第25話 最終試験

      ◇


 試験官のアナウンスに従って闘技場へ一歩出ると、わぁあ!と歓声があがる。だが、これらは当然向かい側に姿をあらわした御園とレーヴァテインに向けられたものだ。


「御園せんぱ~い! がんばって~!」


「きゃ~! レーヴァちゃん可愛い~!!」


「華麗な勝利を魅せてくれ~!」


「三秒で負けんなよ御劔~! 御園さんの活躍が見れないだろー!!」


 なにせ奴らは首席確実と言われる期待の優等生。片や俺達は呪いの魔剣&幼馴染なばっかりにそいつと契約している不運な少年アンラッキーボーイという位置づけだった。俺達の仲の良さを知らない他学年や一般人などは概ねそういった認識の人が多い。俺はいつも通りアウェイなグレイを励ますように声をかけた。


「大丈夫。二次試験は魔剣フォームでの戦闘だ。俺も一緒に戦うから。何があっても絶対、俺だけはお前の味方だ」


「研斗……」


「成り行きとはいえこっちは覚醒してるんだ。魔法だって『闇』のが少し使えるようになってる。レーヴァテインの能力や闇との相性がどうだかは知らないが、前みたいに防戦一方にはならない……はず。進学の条件は『引き分け以上』だが……俺は勝つ気でいくから」


 そう言って手を差し出すと、グレイは決意を秘めた瞳で握り返す。白くて細い綺麗な指。噂の『呪いの魔剣』がこんなに素直な美少女だなんて、観客のみんなは知らないんだろう。


 俺は、もっと皆に魔剣の良さを知って欲しい。グレイだってダーインスレイヴさんだって、『暗黒魔剣』は好きで恐ろしい能力を持って生まれたわけじゃない。その強さも恐さも、全ては使い手次第なんだ。俺はそれを証明するためにも、無様に負けて進学を諦めるわけにはいかない。そして――


「なぁグレイ。俺の夢、聞いてくれるか?」


「え?」


「俺……強くなりたい。グレイと一緒に。昔のラスティみたいに『最強』を目指して、色んな魔剣と仲良くなって、グレイの良さをみんなにわかって欲しいんだ。だから……」


 想いを込めるように手を握りしめると、グレイは全てを理解したように微笑んだ。


「こんなところで負けられないよな!」


「うん……!」


 向かいの御園を睨みつけると同時に、会場にホイッスルが鳴り響く。


「これより、私立グレイスアーツ学院中等部・魔剣科の進級試験を開始する! 双方、魔剣を手に!」


 試験官が言い終わるや否や、グレイは足元から揺らめき生まれた漆黒に身を委ねた。闇夜に煌めく月のような、うっすらと紅く色づいた金の瞳。滑らかな肢体を包み込む闇が、そのシルエットにフリルのついた華奢なドレスを纏わせる。これが覚醒したグレイの正装、魔剣の完全戦闘形態だ。そして――


「最強になろう、研斗! 一緒に!」


 グレイはそう微笑むと、身の丈ほどある長剣に姿を変えて俺の手におさまった。向かいでは、蒼く燃え上がる炎に包まれた人影がこちらに向かってゆっくりと歩みを進めている。


(あれが、本気のレーヴァテインの戦闘形態……!)


 正直に言うと、何も見えない。蒼炎の塊がただゆらゆらと闘技場に入ってきて、その中に御園と思しき影がぼんやりと浮かんでいるようだ。


「――レーヴァテイン、魔剣フォーム」


 ただ一言。凛とした声が響くと、炎が一瞬で霧散して蒼くゆらめくドレスを纏ったような御園が姿をあらわした。制服を覆い尽くすように纏わりつく蒼い火の粉。その周囲では無数の炎の蝶が遊ぶようにからかうように御園の周囲を飛び交っている。


(うわ……綺麗……)


 まるで童話に出てくるお姫様のような姿に思わず見惚れて、俺も会場も言葉を失った。


「行くわよ、御劔君。私は、たとえ恩人の貴方が相手でも……いいえ、相手が貴方だからこそ! 勝たなければならないの。一族の悲願――それは『レーヴァテインと最強に至ること』。かつて柊家にレーヴァテインという魔剣を齎したラスティ博士の恩義に報いるために……! 『最強』になるのは――私と、このレーヴァテインなのだから!!」


 御園が声をあげると、その手に纏わりついていた炎が一気に収束し、蒼銀の剣が姿をあらわす。しかし、その美しい刀身を見ることができたのは最初だけだった。

 次の瞬間――


「それでは!試合開始!!」


 ホイッスルが鳴ると同時に、レーヴァテインの刀身は炎に包まれて消える。


(は……?)


