第26話 ライバル

 三秒。たった三秒で俺ができることといえば……!


「これしかないのかっ!?」


 ポケットから取り出したるは『覇滅の点眼薬』。俺は棺桶が地面にぶつかるより先に張り付いた氷を爆散させることにした。きっと超硬度なレーヴァテインの氷が程よく衝撃を和らげると信じて。

 そうすれば、グレイは棺桶を開いて『闇』に姿を戻せばいいはずだ。


(せっかく忠告してくれたのにごめんなさい、ダーインスレイヴさん! でもこの三秒間だけは、誰も見ていないはず……!)


 痛い、痛い。 目が熱い!


「頑張れ俺の魔眼! 爆ぜろっ……!! 【其が導くは覇の滅び】!!」


 チュドオォォォォン……!


 止まった三秒が動き出したとき。

 観客の目に映っていたのは煙に覆われた闘技場だった。


「はぁ、はぁ……!」


(出た……! やっぱ出た! 目からビーム!)


 信じがたいと思っていた能力。あれは夢じゃなかったんだと実感する。


「グレイ、大丈夫か!?」


『けほっ、こほっ……!』


 手元の剣からグレイの声がした。


『はぁ……なんとか……!』


(ちゃんと『闇』に変化できたみたいだな。よかった……)


 煙が晴れた向こう側を見ると、ゆらゆらとして少年の姿に戻りつつあるレーヴァテインが尻餅をついて呼吸を荒げている。


『いったい何が……? ぶつかる直前にグレイに逃げられた!! どうやって僕の拘束を……? あいつ、棺桶じゃなくてマジックボックスか何かなの!?』


 時間が止まってしまって意味不明なレーヴァテイン君の為に説明してしんぜよう。

 俺以外の人間は氷塊が落下して衝撃が起こったと思っているようだが、実はそうではない。あれは俺のビームのせい。実際は空中で魔眼ビームが氷塊を穿ち、氷から解放された棺桶グレイは咄嗟に『闇』に姿を変えた。

 そうして闘技場には訳が分からないまま棺桶から放り出されたレーヴァテイン君が残されたというわけだ。


(レーヴァテインの氷がビームの衝撃を受け切ってくれたんだな……おかげでグレイは無事。本当によかった……)


 時間が止まった三秒の間に起きた出来事を、俺以外の人間は知らない。混乱する頭でなんとか体勢を立て直そうとするレーヴァテインに、御園が思わず駆け寄った。


「レーヴァ! 大丈夫!?」


『うん……あれ? 来ちゃダメだよお嬢、危ないから。何のための魔法剣ぼくだと思ってるの?』


「え……?」


『魔法剣は、遠距離攻撃まほうで敵を仕留める剣だ。如何なる状況でも主だけは傷つけない……それが魔法剣ぼくらの良さなのに』


「レーヴァ、何を言って……それじゃあダメなのよ! 私は、ただ魔剣に守られるだけの使い手になんてなりたくない! どんな状況でも一緒に受け止めて、乗り越えて、強くなれる剣士になりたいの! そうじゃないと、『最強』だなんて夢のまた夢だわ!!」


『お嬢……』


「だから私は……最後まで一緒に戦う!」


 そう言って、御園はフィールドを広範囲で覆っていた炎を全て、手元の魔剣に集約させた。


「『覚醒』した魔剣を相手に手加減なんて不要……この一撃で、決めるっ!」


 魔剣を天高く掲げて炎の密度を限界まで高める御園に、レーヴァテインが待ったをかける。


『待ってお嬢! 炎じゃダメだ! あいつら、酸素を奪って僕の炎を掻き消すから。今回は、あっちでいこう』


「え? でも、アレはまだ練習を始めたばかりで……レーヴァだって怪我が治りきってなくて本調子じゃないのに……」


『もう~。得意だからって炎ばかりに頼ってどうするの? 僕は多くの属性魔法を使いこなす天才魔法剣『天啓の魔術師』。いくら覚醒に至っていないとはいえ、他の属性だってそれなりに威力は出せる。いいから、僕を信じて』


