第22話 魔剣の喜び

      ◇


 レーヴァテインと話を終えた俺達は、『ラスティの遺産』を再度心臓に埋め込む為、一足先にかかりつけの医者の元へと移動したダーインスレイヴさんのお見舞いに訪れた。

 魔剣と人間は同じ姿形をしていても、やはり違う生きモノ。しかも、ダーインスレイヴさんは伝説の、呪いの魔剣だ。彼の能力と病状を理解し治療を施せる者は、『魔剣医』の中でもごく僅かなんだとか。

 それでいて『ラスティの遺産』のことを口外しない口の堅い人っていうと、もうひとりくらいしかいないらしい。この国の中枢とも言える研究所所属の『十剣』、アゾット。昔馴染みだというそのお医者さんの後について、俺達は研究所の地下最奥にあるVIP病室に足を踏み入れる。


「お父様、大丈夫……?」


 心配そうに、点滴やら輸血やらの管に繋がれた手をぎゅうっと握るグレイ。その様子に、ダーインスレイヴさんは驚いたように目を丸くした。


「まさか、お前の口からそのような言葉が出てこようとは……」


「なによそれ? 私が心配しちゃダメだっていうの!?」


 反抗期丸出しでガバッ!っと手を引っ込めるグレイ。先日までは口を開けばつい喧嘩してしまうような親子だったというのに、今回の件でふたりはそれが愛情の裏返しだったと気が付いたようだ。

 俺に言わせれば、グレイはお父さんが過保護なのがちょーっと気に食わなかっただけで。ダーインスレイヴさんは反抗期な気持ちがよくわからないっていうか、父親としてなんだか不器用だっただけで。蓋を開ければ仲がいいことに変わりはない。そのことが伝わっただけでも、俺は思い切ってラスティに剣を向けてよかったと思っている。


 当初の予定では、俺はグレイを連れ戻して犯人の居場所を突き止めたら、後は帰還する手筈になっていた。

 ラスティが姿を消したのを見送ったあと、ダーインスレイヴさんは最初、俺達のことを凄く怒った。『なんて危ない真似をしてるんだ!?』って。

 でも、グレイが『覚醒』してまで自分のために怒ってくれたと知ると、驚き、困惑、感動の入り混じったなんともいえない大きなため息を吐いただけだった。


 本来であれば魔剣が『覚醒する』ということは、それだけで夕飯にお赤飯が出てくるような所謂おめでたいこと。それがグレイの場合は能力が危険だということから手放しで喜べないだけで、魔剣の父親としてはその成長を喜びたい気持ちだってあるはず。俺はそんな複雑な表情を浮かべるダーインスレイヴさんに、はっきりと告げた。


「大丈夫です。グレイのことは、俺が契約者として責任をもってしっかり制御しますから」


「研斗ならきっと大丈夫だよ! それに、研斗がピンチのときは私がなんとかするし! ねぇ、お父様? だから、研斗と『本契約』してもいいでしょう?」


 おねだり感満載にグレイがこっくりと首を傾げると、ダーインスレイヴさんは口元に手を当てて考える素振りをする。


「ふむ……確かに。『覚醒』したのでは、今の仮契約状態では制御しきれないだろう。魔剣本来の力を引き出す上でも『本契約』は必須。『覚醒』によって一部の危険能力が開花してしまった以上は、その他の能力も含めて無理に押しとどめておく方が暴発のリスクを抱えることになる。十五歳か……時期としては少し早い気もするが、ケント君ならば……」


 金の瞳がちらりと俺を見る。それによく似たもうひとつの金の瞳が、わくわくとした色を浮かべて俺を見つめる。そして――


「――わかった。ケント君が相手であれば、『本契約』を認めよう」


「やったぁ!」


 嬉しそうに跳ねるグレイに目を細めながら、ダーインスレイヴさんは点滴に繋がれていない方の手を俺に差し出した。


「ケント君。娘を『覚醒』に導いてくれてありがとう。君のような契約者を持てて、グレイは幸せ者だ。我々『暗黒魔剣』の能力は破格である代わりに色々と大変なこともあるだろうが、どうかこれからも末永く……娘をよろしく頼む」