 グレイを構えた俺は、瞬きのうちにその標的を見失った。

 どうしようもなく次の動きを待っていると、御園がふわりと右手を振る。


「――【胡蝶の舞。蒼炎の幻想庭フランシエル・ガーデン】!!」


 視界いっぱいに『蒼』が広がり、俺は炎の庭に包みこまれた。前にグレイが閉じ込められた渦とはまた違う、絶えずその形を変化させる『生きた檻』。まるで誘うように周囲を高熱の蝶が舞い踊る。


(……っ! 一度も剣を交えずにいきなり魔法!? くそっ、これだから魔法剣は!!)


 ゆらゆら、ゆらゆらと。遠距離からの炎攻撃なんてカウンターのしようもないし、刀身が見えないんじゃ間合いも何もあったもんじゃない!


「魔剣使いとの戦いにおいて、間合いを制する者が戦を制するのは常よ。悪いけど早々に方をつけさせてもらうわ。レーヴァ!」


『ふふふっ……! 僕がぜ~んぶ燃やしてあげる。お嬢の道を阻む者、蒼く蒼く……何もかも!』


 御園はどうやら本気らしい。そして、以前の御園とは比べものにならない程にレーヴァテインとの意思疎通も図れているようだ。


「卒業試験の勝利条件は場外退出リングアウトかギブアップ。このまま熱風で飛ばされるのと、骨まで消し炭になるの――どっちがいいかしら?」


『僕はどっちでもいいよ~?』


 にやにやとしたレーヴァテインの声が周囲の炎からこだまする。


「くそっ、ナメやがって……!」


(炎で周りが見えない! グレイみたいに上空に跳躍する身体能力は俺には無い。なんとかしてこの火を消さないと……!)


 俺は手元の魔剣に向かって叫んだ。


「出し惜しみしてたらダメだ!アレをやろう、グレイ! 血でもなんでももっていけ!! 今こそ、『本契約』を果たした俺達の力を見せてやる!」


 成り行きとはいえ『覚醒』を果たしたグレイは、仮契約のままでは制御がしきれない。だから俺達は相談して、少し早いけど『本契約』を済ませたのだ。『覚醒状態』のオンオフを詠唱を以て意図的に切り替え、安定して魔剣の力を振るうために。


『もう覚醒技を使うの? 今の研斗じゃ自我を保てるのはせいぜい五分ってところだけど……』


「構わない! 五分で決めてやる!!」


『わかった。信じてるからね、研斗!』


 その声に、俺は応える。


「覚醒しろ!嘆きを封じ込めし魔剣――【深淵の墓守ダーク・イン・グレイヴ葬送レクイエム】!!」


「『覚醒』ですって!? そんな……!」


 驚く御園をよそに息を吸って大きく叫ぶと、手元の魔剣が一斉に闇を纏ってゆらゆらと膨れ上がる。その闇が触れる度、周囲に舞う胡蝶の全てが生気を失ったかのように枯れ果て、周囲の炎が勢いを弱くした。


(これは……!)


 その様子に一瞬で閃いた俺は魔剣を地面に突き刺した。


「闇で炎を包み込むんだ! 地面から影を吸収して……できるか!?」


『任せて! 少し血をもらうからね!』


 ――スパンッ!


「うぐっ……!」


 俺の腕が漆黒の風刃に切り裂かれて血を流す。地面に滴った血痕から闇がもうもうと広がって、瞬く間に炎を包み込んでいく。


『【隠せ、満たせ。目に映る全てを漆黒に染め上げろ――闇の帳カオティック・ベール】!!』


『うそっ……!?』


 レーヴァテインが驚くのも無理はない。だって、魔剣のくせに魔法が使えないとかバカにされてたグレイが、あろうことか魔法を詠唱して炎の庭を掻き消したのだから。


「はぁ……見たかレーヴァテイン。炎は酸素で燃える。それくらい、小学生でもわかるからな?」


『ふふふ! 闇の世界に空気はありません! 残念でしたぁ!!』


「お前の炎、そのまま全部消させてもらうぞ!」


 手にした魔剣を振り回すと、周囲に舞う炎がズズズとイヤな音を立てて斬れていく。いや、正確には炎を斬っているのではない。その刀身が触れたところから酸素が無くなって消えているのだ。


『チッ……どうしてグレイが魔法を!? お嬢、火を足して! 追加詠唱!』


 絶え間なく襲い来る炎の隙間から視界が開けてくると、御園が口元を動かしているのが見えた。炎に包まれてこちらの様子はわからなかった筈なのに、俺達が炎を斬ることを把握しているようだ。


(多分、御園には見えなくても伝わってたんだ。だって俺達の周りの火の粉も、御園の手元に握られている筈の剣も。この炎の全部がレーヴァテインそのものなんだから! だとしたら……!)


