第23話 宣戦布告
進級二次試験に際して話があると校長室に呼び出しを受けた俺達は、慣れない雰囲気と目の前に座る校長のプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
胸元まで伸びる銀の白髪を機嫌良さそうに弄るグラム校長。どうやらダーインスレイヴさんと警察から今回の『
学院の校長『魔剣・グラム』は学院守護を司る『十剣』で、言うまでもなくラスティとは親しい関係にあった。
今回ラスティがこのような暴挙に出たことに『十剣』たちは驚き、心底悲しんだ。そして、犯人がラスティであることを明かせばこの国の平和が揺るぎかねないと判断した『十剣』たちは、『魔剣喰い』がラスティであったことは伏せ、ただ『犯人は捕まった』とだけ公表するようにして、事件を収束させたのだった。
だが、国中を震撼させた凶悪事件の犯人に興味を示さない者などいない。そこで『十剣』たちは『学院に通う十五歳の少年が凶悪犯を捕まえた』ということを強調して報道することで、国民の注意を俺達に逸らすように細工を施した。
そんなこんなで俺達は今、校長室で明日行われる表彰について打ち合わせをしているというわけだ。
「え~、この度はラスティがとんだご迷惑を……というのはまぁ、散々言われたでしょうから置いておいて。このように優秀で正義感に溢れる生徒を持てたことを、誇りに思います。いやはやまさか、一時とはいえあのラスティを退けるなど……校長としても鼻が高いですねぇ。高校へ行っても、今の気持ちを忘れずに邁進して欲しいものだ。是非頑張って!」
「あ、ありがとうございます……」
そんなにこにこ顔の校長に、このままだと進級できないとは言いづらい。
同じことを考えているのか、グレイも隣でもじもじと膝を擦り合わせている。そんな俺達の元に、秘書さんという救いの天使が現れた。ビシッとスーツを着込んだ、いかにもデキ女という佇まいの眼鏡が知的な美人秘書。
「失礼ですが校長。彼らは高校への進級試験を黒星でスタートしています。恐れながら、このままでは高校へ進学できないという不測の事態も――」
「なにぃ?! キミたち、そうなのかね!?」
――こくり。
バツが悪そうにふたりして頷くと、校長は頭を抱えて震えだす。
「そんな……! ダーインスレイヴ誅裁議員や柊家の当主様から直々に謝辞を述べられて、警察の方々にも感謝状をいただいているのに!? 明日の朝礼で、全校生徒の前で表彰しようと思っていたのにですか!?」
「そんな貴重な人材――ごほんっ。生徒をみすみす逃しては、我々学院の進学率と来年度以降の入学希望者数に影響が……それに何より、進級試験の制度内容について疑問視する声が上がり、最悪の場合、校長に対する不信任案が教育委員会から――」
「ひぃっ……!」
小さく悲鳴をあげた校長は、恐る恐る敏腕美人秘書の顔色を伺う。
「……校長権限でなんとかならないの? 彼らの進級。いやぁ、だって……彼らには目立ってもらわないと困るんですよ。『魔剣喰い事件』の火消しのためにも……」
「方法が無くもないですが……万が一の場合は、所謂『裏口入学』という始末に。よろしいのですか?」
「それはダメですねぇ……」
物凄くアウトっぽい大人の事情に、『どうしたものか』という困り眉がこちらを見つめる。
「進級試験、僕たちとしてもベストは尽くしますが……」
その答えは、校長的に『ダメ』だったようだ。
「そんなことでは困ります!! 優秀な生徒が進級できないなど、そんな試験は即刻見直しを――!」
「しかし、学院の実力と教育の質を向上させるために『一勝もできないような
「ぐぬぬ……!」
美人秘書に痛いところを突かれた校長は――
掌を返した。
「――うむ。過去の私が間違っていたようです。進級試験は来年度分から見直しいたします。教育委員会に指摘される前に」
そして……
「キミたちふたりの功績は、わが校史上最高と言っても過言ではない快挙です。なにせ、狂気に堕ちたラスティを一時的とはいえ改心させ、撃退したのですから。よって、私の名を以て特別に進級を認めます」
「「え――!?」」
「いや、正確には『認めたい』。せめて『引き分け』でも進学できるように、なんとか手を打ちましょう」
「しかし、それでは彼らが裏口入学呼ばわりをされてしまうのでは……?」
「だからせめて『引き分け』までは頑張って欲しいということです! 引き分けなら白でも黒でもないでしょう?」
「なるほど、たしかに……」
「それに、裏口入学呼ばわりなんて……そうさせないのが我々教師、運営の仕事です。彼らは胸を張って高校に行けるほどのことをした。普通に考えれば、『魔剣喰い』を捕まえたという彼らを貶めるような発言をする者などいませんよ。それに、もし仮に他の生徒がキミたちを僻んでそう噂したとしても、堂々としていてください。他者を僻んで己のプライドや感情を保とうとする性根の曲がった生徒は、私の息がかかった高等部の風紀委員が粛清致しますので」
「えっ、でも……本当にいいんですか!? 引き分けでも、進学させてもらえるって……!」
「何度も言わせないでください。私はキミたちの活躍を心底嬉しく思っているし、それと同じくらいに将来を楽しみにしているのです」
「じゃあ……!」