「はい、もちろんです!」


 元気のいい俺の返事に心底安堵したように息を吐く。そして、ダーインスレイヴさんはもう一度俺達に向き直った。


「ラスティの目を覚まさせてくれたことに、今一度感謝を。今回の件――ラスティが『魔剣喰い』となったのは、元はといえば私が自身の刃を分け与えたことにも原因がある。刀身が朽ちない限り生き続ける魔剣われわれと異なり、月日と共に歳を取る彼を見て、『死んで欲しくない』と願ったのは、私の弱さ故のものだ」


「ダーインスレイヴさん……」


「しかし、その弱さこそが彼を『他者の命を糧に生き永らえる』凶悪犯たらしめてしまったのかもしれない。私の能力を駆使して若さを得る為には、若い人間の血が必要だ。私は彼の魔剣として、主の過ちを正せなかった。この恥ずべき失態を、どうか許して欲しい……」


「そんな! あれはあくまでラスティが悪いのであって、ダーインスレイヴさんのせいじゃないですよ!」


「そうよ、そうよ! それにお父様、どうしてそんな平気な顔をしているの? ラスティのこと、恨んでないの?」


「……私が、か?」


 こくりと頷くと、ダーインスレイヴさんはまるで『可笑しなことを』と言わんばかりに口元に手を当てる。


「恨むも何も。私は、お前たちに刃を向けたということを除けば、ラスティの行動に対してさしたる怒りは抱いていない」


「へ……? どうして? だって刺されてたじゃない! 再生能力が無ければ手遅れになってたくらいに、殺されてたじゃない!? なんで!?」


「ふむ、なんと説明すればいいか。まぁ、ラスティは元来だし、それに――」


「「それに?」」


「……魔剣というのは、そういうものだろう?」


 ゆるりと笑ったその顔に、グレイが反論する。


「そんなの、いくらなんでもおかしいよ! 主だったら、何をされても怒らないってこと!?」


「では、もしケント君がお前に牙を向けたとしたら、お前は怒るのか?」


「えっ?」


 俺達はふたりして、顔を見合わせる。


「いや、研斗が私にそんなことするわけないし……」


「でも、万一。仮にケント君がお前を一突ひとつきに貫いたとしたら、どう思うだろうか?」


 問われたグレイは少し考える素振りをして――


「怒らない、かも……だって、もしケントがそんなことをしたら、絶対に。何かそうしないといけない理由があったんだって思うから……」


「つまりは、そういうことだ。それと、エクス=キャリバーはお前に、『主の望みを叶えることが魔剣の喜びだ』と、そう言ったらしいな?」


「え? うん……」


「だとしたら、私はこう返そう。主の罪を共に背負うこともまた、魔剣の喜びなのだと――」


 静かに頷く暗黒魔剣。グレイは、納得したように口を開いた。


「お父様は……百年経った今でも、ラスティの魔剣なんだね?」


「――ああ。契約者と魔剣の絆とはそういうものだ。私は、お前がケント君とそういう絆を紡げることを、願っている」


「「……!」」


 俺達は、誓うように大きく頷いた。


「うん、絶対! お父様たちをも超えるような契約者と魔剣あいぼうに、絶対絶対! なってやるんだから!」


「ふふ、それは楽しみだ。そうなる頃にはきっとラスティも色々と落ち着いているだろう。次に会えたそのときは、ラスティに改めてお前とケント君を紹介しよう。我が最愛の娘と息子だと――」


 その答えに真っ赤になるグレイ。


「おっ、お父様!? 私たちはまだ結婚なんてっ!? は、早いよぉ! ねぇ、研斗!?!?」


「えっ。息子ってそういう意味!? 俺はてっきり『自分の子どもみたいなもんだ』って紹介されるのかとばっかり……!?」


「えええっ!? そういう意味じゃないよねぇ!? 『義理の息子です』だよねぇ!? ねぇねぇ、どうなのお父様!? どっち!?」


「ふふ……どっちだろうな?」


「「えええ~!?!?」」


 勘違いをしたのはグレイか、はたまた俺なのか。もしまた『白の英雄』のラスティに会えるなら、俺はそのときに胸を張って紹介してもらえるような男になっていたい。


(そのために、まずは進級試験。負けるわけにはいかないな……!)


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