日まで、どうか幸せに――
「じゃあ、行ってきます!」
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