「わかった……!」


 こくりと頷くと、御園の詠唱と共に魔剣の炎が一瞬で霧散して、闘技場が異様な冷気に包まれる。


「――【審判のとき。あまねく命に終焉を告げる。氷天を裂いて我が手に堕ちよ】――!」


 ――『終焉』。


 その言葉に、脳裏には先日柊邸で見たバカでかい氷柱の魔法と、その周囲でぐしゃぐしゃになった無惨な中庭の様子が浮かぶ。

 俺は手元でひぃひぃと呼吸を荒げるグレイを激励した。


「グレイがんばれ! ヤバイぞ! あいつら氷っぽい大技を繰り出すつもりだ! 城みたいなデカさの氷柱なんて、いくらなんでも斬れないだろ!?」


『やってみないとわからないけど……パワーで押し負けたらどの道ダメだと思う! こっちもなんか大技を出そう!』


 と言われても、覚醒したグレイの技については俺もまだよく知らない。というか、グレイも把握できてないっぽい。俺達の戦いは、いつも火事場の馬鹿力ヤケクソだ。


「何ができる!?」


『ええと……! とにかくいっぱい血をちょーだい!!』


「わ、わかった……! こうなりゃ好きにしろ! 任せたからなっ!」


『うん! でも、手元の魔剣わたしだけは手放さないでね! いっくよぉ~!!』


 ズバンッ!と両腕の皮膚が裂けて大量の血が飛沫を上げた。『急に自傷なんてどうしたんだ!?』と闘技場にどよめきがこだまする中、俺は脳内に響く、痛みを掻き消すような抗いようのない『命令』にしたがって魔剣を天高く掲げる。


「――【満たせ、にえさかずき。巡るこの血は彼の方のために。我が肉体は貴女のために】――」


 自分でも何が何だかわからないが、自然と呪文が浮かんでくる。口が勝手に詠唱を進め、手にした魔剣にずぶずぶと、血と闇が凝縮されていく。頭の中はドクドクという心音以外は何も聞こえない。これは俺の鼓動か、それとも魔剣グレイの声なのか。


(ダメだ、自我が消える! 俺が、『俺』でなくなっていく……! 圧倒的な力を放出する直前の高揚感――ヤバイ。けど、気持ちイイ……!!)


「はぁ……はぁ……!」


 どう見ても禍々しいオーラを放つ魔剣を構えて最後の一撃を放とうとする俺達の前に、天を貫くような巨大な氷の魔剣が聳え立っていた。

 普段の美しい炎の蒼とは異なる、全ての命を刈り取るような冷たい蒼――まるで『終わりを告げるような』絶対零度の氷の剣が。

 だが、俺の頭の中は目の前の恐怖よりも、身の内で燻る熱を解放することでいっぱいだった。脳に命じられるまま、最後のフレーズを詠唱する。


「――【氷天穿ツ蒼の殺傷魔杖レーヴァテイン裏切りの角笛ギャラルホルン】!!」


「――【暗黒魔剣奥義・永久ノ生贄ユア・サクリファイス】」


 俺の魔剣が、歓びの声をあげる。

 地を這うような鳴き声と共に魔剣から滲み出る闇の奔流と、蒼の魔剣から繰り出された視界を覆い尽くすような猛吹雪。それは、凄まじい蒼と黒の衝撃波だった。

 そして、魔剣の意地と意地とのぶつかり合い。


『きゃはははは! 私の研斗が、あんたなんかに! 負けるわけないでしょぉおお!?』


『生意気言うなよ小娘が! 僕を! 誰だと思ってる!! 博士の最高傑作の! 蒼の殺傷魔杖レーヴァテインだぞ!!』


『剣じゃないじゃん!!』


『うるさい! 死に晒せっ――!!』


『『はぁあああああッ――!!!!』』


 ゴォオオオッ……!


 闘技場は吹雪によってホワイトアウト。衝撃で飛ばされないように足を踏ん張るだけで精一杯だった。

 暫くすると轟音が止み、僅かに残る手の熱を頼りに魔剣の無事を確認すると、足元に見えたのは一本の白線。


(まさか……リング、アウト……?)