「キミたちの頑張り次第で進級をお約束いたします。相手が誰であろうと、できるだけ引き分けまでは持ち込めるように頑張って! ただし、手を抜いていると試験官が判断した場合は、決定を覆すことも十分にありえますからね?」
「じゃあ、相手がレーヴァテインでもない限り、いつもみたいに頑張れば平気ってことだよね!? 私、運動神経だけは良いもん! 攻撃に当たらなければ『負け』はない! 『覚醒』してパワーアップだってしてるし!」
「そう、なのかな……?」
首を傾げる俺に、校長は白髪をふさっと揺らして微笑んだ。
「がんばってください。期待していますよ、若きラスティの卵たち」
「「…………」」
ラスティの本当の姿を知る俺達は、この国における『将来有望な者』を示す『ラスティの卵』という言葉に素直に頷けない。
ぶっちゃけ、『え。あんなんになったらヤバくない?』とツッコミたい気持ちでいっぱいだ。校長は、慌てて訂正した。
「あ、これは! 『昔のラスティ』という意味です! 多くの魔剣と世に希望を齎した、若い頃の――『白の英雄』のようになって欲しいと……!」
(な、ならいいかな……?)
「「はいっ……!」」
俺達が元気よく返事をした瞬間。校長室の扉がノックされてふたりの生徒が姿を現わした。
「遅れて申し訳ございません、校長。レーヴァテインの精密検査が長引いてしまって……」
「ああ、秘書君から聞いていますから気にしなくて大丈夫ですよ、柊君。レーヴァテインも、思ったより元気そうでなにより。忙しいのに呼び出してすみませんね。そこにかけて」
「失礼します」
静々とした所作で俺達と少し空けてソファに腰かける御園と、鼻歌交じりに『やぁ!』とこっちに手を振って座るレーヴァテイン。『どうしてここに?』と俺達が目を丸くしていると、校長が話を切り出した。
「明日の全校朝礼で表彰する件で、柊家からの感謝状をどうしても直接手渡したいとレーヴァテインから打診がありまして。打ち合わせも兼ねてこちらに来てもらったのですよ」
「まぁ、感謝してもしきれないっていうのは本当だし。昨日お嬢に聞いた話だと柊家はかつてのような貴族的威光は既に無いみたいだけど、仮にも名門四家の一端。一族ぐるみで感謝の意を表するのに『家宝』の僕が出ないんじゃ、示しがつかないじゃない?」
「そういうもんなのか……?」
伺うように御園に視線を向けると、こくりと縦に揺れるこげ茶の髪。何かを思いつめたようなその眼差しは、校長をまっすぐに見据えて口を開いた。
「校長。今日はそのこと以外に一点お願いがあって参りました。お聞き届けいただけますか?」
「ほう、なにかな? 柊君」
「私とレーヴァテインの進級二次試験、再び御劔君とダーク・イン・グレイヴさんと戦わせていただけないでしょうか?」
「「え――」」
小声で『ヤだよ! あいつら強いもん!』と俺の脇を小突くグレイの声は周囲には聞こえていない。
「それはまたどうしてかね? 聞くところによれば、君達は一次試験で既に対戦している。すべての生徒に公平を期するために、一次と二次では異なる対戦相手を選ぶのが通例だ。前回同様の結果では、御劔君たちの進級に関して教育委員会を納得させづらいのですが……できれば正当な理由を聞かせてもらえるかな?」
「私とレーヴァテインに見合う実力を持った生徒が同学年にいないのは校長もご存じのはず。しかし、ラスティ博士を改心させた彼らには私達が未だ見ぬ力があったに違いありません。だから私は……そんな彼らに心から感謝すると共に、その力をこの身で確かめたいのです」
「ふむ……」
その問いに、校長はちらりとグレイを見やる。その首筋には魔剣が覚醒した際に浮かび上がるとされる『覚醒紋』が確かに刻まれていた。
一般人には視認できない魔力で描かれる『覚醒紋』だが、その魔剣の契約者と一部の力を持つ者にはそれが見えてしまうという。つまり、見る人が見れば覚醒済みかそうでないかは丸わかりということだ。
「できるなら、私は彼らと成長を競い合う良きライバルとなりたい。それではダメでしょうか?」
「いや、しかし。柊君がそれで良くとも、当の御劔君らが何と思うか……学院内での実力は柊君達の方が上なのですよね? それでは試験の公平性が――」
そう言いかける校長に、レーヴァテインがこちらを向いてぴしゃりと言い放った。
「僕からも頼むよ、ミツルギ」
「え? 俺?」
「正直、僕は未だに君たちが博士に勝ったという事実を受け入れ切れていない。見たところグレイは覚醒を果たしたようだけど、それだけで博士が負けたとは到底思えないし、最終的に博士が戦闘不能になった原因は、僕を庇ったせいだ」
「それは……」
(レーヴァテインの奴、気にしてたのか……)
「単刀直入に言おう。博士はお前らなんかに負けてない!! 僕がそれを証明してみせる! 博士の最高傑作であるこの僕が、お前らをギッタギタのけちょんけちょんにぶちのめすことで!!」
「ちょっと、レーヴァ……!?」
「お嬢からもなんか言ってよ!? 博士は……博士が! こんな十年ちょっとしか生きてないような奴らに負けるわけないんだからぁ! うわぁあああん……!」
「な、泣かないでレーヴァ……!」
あたふたとなだめにかかる御園が、縋るような眼差しで俺達を見る。
「あの、御劔君……ダメかしら?」
「うっ……」
上目遣いが、クリティカルヒットだ……!