 詠唱が進むと共に斬ったはずの炎が再び勢いを取り戻し……


『斬られる前に……このまま吹き飛ばしてあげるよ!!』


「頼んだわよ、レーヴァ!――【燃えろ、燃えろ、炎よ燃えろ!灼熱の花嵐フラワリー・フレイム】!!」


 俺は、一か八かの可能性に賭けた。


「グレイ、形態変化! 炎を掴めるか!?」


『うにゅにゅ……! やってみる!』


 手元の魔剣は俺の腕から血を吸収し、その形状をもやもやと蠢かせ始めた。熱風で天高く飛ばされながらも、俺達はギリギリで場内にいる。

 俺達を包む炎の渦がレーヴァテインそのものだとしたら、それを掴んで先に放り出せれば俺達の勝ちだ!

 『これだ!』とコツを掴んだような声がして、グレイが詠唱を始めた。


『――【悲しみ、災い、他者の悦び。我を悩ます全てに蓋をせよ!盲目の棺桶ブラック・コフィン】!!』


 その瞬間。剣先から伸びる闇の一部が棺桶に変化して炎を飲み込んだ。


『はぁ!? ふざけっ――!』


『レーヴァテイン、捕まえた!』


 閉ざされた蓋の隙間から棺桶に吸い込まれるように炎が引っ張られ、炎の根本で繋がる御園が剣を両手でおさえ始める。


「な、何よコレ!?」


『綱引きだよ! さぁ、レーヴァテインをこっちに寄越しなさい!』


 俺の手元から闇を伸ばして棺桶に姿を変えたグレイ。俺は上空で体勢を整えながら手にした魔剣をフルスイングしようという勢いだ。その先に繋がった棺桶もろともぶん投げて、場外ギリギリでレーヴァテインを先にぺっ!と吐き出せばいい。


「手を離せ御園! お前ももろとも吹っ飛ばされるぞ! 俺達はレーヴァテインさえ場外に出せればいいんだから!」


「イヤよ、離して!! 負けるなんて絶対に認めない! それに、私は最後までレーヴァと一緒にいる! 投げ出されるなら私も一緒よ!!」


『……!』


 その声に、棺桶の中のレーヴァテインが反応した。


『お嬢、言うようになったねぇ? あのちびっ子で泣き虫だったお嬢が――ふふ、ふふふふふっ……!』


 くすくすという笑い声が、次第に大きくなっていく。

 周囲の蒼がいつの間にか炎でなくなって、氷の粒に姿を変えて――


『……もう忘れたの? 僕が炎しか使えないと思ったら、大間違いだよ?』


(これは……!)


『凍りつけ――【氷華の檻フロスト・プリズン】』


 氷の粒は棺桶の外側に纏わりついて、急速に重みを増していった。上空で風に浮かされていた俺達は重力に逆らえずそのまま地面に向かって引き摺られていく!


「まずいぞグレイ! このままだと……!」


(地面にぶつかる!)


 しかし、グレイはそれどころではないようだ。


『寒い寒い寒い! 冷たいぃいい……!』


『はははははっ! 凍りついて堕ちろ、グレイ!!』


「内側から凍らされてる! 早くレーヴァテインを吐き出せ!!」


『蓋が凍って開かないよぉ!! 形態変化を戻せない!!』


(なに……!?)


『さぁさぁ、大きな氷塊が落っこちるよ~? 僕は炎だから衝撃は感じないけど、棺桶姿のグレイはひとたまりもないだろうねぇ? 脳震盪で、ノックアウトだ……!』


『いやぁああああ……!』


「グレイっ!! くそっ、間に合え!【刻止めの瞳】!!」


 俺は咄嗟に時間停止の魔眼を使った。三秒。たった三秒で俺ができることといえば……!


「これしかないのかっ!?」


 ポケットから取り出したるは『覇滅の点眼薬』。もう、これに賭けるしかない。

 俺は命いっぱい詠唱した。


「爆ぜろっ……!! 【其が導くは覇の滅び】!!」

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