『「――あ」』


 俺たちは同時に声をあげる。すると、『そこまで!』という試験官の声と共に向こう側から楽しそうな笑い声が響いてきた。


「あはははは! ここまでやって相討ちだって!? やってくれたなグレイ! お嬢と一緒にがんばって、僕の全力を込めた一撃だったのに!」


 変身が解けたレーヴァテインは睫毛についた氷を拭い、闘技場の外で大の字に寝そべっていた。その隣で、御園も信じられないといったように肩を震わせている。


「私とレーヴァテインが……場外退出リングアウトで引き分けですって……!?」


「あはは! まさか、この僕が! 二十年も生きてないような娘なんかと引き分けだなんて! いつの間にか僕も鈍ってしまっていたのか。それとも単に、彼らが『十剣』に迫る実力者だということか? それにしても……お嬢? 魔剣ぼくを持つのに夢中で、足元ツルツル滑っちゃったかな? 『気を付けてね』って言えばよかった。ごめんね?」


「うっ。悔しい……私のせいで……! ごめんね、レーヴァ……」


「ふふふっ。人間はこういうのをなんて呼ぶんだっけ? 『ライバル』、ねぇ……あはは! 面白いじゃないか!」


「レーヴァ、怒ってないの……?」


 空に向かって大笑いし始めるレーヴァテイン。引き分けでどこか悔しそうだった御園は、その無邪気な笑い声を不思議そうに見つめる。きっと、レーヴァテインのこんな姿を見るのは初めて――かどうかは知らないが、珍しいことなのだろう。ひどく驚いているのが俺にもわかる。

 そんな御園に、レーヴァテインは歳不相応な穏やかな表情で微笑んだ。


「ねぇ、お嬢? 今日は空が蒼いねぇ……?」


「え……?」


「僕、思い出したんだ。僕の『蒼』は空の蒼。そして文明を創造したという炎の蒼だ。そんな、『無限の可能性』と『果てのない自由』をテーマに生み出された僕は、博士の最高傑作だった。その僕が、パートナーとの契約に縛られるなんてバカバカしいと思っていたんだよ、今まではね」


「あ……」


「けど同時に、『絆でひとが強くなれるのか』というのも博士がずっと追い求めていた研究テーマだった。だから博士は僕に制約をつけたんだ。パートナーとの絆を深めないと姿が成長しないように、力を封じ込める仕掛けを施して。僕はそのことを忘れていたんだよ。いや、思い出さないようにしていたんだ。博士が僕を『意図的に弱くした』なんて、受け入れたくなかったんだよ……」


 レーヴァテインはそこまで言うと、ふわりと立ち上がって恭しく御園の手を取った。


「でもね、『最強』への道標はここにあった。ミツルギたちが僕たちと互角に渡り合って引き分けたのは、きっとこの『絆の深さ』に理由がある。学院トップという現状に奢らずに、常に上を目指して強者ライバルを探すようなキミと居たからこそ、ようやく思い出せた気がするよ。ありがとう、お嬢?」


「レーヴァ……!」


「これからは……一緒に『最強』を目指そうね?」


「うん……!」


 吹雪の止んだ蒼天のように晴れ晴れとした笑顔の御園を見て、俺は胸を撫でおろす。


(なんか……雨降って地固まったかな?)


 そして、魔剣フォームから変身を解いてよれよれと俺に縋るグレイに声をかけた。


「はぁああ~疲れたぁ~寒かった~……研斗あっためて~」


「お疲れさん。今日はがんばったな、グレイ?」


「もう! いっつもがんばってるもん! 研斗こそひどい出血……痛くない? 私のせいで貧血だよね? ごめん……」


「いや、不思議なことに痛くはないし、むしろ気持ちイイ感じなのがヤバイと思うけど、なんとか大丈夫。けど、貧血で頭はフラッとするかな……?」


「わわっ! 早く保健室行かないと!」


「だな……けどその前に――」


 俺は試験官に促され、貧血の頭に鞭を打って闘技場の中央に向かう。そして、今しがた戦い終えた好敵手をまっすぐに見据えて手を差し出した。

 握り返される、少しひんやりとした細い手。


「結果は引き分けだったけど、いい試合ができた。これならきっと進学できるよ、ありがとう」


「こちらこそ、貴方たちを見ていたら魔剣の強さとは何なのか少しわかった気がするわ。それに、先日の一件でレーヴァとも沢山話し合って、『仲良し』になれたの。療養中、怪我して動けないレーヴァにクッキーを作ってあげたら凄く喜んでくれて……本当にありがとう、御劔君……」


「よかったな、御園?」


 こくこくと何度も頷く姿は普段の凛とした雰囲気とは異なり、俺はついつい『これはこれで可愛くていいな』なんて思ってしまった。そして、ある『願い』が胸に芽生える。


(ああ、いつの日か。魔剣と人が皆こうして笑顔になれる日が来ればいいのにな……)


 魔剣の本質は、願いを叶えるものである――だとしたら。


 その『願い』を叶えてくれるのは、俺の魔剣あいぼうだと嬉しいな。

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