というか……
(なんなんだこの断れない空気! まるで俺達が悪者みたいじゃないか……! こんなん、どうしろって――)
俺がちらりと校長を見たのを、レーヴァテインは見逃さなかった。
俯きがちに、ぽつりと呟く。
「僕……本気出す」
「え?」
「今まで学校なんて
その一言に、校長の目の色が変わった。
「レーヴァテイン。それは、君の要望を飲めば、今まで決して引き受けてもらえなかった学院のPRに、積極的に協力してくれるということですか?」
「積極的もなにも、無償でなんだってしてやるさ。在校生インタビューに、授業風景の写真でもなんでも好きに撮ればいい。満面の笑みで映ってやるよ。こう見えて、僕は『十剣』の中でもファンが多いことで有名だ。寄付金はがっぽり、入学希望者がうじゃうじゃ湧いてくるかもよ?」
「……御劔君」
校長の、視線が痛い。
校長は、最近できたライバル校に新入生を奪われている現状に加え、近年では国家の予算も研究所に回されがちであるということに頭を抱えていた。要は、学院の運営が経済的理由で芳しくないってこと。
「その……御劔君?」
縋るような眼差し。
俺達に、拒否権は無かった。
「ふふふっ……♪ そうこなくっちゃあ! それになにより、僕だってこの学院の一員なんだ。生徒が頑張る!って言ってるのに、その自主性を認めない校長なんてただの物知りジジイだもんねぇ、グラム?」
顔見知りなのか、やけに馴れ馴れしいレーヴァテインに、校長は肩を落としてうなだれる。
「ぐぬぬ……『生徒の自主性』ですか。相変わらず君は生意気だし馴れ馴れしいし文句のひとつでも言ってやりたいのですが、そう言われると、私としては認めざるを得ない……」
「ふふっ。大体、広報にSNSを活用しないやり方がもう古いんだって!ライバル校はきちんとやってるの知らないの? メンテしてくれるパートナーがいないから頭が錆びてるんじゃない? まったく、いい歳したおじいちゃんがいつまで独身でいるつもりなのさ?」
「レーヴァテイン様! いくらあなたでも言って良いことと悪いことが……! 校長は日々、生徒たちの将来を考えて――!」
秘書さんが思わず言葉を遮ると、それを制止して校長、もとい魔剣のグラムはにこりと微笑む。
「いいのです。私が人間の文化を拒み、距離を取りたがるのは、昔からの悪癖だ。戦時の悪習を知る老人のように、魔剣が道具として扱われていた古い慣習を未だに心のどこかで引きずっているせい……しかし、だからこそラスティは私に『学校をやらないか?』と提案してくれたのかもしれない。そのおかげで私は、彼女のように人間の中には良い人もいるのだと気づくことができました」
「校長……」
穏やかに秘書さんを見る校長の眼差し。その様子から、運営に不慣れな校長を常日頃秘書さんが支えているのがよく伝わってくる。
「ごほんっ! 無理を言うようで申し訳ないのですが、おふたりとも、レーヴァテインのわがままに付き合っていただいてもよろしいですか? 学院を救う意味でも……」
困ったような魔剣グラムの翠の双眸が、俺達を見据えた。
(魔剣は、『願い』を叶えるのが本質である、か……)
いつも叶えてばかりでなく、たまには魔剣が願いを叶えて貰う側になってもいいんじゃないだろうか。レーヴァテインも、グラム校長にしても。
そんなことをふと考えて、俺は首を縦に振った。
グレイには、『ふたりでやればきっと大丈夫だから』と言い聞かせて。
「わかりました。その勝負、受けましょう」
そんなこんなで、俺達は再び二次試験の場で刃を交わすこととなったのだった。
今回の件で真実の絆を取り戻した、誰も見たことのない『本気の御園たち』と――
再戦の決定を受け、炎の魔剣はほくそ笑む。
「ふふふ……言ったな、ミツルギ? この僕が、二度と立ち上がれないくらいに、ぶっ潰してやるよ……!」
――『ラスティ博士の、名に懸けて』
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